アズカバンの囚人編 54





しばらく、ハリー達とハーマイオニーの雰囲気は良いものではないのが続いたが、それもすぐに元に戻ろうとしていた。
なぜなら、ファイア・ボルトが戻ってきたからだ。

の言った通りにちゃんと間に合ったよ!」
「そう、よかったよ」
「これから練習なんだ!」
「うん、頑張って、ポッター君」

ファイア・ボルトを握り締めて笑顔で報告してくれるハリー。
嬉しそうにファイア・ボルトをロンや双子に見せている。
これがあれば次の試合には絶対に負けない!と皆言い合っている。
はその光景を苦笑しながら後にした。


が向かった先は禁じられた森である。
ちょこちょこシリウスの様子を見に行っているのだ。
食料の差し入れもしなければならない。
いつものようにひょこひょこ森の中を平然と歩いていると、かさかさっと音がする。
最初の頃こそ物音にびくっとなっていたものの、最近ではもう慣れてきてしまった。

慣れってすごいかもしれない。

そんな事を思いながら、物音のした方をは見る。
かさかさっと草を掻き分けて出てきたのは、オレンジ色の毛をした猫だった。

「にゃぁ〜」

を見てひと鳴きしてゆっくりと歩き出す猫。
あれ?とは思う。

「もしかして、クルックシャンクス?」

オレンジ色の猫はの言葉に一度だけ振り向いて、そして何事もなかったかのように歩き出した。
もしかしなくてもハーマイオニーの猫だろう。
行き先はと同じかもしれない。

「これからシリウスさんの所に行くの?」

はクルックシャンクスの隣に並ぶように歩く。

「僕もそうなんだ。今日も食料の差し入れ」

一時期大量に差し入れをしたので、今日の差し入れはそう量は多くない。
が手にしているのは大き目のバッグひとつである。
クリスマス休暇中に、食料を詰め込む用のバッグを購入しておいた。
それがこれだったりする。

「まだ最近は寒いから、本当は毛布とかも差し入れしたいんだけどね。流石にそんな大きなものをもって歩いたら怪しまれちゃうし」

クリスマスも過ぎ本格的な冬を通り越したとはいえ、雪はまだ残っているし、夜は冷えるだろう。
休暇中に買った服が耐寒のものでも、やはり寒いものは寒いはずだ。

「せめて食料だけでもあったかいものを差し入れできればいいんだけどさ…」

それが難しいの現状である。
怪しまれずに、こっそり寮を抜け出すので精一杯だ。
どこで誰に見られるか分からないことに気を使って、暖かい食べ物を…という所まで気がまわらないでいた。
気づくのはいつもシリウスが寒そうにしているのを見てからである。

「別にそこまでしてもらわなくても構わねぇって」

ひょいっとの持っていたバッグが軽くなる。

「シリウスさん」

暖かそうなローブに身を包んだシリウスは、休暇前よりも多少なりとも身なりが整っている。
休暇中、風呂も入っていたし、食事も満足にしていたからだろう。
ジェームズに汚いと散々からかわれたのがちょっとショックだったらしく、囚人に見えない程度には身なりを整えているようだ。

「また差し入れか?」
「はい。寒いから身体の温まるものを…と思いまして。お酒とか飲めますか?」
「酒ぇ?!お前、そんなもんどっから…!」
「え?しもべ妖精にお願いしたら出してもらえましたよ?」

ホグワーツの厨房に行けば屋敷しもべ妖精がいる。
そのしもべ妖精にお願いすれば食事も用意してくれるし、お菓子もたくさんくれる。
駄目もとでお酒が欲しいと言ってみたら、渋ることなくあっさりとくれたのだ。
これはちょっとも驚いた。

「料理に使う用のワインとかですけどね。お酒を飲んだほうが身体が温まるだろうと思って持ってきたんです」

一ビンだけですけどね、と付け加える。

「俺らの時にはぜってぇくれなかったのに、何でだ?」
「う〜ん、日ごろの行いかもしれませんね」
「…おい」
「ジェームズさんとリリーさんから聞いてますよ。ものすごい悪戯たくさんしていたそうじゃないですか?」
「…う」

それを言われると何も言い返せないのがシリウスである。
の持っていたバッグをひょいっと持ち、しゃがみこんで足元にいたクルックシャンクスの頭を撫でるシリウス。

「あの時はあれはあれで楽しかったんだよ」
「悪戯仕掛け人、ですか?」
「おう!今思えば、あの時が一番幸せな時間だったと思うぜ。なぁんにも知らねぇで、はしゃいで、やりたいこと片っ端からやってな」

シリウスはふっと笑みを浮かべる。
それは懐かしい昔を思い出す笑みではなく、どこか暗い笑み。
悪戯仕掛け人4人組。
かつての4人組は、今は皆バラバラだ。

「今からでも、幸せな時間は作れると思いますよ?」
「アズカバンから脱獄した犯罪者がか?」

シリウスはどこか自嘲的な笑みをこぼす。

「そういう後ろ向きな考え方は良くないです。ジェームズさんだってリリーさんだって、貴方がそんな風にする事を望んでいません」

記憶のジェームズがいる、リリーがいる。
彼らは決してシリウスを責めていない。
それどころか、無実でありながらアズカバンにいるシリウスを責める。
どうしてそんな所にいるのか!と。

