アズカバンの囚人編 58




グリフィンドールの寮に戻れば、クィディッチの試合が終わって談話室はかなり賑わっていた。
グリフィンドールが勝っただろう事は分かるが、まるで優勝したかのような騒ぎである。
今のはそれにまざって騒ぎたい気分ではない。

でも、確か今日はシリウスさんが侵入してくるはずの日。
私の役目は……。

は自分の手をぎゅっと握る。
今、自分が知りたいからと言って談話室を飛び出すのはいけない事な気がするのだ。
『時の代行者』としての役目がある。
少しでも迷いがある状態で、知る先を変えようとすればどこかできっと反動が来る。
それは本来起こりうることよりもさらに酷いものとなる。
が今スキャバーズと会うことは、未来を変えることに繋がりかねない。

でも、先を知っている分、チャンスはある。
叫びの館の事が終わって、リーマスが狼に変わって彼が逃げ出す時。
その時に彼を見つける事ができれば…。

?顔色が悪いわよ」

突然話しかけられびくっとなる
こわばりそうになった表情をなんとか笑みに変えて、振り向いてみれば、そこには分厚い本を持ったハーマイオニー。

「うん、大丈夫。ちょっと…、うん、ちょっとね」
「そう?でも、具合が悪いならば早めに部屋に戻って寝た方がいいわ。こんな馬鹿騒ぎの中じゃ余計身体を悪くするだけよ」
「うん、ありがとう、グレンジャー」

そうは言われても、今部屋に戻ってしまっていいものだろうか、と思う。
ここはシリウスが乱入してくるまでは談話室にいたほうがいいかもしれない。

「部屋に戻るつもりがないなら、談話室の隅で私と一緒にジュースでも飲みましょう」

部屋に戻るつもりがなさそうなにハーマイオニーは談話室の隅に目をやる。
今の談話室で静かに本を読める所は隅っこしかない。
隅にちょこんっとあるソファーにとハーマイオニーは腰を下ろす。

「はい、。馬鹿騒ぎやっててジュースとかお菓子とかどこから持ってきたのか分からないのに、たくさんあるのよ」
「ありがとう」

差し出されたオレンジジュースのカップを受け取る
そのカップに口をつけず、カップの中で揺れるジュースをぼぅっと眺める。
ハーマイオニーは持っていた分厚い本をの隣でめくり読み出す。

がぼぅっとしている間に談話室の騒ぎがだんだんと静かになってくる。
数人が疲れたからと言って部屋に戻るのを切欠に、だんだんと生徒達は部屋に戻る。
そしていつの間にか、談話室は元の少し静かな状態に戻り、残っている人が十数人程度になってしまった。
クィディッチの勝利を喜びまだ笑いながら話をしている人達、たわいないおしゃべりをしている人達。
その中にハリーとロンの姿は見えない。

そろそろ部屋に戻っても大丈夫かな?

シリウスの進入に鉢合わせするくらいなら平気だろう。
どうせシリウスは何もしないで逃げるだけなのだ。

シリウスさんが無事に逃げれるか確認しないとならないし。

はソファーから立ち上がる。

「グレンジャー、僕はそろそろ部屋に戻るね」
「ええ、分かったわ。私も残りは部屋に戻って読むことにするわ」

しおりを挟んでぱたんっと本を閉じるハーマイオニー。
は苦笑しながらハーマイオニーを見る。

「グレンジャー、あんまり無茶しちゃ駄目だよ?」
「あら?には言われたくないわ。こそ無茶しちゃ駄目よ?」
「わかってる」

苦笑しながらはそう答えた。
自分の方が無茶をしてしまうように見えるのは仕方ない。
それでも、無茶をせずにはいられない時があるのだから…。



夜、皆が寝る時間になっても、は眠ることができなかった。
シリウスが今日この部屋に侵入してくるからではない。
ピーターに何があったのかが気になって、嫌な予感が止まらないのだ。

シリウスの深い憎しみ抱いた瞳を見た。
ねずみの姿で怯えているように見えたスキャバーズを見た。
悲しげな笑みを浮かべるリーマスを知っている。
どこか物悲しげなジェームズを知っている。

かたり…

小さな物音が部屋の中に響く。
ベッドに寝転がったままが部屋の中を見れば、月明かりに照らされた部屋の中を動く影がひとつ。
その影はロンのベッドに近づいていく。
きらっと光るものが見えたのは、それはナイフなのか。
影がロンの布団をばっとはぎ、ナイフを振りかざす。

「うわっ!!」
「動くな」
「ひぃっ…!」

引きつるようなロンの声。
聞こえたシリウスの声は低く、怒りを含んでいた。

「あいつはどこだ…殺してやる…」

ガタガタロンが震えているのが見える。
シリウスはロンなど目に入らないかのように、ロンのベッドを視線で探る。
はがばっと起き上がる。
シリウスの目的は分かっているが、ロンの怯えた顔にこれ以上はじっとしていられなかった。

