アズカバンの囚人編 53
クリスマス休暇は一部の行事を除いて、特に問題なく過ぎていった。
ハリーへの贈り物もきちんと手配をした。
他の友人達へのクリスマスプレゼントもダイアゴン横丁で購入して、フクロウ便で送ってもらえるように手配もした。
「なんか、あっという間だったな」
ホグワーツに戻ってきてみれば、過ぎた休暇はあっという間だったと思えてしまう。
ただ、問題だと思うことが今現在1つ。
が今いる場所はグリフィンドールの談話室だ。
そこには一部険悪なムードが広がっていたりする。
「大体なんで君はそう考えなしなんだよ!」
「考えなしなのはロン達の方でしょう?!どう考えても怪しいわよ!」
「怪しいからって…あれは炎の雷(ファイア・ボルト)だぞ?!あんな高級なものを囚人が買えるはずないだろ?!」
「それでも万が一ってことがあるじゃないの!私は間違っていないわ!」
ロンとハーマイオニーの怒鳴り合いだ。
「それが君の思い込みで、呪いなんてかかってなくて今度の試合に間に合わなかったりしたらどうするんだよ!」
「もし呪いがかかっていたら試合どころじゃないでしょう?!」
ハーマイオニーのいう事も一理ある。
色々事情を知っているは口を挟む事はしなかった。
箒を贈ったのはシリウスであることは確かだし、箒に何の呪いもないことを知っている。
それに、箒は試合前にはちゃんと戻ってくる事も知っている。
「それにハーマイオニー」
「何よ?!」
「ルーピン先生が授業に出られない原因が分かりきったことだとか言っていたよな」
「そうよ、それが何?少し考えれば分かるでしょう?」
話がどんどんと違う方向に行っている気がする。
「分かるわけないだろ?!君の考えが僕に分かったら、僕は今頃すごい魔法使いだよ!」
「私は別に思考を読めなんて言ってないでしょう?!少しは頭を使って考えるという事をしてみたらどうなの?!いつもいつも私にばっか答えを頼ってどうするのよ!」
言い合っているロンとハーマイオニーを放っておいて、ハリーはのんびりと談話室のソファーにかけてそれを眺めていた。
はハリーの隣にちょこんっと腰掛ける。
「なんかすさまじいね…」
「いつものことだよ。喧嘩するほど仲がいいって言うし」
ハリーは口の中にぽいっとチョコレートを放り込む。
2人のいい争いがさおまるまでのんびり待つ気なのだろう。
「そういえば、ポッター君。リーマスに吸魂鬼対策教えてもらった?」
ロンとハーマイオニーの言い合いが終わるのを待ちながら、は少し気になっている事をハリーに聞いた。
頼んだ事は知っているので、順調かどうかが気になった。
ハリーはチョコレートを食べながら頷く。
「順調ってわけじゃないけど、今は色々話を聞いている所。吸魂鬼を追い払う魔法は物凄く難しいものだから時間がかかるよって言われてる」
「そっか…、頑張って」
「うん、勿論だよ。あいつでかい口たたかせない為にも、僕は絶対に強くなるって決めたから」
「あいつ?」
はきょとんっとして首を傾げる。
「ほら、スリザリンのあいつだよ。リドルそっくりの無茶苦茶怪しいの同居人」
ははっとは力ない笑みを浮かべる。
ハリーはヴォルのことが相当気に入らないらしく、顔を盛大に顰めている。
それでもがヴォルと一緒にいても、に文句は言わないようになっている。
少しはヴォルのことを認めているのだろうか。
「むかつくけどあいつは強い。だから、僕は自分の為にも強くなる」
「吸魂鬼に負けないように?」
「うん。吸魂鬼なんかに負けてなんかいられないからね」
ハリーの目はその言葉が心の底から思っていることだと分かる、真剣な目だ。
「吸魂鬼もそうだけど、今の一番の問題はファイア・ボルトなんだけどね」
ちらりっとロンとハーマイオニーの言い合いを見るハリー。
2人の言い合いはもはや全然関係のない話題に移ってきている。
まさに売り言葉に買い言葉状態だ。
「ハーマイオニーの気持ちは分かるけど、この時期に告げ口しなくてもよかったのにさ」
どこかむすっとしながら、ハリーはハーマイオニーを見てしまう。
は事情を知っているので苦笑するしかない。
「ファイア・ボルトって最新の箒だよね?誰かから贈られてきたの?」
一応事情をさっぱり知らない事になっているはハリーに聞く。
実際、そのファイア・ボルトはクリスマス休暇中にとシリウスがダイアゴン横丁で買って贈ったものなのだが…、そうとは言えないだろう。
ハリーはシリウスを”裏切り者”だと思っているのだから。
「贈り主は分からなかったんだけど、クリスマスプレゼントとして贈られてきたんだ」
ハリーの表情がほんの少し嬉しそうなものに変わる。
ニンバス2000を自分のせいで壊してしまって、物凄く落ち込んだハリーをは見ている。
後でファイア・ボルトが手に入るだろう事を知っていても、何を言っていいのか分からなかった程の落ち込みようだった。
「誰から贈られてきたことなんて気にしなかった。だって、新しい箒、しかも最新鋭のものなんだよ!」
「最新の箒があれば、クィディッチの試合で満足に飛ぶ事できるしね」
「そう!そうなんだ。だから物凄く嬉しかったんだ。でも…」
ハリーはふっと顔を下に向ける。
