アズカバンの囚人編 60




今日はグリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合の日だ。
バックビークの裁判の件で、ハリーとドラコの仲はさらに険悪になっていた。
ドラコがバックビークの裁判の件でハグリッドを馬鹿にすれば、ハリーがそれを睨む。
はその件に関しては口出しをしなかった。

は禁じられた森の中にいた。
クィディッチの試合を観に行ってもいいのだろうが、そんな気分ではなかった。
こんな日に禁じられた森の中にいる生徒などいるはずもなく、グリフィンドール生とスリザリン生の殆どはクィディッチ競技場だろう。
他の寮生達もクィディッチ競技場にいる生徒が大多数のはずだ。
ふらりっとたまに目の端に黒いものが横切るのが見える。
遠目に見えるそれは恐らく吸魂鬼なのだろう。

「餓えてるのかな?」

あの黒いふらふらとした吸魂鬼の姿は、禁じられた森に入るとたまに見かける。
ホグワーツの敷地内に入ってこないはずなのに、ここにいるということはいい加減我慢が聞かなくなっているのか。

「夜だともっと多いけどな」

頭の上から声が聞こえては驚く。
ひょいっと顔を上げてみれば、そこには昼間会うのは珍しい人の姿。

「シリウスさん、いいんですか?昼間からその姿で歩いていても」

黒く長い髪を無造作に後ろで束ねて、を上からひょっこり覗きこんでいるシリウス。

「クィディッチの試合をしている最中だから大丈夫だろ」
「試合は観に行かないんですか?」

今日はグリフィンドールの試合だ。
シーカーがハリーだから応援は出来なくても遠くから観る事くらいはできるだろう。
親ばかなシリウスのことだから、普通に試合を観に行っているものだと思っていた。
シリウスはどこか気まずそうにから視線を逸らす。

「いや、少し自重しようかと思って…」
「自重?どうしてまた?」

親馬鹿なシリウスのことだから、なりふり構わずハリーの応援をするかと思っていた。

「…見つかった」
「へ?」
「この間のクィディッチの試合で、見つかったんだ」
「誰にですか?」

シリウスは盛大に顔を顰める。
見つかりたくない人物にでも見つかってしまったのだろうか。
しかし、見つかったのならば今のホグワーツではもっと騒ぎになっているはずである。
シリウスの姿を見たのは、今の所ロンとだけのはずだ。

「アニメーガスのままだったから良かったが、スネイプに姿を見られた」
「教授に?でも、教授はシリウスさんがアニメーガスという事を知らないんですよね?」

シリウスが黒犬になれることを知っているのは、ジェームズ、リーマス、ピーターの3人だけのはずだ。
今ではとヴォルもそれを知っているが、ヴォルがセブルスにそんなことを言うはずがないだろう。

「だが、リーマスは知っている。何かの拍子でリーマスにそれが伝わってしまったら、リーマスに迷惑がかかる」
「迷惑?」
「リーマスは優しいやつだ。俺が罪人として追われていても、俺をかばうかもしれないだろう」

人狼というリスクを背負っているというのに、シリウスをかくまうなどという事までしてしまってはリーマスに迷惑がかかってしまう。
シリウスはそう言いたいのだろう。

「シリウスさんだって十分優しいですよ」
「そうか?俺は犯罪者だぞ?」
「自覚している分だけ、十分優しいですよ。死喰い人の方々は、自分がやっていることが正しいと思っているでしょうから」

ヴォルデモート卿も、ルシウスも、アズカバンに投獄されている死喰い人達も、自分達が行っていることが、魔法界での法に触れることくらいは頭で分かっているだろう。
だが、それを悪いことだとは思っていない。
正しいことで、魔法界のためになることだと思ってやっているのだろう。
それは悲しいことだとは思う。

「というより、シリウスさんは犯罪者なんかじゃないでしょうが!」
「ハリーに対する親馬鹿振りを見る限り、ストーカー予備軍な気もするけどね〜」

ひょっこり聞こえてきた第三者の声はとても聞き覚えのある声。

「ジェームズ?!」

の後ろから覗き込むように現われたジェームズの姿。
森に来る時には小さなバッグを持って出た。
その中にはジェームズの記憶の本も入っている。
もしかしたら、何かの拍子でピーターに会う機会があるかもしれないと思い、外に出る時はなるべく持ち歩くようにしているのだ。
だけで会ってもいいのかもしれないが、やはりジェームズも直接事情を聞きたいだろう。

「てめぇ!ストーカー予備軍ってどういう意味だぁ?」
「そのままの意味さ、パッドフット君。まさかこんな親馬鹿になるなんて、学生時代の君からは想像もつかなかったよ」
「……悪かったな」

シリウスはむすっと顔を顰める。

「にしても…」

ジェームズはひょいっとの顔を覗き込む。
はきょとんっと首を傾げる。

って相変わらずすごいね〜」
「へ?」

はますますわけが分からないというような表情になる。
シリウスもジェームズの言いたいことが何なのか分からずに首を傾げた。
ジェームズはくすくすっと笑う。

「実はここ最近と一緒にいたんだけどね」
「一緒ぉ?」
「変な想像をしないでくれたまえ、パッドフット君」
「してねぇよ!」

びしりっとシリウスを指差すジェームズに即座に反応するシリウス。
シリウスの反応はまさ打てば響く、だ。

「グリフィンドール寮に置きっぱなしじゃ、何かの拍子で誰かに見つかった時まずいだろう?だから、別の保管方法見つけるまでは当分同行させてくれってお願いしたんだ」

その言葉になるほど、と頷くシリウス。
ジェームズの平然とした嘘もすごいが、それをあっさり信じてしまうシリウスもある意味すごい。
実際は寮におきっぱなしでも構わないし、寧ろその方が生徒達から漏れる魔力を吸収できるのでいいのだが、ピーターの件があるので持ち歩いているのだ。

