アズカバンの囚人編 61
が悩んでいても時は変わらず流れていく。
満月の時期になる。
授業の合間、はぼぅっとしながら外を見る。
最近では、授業内容は右から左へ流れていってしまっている事が多い。
そろそろちゃんと勉強しないと成績がかなりやばいかもな〜。
実技が駄目な分、ペーパーで稼げるものは稼がねばならない。
魔法史や魔法薬学等はその筆頭だ。
セブルスの魔法薬学の授業で余所見などしようものなら減点ものなので、ちゃんと授業を受けている振りをするが、魔法史は殆どぼうっとしているだけだったりする。
テスト期間ももう始まるので、勉強にとりかからないとまずいだろう。
「行くべきか、待つべきか…」
もくもくと大広間で夕食を食べながらは考える。
生徒達がいる大広間といえど、の小さな呟きを聞きとめる人など殆どいないだろう。
ハリー、ロン、ハーマイオニーといえば、3人でなにやら相談のようなものをしている。
「、大丈夫?」
「うん。ちょっとテストのことを考えていてね」
心配そうにを見てくるネビルには笑みを浮かべる。
「元気がないのはあまり食べないからじゃないの?って年の割には小さいもの」
「ブラウン、僕の食事量は普通だよ」
「どこが、よ!ハリーも小さいけれど貴方も小さいわ!」
たまに食事で席が隣になったりするラベンダー。
彼女の言葉はグサッとくるものがある。
確実に年下のネビルに比べて、は小さい。
性別が違うとはいえ、5つ以上も離れている子よりも小さいのはちょっと気にしている。
黄色人種と白人の成長の違いと言われてしまえばそれまでだろうが…。
「でも、テストは嫌だなって思うよ」
「そうなんだよね。特にマクゴナガル先生の授業なんて…、僕グリフィンドールなのに先生に去年も一昨年も嘆かれちゃって」
はぁっと軽くため息をつく。
「それが不思議なのよね。って頑張っているのに、本当に実技関係は見事なまでに駄目なんだもの。飛行訓練ではクィディッチの練習試合を眺めているだけだし」
「でも、僕、がクィディッチでスリザリンとの勝負に参加してすごく活躍したって聞いたことあるよ?」
「え?そうなの?」
うぐ…!その情報源は絶対に双子だね、ネビル。
もう、忘れてもいい結構前のことなのに…。
「まぐれってのは、結構あることだよ」
しれっと誤魔化す。
相手がジョージやフレッドならばともかく、ネビルやラベンダーあたりならばでも誤魔化せる。
の表情が変わらないことに、ラベンダーは噂に過ぎないと思ったのかそれ以上は突っ込んでこなかった。
内心とってもほっとする。
食事も終わり日が暮れ始めた頃、空に満月がちらりっと見えてくる。
寮の部屋にハリーとロンの姿はない。
ネビルは談話室にいたのを確認してある。
「よし、行くか」
はジェームズの記憶の宿る本を持って窓を開ける。
この時間談話室を通るのはまずだろう。
ばっと窓から飛び出て、『力』を使って綺麗にすとんっと外に着地する。
上を見上げてくいっと指を動かして”閉じろ”と一言呟き、窓をそっと閉じる。
「で、行くのはどこへだ?」
「…っ?!」
すぐ側で聞こえた声に思わずびくりっとなる。
「ヴォル…さん?お、脅かさないでよ」
ヴォルは腕を組んでを待っていたようだった。
が外に出てくることは分かっていたのだろうか。
「今日のは少しおかしかったからな、何か起こるだろうとは思っていたが…、いい加減1人でなんでもやろうとするのはやめておけよ」
こんっと軽くの頭に拳をあてる。
ぐるぐる悩むばっかりでヴォルには殆ど何も言っていない。
少し反省する。
「うん、努力はする」
性格上というかなんというか、は”そうする”とははっきりと言い切れない。
何かあれば1人で突っ走ってしまうことは絶対にあると自覚している。
「俺に対して迷惑だと思うな。何かやるならスリザリン寮に忍び込んででも呼びに来い」
「え?それはかなり無理だと思うんだけど…」
スリザリン寮の合言葉など知らないし、グリフィンドール生のが合言葉を知っていて堂々とスリザリン寮に入りでもしたら問題だろう。
各寮の合言葉が何のためにあるのか分からなくなってしまう。
何よりも、スリザリン生たくさんの所に平然と入っていけるほどの勇気は流石のにもない。
「忍び込むことくらい出来るだろ?無理なら隠し通路を1つ教えてやる」
「へ?隠し通路なんてあるの?」
「各寮に忍び込む通路が、俺が知る限りは1つずつくらいはな」
「へ〜」
あるかもしれないとは思いつつも、そんなものが本当にあるとは思わなかった。
「でも、やっぱり私はグリフィンドール生だし、スリザリン生の誰かに見つかりでもしたら困るよ」
一応はグリフィンドール生。
そして、スリザリンとグリフィンドールは昔から険悪関係であることには変わりない。
その関係はには当てはまっていない気もするが…。
「大丈夫だろ。見つかったところで今更への対応が変わるとは思えん。今でも十分変なグリフィンドール生だと言われているからな」
「変って…」
「ドラコや俺と平然と会話している時点で変だろ。他のスリザリン生が何か言ってくるようだったら俺が黙らせるから報告しろよ」
その言葉に沈黙を返す。
黙らせるとヴォルがそう言うのならば、言葉そのまま本当に黙らせるのだろう。
こんな所はリドルの頃と変わっていない気がする。
「それで、まずはどこに行くつもりだ?」
「うん」
もそれをずっと考えていた。
暴れ柳から叫びの屋敷へ行くか、直接叫びの屋敷へ行くか、”戻って”来ているハリーとハーマイオニーを追うか。
