アズカバンの囚人編 59
今日はホグズミード行きの日。
は1人でホグズミードの叫びの屋敷に来ていた。
下見、しておいた方がいいよね。
たくさんの針金とロープで鉄格子の門は縛り付けられてあり、入れないようになっている。
さて、どうしたものか。
流石にこのあたりに近づくような人はいないからか、人気はない。
『力』を使って飛び越えてしまうのが一番早いかもしれない。
「うん、そうしよう」
「何がだ?」
突然聞こえた声にぎょっとする。
人気はなかったはずなのに、自分以外の声にかなり驚く。
声の方を見てみれば、そこにはいつの間にいたのかヴォルの姿。
「ヴォ、ヴォルさん…、脅かさないでよ」
の言葉にヴォルは大きなため息をつく。
「、お前な…」
「え?何?」
「いや、もういい。中に入りたいのか?」
「あ…うん」
最近のヴォルはあまりの事情に突っ込まなくなってきた。
想像がついているのか、それとも深く聞くことを諦めたのか。
それは分からないが、を気遣っていることは確かだろう。
もそれは分かっている。
「もっと俺を頼れよ」
ぐいっとヴォルの腕の中に引き寄せられる。
両腕に包み込まれ抱きしめられたと理解した瞬間、ひゅっと空気が震える音がした。
ぐにゃりっと歪む空間と、ふわっと浮き上がるような浮遊感が一瞬。
それは暖炉のフルーパウダーでの移動の感覚と良く似ていた。
くらっと一瞬眩暈がしたような気がしたが、ぱちんっという音と共にすとんっと地に足がついた感覚がした。
「え…?」
肌に感じる空気に先ほどの冷たさがなく、は周囲を見回す。
「ホグワーツを出れば姿現しを使うことは可能だからな」
「あ、そっか」
は魔法を使わないので考えもつかなかったが、ホグワーツを出れば姿現しが普通に使える。
ホグワーツを首席で卒業したリドルであったヴォルならば姿現しをすることなど簡単だろう。
も力を使えば似たような現象を起こすことは可能なはずだ。
「ここで何をするつもりだったんだ?」
「ちょっと…」
きょろきょろっと見回す。
この屋敷は2階建てのようで、使われていないからなのか蜘蛛の巣が所々張っている。
階段や壁もボロボロで穴が開いている所が多い。
外から風が入ってこないだけマシなのだろうか。
はぎしりっと軋む階段をゆっくりと上る。
この屋敷の所々に何かの鋭い爪痕のようなものがある。
「」
2階に上がり、部屋の中を見回しているにヴォルは声をかける。
「今度ここに来る時は、俺に言えよ?」
「え?何で?」
きょとんっと心底不思議そうな表情をする。
特にこの2階の部屋に爪痕は沢山残っている。
つまりはここにその爪の主がいたということになるのだろう。
ヴォルは鋭いほうだ。
それが何を意味するか分かっているはずだ。
「この場所が今何に使われているか、俺が知らないとでも思っているのか?」
はその言葉に驚きで目を開く。
「ホグワーツの授業も宿題も俺にとっては時間をかけるようなものではないからな、ある程度のことは把握しているつもりだ」
ヴォルは普段勉強に時間を割く必要がない分、結構時間がある。
その時間を使って色々なことをしているのだ。
は魔法をばりばり使えるわけでもないので、成績を維持する為に勉強は必要だ。
それでも年長者としての要領の良さというのはあるので、時間はそれなりにはある。
ただ、ヴォルほどではないだろう。
「もしかして、知っている?」
「ルーピンの事か?」
ヴォルならば人狼という事だけで、相手への見る目が変わることはないだろうと思う。
だから、結構あっさりとその問いが口から出た。
「知っているというより、”思い出した”だな」
「思い出した?」
「はフェンリールを知っているか?」
「フェンリール?」
聞き覚えのない名には首を傾げる。
「流石に死喰い人全員の名を知っているわけではないか」
「当たり前だよ、ヴォルさん。大体死喰い人がどれだけいるのかも知らないのに…」
の知っていることは、決してそう多くはない。
一般人に比べれば知っている真実は多いし、できることも多いが、だがただそれだけだ。
何をするのか決めるのは自分自身。
知る未来の通りに運ぶように、どう動くかを決めるのは自分自身で決めることだ。
「そのフェンリールって人は死喰い人なんだね」
「ああ。フェンリール=グレイバック、リーマス=ルーピンを噛んだ人狼だ」
「へ?」
リーマスが生まれつき人狼でなく、人狼に噛まれたからこそ人狼になってしまったことはも知っているが、誰がリーマスを噛んだかは知らなかった。
「噛んだ子の名をいちいち報告してくれるヤツだったからな、ルーピンの名を聞いたことはあったんだ」
リーマスを噛んだ人狼は死喰い人。
それはは知らなかった事だ。
「、お前人狼が狼に変わった姿を目の前で見たことがあるか?」
は首を横に振る。
人狼がどういうものかは”読んで”知っている。
だが、その姿をじかに目にしたことはない。
「ならば、満月にここには近づくな」
