アズカバンの囚人編 55
シリウスの所に寄った後、こっそりと寮に戻る。
あたりはもう暗い。
クルックシャンクスはシリウスとが話している最中にハーマイオニーの所に戻ってしまったようで、が寮に戻る事にはいなかった。
「外に出るのはまずい時間だけど、談話室には誰かいるかもしれないな…」
こそこそしながら寮への扉をくぐる。
この時間に寮の外をうろついているのは、校則違反である。
見つかればただではすまないのだが、生憎は1度も見つかった事がない。
年齢ゆえの要領の良さがあるからかもしれない。
談話室に入れば、怒鳴り合いが耳に入ってきた。
それも随分と聞き覚えのある声だ。
「君がちゃんと管理してないから悪いんだろ!!」
「でも…!証拠なんてないでしょう?!」
「この毛が何よりの証拠じゃないか!!僕の、僕のスキャバーズをどうしてくれるんだ!」
「私はクルックシャンクスがやっただなんて思わないわ!」
「よくもそんな事が言えるな!」
怒鳴り合いの内容で何が起こったのか分かってしまった。
どうやらスキャバーズが逃げ出したらしい。
ロンの部屋には、ハーマイオニーの猫であるクルックシャンクスの毛と思われるものが落ちていたのと、スキャバーズの血が残っていたのだろう。
「お帰り、。どこ行っていたの?」
「あ、うん。ちょっと散歩に…」
ハリーがの姿に気づいて声をかけてきた。
の視線はロンとハーマイオニーの方に向いている。
「でも、。もう寮の外に出ちゃ駄目な時間だよ?」
「分かってる。大丈夫、見つかってないから」
にこっとは笑みを見せる。
時間外でなければ、シリウスの所にはめったに行けない。
シリウスの所に行った時はいつも外出時間外になってしまっている。
「って、結構校則違反しまくっているよね」
「見つからなければいんだよ、見つからなければね」
「…………フレッドとジョージが悪戯仲間に引き入れたい理由がわかる気がする」
「え?何で?!」
はばっとハリーの方を見る。
自分としては無茶もしていないし、目立つ行動もしていないつもりである。
実際は十分無茶しまくっているし、目立ちまくっているのだが…。
「って校則違反して見つかったら…って思った事ないの?」
「見つからなければ別にそんな事考える必要ないと思うけど…」
見つかれば罰則を受けるつもりもあるし、怒られるだろう事も分かる。
でも、ようはバレなければいいのだ。
「見つかった時の事考えると、怖いって思わない?」
「え?だから、見つからないようにすればいいんだよ。もし、見つかっちゃったら見つかったその時に考えればいいし」
「ってそういう所の感覚が、フレッドとジョージに似てるね」
「え…」
ハリーの指摘に、盛大に嫌そうな表情になる。
フレッドとジョージが校則違反を怖がらないのは、なんとか上手く切り抜けられる口の上手さがある。
それから特に校則違反を重視していない。
が校則違反を怖がっていないのは、校則は守るべきものであるという認識がすっぽり抜けているからだ。
魔法を学びに来たわけでもないは、その辺りの認識が結構軽い。
夜の外出禁止や、禁じられた森の出入り禁止の理由は分かっているが、そうも言っていられないので校則などこの際無視しまくっている。
「そ、それより、ポッター君!グレンジャーとウィーズリー君、どうしたの?」
これ以上この話題は好ましくないと思い、話題を変える。
ロンとハーマイオニーの言い合いはまだ続いている。
ハリーはそれにほんの少し顔を顰めた。
「ロンのネズミいたでしょ?」
「うん。えっと、確かスキャバーズだっけ?」
「そう」
少し小太りの長生きなネズミ。
1年生の頃からのロンのペットである。
「今年ハーマイオニーがペットに買った猫とロンのネズミの相性が物凄く悪くて、ロンはずっとネズミが猫に食べられるんじゃないかって言ってた」
「それで?」
「うん。実際食べられちゃったみたいなんだ」
ロンは一方的にハーマイオニーを責める。
血があって毛があったから、ハーマイオニーの猫がやったのだと。
ハーマイオニーは自分が可愛がっていた猫がやっただなんて思いたくない。
だから、クルックシャンクスはやっていない、毛があったのはたまたまだと言い放つ。
「はどう思う?」
聞かれては少し考えるふりをする。
真実を知っているので、クルックシャンクスがなぜスキャバーズを追い回すかも知っているし、スキャバーズがまだ無事なのも知っている。
「その現場を目撃していないなら、ウィーズリー君の言い分も、グレンジャーの言い分も100パーセント正しいとは言えないだろうね」
「どっちも悪いってこと?」
は苦笑する。
ただ、ロンとハーマイオニーの言い合いを見ていると、どうしてもハーマイオニーの味方をしたくなってしまう。
一方的に怒鳴っているロンは気づいていないが、ハーマイオニーの目は泣きそうだ。
クルックシャンクスが悪いかもしれない可能性があることを、ハーマイオニーは気づいている。
は言い合いをしている2人に近づく。