「姿を見えなくして、暴れ柳から叫びの屋敷に行く」
ヴォルがすっと杖を取り出すが、がそれを手で制す。
そして小さくは呟く。
自分とヴォルの姿を周囲に認識されないように、と。
ふわりっと何かの力がとヴォルを包み込む感覚がした。
「この魔法は声の遮断は不可か?」
「姿だけ認識できないようになってるだけ。声まで遮断すると、今の状態での会話もできなくなっちゃうし」
「開心術が使えれば楽なんだが、には効かないしな」
「かいしんじゅつ?」
「対象の心の中を覗くことが出来る、特殊魔法の1つだ」
そんな魔法もあるのか、とは思う。
魔力が全く無い為、その開心術もには無意味なようだが。
「そんな魔法あるんだ」
「には殆どの魔法が効果ないから意味ないだろ」
「でも、その魔法が効かないって分かったら、私に魔法が効かないってことバレちゃう?」
ふっとそんなことを思う。
が聞いた事が無い魔法というのならば、その”開心術”というのは一般的な魔法ではないのだろう。
となれば使える魔法使いは少ないはずだ。
だから使われることは早々ないとは思うが、使われたらに魔法が効かないことが分かってしまうのか。
「それは平気だろう。開心術を防ぐ魔法で閉心術というものがある」
「反対魔法がやっぱりあるんだね」
「大抵の魔法は防ぐ為の反対魔法というのが存在する。防ぐことが出来ない魔法は禁じられた3つの魔法くらいだろうな」
服従の呪文、磔の呪文、死の呪文の3つ。
この禁じられた魔法のうち、死の呪文を受けて生き残った者はたった一人しかいない。
「とりあえずは、。この満月の夜にわざわざあの屋敷に行く理由を聞こうか」
「あ、うん」
はゆっくりと歩き出す。
足音を立てないように歩き、姿は見えずとも声は響いてしまうので声も小さくする。
すでに日は暮れ始め、生徒達は外に出てはいけない時間になっている。
「多分、今日シリウスさんが行動を起こす日だから」
「ペティグリューは今あの屋敷に隠れているのか?」
「ううん、違う。多分もうウィーズリー君の所にいると思う。ウィーズリー君ごとシリウスさんが引きずり込むはずだから、それと、リーマスと教授が屋敷に向かうのを確認してからその後をついて行こうと思ってる」
ピーターがロンの手から逃げ出すタイミングで追う必要がある。
暴れ柳の所でずっと待っていてもいいが、こっそりついて行った方がいいだろうとは思ったのだ。
「随分と大人数だな。ウィーズリーが引きずり込まれるということは、ポッターとグレンジャーも一緒か」
「うん」
呆れたようなヴォルの口調に、は思わず苦笑してしまう。
こんなさらりっと先のことを話せるようになるとは、最初の頃は思っても見なかった。
それだけ今はヴォルを信用してしまっているという事なのだろう。
「はペティグリューをどうしたい?捕まえてブラックの無実の証明をしたいか?」
の役目を知っているのは、今は亡き先代であるシアンのみだ。
ヴォルはが知っている未来の通りになるためにここにいるという役目までは知らない。
本当ならば、ピーターを捕まえシリウスの無実を証明したい。
はぎゅっと拳を握り締め、ゆっくりと首を横に振る。
今色々迷い考えるのはやめようと決めたのだ。
「ピーター=ペティグリューさんには逃げてもらう。リーマスは叫びの屋敷から出たら人狼に変わり、ハリー達を襲う。それに手を出すつもりは無いよ」
「命の危険が無い限り、か?」
「うん」
知っているならそれをどうにかすべきだ。
普通の感覚を持つ人ならばそう言うだろう。
けれど、ヴォルはそんなことは言わない。
「俺としては、命の危険があってもが無事ならポッター程度どうなってもかまわないんだがな」
「ヴォルさん…、その考えはちょっと物騒だよ」
は小さくため息をつく。
ヴォルの考え方はやはりたまに物騒だ。
まるでハリー共々そのまま全員共倒れになってくれれば清々するとでも言いたげだ。
でも、自分のやり方を責めずに、問わずに、自分の身を案じてくれるのは少し嬉しい。
「今回は、ペティグリューさんに話を聞くこと。それ以上のことはしないつもり」
そして、見守ること。
の知る通りに、事が運ぶのを見守ること。
「ただ…」
「ただ、なんだ?」
叫びの屋敷から暴れ柳に戻って来た時にピーターが逃げ出す。
そのタイミングを見てそれを追えばいいのだが、注意する事がひとつある。
狼となったリーマス、リーマスを追ってきただろうセブルス、ハリーとロンとハーマイオニー、そしてシリウスとピーター。
そのあたりにいるのは彼らだけではない。
「タイムターナーで戻ってきてるハリーとハーマイオニーに鉢合わせしないように気をつけないとならないんだよね」
「タイムターナー…、グレンジャーが持っているあれか」
「気づいてたの?」
ハーマイオニーが全教科の授業を受けるために使ってるのが、逆転時計、タイムターナーだ。
ヴォルはハーマイオニーがそれを持っていることに気づいていたようだ。
「戻ってきているのは2人だけか?」
「うん。もう、戻ってきてる2人も行動しているはずだから、鉢合わせだけはしないようにしないと」
「万が一の時は忘却呪文でも使えば平気だろ」
「う〜ん、それはできれば使いたくないんだけどね」
できればハリー達の動きには干渉したくない。
そのためには達が気をつけて行動しなければならない。
最も、ヴォルがいるのだから気配も消せないハリーとハーマイオニーを避けることはそう難しくないだろうが…。