アズカバンの囚人編 27
は寮に戻って、ジェームズ達の記憶が宿る本を持って部屋を出る。
今はクィディッチの試合の最中で殆どの生徒が応援に出ているからなのか、寮の中は静かだ。
クィディッチの試合なんてどうでもよかった。
本来ハリーを脅かす為に、吸魂鬼の真似をするだろうはずのドラコが図書館にいた事などもどうでもよかった。
あの後、は顔色を変えてすぐに図書館を飛び出したのだ。
卒業してからピーター=ペティグリューは、どこかそよそよしくなったとリリーに聞いた事がある。
闇と繋がっているという噂も聞いた事があると言っていた。
そよそよしくなったのは、結婚しようとした相手がマルフォイの姓を持っていたから、言うに言えなかっただけだったら?
マルフォイの姓を持つ相手と結婚したから、闇と繋がっていると噂が流れてしまったとしたら?
もしそうだったら、ヴィア=ペティグリューの死とピーター=ペティグリューの裏切りは絶対に何か関係がある。
外はまだ明るい。
はホグワーツ城より北にある小さな丘の上にいた。
そこには人気が殆どない。
今はクィディッチの試合で、競技場が賑わっているころだろう。
はばさりっとジェームズの記憶の本を広げる。
「ジェームズさん!」
聞きたいことがある。
ピーター=ペティグリューの事で。
が考えている事が正しいとしたら、それはとてもとても悲しい事だ。
「どうしたんだい?」
ジェームズだけがひょこっと出てくる。
向こう側が見える程度に透けたジェームズの姿。
表情はいつもと変わらない、人を安心させるような笑みを浮かべている。
「聞きたいことがあるんです」
真剣な、どこか追い詰められたようなの目に、ジェームズの顔から笑みが消える。
「ピーター=ペティグリューさんのことを」
「ピーター?」
ジェームズはふわふわっと浮き、の横に座る。
は本を地面に広げて、膝をついているような格好だったが、ジェームズが隣に座るように促してきたので、本を抱えて素直に座る。
「それで、ピーターの何が聞きたいんだい?」
はぎゅっと自分の手を握る。
何から聞くべきか、自身も自分の考えに混乱している。
ヴィア=ペティグリュー、旧姓がマルフォイ、そして彼女はルシウスに”殺された”。
「ジェームズさんは…、彼が結婚していたというのを聞いた事がありますか?」
「ピーターがかい?」
「はい」
頷くを見て、ジェームズは驚くわけでもなく考えるわけでもなく、ふっと悲しげな笑みを浮かべた。
「。ピーターには奥さんがいたんだね」
「恐らく、としか言えませんけど…」
「そして、その奥さんが闇の魔法使いだった?」
その言葉に、は肯定を返さない。
”ヴィア”が闇の魔法使いであった可能性は低いはずだ。
ヴォルの曖昧な答え方と、混血”かもしれない”という事。
ヴォルデモートの部下であるならば、混血か純血かをヴォルデモートは把握していたはずだ。
いくら部下の数が大多数だとしても、混血か純血にこだわっていた彼ならば知っているはずだろう。
なのに、ヴォルはヴィアが混血かどうかをはっきりとは知らなかった。
「いえ、その可能性は低いと思います」
死喰い人である可能性は限りなく低いだろう。
マルフォイに”殺された”のならば、尚更だ。
「”裏切るくらいならば、死すら恐れない”……か」
「ジェームズさん?」
ジェームズはとさりっと実体があるかのような音を立てて仰向けに寝転がる。
どこか遠くを見るような表情で空を眺めている。
親友を信じていた。
3人の親友達の誰もが信じられると思っていた。
だが、結果はこうだ。
「ピーターが僕らを裏切った理由、何か深いものがあるんだって思いたいよ」
死ぬのが怖かった。
闇の帝王であるヴォルデモートが怖かった。
誰を犠牲にしてもいいから、死の恐怖からどうしても逃れたかった。
そんな理由でなければいい、と思う。
「黒猫君が教えてくれた言葉を信じたいよ」
「ヴォルさんが?」
「そう、あの時は”ヴォルデモート卿”だった黒猫君からね」
「え…?」
ジェームズの言葉にはざっと顔色を変える。
ヴォルが”ヴォルデモート卿”であることをジェームズが知っている。
その事を知っているのは、とダンブルドア、そして本人であるヴォルデモート卿だけのはずだ。
「別に心配しなくても黒猫君が彼だからといって、僕が何をするわけでもないよ。黒猫君は黒猫君だろう?」
自分を”殺した”相手だというのに、ジェームズはあっさりとそれを認める。
「僕はもう死んでしまった身だからね。あまりそういうのは気にしないよ、」
を慰める為の言葉か、本当にそう思って言ってくれているのか分からない。
それでも、ヴォルをヴォルデモート卿であったと知っていて尚、態度が変わらないでいてくれるのは、にとって嬉しいと思った。
大切だと思える存在を否定されるのはとても悲しいから。
「別に気にしてもらっても、俺は構わないがな」
かさりっと草を踏む音が聞こえた。