「それで、の何がすごいんだよ?」
「禁じられた森に篭っている君には分からないかもしれないけどね」
「好きで篭ってる訳じゃねぇ!」
「まぁまぁ、シリウス。落ち着いて落ち着いて」
「誰のせいだよ!」
「少なくとも僕のせいじゃないね」

きっぱりさっぱりジェームズは言い切る。
はぽけっとしながら掛け合いを見ているだけだったが、この2人は本当に信用し合った親友なんだな、と改めて思う。
互いが互いのことを思い合っている。
たとえそれが、10年以上離れていた友人同士でも。
この2人の今の会話を見れば、シリウスが裏切ったなどとは誰も思わないだろうに。

「それでジェームズさん。僕の何が?」

2人の掛け合いを眺めていては話が進まない。
はジェームズに話をふる。

「黒猫君のこともすごいと思ったけど、ルシウスの息子の性格には驚いたよ」
「ルシウス?ルシウス=マルフォイの息子がいるのか?!」
「…シリウス。君って本当にハリーしか見えてないんだね」

呆れたようにシリウスを見るジェームズ。
ドラコの存在はその家もあるだろうが、ホグワーツではかなり有名なのではないのだろうか。
恐らくスリザリン生の中でドラコの存在を知らない人はいないだろう。

「もしかして、以前言ってた元死喰い人の息子と友人ってのはそいつのことなのか?
「あ、はい。そうですよ」
「あれ?ルシウスは確か死喰い人ではないって、弁明していたはずだけどやっぱり死喰い人なんだね」
「あの純血馬鹿がマグル出身を受け付けるわけねぇだろ?俺がまだ学生の頃から、普通に仕えてたらしいぜ?」
「シリウス詳しいね〜」
「あの家にいりゃ、嫌でも情報が流れてくる」

嫌な事でも思い出したのだろうか、シリウスは盛大に顔を顰めた。

「ルシウスの息子なら、純血主義でえらそーに権力振りかざしてそうだよな」

まるで吐き捨てるような物言いである。
確かに以前のドラコはそんな感じだった。
純血以外は皆”穢れた血”で自分よりも下位の者であるのが当然かのような振る舞い。
我侭放題で、自分の思う通りにならないと怒る。

「それがそうでもないんだよね」
「そうでもないって、どういう事だ?」
「そこがのすごい所だよ」
「は?」

ジェームズはびしっと指を一本立てる。

「僕もてっきりルシウス似のクソ生意気な餓鬼だと思っていたんだけどね、ハリーに対する態度はともかくとして、に対する態度が物凄く意外なんだよ」
「マルフォイ家ってのは純血主義じゃないのか?は純血じゃないだろ?」
「はい。僕はマグルですよ」

は頷く。
ジェームズが驚くのも分かる気がする。
確かにドラコは随分変わった。
まだ子供だから、生意気なところもあるが、思いやりを持つことを覚えた。

「ルシウスの息子がの心配をしているのを見た時なんて、物凄く驚いたよ!」

いや、ジェームズさん。
ドラコだって普通に感情あるんだから、人を心配することくらいはすると思うんですけど…。

「黒猫君から聞く限りじゃ、以前はそんなんじゃなかったらしいじゃないか」
「……ジェームズさんって、いつヴォルさんと会話しているんですか?」

なにやらジェームズとヴォルの間で謎な会話が色々成立しているような気がする。
が全て知っているというのもおかしいだろうが、それでもいつの間にか意思疎通が取れているのが不思議でたまらない。
ジェームズはヴォルが”誰”であるのか、知っているはずなのに。

「黒猫ってアイツのことか?」
「そうそう。シリウスも面識あるよね?」
「……アイツはなんとなく気に入らない」

その答えはは予想できた。
シリウスとヴォルはどうも険悪ムードなのだ。
多分なんとなく合わないのだろう。
単純馬鹿シリウスに比べて、ヴォルの方が大人といえば大人なので喧嘩にまで発展したこともないし、2人が顔を合わせることも殆どないだろう。

「シリウスって、スリザリン気質の相手をとことん嫌うよね〜」
「悪いかよ。どうしても合わないんだ」
「ま、気持ちは分かるけどね〜。黒猫君とかルシウスの息子なら僕は平気かな?昔の彼らは僕も嫌いだと思うけど、やっぱりはすごいよ」

どうしてそうなる?とはジェームズに問いたい。
別にたいした事はしてないのだ。
ヴォルにだってドラコにだって、たくさんお世話になってしまっている。
最近ではヴォルに頼りはじめただが、年下のドラコは巻き込みたくないと常々思っている。

「別に僕は何をしたってわけでもないんですけど…」

普通に接して思ったことを言っていただけにすぎない。
ちょっと違う点があるとすれば、同学年の子よりも大人なだけだ。

「自覚してないところが、これまたすごいんだけどね〜」
「故意に言動変えてるんだったら、それこそスリザリンだろ」
「自覚なしだからグリフィンドールってことだね」

なにやら2人だけで納得している。

「何があっても、で今のままでいて欲しいって僕は思うよ」

ジェームズはにっこりと笑みを浮かべる。
その笑みには別の意味が含まれているような気がした。
それがなんなのかは分からない。
そう言えば、ジェームズはいつも何かを知っているかのような表情をすることがある。
この笑みはそれと関係があるのだろうか?