アズカバンの囚人編 56




次の日からハリー達とハーマイオニーの仲は見ているこっちが困るほど険悪なものになっていた。
ロンはハーマイオニーがいる前でスキャバーズの事をわざわざ持ち出して、ハーマイオニーを責める。
そのたびにハーマイオニーは泣きそうな表情になるのだ。
それには深いため息をつきながらも、ハーマイオニーを励まそうと声をかける。
最近ではその励ましの言葉も聞かなくなりつつあるので、困る。

はルシウスの試練も終わったというのに何故か今図書館にこもっていた。
クィディッチの試合もには関係ないし、当分は特に動く必要もないだろうと思ったので気になる事を調べようと思ったのだ。

「えっと、ヴィアさん、ヴィアさんっと…」

ぺらぺらめくっているのは、ホグワーツの卒業アルバムだ。
ずっと気になっていた”ヴィア=ペティグリュー”という名前。
ファミリーネームが同じであるピーターとどんな関係があるかは分からないが、魔女であることは確かだろう。
年齢が不明な為、50年ほど前の卒業アルバムから漁っている。

「あ、この年って…」

ぱらぱらめくったページにある写真に、の表情が変わる。

「セウィル君だ」

リドルが卒業した4年後の卒業アルバムにセウィルの写真。
最近会ったセウィルと殆ど姿が変わっていない。
それはヴォルデモート卿の魔法の影響からだ。
はぱたんっとそのアルバムを閉じて、次の年のアルバムを手にする。
ぱらぱらめくる中には見知った顔など殆どない。

、何をやっているんだ?」

頭上から声がして、ふっと顔を上げてみればドラコがいた。

「うん、ちょっと調べもの。ドラコは1人?」
「いや、リドルも一緒だ」
「ヴォルさんも?」
「あいつは禁書棚の方に行ってる」
「禁書棚って、許可もらってるんだ、ヴォルさん」
「何でもダンブルドア直々にサインもらったらしいぞ」

ダンブルドア直々って…とは思う。
表向きヴォルは3年生だというのに、禁書棚にある本を覗いていいものなのだろうか。
いや、学生時代禁書棚の本くらいいくらでも読んだのだろうから、今更許可を出そうが出すまいがあまり変わらないのかもしれない。

「にしても、はクィディッチの試合は構わないのか?去年もそうだったが、がクィディッチの試合を応援している所を見たことないぞ」
「あ、うん。別に僕1人いなくても変わらないだろうし。調べたい事あるからさ」
「別に僕にはグリフィンドールの試合なんて関係ないけどな」

ドラコはかたんっとの隣の席に座る。
そして持っていた本を読み始める。
ちらっと本の内容を見れば、簡単な日本語が並んだ本。
日本語を一生懸命覚えようとしてくれているんだと思うと、嬉しくなってしまう。

「ドラコ、日本語は順調?」
「難しすぎる」

の言葉にドラコはきっぱりと答えた。

「大体文法が全然違う。他のドイツ語、フランス語とかならそう難しくはないけどな、なんなんだこの文字の多さは!この文法の複雑さは!」

確かにそうかもしれない。
日本語は英語のようにアルファベット文字のみではなく、ひらがな、カタカナ、さらに漢字まで覚えなければ読むことはできないのだ。
話す事ならば文字など覚える必要ない。
だが、話すだけでも英語とは文法がかなり異なるので難しいはずだ。
実際日本人であるでさえ、日本語が完璧かと聞かれても、完璧だとは答えられないだろう。

私だって間違った日本語使っている事もあるだろうし。
日本語はきっとちょっと独特なんだよね。

「文字の多さは仕方ないから、とりあえず文字を読めるようにしようと思わなければいいんじゃないかな?」
「それじゃあ日本語が読めないだろう?!」
「別に読めなくても話せれば十分だと思うんだけど…」
「何を言っているんだ、。日本語が読めなければ日本に行った時に、僕は周囲の日本人に案内板があるのにも関わらず日本語で聞けとでも言うのか?!」
「ドラコ、多分案内板関係はちゃんと英語でも書いてあるから大丈夫だと思うよ」

細かい案内はともかく、空港では日本語の他に英語で書かれている案内が殆どだろう。

「でも、日本に行く予定とかあるの?」

日本に行くつもりがなければ日本語など覚えなければいいのではないのだろうか。
観光で行くにしても、やっぱり日本語など読めなくても構わないだろうし、観光名所には大抵英語の説明もあるだろう。
日本に移住でもしない限りは必要ないはずだ。
なにより、魔法関係では日本の方が詳しいなんてことはないだろうから、魔法専門書などは英語が殆どだ。
魔法の専門書を読むにも日本語を覚える必要など全くない。

、君は卒業したらイギリスの魔法界に就職するのか?」
「え?卒業?」
「ここホグワーツがあるのはイギリスだ。だから、このままイギリスで暮らすのか?」

突然卒業後の事をふられてはちょっと動揺する。
まだ3年生だというのに、まさか卒業後の事を言われるとは思っていなかった。

「と、とりあえず、帰る…よ?」

嫌な確信があるのだ。
自分が4年の終わりまでいる事ができるのか、その先もなんらかの形で未来を知って時の代行者としてホグワーツで過ごし続けるのかは分からない。
でも、確実に言えるのは、長くても7年生が終わるまでしかいられないということだ。

