アズカバンの囚人編 62




暴れ柳が見える場所にとヴォルは堂々といた。
姿は見えなくしている状態なので、喋らなければその存在が気づかれることはないだろう。
それでも”戻って来た”ハリーとハーマイオニーに遭遇するのは危険だ。
まずは”戻ってきている”ハリーとハーマイオニーの場所を把握しておこうという事だったが、それは意外と早く見つかった。
バックビークというでかいものを連れているのだ、いくら日が暮れ始めた薄暗い中とはいえ、探そうと思えばすぐに見つかる。

「傍から見ると阿呆だな」
「ヴォルさん…、2人も一生懸命なんだよ」

飛び出しそうになるバックビークを押さえながら、暴れ柳を見守るハリーとハーマイオニー。
そしてそれを少し離れた所から見るとヴォル。
今日はバックビークの処刑の日で、”戻って来た”ハリー達がバックビークを連れ出して、処刑されずに済んだのだろう。
バックビークの姿を見たは少しほっとした。

「この後ルーピンとセブルスが来るのか」
「うん。もうちょっと経ってからかな?」

今は、ロンが暴れ柳に引きずり込まれ、ハリーとハーマイオニーがなんとか暴れ柳に入っていくのを見た後だ。
はヴォルの顔をじっと見る。

「何だ?」
「ヴォルさんって、教授の事はファーストネーム呼びなんだね」

ヴォルがファーストネームで呼ぶのは死喰い人関係者ばかりだ。
ドラコしかり、ルシウスしかり。
シリウス、ジェームズ、リーマスは全てファミリーネーム。
そう言えばピーターもファミリーネーム呼びだ。

「セウィルもスネイプだ。同じ呼び名では混乱するだろう」
「あ、そっか」

しかし、ヴォルがセブルスを”セブルス”と呼ぶという事は、ヴォルデモートもセブルスの事は”セブルス”と呼ぶのだろうか。
今この状況では全く関係ないことなのだが、はふとそんなことを思った。

「どうでもいいが、あの馬鹿はあれで本当にブラックなのか?」
「へ?」
「黒犬のことだ。ブラック家と言えばかつては純血一族の中でもその権力や血筋の良さはマルフォイ家よりも上だったはずだ。それ相応の教育もされているだろうに、あの単純な行動な馬鹿か?」

まるでピーターしか見えてないかのように、ロンごと暴れ柳に引きずり込んだ黒い犬のシリウス。
やりようはいくらでもあっただろうに、もう少し他の方法をとろうとは思わなかったのだろうか。

「そ、そういう性格なんだと思うよ。やっぱり性格ってのは中々変えようもないものだろうし」
「ブラックの当主には到底向かない性格だな」
「そうだね。貴族の当主様っぽい性格じゃないってのは私も思うよ」

シリウスはイメージ的に庶民だ。
ドラコやルシウスなんかは、まんま貴族だろう。
それでもやっぱり学生時代は少し違ったのだろうか。
いや、ジェームズと悪戯三昧だったようだから、今とそう変わりない性格だったのだろう。
とヴォルはそう会話しているうちに、リーマスがひょっこり現われる。

「すぐに教授が来ると思う」
「その後すぐ動くか?」
「うん、ハリー達に見つからないように動かないとね」

姿を見えなくしているとはいえ、足音までは消せない。
静かに歩いていけば大丈夫だろうが、見つかっては困ったことになるだろう。
リーマスが暴れ柳の穴に入り、しばらくしてセブルスが姿を見せた。

「あ、来た」

セブルスは暴れ柳の前でふと止まり、そこに落ちている何かを拾い上げる。
ハリーが落としただろう透明マントだろう。
セブルスは暴れ柳をこぶを木でつつき、ハリーの透明マントをかぶって穴に入っていったようだ。