「僕は前々から言っていたじゃないか!あの猫を縛り付けておけって!」
「クルックシャンクスがやったとは限らないでしょう?!」
「あの毛が何よりの証拠だろう?!あれだけの証拠がありながら、君は違うって…!!」
ロンの言葉を遮るようにはハーマイオニーとロンの間に立つ。
「ウィーズリー君、もうその辺でやめよう」
すっと手を出して止めるように促す。
はハーマイオニーをかばうようにロンの前に立つ。
ロンはそれを見てさらに怒りが増したかのように、顔を歪める。
「君はハーマイオニーが正しいって思うんだな!!」
「そんな事は言ってないよ」
「そうして僕の目の前にいる事がなによりの証拠だよ!ハーマイオニーの猫は僕のスキャバーズを食べたんだぞ!」
「証拠がないよ」
「僕のベッドにスキャバーズの血とその猫の毛が残ってた!何よりの証拠だ!」
「その血がスキャバーズのものである証拠もないし、毛がクルックシャンクスの毛である証拠もないよ」
「僕のベッドの上でスキャバーズ以外の誰の血があるっていうんだ!あんな色の毛の猫が他にどこにいるって言うんだ!」
は怒り心頭のロンを静かに見る。
ロンの言いたいことも分かる。
ずっと一緒にいたペットだからこそ大切なのだろう。
でも、あれはペットじゃない。
「もういい!!ハーマイオニーはどうせ違うって言い分を変えない頑固者だろうからね!」
ふんっとロンは顔を背けて、ずんずんっと怒ったまま男子寮の方に向かっていった。
ハリーは慌ててその後を追うが、ちらりっとこっちを見た。
その表情は、”どうしてはハーマイオニーをかばってるの?”と言いたげだった。
ハリーもロンの意見に賛成なのかもしれない。
はふぅっと軽くため息をつく。
くるんっと後ろを振り返れば、俯いたハーマイオニーがいる。
はハーマイオニーの頭を優しく撫でる。
「グレンジャー」
びくりっとハーマイオニーの肩が揺れる。
「グレンジャーはクルックシャンクスの事を信じているんだよね」
ハーマイオニーは声を出さずにこくりっと頷く。
状況は悪い。
どう考えてもロンの言い分の方が正しそうに聞こえてしまう。
「状況は悪くてもそれが正しいとは限らない。だから、どんなに疑われてもグレンジャーだけは信じないとクルックシャンクスを誰も信じてくれなくなっちゃうかもしれない」
「わかってる。だから、私だけはクルックシャンクスのことを信じるわ!」
「うん、それでいいと思うよ」
はにこりっと笑みを浮かべる。
ハーマイオニーはその笑みにほっとした表情になる。
「僕もクルックシャンクスを信じているから」
「?」
「だって、少し前まで一緒だったからね」
「え…?」
シリウスの所に一緒に行ったのだ。
スキャバーズを襲ったのがクルックシャンクスなのは間違いないだろうが、と一緒に行動していた事で、少なくとも疑いは薄れるだろう。
シリウスと話していた途中にいなくなったので、ふと思い出してスキャバーズを襲いにいったのかは分からない。
「、クルックシャンクスと一緒だったの?」
「うん、少し前まで外を一緒に散歩してたんだ。すごい賢い猫だよね、僕の言葉が分かるみたいに大人しかったし」
賢い猫である事は間違いないのだろう。
だが、賢すぎるからスキャバーズを襲う。
食べようとしているのではなく、この場にいるのがおかしいから。
「そう、クルックシャンクスはとっても賢いのよ。だから、どうしてロンのネズミを襲ったりするのかが不思議で…。猫の習性って言われてしまえばその通りかもしれないんだけれど…」
「もしかしたらクルックシャンクスなりの理由があるかもしれないよ?スキャバーズに何かよくないものがくっついているからとか」
「良くないもの?」
「え〜っと…、例えばちっちゃいゴミとか?」
「それはないと思うわ。ロンだって手入れはそんなにしてないと言っても、そこまで酷いとは思えないし」
その前にちょろちょろ動いている間に、ぽろっと零れ落ちてしまうだろう。
「うん、でも、何か理由があるかもしれないからさ。そんなに落ち込まなくていいと思うよ?ウィーズリー君だって、グレンジャーが悪いわけじゃないってのは分かっているだろうから」
「ええ、分かってるわ」
ハーマイオニーは俯く。
ロンは遠慮もなしにハーマイオニーに対して、クルックシャンクスの事を責めていた。
気持ちが落ち着けば決してハーマイオニーが悪いわけではない事は分かるだろう。
ただ、それに対して素直になれるかどうかは分からないが…。
「やる事はたくさんあるもの。頑張らなきゃいけないわ!」
「グレンジャー授業たくさん取りすぎだもんね」
「あら?授業は別に平気よ。一番の問題はバックビークの裁判よ」
ふっとハーマイオニーが暗い表情になる。
その表情からするとやはり状況はかんばしくないのだろう。
訴えを出したのはドラコの父のルシウスだ。
が口を出せば少しは違ってくるだろうが、はこの件に口をだすつもりはない。
心の中でハーマイオニーに謝りながら、は先のことを考えた。