アズカバンの囚人編 64




ヴォルは分離したとはいえ、元はヴォルデモート卿だ。
恐らく本質は同じだろうし、過去の記憶も学生時代以外は殆ど共有していると言ってもいいだろう。

「ワームテールって何だよ?!これは僕のペットの…!」
「黙れ、ウィーズリー。貴様には無関係のことだ」

ヴォルはすいっと杖を動かす。
その杖が動くと同時に、ロンが持っていたネズミがひょいっと空に浮く。
”彼”は、顔色を変えてバタバタと暴れだすが、姿が姿だ。
暴れるだけ無駄というものだろう。

「スキャバーズに何をするんだ?!」

ヴォルは叫ぶロンをちらりっと見ただけだった。
ロンはその視線だけで怒鳴っていた勢いがなくなる。

「リドル、それはロンの鼠だ」

ハリーが怒りを堪えるかのように静かにリドルに言葉を向ける。

「ああ、そうだな。ウィーズリーに飼われていた鼠だな。ただ、アニメーガスの、と注釈はつくだろうが」

ぴくりっとその言葉に反応したのはヴォルの後ろにいたシリウスとリーマスだ。
は口を挟んでいいものか迷いながらも状況を静かに見つめるだけ。

「…アニ、メーガスだって?」

アニメーガスが何かをハリーだって知っているだろう。
その個人個人、決まった動物に変化できる魔法の1つ。
シリウスは犬で、ジェームズは鹿というように。

「ブラックが説明をしていなかったか?通常の鼠はそう寿命が長いわけではない、ここまで長生きする鼠がいるはずがない、と」
「それはロンたちがちゃんと世話をしていたから!」
「そ、そうだ!僕たちがちゃんと世話をしていたからだよ!そいつはピーターでも、ワームテールってヤツでもない!」

ヴォルは睨むハリーとロンの視線に決して感情を変えない。
ふよふよ浮きながらバタバタしている鼠をよそに、ちらりっとシリウスとリーマスを見るヴォル。

「どんなに長生きでも、12年も生きることができる鼠なんてそういないよ」

リーマスが優しく諭すように言う。
ヴォルの”アニメーガス”という言葉で確信を持ったのだろう。
今のリーマスは、シリウスが無実だと言う事を疑っていないかのようである。

「そいつがピーターだという証拠ならばある」

シリウスが一歩踏み出す。
それにびくりっと鼠が反応する。

「そいつの前足の指が一本ないことを知っているか?」

はっとしてハリー達は浮いたままのスキャバーズに目をやる。
確かに前足には指が一本ない。
シリウスがマグルを虐殺した時の新聞にはこのように書かれていたはずだ。
”ピーター=ペティグリューの遺体として残ったのは指一本のみだった”と。

「シリウス、まさか…」
「そうだ。ピーターは、俺が呪いの魔法をかける前に自分の指を自分で切り落とした。自分が死んだと見せかけるためにな」

すぅっとシリウスは鼠を睨みつける。
諦めたのかは分からないが、もう鼠はびくりっと怯えることもなくじっとしているだけだった。

「事情は分かっただろう?ウィーズリー、ポッター。これでも理解できないとでも言うのか?」
「…っでも!それはその2人がロンの鼠を捕まえる理由で、君には何にも関係ないじゃないか!」
「関係がなければ捕まえてはいけないとでも言うのか?」
「…そ、れは…」

ハリーは言葉が続かない。

「別に俺もも、死喰い人がブラックだろうがぺティグリューだろうがどうでもいいことだ」

ヴォルは鼠に杖をぴたりっと向ける。
そして、ゆっくりと杖を少しだけ上に向ける。

「知りたいのは、真実だけだ」

ひゅっとヴォルは杖を振り下げる。
杖から光が放たれ、その光は鼠に当たる。
鼠は光に包まれ、その光はだんだんと大きくなる。
ヴォルが杖を完全に下ろすと同時に、どさりっと人の身体が投げ出された。

ハリー達のすぐ横に投げ出された人間の身体は小柄だった。
シリウスよりもボロボロの服を纏い、髪は薄くボサボサ。
頬はこけ、ギョロリっとした目の下にはクマ、少しだけ見えている手や足はやつれているといっていいほどに細く見えた。

― ピーター…

悲しそうなジェームズの声がの耳には聞こえた気がした。
少しだけふっくらした鼠が、ロンのそばにいたのは何度も見ていた。
それがピーター=ペティグリューであることは、ずっと前からは知っていた。
これが、友を裏切り、友に罪を着せ、自らの命を守ることのみを考えた人間なのだろうか。

「やあ、ピーター。久しぶりだね」
「かわらねぇな、その姿」

リーマスはにこりっと笑みを浮かべて、シリウスは睨みつけながら、その男、ピーターを見る。
懐かしき友の再会。
はジェームズの記憶が宿る本をぎゅっと握る。
ピーターはリーマスに縋りつきたいかのように、近づき、自分が無実であることを静かに訴える。
シリウスは闇の魔法使いであり、ヴォルデモートの命令で自分を殺そうとしてきているのだと。
リーマスは静かにそれを聞き流し、シリウスも静かに真実を語る。
ピーターがヴォルデモートの部下でありながら、このホグワーツにいながらハリーを傷つけなかったのは、それをしても自分に得がないから、そしてハリーを傷つけずに蘇った主に差し出すことができれば、自分の命が助かるから。

