アズカバンの囚人編 48





禁じられた森の洞窟の中。
森の中では随分奥の方になる。
ちなみに、アラゴグがいるだろう方向とは全く逆だ。
大蜘蛛がいる方向になど場所を決めたら、生死と隣り合わせな生活になってしまう。
ただでさえ逃亡生活をしているシリウスには厳しすぎるだろう。

「シリウスさん〜?」

頭の上にヴォルを乗っけたは洞窟の中に呼びかけてみる。
先ほどの自分の発言のせいで起きたヴォルの行動に警戒して、肩はやめて頭にヴォルを載せてある。
第三者から見れば間抜けな姿かもしれない。


「呼んだか?」
っ?!


声が聞こえたのはの後ろからだったために予想以上に驚いてしまう。
てっきり洞窟の中にいると思っていたのだ。

「シ、シリウスさん…、どこに行っていたんですか?」
「ああ、ちょっとな。こんな所でずっとじっとしてもいられないだろ?お、それ、もしかして差し入れか?」
「あ、はい。沢山持ってきたんですが、年明けまで足りますか?」

シリウスはの持ってきた大きな袋を見る。
すごく嬉しそうな表情だ。

「年明けって、年明けまで来ないのか?」
「一応クリスマス休暇は戻るつもりなんです。必要なものも買え揃えたいですし」
「ってことは休暇中はホグワーツにはいないってわけか…」

シリウスは何か考え込むような表情をする。
相変わらず服装はボロボロなもののまま。
シリウスはこのままでいいと言うだろうが、代えの服装は必要だろう。
快適とは言わないまでも、なるべく過ごしやすい環境の方がいいはずだ。

「ダイアゴン横丁に行く予定は?」
「ありますよ」
「んじゃ、頼まれてくれねぇか?」
「いいですよ」

シリウスの頼みごとは想像がつく。
恐らくハリーの箒のことだろう。
シリウスはあのクィディッチの試合をどこかで見ていたはずだから…。

「ハリーに箒を送ってやって欲しい。今出ている箒の中で一番いいヤツをな。それくらいの金なら、ブラック家の金庫に余裕であるだろ。そこから金引き出して送ってやってくれ」
「わかりました…けど…」
「けど、なんだ?」
「いえ、人様の金庫からお金を出して…というのはやっぱり気が引けるんで、立て替えて後で払うってのは駄目ですか?」

シリウスからは金庫の鍵も預かっているが、やはり金庫はシリウスのものである。
それを使ってくれと言われても、気が引けてしまう。

「んじゃ、俺も行くわ」
は…?
「クリスマス休暇で帰るなら俺も連れてってくれ」
「はぁ…いいですけど…」

なんか、シリウスさんって無防備だよね。
自分が脱獄犯で追われているって自覚ある…よね?

「あ、今思いっきり呆れただろ?」
「そんなこと、ないですよ」

呆れたというよりも心配になってくる。
こんなことしていたら魔法省に捕まってしまうのではないのだろうか。
シリウスが捕まってしまうのは困る。

「犬の姿で行動すればわからねぇだろ?俺がアニメーガスって知っているのは、リーマスとジェームズ、、それからあの裏切り者だけのはずだからな。あいつが、ヴォルデモート辺りにバラしてなければの話だが」

シリウスが”裏切り者”と言った時だけ、空気が変わった。
ジェームズを裏切った親友だったはずの人、ワームテールことピーターの事がそれほどまでに許せないのだろう。
だからこそここまで追ってきたのだから…。

「それじゃあ、家に戻る日に迎えに来ますよ。それとも、暫くは僕のペットとして寮にいますか?」
「それはそれで都合がいいけどな、お前に迷惑かけるわけにはいかねぇから帰る時に来てくれ」
「迷惑…?」

とロンは同じ部屋だ。
そうなると必然的にスキャバーズとも同室である。
そこにシリウスがのペットとして張り込めば、シリウスは行動しやすくなるだろう。

「招き入れたペットが脱獄者だったなんて事になったら大変だろ?疑われる行動はしない方がいい。それに、なによりも……」

すぅっとシリウスの目が細くなる。
切れないそうなほどの鋭い眼差し。


「あいつとの決着は俺だけの手でやりたい」


それは暗い暗い感情。
ぞっとするほどの負の感情だ。
それほどまでに恨みがある。
そんなシリウスを見て、は悲しくなる。

「ま、とにかく入れよ。居心地はあんまりよくねぇけどな」

シリウスはの持ってきた大きな袋をひょいっと持ち上げて、洞窟の中へと招く。

「と、これ結構重いなぁ〜。お前、その細腕でよくこんな重いもの持ってこれたな」
「そんなに重いですか?」
「ああ、結構重いぞ」

はその重さを感じる前に力で重さを調整してしまったので、本当の重さなど知らない。
かなり沢山の食料をつめてくれたのは見ていたのだが…。

「僕だって、男ですからちゃんと力はあるんですよ」

にこっと笑みを浮かべる
頭上でヴォルのため息が聞こえたがそれはこの際無視である。
ヴォルには、があれほどの重さの荷物をどうやって持っていたのか検討はついているだろう。

