アズカバンの囚人編 47
は食料を持って禁じられた森に来ていた。
これで2度目だが、やはり食料の差し入れはちょくちょくやらなければならないだろう。
もうすぐクリスマス休暇が近い。
はクリスマス休暇は帰省組みに入ろうかと思う。
リーマスの家に帰ったとしてもリーマスはいないのだが、ダイアゴン横丁でシリウスのために色々購入してこなければならないものがある。
「こんにちは」
ホグワーツの厨房へと食料を分けてもらいに来た。
厨房には多くの屋敷しもべ妖精がいる。
「これはこれは、様。今日は何のご用ですか?」
「うん、前と一緒ですぐ食べれるもの3食分と日持ちするものをたくさん分けて欲しくて来たんだ。出来るかな?」
「勿論です!そろそろ寒い時期になりますからどんなものでもある程度は日持ちすると思いますよ。今すぐご用意しますので少しお待ち下さい」
の用件を承った屋敷しもべ妖精は喜ぶように厨房の中へと向かった。
楽しそうに食事の用意をしている屋敷しもべ妖精達。
見返りなく尽くす事を生きがいとしている。
でも、感謝の気持ちを忘れてはいけないのだと思う。
「様、お待たせしました!随分な量になりますが大丈夫ですか?」
「え?あ…うん、大丈夫だよ」
の前にでんっと置かれた大きな袋。
随分と綺麗に詰め込んでくれたのだろうが、普通に持ったのでは重いはずだ。
は袋をぽんぽんっと軽く叩いて小さく呟く。
「羽のように軽くなれ」
屋敷しもべ妖精には聞こえなかったようだが、はひょいっと袋を持ち上げる。
手伝いましょうか、と言われたがそれは遠慮した。
今から行く場所は禁じられた森だ。
「ありがとう」
「いえ、お役に立てる事がありましたら、いつでも言ってください」
沢山の食料が詰まった袋を持って、は厨房を後にした。
今の時間は夜だ。
が行動するのは大抵が夜になる。
昼間でこんな大きな袋を抱えていたら、すぐに見つかってしまうからだ。
ホグワーツ城を出て、禁じられた森に向かう。
ノクターン横丁もそうだが、禁じられた森も慣れてしまえば怖い気持ちも薄くなる。
それでも警戒する事は忘れない。
「なんか、私、シリウスさんの食料調達係になっているような…」
沢山の食料を持って禁じられた森を歩く。
今の自分の状況を考えてちょっと虚しくなる。
「なら止めればいいだろう?」
後ろから聞こえた声にぎくりっとなり、は振り向く。
聞き覚えのある声。
「ヴォルさん…?」
何時の間にかの後ろにはヴォルがいた。
時間が時間なので、突然誰かが背後にいるのはちょっと怖い。
ヴォルは小さくため息をつく。
「…」
「あ、いや…だって!ほら、ヴォルさんとシリウスさんってすごく仲悪そうだったから、ヴォルさん誘ったら悪いかな〜って思って…」
ヴォルが何も聞かないのには慌てて言い訳する。
が無防備にひょいひょいどこへでも行く為、が無断で行動するとヴォルは不機嫌になる。
それは分かっているのだが…。
「あれの所に行くのか?」
「へ?あ…うん」
あれってシリウスさんって意味だよね?
「それを届けに行くのか?」
「うん。だって、シリウスさんに餓えられたら困るし…」
「そうか」
あ、あれ…?
ヴォルさん反対しないのかな?
絶対に”放っておけ”とか言われると思ったんだけど…。
「で、どこだ?」
「へ?」
「どこにいるんだ?」
は一瞬驚くが、すぐにシリウスがいるはずの洞窟の方を示す。
「ヴォルさんも来るの?」
「悪いか?」
「いや、別にいいけど………」
シリウスさん、ヴォルさんのこと気に入らないみたいだし大丈夫かな?
