アズカバンの囚人編 65
座り込んだままのピーターは、の差し出した手をとろうとしなかった。
「立てますか?」
ピーターはどこか警戒したかのようにじっと見返してくる。
ピーターに手を差し出しているを見て、ハリーは盛大に顔を顰めている。
は気にせずに、差し出した手を取らないピーターの手を自分からとって引っ張り上げる。
「…、何でそんなやつの手なんて引っ張るの?」
「え?だって、誰かが一緒に連れて行かないとまずいでしょ?」
「それはそうだけど…」
不服そうなハリー。
「大体なんでとリドルってここにいるの?」
「お前には関係のないことだ、ポッター」
ヴォルがいつの間にかピーターの隣、がいる横とは反対側に立っている。
ピーターの口から小さな悲鳴が零れたのが聞こえた。
「そいつの側から離れてよ、リドル」
「何故?」
「僕は君を信じてるわけじゃない」
「それは懸命な判断だな」
「君がそいつを逃がさないって保証はどこにもない」
「俺がワームテールを逃がしたところで、どこにも得はないがな」
ヴォルはピーターから離れてのすぐ側に移動する。
先ほどの言動から考えても、ヴォルを警戒するのは当然だろう。
それにハリーはヴォルが秘密の部屋を開いた”リドル”と同じだということを知っている。
裏切り者であり死喰い人であろうピーターを、ヴォルデモートの過去であるリドルが逃がしてしまうだろうと思うのは当然だろう。
「ポッター君、ヴォルさんは駄目なのに僕は構わない?」
「は変で誰にでも優しいから」
ハリーはとピーターのつながれた手を睨むように見る。
「僕、は傷ついた相手とかになら相手が誰だって手を差し伸べてもおかしくないって思えるから」
「別に僕は誰にでもそうやって手を差し伸べるわけじゃ…」
「マルフォイと仲いいくせに?」
「ドラコ?ドラコはいい子だよ」
「スネイプのこと悪く言わないグリフィンドール生はくらいだよ?」
「だって教授は優しいよ」
「どこがっ!」
確かにハリーに対してのセブルスの態度は、必要以上にねちっこい。
ハリーがそう言いたくなる気持ちは分からないでもない。
ハリーはむっとしながら、ため息をつく。
「って、シリウスと知り合い?」
「へ?」
「だって、なんか知り合いっぽく見えたから」
「えっと、知り合いというか…」
の視線は自然とシリウスの方にいく。
シリウスはとハリーを見比べて、ぽりぽりっと頭をかく。
「知り合いっつーか、禁じられた森で散々お世話になったのは俺の方なんだよな」
「禁じれた森?」
「シリウスさんの所に食料届けてたんだよ。その時たまにクルックシャンクスとも会ったよ」
にこっとは笑みを浮かべる。
「ちょっと待ってよ!それじゃあ、君、この前僕らの部屋にシリウスが侵入した時には、もうシリウスの顔知ってたはずだろ?!なんで知らないなんて嘘ついたんだよ!」
ロンが会話に口を挟んでくる。
シリウスが部屋に忍び込んで鼠を仕留めようとしていた時のことだろう。
グリフィンドール寮では大騒ぎになったものだ。
「うん、ごめんね」
「あれは悪かったな、ロン。ピーターだけを狙ったつもりだったんだが…」
とシリウスに同時に謝罪され、ロンはむすっとしながらも何も言い返すことはなかった。
過ぎたことだから仕方ないと思ったのだろう。
「ねぇ、。あなたって、もしかして知ってたの?」
「ん?」
ハーマイオニーがクルックシャンクスを抱き上げながらに問う。
シリウスが無実であることを知っていたのか、ハーマイオニーはそう言いたいのだろう。
ハリー達は今さっきシリウスが説明して、スキャバーズがピーターだと分かっていたからシリウスが無実であることを知ったのだ。
それ以前にシリウスと知り合いで、尚且つそれなりに仲良くしていたが真実を知っていると思われても仕方ないだろう。
は困ったような笑みを浮かべて、頷いた。
「うん。ごめんね、知ってたんだ」
ここで知らなかったと言っても信用されないだろう。
自分はそれだけの行動をしてきたのだから。
は素直にそれを認める。
「じゃあ、どうして教えてくれなかったの?」
傷ついたような表情をして聞いてきたのはハリーだ。
は知っていたのに教えてくれなかったということで、裏切られたとでも思ったのだろう。
「言ったところで、お前はそれを信じたか?ポッター」
「…リドル」
「が、ウィーズリーの鼠は死喰い人で、アズカバンを脱獄してポッターの命を狙っているブラックが実は無実だ、と言われたところで信じたか?」
シリウスが脱獄し、ハリーが3年になったばかりの頃、あの頃の周囲の環境はシリウスを完全に死喰い人の脱獄犯だと決め付けていた。
何よりも、シリウスはマグル界でも大量虐殺犯としても名が知られている。
その状況でが真実を言ったところで、信じる人はいるだろうか。
「現にブラックが説明しだした頃は、お前らは全く耳をかさなかっただろう?それが理由だ」
ヴォルのハリーを見る目はどこまでも冷たい。
ハリー達はそう言われては何も言い返さない。
ロンのペットが実はアニメーガスだなんて、確かに最初は全く信じていなかったのだから。
「話もいいけど、ずっとここにいるわけにもいかないから移動しようね」
リーマスが話はこれで終わりとばかりに、にこりっと笑みを浮かべている。
だが、今は延々と話をつづけていい状況ではない。
セブルスは気絶したままだがいつ目覚めるか分からない。
ピーターを捕まえてはいるものの、早く魔法省に引き渡すべきだろう。