「ウィーズリー君?」

わざと寝ぼけたような声を出す
そのの声にシリウスがびくりっとなり、振り向く。
はベッドから飛び降りてシリウスに近づき、シリウスの服の袖をぐいっと引っ張る。

「ここに鼠はいませんよ」
?」

小さな声でシリウスに教える。

「騒がしくなります、早く…」
「ああ」

とんっとはシリウスを窓側に押す。
ロンにはがシリウスを突き飛ばしたように見えたかもしれない。
シリウスのが逃げようとしたのが見えたのか、怯えていたロンがはっと我にかえる。

「う、わぁぁぁぁぁああぁ!!」

グリフィンドールの寮内に響くほどの大きな叫び声。
思わず耳を塞ぎたくなってしまうほどだ。
ロンが叫んでいる間に、シリウスはばっと窓から飛び出し犬の姿になって禁じられた森の方に走っていくのが見えた。
一方、ロンの叫び声で寝ていたハリーとネビルがばっと起きる。

「ロン、うるさいよ…」
「ぶ、ブラックだ!!ブラックがいたんだよ!!」

むっとしながらロンを見る半覚醒のハリーに、ロンは訴える。

「ブラック?寝ぼけていたんじゃないの?」
「違う!本当にいたんだ!僕に向かってナイフを振り上げて…!も見たよね!」
「え?あ…、うん、多分」
「多分じゃないよ!あいつは絶対にブラックだ!!」

ハリーはものすごく眠かったのか、不機嫌そうな表情だ。
もそりっと起き上がってロンの所に行くが、確かにロンのベッドはナイフか何かで切り裂かれたような後があった。

「うるさいぞ!何があった!」

ばんっと部屋の中に上級生らしき子が入ってくる。
ロンの悲鳴が聞こえたのだろう。
部屋の外が少し騒がしい。

「パーシー!ブラックだ!ブラックが僕の命を狙って…!」

部屋に入ってきた上級生は、監督生でありロンの兄でもあるパーシーのようだ。
ロンは自分のベッドの切り裂かれたところを指でさす。

「見てよ、あのベッド!襲われたんだ!僕がブラックに!」

パーシーは恐る恐るロンのベッドに近づく。
月明かりに照らされて良く見えないのか、顔を顰めているのがには見えた。
は窓の方を見る。
窓から差し込む月明かりで、部屋の中は真っ暗というわけではないが、状況を把握するには少しくらいかもしれない。

「明かり、つけましょうか?」
「え?あ、…ああ、頼むよ」

がパーシーに提案すると、パーシーは頷く。
杖を手にとっては誰にも聞こえないように小さく呟き、呪文を一応口にする。
部屋にぽぅっと明かりがともり、惨状が明るみになる。
思ったよりも酷い惨状だった。
ロンには傷ひとつないが…シリウスはロンを狙ったわけではないので当たり前なのだが…ベッドの惨状はかなり酷いものだった。

うわ、これはちょっと…。
シリウスさん、やりすぎです。

ロンが怯えてあれだけ叫ぶのも無理はないだろう。
には分からなかったが、何度かベッドをナイフで刺したようなのだ。
そのせいかベッドのクッション変わりになっていた羽が散乱して飛び散っている。

「ロン、詳しい事情を聞きたいから談話室へ降りてくれ」
「う、うん」
「それから、君たちも同じ部屋にいたんだから一緒に来てもらっていいか?」

こくりっと頷くハリーとネビル。
ネビルはまだ眠そうに半分目が閉じている。

「全く、ロンが寝ぼけていたわけじゃないんだな?」
「違うよ!だって見ただろ?!」
「いや、僕はシリウス=ブラックの顔を知らないから、彼がそうだったかは分からないけど…」
「君手配書みてないの?!魔法界中に貼ってあったじゃないか?!」
「あ、うん…」

貼ってあったらしい事は知っている。
でも、は必要最低限しかダイアゴン横丁にいかないし、最近ではもっぱらノクターン横丁の常連だ。
ノクターン横丁には流石にシリウスの手配書はベタベタ貼っていない。
むしろあそこは犯罪者でも受け入れてくれるような所だ。

「とにかく談話室へ。そのうち、マクゴナガル先生が騒ぎを聞きつけてやってくるだろうからな」

ロンのあれだけの声とこの騒ぎだ。
マクゴナガルがそのうちグリフィンドール寮に来るだろう。
パーシーはその時説明する為にも、今は状況を把握しておきたいところなのか。


談話室は勝利の騒ぎの名残が残っている。
散らかっていてとても落ち着いて話せるような場所にはなっていないが、すぐにマクゴナガルは来た。

「何の騒ぎですか?!もう就寝時間はとっくに過ぎていますよ!」

完全に怒った声に萎縮した生徒もいたが、ロンはブラックがいたと訴える。
はその状況を少し離れたところから見ていた。
女子寮の方から、ハーマイオニーがひょっこり顔を出しているのが見えた。
心配そうにしているものの、クルックシャンクスの件があるからか近づこうとはしない。

心配なら素直にそう言えば仲直りできるかもしれないのにね。
まぁ、ウィーズリー君がまたスキャバーズの話題を持ち出しちゃったりしたら状況は戻っちゃうだろうけどね。

マクゴナガルの指摘で、シリウスがグリフィンドール寮に侵入できたのは、合言葉を書いたメモをネビルが落としたからだという事が発覚する。
ネビルは泣きそうな表情だった。