まぁ、ヴォルさんがいいならいいんだけど。
「別にこのままの姿で行くわけじゃない。あれとはどうも相性が悪いようだからな…」
「ヴォルさん?」
がヴォルの方を不思議そうに見ようとするとヴォルの姿が見えなかった。
あれ?と思うと、肩にとすんっと重みがのっかる。
の肩に久しぶりに見る黒猫がいた。
「この姿でいけば構わないだろ?」
しゃべる紅い瞳の黒猫。
人の姿になれるようになってから、ヴォルが黒猫の姿になることは少ない。
本当に久しぶりの姿なのだ。
「ヴォルさんのその姿、すごい久しぶり」
「そうだな」
「ね、ね、ヴォルさん。帰りはヴォルさん抱いていっていい?」
「…………何でだ?」
「え?だって久しぶりだから」
腕の中にすっぽり入る黒猫の感覚を思い出して、もう一度抱いてみたいと思った。
なんとなく懐かしい気持ちになれそうな気がするから。
「ヴォルさんが人の姿になれるようになってからは、まだ1年しか経ってないけど懐かしい気がする」
「去年はこの姿の時のほうが多かっただろ?」
「そうかな?なんかリドルの件で色々動いている時、ヴォルさん猫の姿じゃなかった事が多かったし」
去年は生徒でもないのに、ヴォルはスリザリンの制服でいる事が結構あった。
誰に見られたわけではないのだが…いや、リドルが乗り移っていたジニーには見られていた。
猫姿のヴォルが珍しいのはだけの感覚で、ヴォルは結構この姿を活用しているかもしれない。
「ヴォルさんが猫の姿だと、最初の頃思い出すな。ヴォルさん本当に無愛想だったよね」
「悪かったな、無愛想で」
むすっとしたような口調に、はくすくすっと笑う。
闇の帝王であるヴォルデモート卿の欠片。
力はちっともなくて、黒猫の可愛い姿で全然怖くなかった。
むしろからかうのが楽しかったりして、おかげで寂しさを忘れられた。
今では立場が逆になって、反対にからかわれたりする事が多いかもしれないが…。
「ヴォルさんって、この姿なら可愛いのに…」
「可愛いと言われても嬉しくもなんともないがな」
「一応褒めているんだよ?」
「嬉しくない褒め言葉だな」
返ってくる言葉はそっけないように聞こえる。
でも、の言葉にきちんと返事を返してくれる。
不器用だろうけど、優しいと思い始めたのはいつの事だろう。
「3年目…なんだよね」
ぽつりっと呟く。
「…?」
ヴォルが不思議そうにの顔を覗き込むように見る。
そう、今は3年目。
最初にこの世界に来てから、知らなかった事を知って、やるべきことを更に自覚してきた。
「最初はね、魔法とかなんて本当は全然実感なくて、自分の力も嘘みたいな感覚だった」
ハリポタの世界だとすんなり受け入れたわけじゃないと、今なら思える。
色々な人と出会って、彼らがそこにいると感じて、そして現実味を帯びてくる。
「でも、今はこれが現実で起きている事だって分かっている。自分の力だって自覚しているんだよ。だから余計に……」
怖いって思う。
自分が知っている未来の通りに事が運ぶと余計にそう思ってしまう。
このまま行けば、自分の知っている人が命を落とす事になってしまう。
それがとても怖い。
ペロッ
頬に濡れたような感覚。
「ヴォルさん…?」
ヴォルがの頬を舐めたらしい。
猫の姿のまま、次はの目元をペロッと舐める。
「え?わ…ちょっと、ヴォルさん?」
避けようにもヴォルはの肩に乗っているので避けられるはずもない。
「俺はを裏切らない。何があってもずっと側にいるからな」
「ヴォルさん…?」
「魔法界全てと敵対する事になっても、俺はの側にいる」
これが別の人の言葉だったらは信じなかったかもしれない。
ありがとう、と一言言って悲しい笑みを見せるだけだったかもしれない。
でも、この言葉は、魔法界の殆どを敵にまわしたことのある元闇の帝王の言葉。
疑うことなく、その言葉はの心のすとんっと入ってきた。
「うん、ありがと…」
は少し照れた笑みを浮かべる。
怖いと思っている心が少しだけ温かくなった気がした。
とても心強い味方が自分にはいる。
「いっつも思うんだけどさ、ヴォルさんってなんか………艶かしいというか大人っぽいというか…」
「何だ?」
「恥ずかしい事平気でやるよね?」
「そうか?」
恥ずかしい事とはちょっと違うかも。
行動が大胆というか、なんというか…。
う〜ん、そうだなぁ…。
「ヴォルさんって、なんかエロい」
んだよね。
スキンシップ多いし。
いや、それは私の感覚で言えばなんだけどさ。
「ほぉ……」
黒猫の深紅の瞳が細められる。
「それなら期待に沿えるような行動でもしてやろうか?」
「は…?え?わ…?!ちょっ…!」
ヴォルは小さな顔をの首筋にうずめて、器用にも口付ける。
猫の毛が首筋にあたってくすぐったいのと、口が触れているところが少しだけ熱を持つ。
「ヴォ、ヴォルさんーー!」
は叫びながらも、自分の肩にいる黒猫を引き剥がしにかかったのだった。
これはの自業自得だ。