「分かってるさ…。ああ、分かっているんだ」

クルックシャンクスを撫でながらシリウスは呟く。

「だからこれは、俺の自己満足なんだよ」

ピーターを殺そうとしているのはシリウスの自己満足。
こんな事をしてもジェームズが喜ぶわけではない事は分かっている。
頭の中では理解出てきているのだろう。
ただ、感情が追いついてこない。
ピーターさえ裏切らなければ、こんなことにはなっていなかったという思いが強いのかもしれない。

「とりあえず、移動するか?こんな場所じゃ寒いだろ」

ひょいっと立ち上がってにこっと笑みを浮かべるシリウス。
にゃーとクルックシャンクスも同意するかのように鳴く。
は思わずくすりっと笑みがこぼれる。

「賢いよな、この猫。おかげで随分助かってるけどな」
「その子、僕の友人の猫なんですよ?僕の友人も随分と優秀ですけど、ペットは飼い主に似るって事でしょうかね」
「そうかもな。確かハリーの友人のハーマイオニーだっけか?」
「はい、そうです。クルックシャンクスはハーマイオニー=グレンジャーのペットですよ」

シリウスが普段寝泊りしている洞窟へと移動しはじめる。
あたりはまだほんの少し明るい。
比較的夜ここに来るにとって、明るい禁じられた森は珍しいかもしれない。

「あ、そう言えばシリウスさん」
「何だ?」
「シリウスさんがポッター君に送ったファイア・ボルトですけど…」
「あ〜、アレな。流石に無記名でのプレゼントはマズかったよなぁ、やっぱ処分されちまったか?」

顔を顰めるシリウス。
ハリーにプレゼントをしなければ、と思っていただけで怪しまれるなどとは全く考えていなかったのだろう。

「いえ、呪いが何もないことが確認されたようなので、無事ポッター君の所に戻っていますよ。今日すごく嬉しそうにしていましたから、これならレイブンクロー戦で勝てるって」
「そうか?!」
「はい」

まるで自分のことのように、ぱっと顔を輝かせる。
子供っぽいその反応にくすくすっと笑ってしまう
シリウスはの笑いに恥ずかしそうにふいっと顔を逸らす。

「マグルの家で随分不自由な思いをしていたみたいだからな。少しくらい喜ばせてやりたいって思ったのは変かよ?」
「いえ、立派な親心だと思いますよ」
「親…?」
「だって、シリウスさんはポッター君の名づけ親でしょう?」
「そうだけど、お前どこでそのこ………ってジェームズか」

何故知っているのか、と聞こうとしたシリウスだったが、がジェームズの記憶の宿った本を持っているのを思い出した。
学生時代の話をジェームズから聞いているのならば、それくらい知っていそうなものだと思ったのだろう。
聞く前に知ってはいたのだが、実際そのことをジェームズから聞いたこともある。

「シリウスさんの無実が証明できたら、一緒に暮らすんでしょう?」
「一緒、に…?」
「だって無実だと分かれば、シリウスさんがポッター君を引き取っても別に何の問題もないでしょう」

まるで考えてもいなかったとでも言うように、シリウスは呆けた表情をしている。
てっきりそれも考えに入れて動いているだと思っていたのだが、この様子では思いもしなかったらしい。
それだけピーターを追うことに専念したという事だろうか。

「そうか…、そうすることもできるな」

ふっとシリウスが泣きそうなほどの嬉しそうな笑みを浮かべる。
思いもしなかった事。
ピーターだけを捕らえることができればいいと思っていた。
だがその先、自分の無実が証明できたその後、大切な親友の子供と一緒に暮らす事が出来るかもしれいない道がある。

「幸せは…、全て過去にしかないと思ってた」
「今からでも作る事はできますって僕は言いましたよ」
「ああ、言ったな」

シリウスの笑顔を見て、は良かったと思った。
暗いだけの笑みを見ているのは悲しい。
ハリーとシリウスが一緒に暮らす事ができる日は、まだまだ遠いかもしれないけど、それの日が来ると思って欲しい。

「その時は、リーマスも一緒だな」
「じゃあ、シリウスがお父さん代わり、リーマスがお母さん代わりですか?」

雰囲気的にそんな感じがする。
一見穏やかなリーマスは、母親役っぽい雰囲気が似合う気がする。

、お前、間違ってもそれをリーマスの前で言うなよ」
「え?大丈夫ですよ。シリウスさんがポッター君と暮らしたがっているなんてリーマスには言いませんよ?」
「そうじゃなくてだな、リーマスが母親代わりってのだよ。あいつ、その手の冗談ものすげぇ嫌いだからな。んなこと言えばブリザード吹くぞ」
「……そう、なんですか?」
「相手が女ならともかく、男なら容赦なく言葉でぐさっとくる事言われまくる」

ほんの少し顔色を変えて言うシリウスの言葉には妙に説得力があった。
恐らく昔の教訓なのだろう。
確かに怒った時のリーマスはものすごく怖い。
何が怖いといえば、雰囲気が怖いのだ。
いっその事怒鳴ってくれればまだましだと思うほど、静かにぐさっと来る言葉を並べてくれる。

そっか、リーマスにはその手の冗談は禁句なんだね。
覚えておこう。

ジェームズもリーマスは怒らせるものじゃないと言っていた。
恐らくシリウスも同意見を持っているのだろうとは思った。