ふっと見上げてみれば、いつの間にかすぐ側にヴォルがいた。
「ヴォルさん、いつの間に…」
「あのな。あれだけ顔色変えて図書館を飛び出したりすれば、おかしいと思うのが普通だろう?」
「う…」
顔色を変えて何も言わずに駆け出せば、具合でも悪くなったのか、それとも何かよくないことでも思いついたのかと思われるのも当然の事だ。
「ペティグリューのことか?」
「……うん」
「あの場に”ヴォルデモート卿”が最期までいたわけではないから、ルシウスが何をしたのかまでは分からないが…」
「ルシウス?ルシウス=マルフォイが関係しているのかい?」
ジェームズがひょいっと身を起こしてヴォルを見る。
「ああ、あの場にいたのは俺とルシウスと…あと1人いたか」
「マルフォイ家はやっぱり死喰い人なんだね」
「あの辺りの血族は殆どそうだな。マルフォイ、リロウズ、クラッブ、ゴイル、レストレンジ、マクネア、それから…ブラック」
「シリウスは違うよ」
ジェームズは一応否定しておく。
だが、あの当時、シリウス以外のブラック家が死喰い人ではなかったかというと、そうではないとは否定できないだろう。
考え方がどうしてもマルフォイ家よりの考え方と同じだったから。
「黒猫君。ピーターの奥さんは君の部下だったかい?」
「ヴィア=マルフォイの事を言っているのならば、答えはノーだ。彼女は確かお前らと同じ騎士団のメンバーだったはずだ」
「ヴィア……マルフォイ?」
ジェームズが顔を顰める。
の予想通り、ヴィアは闇の魔法使いではなかった。
ヴォルが言うのだから間違いないだろう。
「彼女が騎士団のメンバー…?けど、彼女はよくルシウスと一緒にいた所を目撃されていて裏切り者だと」
「言われていた、か?」
ジェームズは何かを思いついたかのように目を開き、そしてざっと顔色を変えた。
元々ゴーストのような状態なのだが、その状態でもジェームズの顔色が変わったのが分かった。
「ピーターが卒業してから連絡をあまり取ろうとしていなかったのは…」
「ルシウスにつけまわされている女を妻になんぞしたからな、ペティグリューは闇祓いよりも危険な立場だっただろうな」
「僕らの守人になってさらに危険な状況になった?」
「利用価値がある分ペティグリュー自身の命の危険性は低くなっただろうが、ヴィア=マルフォイの方はどうだろうな?」
何がピーターを変えたのだろう。
はそう思う。
ジェームズは何か思いついているのかもしれない。
「黒猫君、僕らの居場所を話した時のピーターの様子はどんなだった?」
「それが何の関係がある?」
「あるんだ…!」
ヴォルを見るジェームズには余裕がないように見えた。
の知っているジェームズは、いつもどこか余裕があって笑顔を浮かべている青年だ。
「しもべの表情などいちいち覚えていないが…、確かあの時のペティグリューは全く生気が感じられない人形のようだったな」
ジェームズはその言葉にぎゅっと手を握りしめる。
何かを後悔しているかのような表情と、そしてかみ締めた唇。
はヴォルの方を見る。
ヴォルはジェームズの様子に何も感じていないように見えた。
ヴィアさんを殺された後ピーターさんがそんな状態になったなら、ピーターさんはきっとものすごくヴィアさんのことが大切だったということは分かる。
でも、大切な人を殺されて、それなのにどうして死喰い人になることに繋がるんだろう。
「…」
「はい」
ジェームズが真剣な表情での方を見る。
泣きそうなほどの悲しい表情だ。
「本当は僕のような亡くなった人間が関わるのはよくない、それは分かっているんだ。でも、ピーターがどうして死喰い人になる道を選んだのかを知りたい。だから……!」
ジェームズはその姿を現す事ができ、話をする意思もあるちゃんとした思念体なのだが、決して現状に関わろうとはしなかった。
そして自分が何かをしようとはしていなかった。
それはきっと自分がただの記憶の存在であるから、と戒めていたのだろう。
ハリーに会うこともなく、リーマスに会っても真実を告げることもなく。
「私も知りたいです。だから、ジェームズさんが私に頼む必要なんてないですよ」
恐らく知る必要があるのだと予感がする。
「彼に会って直接聞きます」
その理由を、あの時何が起こったのかを。
ルシウスとピーターしか知らないのならば、ピーターに聞くのが正しいだろう。
ピーターだけが、ピーター自身の思いと決意を知っている。
それがジェームズが納得できるほどのものであったら…?
それはもしかしたら、とても、とても、悲しい事なのかもしれない。
「、真実が必ずしも良いことだとは限らないぞ」
どこか呆れたような口調でヴォルは言う。
「うん、分かってる」
当時の状況を少しだけ見ていたヴォルならば、何があったか予想はついているのかもしれない。
それを言わないのは、確実性がない情報だからか、が知ると悲しむような状況だったか、どちらかは分からない。