「行くか?」
「うん」

ヴォルの言葉には頷く。
今のとヴォルは、透明マントを被った状態と同じだろう。
それでも暴れ柳は気配で感知するのか、それとも存在そのものを捉えるのか分からないが、このままで近づいても反応してくれるだろう。
は暴れ柳に近づき、セブルスがやったようにコブをつつく。
ヴォルと目を合わせ頷き、するりっと穴の中に入っていく。

「うわ…、思ったより暗い」
「ルーモス」

ヴォルがすぐに呪文を唱えるとぽんぽんっと小さな光球が浮き上がる。
はあれ?と思う。
ルーモスはこういう効果が出る呪文だっただろうか。

「呪文は同じでも効果を多少アレンジすることくらいは簡単だ」
「…なんで考えていること分かったの?」
の顔を見れば分かる」

そんなにわかり易い表情をしてしまっていただろうか。
はとりあえず周囲を見回して、先を見る。
少し長い洞窟のようだ。
ホグズミードまで歩いていくことになるだろうから、短くはないだろう。

「俺が学生の頃はこんな通路はなかったんだがな」
「確か、ここってリーマスの為に作られたものだったと思うよ」

人狼であるリーマスが、満月の夜だけこっそりホグワーツから抜け出し、叫びの屋敷で1人耐え忍ぶ為に。
それが、その時点でホグワーツの教師達が出来た最大の譲歩なのだろう。
例え入学資格があっても、人狼の少年の入学など、反対した人は多くいたはずだ。

「人外を受け入れることなど、ホグワーツにとっては今更だと思うがな。何が起こるか分からないと余計な心配をするくらいならば、最初から例外など作らなければいいものを」
「それって、ハグリッドのこと?」
「いや、もっと昔から人以外の血を持つ者の受け入れは密やかにだがされていたと聞くな」
「そうなの?」
「ああ」

ホグワーツの歴史は長い方だろう。
創設されておよそ1000年。
その間、人のみを受け入れてきたとは考えにくいかもしれない。
魔法界には意外と人以外の血を持つ魔法使いもいるものだ。

「ヴォルさんって、色々詳しいね」
「昔散々調べたからな。古い魔法を知るにはまずは歴史を知る必要があっただけだ」

生きている年数が違うからかもしれないが、ヴォルの知識はかなり深い。
ちょこっと未来を知っているだけのの少ない情報で、ある程度のことを理解できてしまうほどに。

「ヴォルさんって、実年齢いくつだっけ?」

ふと思った。
なんとなくの年齢はリドルの頃から遡って計算すれば分かるが、ヴォル自身に聞いたことはない。

「年齢…か。ホグワーツ卒業してからは数えてもいなかったが…」

結構年上なのは分かっている。
例え今の姿が13歳の時のものだろうが、中身の精神年齢はヴォルデモート卿と同じだ。
話していれば大人なんだな、というのは分かる。

「67くらいか?ポッターに消されそうになって思念体のような状態で10年ほど過ごした日も合わせれば、の話だがな」
「…ろくじゅうなな」

50年前にリドルが学生だった頃を考えればそんなものだろう。
少し考えてざっと計算すれば分かるはずだ。
しかし、実際年齢を聞いてみると、なんとなく微妙な気持ちになる。

「ヴォルデモートさんの記憶持っているんだよね?」
「分かれるまでのな。今どうしているかは分からないが、検討はつく」
「考え方は違っても性格は殆ど一緒だから?」
「それもあるな」

も今ヴォルデモート卿がどうしているかはなんとなく知っている。
来年蘇る為の下準備をしているという所なのだろう。
恐らく蛇のナギニと一緒にいるはずだ。


「ん、何?」
「次の休暇に入ったら、ルーピンのいる家から離れるか?」
「ヴォルさん?」

次の休暇というと、3年生が終わった後のイースター休暇のことだろう。

「あれがこのまま大人しくしているとは思えん。恐らくそう遅くないうちに身体を蘇らせるはずだ」
「うん」

ヴォルの言うあれとはヴォルデモート卿のこと。
存在が消えないない限り、彼は蘇ることを諦めないだろう。

「いつ蘇るか知っているか?」
「…多分、1年後」

は小さな声で呟く。
来年の丁度ハリーが4年の時の三校対抗戦にまぎれて、ヴォルデモート卿は復活を果たす。
の言葉を聞いてもヴォルは驚かない。
予想はしていたのだろう。