「そんな細っこい腕のどこからそんな力がでるんだよ?」
「細っこいって……、標準体型だと思うんですけどね」
「標準?」

シリウスはを上から下まで見る。

「どこがだ?」
「あ、酷いですよ、シリウスさん。日本人ではこれが標準なんです!」

は言い張る。
確かにこの年代の日本人ならば普通かもしれない。
しかし元の体が女の子の体なのだ。
華奢な体つきになってしまうのは仕方ないだろう。
ゴツイ体つきなど想像ができないので、がその姿になるのは恐らく難しい。

「ハリーといい勝負なんじゃね?」
「そうですね…、ポッター君も小柄な方だし」

身長を比べた事はないが、ハリーとはそう変わらないかもしれない。
ロンには入学当初から抜かれている。
今では頭1個半分くらい違う。
かろうじてハーマイオニーよりかは高い…はずだ。
ドラコには頭半分くらい抜かれてしまっている。

「これから成長期だし、伸びるだろ」
「だといいんですけどね」

苦笑する
すでに成長期を終えてしまっているは、これ以上は成長しない。
今の姿は元の姿とほぼ同じ身長である。
元の姿よりも身長が高い姿になることは可能だろうが、その姿を浮かべる事ができなければ無理だ。
自分の身長よりも低い視点というのは想像できる。
だが、自分の身長よりも高い視点というのは、なかなか想像できないものだ。

「そーいや、記憶のジェームズ達はどうした?」
「僕の部屋に置いてありますよ」
「もうハリーには会わせてやったのか?」

シリウスはいそいそと袋の中の食料を覗き込んで仕分ける。
洞窟の奥には、以前が持ってきていた長期保存の利く食料もいくつが残っている。

「いえ、ポッター君には知らせてません」

ジェームズとリリーがそれを望まない限りは。

「何でだ?会わせてやればいいだろ?」
「ジェームズさんがそれを望んでいませんから」
「ジェームズが…?」

シリウスには分からないのだろうか。
死した者が生きている者に関わる危うさを。

「ポッター君はまだ子供です。でも、ジェームズさんとリリーさんはすでにもうこの世にはいない存在です。記憶があってもポッター君を引き取る事はできない、見ている事しかできないんです」
「依存されるわけにはいかないって事か」
「……はい」

ハリーのいるマグル界の環境は、決していいとは言えない。
ダンブルドアがその家を指定した以上、そこにいなければならない何かがあるのだろうが、それを知らないハリーは、ジェームズとリリーがいると分かればひとりでも暮らすと言いかねない。
金銭面でも心配はない。
それだけの財産を、ジェームズとリリーが残してあるから。

「つらいだろうな、ジェームズも」
「だと思います」

悲しそうな表情で”ハリーには会えない”と言っていたジェームズ。

「その分、シリウスさんが無実を証明されたら可愛がってあげればいんじゃないですか?」
「ああ、そうだな……。って、お前…」
「なんですか?」

シリウスが少し驚いたようにを見る。
は自分が言った言葉の意味に気がついていなかった。
シリウスが”無実”であると言ったのだ。

「俺は大量殺人犯で元死喰い人(デス・イーター)だぜ?」
「僕の友人には元死喰い人(デス・イーター)の息子がいますよ」
は…?

にっこりと言ったの言葉にあっけにとられるシリウス。
が言ったのはドラコの事だ。

「僕は死喰い人(デス・イーター)の方々を知っています。仲がいいわけではありませんけど、どういう人たちなのかを知っています。シリウスさんはその人たちとは違いますよ」
「でも俺は大量殺人犯なんだぜ?」
「その証拠はありますか?」
「魔法界全体が認めていて、アズカバンにも放り込まれたんだぜ?」
「無実でもアズカバンに放り込まれそうになった人を僕は知っています。魔法省の判決が必ずしも正しいとは言い切れませんよ」

無実でもアズカバンに放り込まれそうになったのはハグリッドの事。
あれはハグリッドの仕業ではなくリドルの仕業だ。
こう考えると、無実でアズカバン行きになる人は、殆どがヴォルデモート関係なんだと思う。

「お前、変わってるな」
「いえ、僕は普通ですよ」
「いいや、ぜってぇ変わってる」

くすくす笑うシリウス。

「…けど、面白い」

にっと笑みを浮かべるシリウス。
はヴォルが頭上で再びため息をつくのが聞こえた。
一体どっちに呆れているのか。


面白いってどういう意味ですか、シリウスさん。