「あの、ブラック…いえ、シリウス」

話の途中でハーマイオニーが口を挟む。

「あなたはどうやってアズカバンを脱獄したんですか?闇の魔術を使っていないのならば、あそこから抜け出すことは容易ではないと思うんです」

シリウスはそこでちらりっととヴォルの方を見る。
やばい、とは一瞬思った。
シリウスはものすごく素直だ。
嘘をついているのがすぐに分かってしまうほどに、とっても素直で単純なのだ。

「ああ、それは俺だ」
「え…?」

ヴォルの言葉にハーマイオニーは驚く。

「1度脱獄を失敗なんて間抜けなことをしでかしている犬が哀れでな」

ヴォルはがシリウスを脱獄させたことを、知らせないためにこういう言い方をした。
シリウスはヴォルの言葉に怒ると思ったが、とヴォル、そしてハーマイオニーを見てヴォルがどうしてそんなことを言ったのかが分かったのだろう、特に何をいう事もなかった。
ただ、物凄く嫌そうな顔をしてヴォルを睨んではいたが…。

「リドルは吸魂鬼が平気なのね」
「多少コツはいるが、心を覗かせさえしなければアレは大して脅威じゃない」
「…そうなの」

ハーマイオニーは納得したような納得しないような表情をする。
リーマスはシリウスを見て少し困ったような笑みを見せた。
シリウスはそれにふっと笑みを浮かべる。

「君を少しでも疑ってしまって悪かった、シリウス」
「別にいいさ。俺もリーマスを疑っていた時があった」
「だから僕に『守り人』がピーターに変わったことを話さなかったんだね」
「…悪かった」

そう話している間に、ピーターはロンの側に寄っていく。
はじっとピーターの方を見ていた。

「ロン、私はいいペットだっただろう?だから、シリウスとリーマスを説得してくれ」
「…冗談じゃない!おまえと一緒にいたと思うだけで気分が悪くなる!」

ピーターはロンが無理だと分かると、ふらりっとハーマイオニーの方を見る。

「優しく賢いお嬢さん。あなたなら、私を…」

ハーマイオニーはばっと後ずさる。
全身でピーターを拒絶していた。
それが分かったのか、ピーターはゆっくりと今度はハリーの方を向く。

「ハリー、ハリー…君は私を信じてくれるね。君のお父さんはとても優しく賢く…」
「どの面下げて、ハリーにそんな事を言うつもりだ!」

シリウスがピーターに怒鳴りつける。
ピーターは一瞬びくりっとなり、シリウスを見る。

「シリウス、君だって同じ状況に立てば私のように…」
「なるかよ!俺だったら、ジェームズを裏切るくらいならば死んだ方がマシだ!」
「…き、君にあの時の私の恐ろしいと思った気持ちが分かるものか」
「だからって、ジェームズを裏切っていいってことはねぇんだよ!」

シリウスはひゅっと杖を振り、ピーターに杖先を向ける。
その視線には殺気が込められている。
ピーターは少しだけ震えた手を握り締め、シリウスを見ている。
それはピーターがシリウスに怯えているようにも見えるが、には何故かそうは見えなかった。

「馬鹿だな、ピーター。どんなに卑しく生き続けても、俺がジェームズを裏切ったヤツを生かしておくと思っていたか?」
「私もシリウスと同じ気持ちだよ。友を裏切ったことだけは、許せないことだ」

昏い瞳がピーターを見つめる。

「死んでジェームズに詫びて来い」

シリウスが杖を振り呪文を口にしようとした瞬間、ハリーが駆け出してピーターの前に立つ。
まるでかばうように。
それを見たピーターが、一瞬、ほんの一瞬だが、泣きそうな笑みを浮かべたのをのいる場所からだけ見えた。

「駄目だ!」

ハリーがピーターをかばったのを見て、シリウスとリーマスは戸惑う。

「ハリー、そいつは君の両親の命よりも自分の命を優先したようなヤツ…」
「わかってる!それでも…」

ハリーは小さく首を横に振る。
駄目だと、シリウスとリーマスが手を汚す必要などないと首を横に振る。

「父さんは、親友が自分のためにそんなことをすることを望まないはずだから」
「だが…」
「いいんだ!こういう人のために、アズカバンがあるんでしょ?だから、アズカバンにいかせるのが一番いいんだ」

ハリーは顔だけ後ろを向けてピーターを見る。
僅かに憎しみを宿した目でピーターを睨む。
許したいわけではないのかもしれない、それでも、シリウスとリーマスのことを考えハリーは我慢しているのだろう。

「それで本当にいいのか?ハリー」

シリウスの言葉にハリーは頷く。
それを見て、シリウスは大きなため息をついて杖を下ろす。
リーマスは足を怪我しているだろうロンの所へ応急処置をする為に近づいていた。
ロンの足の怪我は、シリウスがロンと一緒に鼠をここに引き込む時に負わされたものだろう。
シリウスも随分と乱暴なことをするものだ。

「動くなよ、ピーター。鼠になって逃げようとしたら、ハリーが止めても殺す」

シリウスがギロっとピーターを睨む。
リーマスがロンの足の怪我の応急処置をしている間に、ハーマイオニーが倒れたままのセブルスを見る。

「ルーピン先生、スネイプ先生はどうすれば…」
「ああ、それなら簡単だよ。モビリコーパス!

リーマスが呪文を唱えると、セブルスの体がふわりっと浮く。
そのままふよふよと空中に浮いたままになる。
これで移動すれば大丈夫だろうという事だ。
はそれを横目で見ながら、ピーターの方に近づく。
ピーターの横に立ったをハリーが不思議そうな目で見ていたが、それを気にせず、はピーターに手を差し出した。