「リーマス、急ぐのはいいが1ついいか?」
「どうしたんだい?シリウス」
シリウスはの隣にいるヴォルを睨むように見る。
「が俺のことを知ってたりするのは別に不思議じゃねぇが…、てめぇ、何者だ?」
がジェームズ達の記憶が入っている本を持っていることは、シリウスは知っている。
だからがシリウスのことを知っているのは、ジェームズに聞いたからだろうと思っているから不思議だとは思わないのだろう。
「シリウス、彼が事情を知っているのは、に聞いたからなのかもしれないよ」
リーマスが弁護するが、シリウスはヴォルを睨むのをやめない。
「それにしては、詳しすぎるだろ。その目があのルシウスに似ているのも気にいらねぇ」
「ルシウス?俺をあんな小物と一緒にして欲しくないな」
「ルシウスが小物だとは、随分とでかい口をたたくんだな。実はピーターの仲間だったってオチじゃねぇよな?」
「俺があのカスのヴォルデモートのしもべであるワームテールの仲間とは…、頭でも腐ったか?ブラック」
「腐っ…?!てめぇ!」
ぱこんっ
ヴォルに飛び掛ろうとしたシリウスをリーマスが杖で頭を叩いて止める。
は思わずヴォルをじっと見てしまう。
ヴォルデモートさんをカスって…。
ヴォルさん、仮にも元は一緒だったのにそういう表現どうかと思うんだけどな。
「シリウス、彼を疑うのは間違いだよ。どうも、ハリーたちもその表情を見る限りは疑っているようだけどね」
「リーマスはあれだけのことを聞いてどうして、疑いを持たねぇんだよ」
ピーターをワームテールと呼んだヴォル。
ヴォルはシリウスの言葉に平然としている。
自分の存在が何であるのかバレようがヴォルには関係ないのかもしれない。
今のヴォルはヴォルデモートにもダンブルドアにも味方をするつもりはないのだろうから。
「ダンブルドア先生が、彼はヴォルデモートの配下なんかじゃないって断言しているからね」
「ダンブルドアが…か」
「それにね、彼がホグワーツに編入する際の後見人はダンブルドア先生だからね」
「え?!」
その言葉にリーマスとヴォルを除く全員が驚いた。
勿論ピーターもほんの少しだが驚いた表情を一瞬浮かべた。
は思わずヴォルをじっと見てしまう。
「現校長の許可なくして編入などできないだろう?許可を求めたら、あっちが勝手に後見人になっただけだ」
はどうしてリーマスがヴォルを全く疑っていないかの理由が分かった気がした。
シリウスやハリーは、思いっきり疑っているだろう。
からみてもヴォルは十分怪しい。
本人が挙動不審でもないし、堂々としているので詳しい事情を知らない人には怪しいもなにもないだろうが、リーマスはそれなりにヴォルと一緒にいた時間もあるのに疑わないのが少し不思議だったときがあったのだ。
ダンブルドアが後見人という事を知っていたからなのだろう。
あとは記憶のジェームズが、ヴォルに対して何のわだかまりもなく接しているのを見たことがあるからか。
「けどよ、ダンブルドアが後見人だとしても、おかしくねぇか?ダンブルドアはピーターが生きていることを知らなかったはずだ。それなのに、こいつは知ってたっぽいじゃないか」
「そんなことまでは私には分からないよ。私はダンブルドアが彼を信じているならば、信じるに値すると思っただけだよ」
シリウスとしては納得いかないのだろう。
その気持ちは分からないでもない。
「シリウス、それよりも今はここを移動しよう。ピーターを突き出して、君の無実を証明するのが先だよ」
「あ、ああ、…そうだな」
ここでヴォルを問い詰めたところで何があるわけでもない。
「俺はてめぇを信じることはできねぇからな」
シリウスはぎっとヴォルを睨む。
ヴォルはそのシリウスの視線にも平然としている。
疑われようが、何をされようが、ヴォルは全然構わないのだろう。
このあたりは年の功とでも言うべきか。
「勝手にしろ」
どうでもいいとばかりに言い放つヴォル。
そもそもヴォルがここにいるのは、がここにいるからだ。
がいなければここに来ることもなかっただろう。
ヴォルにとって、シリウスの無実もピーターのアズカバン入りもどうでもいいことだ。
「」
「あ、はい。なんですか?」
ピーターの手を握っているは、シリウスに呼び止められて顔を上げる。
「スネイプの魔法からかばってくれて、サンキュな」
「いえ、大したことしてないですから」
律儀な人だな、とは思う。
あれは殆ど無意識の行動のうちだったので、お礼を言われるまでもないのだ。
何よりも、自分はこれから起こる事を知っているのに何もしないのだ。
お礼を言われると後ろめたい。
「歩けますか?ペティグリューさん」
ピーターの手はひんやりと冷たい。
を見ずにぼんやりとしていたようだが、ゆっくりと顔を上げての方を見た。
そして、諦めたかのようにまた顔を伏せる。
「には助けを求めたりしないんだ?」
それを見ていたハリーが冷たく言い放つ。
「、可哀想だからって、逃がしたりしたら駄目だからね!」
「うん、分かってるよ、ポッター君」
苦笑する。
よくよく考えてみれば、ピーターはには縋ってこなかった。
シリウス以外…ヴォルに縋ることはないのはともかくとして…には、助けてくれといわんばかりに縋りついたのに。
側にヴォルがいたからだろうか。
ヴォルの雰囲気は闇の帝王だった頃と変わりがないのかもしれない。
そんなヴォルの側にずっといるには、助けを求めること事態が無駄だと思ったのか。
ピーターの真実は、まだ分からない。