その箒が怪しいと、ハーマイオニーはマクゴナガルに報告した。
その為に箒を調査すると取り上げられてしまったのだ。
「ハーマイオニーはシリウス・ブラックの罠だって言うけど、脱獄者にあんな高級なもの買うお金なんてないと思うんだよね」
それが、そんな事ないんだよね。
ファイア・ボルトって物凄く値段が高いのに、シリウスさんってばひょいっと平気そうに買うんだもん。
ブラック家の遺産なのか何なのかは分からないけど、シリウスさんって相当お金は持っていると思うよ。
「クィディッチの試合までにあれが戻ってこなかったらどうしよう?」
「大丈夫だよ、ポッター君。マクゴナガル先生だってそのこと分かっているだろうから、調整してくれるはずだよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
にこっとは安心させるように笑みを浮かべる。
「1年の時だって、本当ならば1年生の選手は駄目だったけどハリーの才能があったからこそ、マクゴナガル先生がダンブルドアに頼んで選手にしたんだしね。マクゴナガル先生はクィディッチの試合には力入れているから大丈夫だよ」
ハリーがまともな箒で試合に出てるようになんとかするのではないのだろうか。
はファイア・ボルトが間に合う事は知っているが、マクゴナガルのクィディッチの試合への熱の入れようは知っているので、万が一間に合いそうになくてもなんとかするのではないのだろうかと思う。
「そう、だよね!」
ハリーの表情が少しだけ晴れる。
「やっぱり、の言葉って不思議」
「僕の言葉が?」
「うん」
ハリーはぽりっとチョコレートをかじる。
何と言っていいのか少し迷った後、の方を見る。
「の言葉って無茶苦茶な事でも、素直に信じる事が出来るんだ。そんなことあるはずがないって思うことでも、が大丈夫だって言ってくれれば本当になる気がする」
その言葉にはとても複雑な思いになる。
大丈夫だと言い切るのは、先を知っているから。
そして、重ねた年が違い落ち着いて見えるから、言葉が余計信じられるように聞こえてしまうのかもしれない。
「そこまで信じられても、僕だって間違える事はあるよ?」
「うん、それは分かる。でも、やっぱりの言葉は信じられる気がするんだ」
ハリーの純粋な笑みを見て、心が痛む。
そうやって信じられてしまうのはいいことではない気がする。
「もう!君の事なんて知るか!」
「こっちだって知らないわよ!大体そんな事言うけれどもとんでもない事にでもなったらどうするのよ?!」
「君は勘ぐりすぎなんだよ!ハリー、もう、僕らは行こう!」
ロンはふんっとハーマイオニーから顔を逸らして、ハリーの腕を引っ張る。
ハリーは少しため息をつきながらも、ロンに引っ張られるがまま寮の部屋へと戻っていった。
談話室に残されたのは、部屋まで連れて行かれなかったと残されたハーマイオニー。
とりあえず、2人の言い合いは終わったと思っていいようだ。
だが、ハーマイオニーはすごく悔しそうで悲しそうな表情をしている。
ロンは知らないだろうが、ハーマイオニーだって言いたくてそんなことを言っているわけではないし、やりたくてやっているわけではないのだ。
「グレンジャー、座る?座るなら、お茶いれるよ?」
は先ほどまでハリーが座っていた場所を指で示す。
ハーマイオニーは目をその場所に向けて、無言ですとんっと座った。
はハーマイオニーに紅茶を一杯入れる。
「私…、意地悪でファイア・ボルトをマクゴナガル先生に渡したわけじゃないわ」
「分かっているよ。グレンジャーは心配していただけなんだよね」
こくりっとハーマイオニーは頷く。
「大丈夫、ファイア・ボルトはクィディッチの試合に間に合うだろうし、シリウス・ブラックから贈られたものでも呪いなんて何もないよ」
はハーマイオニーにチョコレートを差し出す。
ハーマイオニーはくすりっと笑ってそのチョコを受け取る。
そしてかりっとかじる。
「ありがとう、」
「どういたしまして。お茶のひとつやふたつくらいいつでも入れるよ?」
「それじゃないわ」
チョコレートを食べながら、ハーマイオニーはくすくす笑う。
「ねぇ、」
「うん?」
「の悩み、私が何か役に立てる事があるならいつでも言ってね」
「え…?」
紅茶を飲もうとカップに手を伸ばしていたの手がぴたりっと止まる。
目を開いて驚いた表情でハーマイオニーを見る。
「が何か隠していて、何かずっとずっと悩んでいるってことは分かっているの。ハリーやロンなんて鈍感もいい所だからそんなこと全然気づいていないわよ?」
「でも、グレンジャーは気づいた?」
「あの2人よりよくを見ているつもりだもの」
どこか得意げに話すハーマイオニー。
ハリーやロンはそういう類の周囲への気遣いが鈍い。
それはこの年代の男の子は皆そうなのだろうとは思う。
女の子の方が周囲の感情や変化には敏感だ。
「だからね、。私で出来る事があったら、いつでも言って」
ロンと言い合いをして、ハリー達との仲が気まずいものになったにも関わらず、ハーマイオニーはを気遣うような言葉をくれた。
それが少し嬉しくて、少し悲しかった。
先を知っている自分は、彼らを騙しているようなものだから。
だから、少しだけ悲しかった。