「ヴォルさん?」
「知っていてここに来たんだろう?ルーピンがホグワーツに教員としている間、満月の夜はどこにいるのかを」
「…うん」
「人狼の満月の夜は予想以上に危険だ。それを分かっているか?」
「えっと、一応」
危険だという事は承知している。
ヴォルは盛大なため息をつく。
「一応か」
「え、だって仕方ないじゃん。見たことないから想像でしか考えられないし」
「まぁ、いい。くれぐれも1人で行動するなよ」
「う…、善処する」
にはそうとしか言い様がなかった。
なんだか、最近はヴォルに行動が筒抜けのような気がする。
ヴォルはが未来を知っているということを知っている。
ここで何かが起こると気づいたのだろうか。
ヴォルさんは本来いない存在だとしても、やっぱりあんまり巻き込みたくはないんだけどな…。
そりゃ、ヴォルデモート卿並の強さがあるってのは分かっているけどね。
側にいてくれるのは嬉しいが、自分の役目に関わることに誰かを巻き込みたくない。
はその考えをどうしても変える事ができないのだ。
「それで、ここで何かするつもりだったのか?」
「ううん、ちょっと見に来ただけ。すぐ戻るつもり」
ちなみにのホグズミード行きの許可は、まだリーマスからは出ていない。
リーマスにホグズミードに行ったことがバレれば怒られるのは確実だ。
だからは隠し通路でホグズミードに来ていた。
「もう少しここにいた方がいいだろ。どの道を通ってきたのか分からないが、時間を置いて人が少なくなってからの方がいい。何しろお前は目立つしな」
「へ?なにそれ?目立つのはヴォルさんの方でしょ?」
その容姿、絶対に目をひくし。
なんか、スリザリン寮内では言葉遣いはともかくとして、リドルの時ほどじゃないにしても似非優等生仮面を被ってるみたいだし。
「俺の容姿が目立つことは理解している」
「……」
「の容姿も目立つ方だということを自覚しろよ?」
「……は?」
は一瞬何を言われたのか分からなかった。
自分の容姿は平凡である。
ヴォルのように綺麗な整った顔立ちでもないければ、黒髪に黒い瞳と目立つ色でもない。
ただ、本当は女なので少年としては可愛らしい顔立ちの方であると思われてはいるだろう。
「、ホグワーツがあるのはどこの国だ?」
「イギリス?」
「そう、イギリスだ。だからこそ東洋人は珍しい。いないわけではないが、東洋系の顔立ちの生徒は少ないだろう?」
「うん」
が知る限り、生徒の中にも数人くらいしかない。
東洋系の顔立ちの生徒で有名なのは、レイブンクローのシーカーであるチョウ=チャンだろう。
「だから目立つ?」
「の場合は普段の行動も目立っているしな」
「目立ってない…つもりなんだけどな」
「ドラコと平気で話している時点で十分注目集めているぞ」
「う…」
スリザリン生と仲のいいグリフィンドール生など、ホグワーツの中ではくらいだろう。
目立つのは当たり前だ。
でも、ドラコは結構いい子なのだ。
生意気なところもあるが、それはそれで子供らしいところなので仕方ないだろう。
「そう言えば、ドラコがバックビークの事を言っていたな」
「もしかして、裁判の結果が出た?」
「ああ」
バックビークの裁判の結果が出たという事は、それが実行される日が近いという事である。
それはつまりはこの屋敷で起こる事件がもうすぐという事。
多分、その時じゃないと、ピーター=ペティグリューと接触することは出来ない。
見守るしか、ないんだよね。
ピーターを捕まえ、シリウスの無実を証明し、ハリーとシリウスが一緒に暮らすことができたらどんなにいいことだろう。
だが、それをしてしまうことによって、その後に起こることが変わってきて事態が悪化してしまうことがあるかもしれない。
それが怖いからは動くことが出来ない。
「」
「うん?」
はそろそろ屋敷を後にしようと思い歩き出す。
屋敷の外へ出て、そこから隠し通路に向かうのもいいが、ここの屋敷に繋がっている通路を使っても問題はないはずだ。
暴れ柳というとんでもないところに出るのが難点だが、見つかるよりはましだ。
「俺は何があってもお前の側にいるからな」
突然の言葉には驚く。
ヴォルのことは信用してくれているし、余程のことがなければ側を離れないだろうということをも分かってはいた。
はっきりとした言葉を貰うのは嬉しい。
迷いのある時ならば、尚更。
ヴォルさんって、いっつも支えになってくれるよね。
最初に会った時も、無愛想だったが側にいてくれた事がとても嬉しかった。
信用するなど考えもしなかった初対面から、今は誰よりも信用できる相手になっている。
「ありがとう、ヴォルさん」
迷いは捨てきれない。
迷っていられる残された時間は、きっとそう多くはない。
どんなにが迷っていても時間が止まることはないのだから。
いつかは決めなければならない。
これから起こるだろう犠牲を見逃すか、大きな犠牲が起こるかもしれないと分かりつつも、起こってしまうだろ事を止めるべきか。