「そうだろうと思った。君が日本に帰るのならば日本語を覚える必要があるだろう?」
「ドラコ?」
「もしかしてホグワーツを卒業して君が日本に帰ったら、僕が日本には会いに行かないとでも思っていたのか?」
「え…いや……」

卒業後の事など全く考えていなかったとは言えない。
卒業後は自分はいないかもしれないど…そんな事言える筈がないだろう。

「別にドラコが日本に来なくても、手紙さえくれれば僕がイギリスに行けばいいし…」
「勿論にもイギリスに来てもらうのは当たり前だろう?ただ、ものすごく変な君が育ったという日本に一度は行ってみたいと思っているだけだ」
「……ものすごく変って」

力いっぱいそこを強調された気がする。
そんなに自分は変なのだろうか?
ごくごく普通に相手と話しているつもりだし、ごくごく普通の考え方のつもりなのだ。

「確かにこれだけ変わった感覚を持つが育った所は興味があるな」
「ヴォルさん…」

探していた本が見つかったのか、読みたいと思っていた禁書棚の本を読み終わったのか、ヴォルは一冊の本を片手に、のもう片方の空いている席に座る。

「そんなに変わっているかな…?」

むっとは考え込む。
精神年齢が違うから変わっていると思われているのか。
いや、それならヴォルも同じようなものだろう。
むしろヴォルの方が精神年齢は圧倒的に高い。

、今度は何を探しているんだ?」

の見ていた卒業アルバムに気づいたのか、ヴォルが呆れたような口調で問う。
また、余計な事でもしているのだろう、とでも言いたげだ。

「ヴィア=ペティグリューさんを探しているの」
「ヴィア?ああ、アレか」
「え?ヴォルさん知ってるの?」

よくよく考えれば、ルシウスが手を下したというのならばヴォルデモート卿がそれを知っていてもおかしくないはずである。
ならば、最初からヴォルに聞けばよかったのかもしれないが、余計な事をするな、と教えてくれない場合もある。
ヴォルは大きなため息をひとつ。

「ヴィア=ペティグリューの存在を教えたのは、ドラコ、お前か?」
「そうだが、何かまずかったのか?」
「いや、別に構わないがな。、その辺りは全然関係ないから時間の無駄だ。調べるなら20年前くらいのものからにしておけ」

50年前あたりから漁っているの卒業アルバムを見て、ヴォルが助言をする。

「正確な年齢は知らないがそう年は離れていないだろう。寮は確かレイブンクロー、旧姓はマルフォイだ」
「「え?」」

驚いたのはだけでなくドラコもだ。
マルフォイと言えばドラコのファミリーネームだ。
ドラコ以外にマルフォイの姓を名乗る子供はホグワーツにはいない。

「マルフォイ家の分家筋の最期の1人だったはずだ、随分前の世代の末子の血筋の子が代々男子だった為に姓もマルフォイのまま引き継がれていたらしい」

はかたんっと立ち上がり、持ってきていた卒業アルバムを抱えてそれを戻しに行く。
ヴォルの助言どおり20年前からの卒業アルバムを5冊ほど1度に手にする。
旧姓という事は、結婚してペティグリュー姓に変わったことになる。
それはつまり…。

まさか、ピーター=ペティグリューの奥さん…?

席に戻ってばらばらっと何かを急ぐように卒業アルバムをめくる。
レイブンクローの卒業生をチェックする。
ドラコもマルフォイ姓という事を聞いたからか、が見るのと同時に自分でも探す。
17年前の卒業アルバムが丁度ジェームズ達の卒業の年だ。
は17年前の卒業アルバムを手にとってレイブンクローの卒業生を確認する。

「…あった」

そこに確かに”ヴィア=マルフォイ”とある。
金色の豊かな髪に優しげな面立ち、とてもあのルシウスの血縁者とは思えないほどの優しい笑みを浮かべている。

「分家なんて僕は聞いたこともないぞ?」
「そうだろうな。最後の1人は、ドラコが生まれた頃にはあの通り墓の中、分家と言っても血はかなり薄く、純血ではなかったそうだからな」
「混血だったのか?」
「そうらしい、としか俺は知らん」

写真の中のヴィアは優しげな笑みを浮かべながら、どこかをちらりっと気にしているようにも見えた。
魔法界の写真は動くのでその時の様子が少しだけ分かる。
表情を変える写真の中の少女は、純血の一族の血をひきマルフォイを名乗る子だとは思えない。

「ヴォルさん、この人は…」
「ドラコに聞いたんだろう?何故殺されたか、を」

はこくりっと頷く。
ルシウスに気に入られ、試すかのように遊ばれ、そして最後は命さえも奪われた。
あの当時の状況はとても悪かった。
魔女や魔法使いが当たり前のように闇の陣営に殺され、彼らに誰もが狙われるのが当たり前の時代だった。
各自の家の守りは強化していただろうが、その分魔法省などの目が行き届かずに守りが中途半端なところなどは、強化どころか甘いのだ。

「リドル、君はどうしてそんなに詳しいんだ?」
「ああ、色々情報源があってな」

ドラコ心底不思議そうにヴォルに聞いていた言葉は、の耳には入らなかった。
嫌な想像が頭の中を駆け巡る。
でも、それは想像ではなく実際に起こったことである可能性が高いのだ。

ピーター=ペティグリューの妻であっただろう、ヴィア=ペティグリュー。
彼女はルシウスに殺されている。
その時期はジェームズ達が襲われる1年ほど前。
ピーター=ペティグリューがまだ1年前には裏切っていなかったら…?