「その時はダンブルドアと共に行動することを選ぶか?」

はゆっくりと首を横に振る。
多分それだけはできないと分かっている。
何故なら、自分は危険というものを分かっていながら忠告もしない立場なのだから。
彼らの側にいるべきではない。
知っていながら見守るのも苦痛で耐えられなくなるだろうと思う。

「だから、あの家から離れた方がいいだろう?」
「うん、それは私も思ってたよ。ダンブルドアが気を使ってリーマスを紹介してくれたのには悪いと思うけどね」

ダンブルドアの方につけない以上、そちら側の魔法使いであるリーマスと一緒に暮らすことは出来なくなるだろうことは分かっていた。

「ノクターン横丁にだが屋敷を買った」

ヴォルの言葉には思わずヴォルを見る。
なにかものすごくさらりと、とんでもないことが聞こえた気がした。

「…か、買ったって、屋敷を?!」
「ああ」

ノクターン横丁とはいえ、あそこは魔法使いにとってはかなり開けた場所で店も多い、となれば地価はかなりのものだろうし、屋敷など一般の学生がひょいひょい買えるものではない。
値段が半端ではないだろう。
それを、さらりと買ったとヴォルは言った。

「ど、どうやって?」
「どうもこうも普通にだが?」

は頭を抱えそうになる。
きっと基準が違うのだ。
シリウスもそうだが、感覚が分からなくなるほどの金額のものをぽんっと買えてしまう感覚はには分からない。
しかし、ヴォルがたまに1人でいなくなる理由がこれで分かった。

「ヴォルさん、休暇中たまに1人でいなくなってた理由って、それ?」
「それ以外になにがある?別に大したことじゃないさ。多少非合法な手段を使えば、金を稼ぐ方法はいくらでもあるしな」

流石元闇の帝王という所だろう。
ノクターン横丁に屋敷をひょいっと変えてしまうほどの金額をさらりっと稼いでくるのだから。
はヴォルがたまに出かけているのは、きっと自分に関わる何かをしているのだろうことは分かっていた。
しかし、屋敷を買うためだったとは予想外である。

「ルーピンの所を出ても行き先がないのは困るだろ?」
「そ、それはそうだけど…」
「屋敷の1つくらいあってもいいだろ」
「家は小さな家が1個あれば十分だと思う」
「新しい魔法や魔法薬を試す為にも、もう少し広い屋敷が欲しかったんだが、時間がなさそうだったからあの程度になってしまったが…」

ヴォルは小さく息を吐く。
どうやら買った屋敷の広さに、いささか不満があるようだ。
屋敷と言うのだからそれなりに広いだろうに、はちょっと買ったという屋敷の広さが気になった。

「えっと、ヴォルさん?ちなみに、買った屋敷ってどれくらい広い?というか部屋数いくつ?」

どれくらい広いかと聞いて、単位で答えられてもには分からないから部屋数で聞いてみる。

「部屋数…、いくつだったか?地下があるのは最低条件にしたからな、、地下を含めなくても10くらいはあるんじゃないか?」

は今度こそ本当に頭を抱え込む。
基準がとてもつなくズレているらしい。
屋敷と表現した以上部屋の10くらいはあってもいいが、地下があるのが最低条件というのはどういう事だろう。
魔法薬の実験か何かに使いたいのだろうが、それで狭いとは。

ヴォルさんって、小さい頃孤児院で育ったんじゃなかったっけ?
その基準は一体どこにいったんだろ?

孤児院で過ごした日々は恐らく十数年、現在の年齢を考えればその半分にも満たないのだから、その頃の基準などさっぱり忘れてしまったと考えてもおかしくはないだろう。