アズカバンの囚人編 46
ヴォルとは寮の前で別れ、は自室に戻ってシャワーを浴び、新しい服に着替えていた。
シャワーで十分に体を温めたので風邪をひくことは無いだろうとは思う。
談話室に下りていってみれば、そこの雰囲気はあまりいいとは言えないものだった。
グリフィンドールは負けてしまったのだから仕方ない。
「…!」
が談話室に下りてきたのに気づいたのは、フレッドと一緒に沈んだ気分になっているジョージだった。
座っていたソファーから起き上がってに駆け寄る。
「試合、残念でしたね…」
「それは仕方ないと思う。僕らよりもハリーが…」
箒から落ちて今は医務室にいるハリー。
箒から落ちて怪我をしたからではなく、ハリーの大切な箒であるニンバス2000が折れてしまったから。
ジョージの心配そうな表情には後ろめたくなる。
自分はそれを知っていたのだから…。
「明日、僕もお見舞いに行ってみますよ」
「そうだね、ハリーも喜ぶよ」
ニンバス2000を失ってかなりハリーは落ち込んでいるのではないのだろうか。
箒はニンバスだけではないのだが、ハリーが1年の時からずっと使ってきた箒であり、相棒のようなものなのだ。
それが折れてしまったらショックだろう。
「、明日といわずに今から行けばいいんじゃないのかい?」
ジョージの横からひょこっとフレッドが声をかけてくる。
「ウィーズリー先輩、無理ですよ。だってもう日も暮れていますし、こんな時間に出歩いたらフィルチさんが…」
「やだなぁ〜、。僕らが誰か忘れたのかい?」
フレッドはジョージと肩を組む。
フレッドのやりたいことがそれだけでわかったのか、ジョージはにっと笑みを浮かべる。
「僕ら悪戯仕掛け人が、フィルチごときに見つかるとでも思っているのかい?」
「僕らには心強い秘密の地図があるんだ」
「今だかつて、僕らがフィルチに捕まったことがあったかい?」
「僕ら悪戯仕掛け人は確保不能な存在なのさ」
「「だから、今から行こうじゃないか!!」」
ジョージとフレッドがの腕を両方からがしっとつかむ。
ぐいぐいっと引っ張られてそのまま引きずられるように歩かされる。
意外と力が強い。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「大丈夫さ、」
「僕らが捕まるはずなんてないんだからね」
「いや、そういう問題でなくて…別に今すぐでなくても…!」
明日でも全然構わないと思うんだけど…。
どうして無理に今日行こうとするのかな。
「はハリーが心配じゃないのかい?」
「が行けばきっとハリーも元気になるよ」
「いや、僕が行ったところでポッター君の気分が変わるわけないと思うんですけど…」
「そんなことないさ!」
「ならきっとハリーを元気付けられる!」
「その根拠のない自信はどこから出てくるんですか」
は疲れたようなため息をつく。
「何を言うんだい、!」
「僕らはいつでも自信満々さ!」
「自信が次の悪戯の意欲へと繋がるんだからね!」
「自信が持てなければこんなことやっていないさ!」
そう言いながらもジョージとフレッドはの腕を放さずに引きずり続ける。
その力に逆らえるはずもなく、なんとなく歩いて進んでしまう。
「乗り気じゃないには悪いけど、ここは急がないと見つかってしまうからね」
「ウィーズリー先輩?」
「僕がを運ぶよ、フレッド」
「よし、担げ!ジョージ!」
「おう!」
丁度談話室を出るところで、フレッドはの腕を離す。
「は?……うぁ?!」
片方の腕が自由になったかと思いきや、の体がふわっと浮く。
ジョージの腕も離れたかと思っていたら、ジョージの腕はの腰にまわり、を肩に担ぎ上げていた。
視界が反転する。
一瞬くらりっとしたが、自分が担がれていると分かってはっとなる。
「ジョージ先輩?!」
「しゃべると舌をかむかもしれないよ、」
だっと走り出すジョージとフレッド。
走っているせいか、それにあわせて振動する。
にとってはあまりよい気分がしない移動方法である。
「自分で走れますから下ろして…くだっ?!」
揺れているのに口を開いたからか、タイミング悪く自分の舌をかんでしまう。
自分の舌を不可抗力とはいえ、かんでしまうのは結構痛いものだ。
両手で口元を覆う。
「だから言っただろう?暫くの我慢だよ」
って、何でそんなに楽しそうなの?!
それに、米俵みたいに担がれるのってすっごい微妙。
重くないのかな?
の体格は小さい方だ。
それは日本人だからということもあるが、本来は女であることもある。
だからと言って、人一人分の重さは小柄であってもそうひょいひょい担ぎ上げるほど軽くないはずである。
それなのにを担いで走っていられるジョージは、やっぱり男の子らしく力があるんだな、と思っていた。
でも、こんな移動手段とるの分かっていたら最初から素直に従っていればよかったよ。
あんまり気分いい移動方法じゃないし、下手すると酔う…。
は担がれていて、視界に入るのはジョージの背中と床くらいなものだったが、を担いでいたジョージは嬉しそうな表情をしていた。
それを見ていたフレッドは苦笑していたのだった。
どこの隠し通路を通って医務室まで来たのか、には分からなかった。
『忍びの地図』を使って来ただろう事は想像ついたが…。
医務室につけば、はジョージから下ろされていた。
当たり前だろうが、あのままの格好でハリーに見られるのはちょっと嫌だ。
「ほら、、行っておいでよ」
「ジョージ先輩とウィーズリー先輩は行かないんですか?」
「僕らがいるよりも、だけのほうがハリーもいろいろ言いたい事言えるんじゃないかな?」
「は聞き上手だからね」
ジョージもフレッドも医務室の中には入ろうとはしなかった。
一度来てハリーの様子を見て、自分達ではどうにもならないと思ったのだろうか。
だからと言っては自分に何かが出来るとは思っていない。
それでも話を聞くくらいはできるだろう。
医務室のベッドの上でぼうっとしながら、ばらばらになったニンバス2000を見ているハリー。
その表情には悲しそうなものも見える。
マダム・ポンフリーは今はいないようだ。
はあまり音を立てないように医務室へと入り、ハリーの方へと近づく。
「ポッター君」
小さく声をかけるとハリーが驚いたようにの方を見た。
「…?どうしたの、こんな時間に…」
「うん、ちょっとお見舞い。…何も持ってきてないけど」
実際は双子に強制連行されただけなんだけどね。
本当はこんな時間に来るつもりじゃなくて、明日ちゃんと改めてくるつもりだったんだよ。
「試合、残念だったね…」
「………うん」
ハリーはニンバス2000を見ながら俯く。
天才的な箒捌きができるハリーにとってクィディッチでの活躍はなによりも楽しいだろう。
それなのに、今回は自分のせいで負けてしまったと思っているのか。
「ポッター君のせいじゃないよ、吸魂鬼が……」
「いいんだ、分かってる。僕が吸魂鬼相手に気絶なんて格好悪い事にならなければよかったんだ」
ぎゅっとシーツを握るハリー。
悔しくて仕方がないのだろう。
それ以上にニンバス2000を失った悲しみが大きいのか。
「でも、ひとつだけ分かったかもしれない事があるんだ」
「分かったかもしれない事?」
「うん」
この静かな医務室で1人でいて色々と考えていたのかもしれない。
「吸魂鬼が近づいて来た時、僕に聞こえる叫び声の事。には言ってあったっけ…?」
「列車の中でそんなような事言っていたね」
ハリーは小さく頷く。
吸魂鬼が見せるのは一番つらい光景。
本人が覚えてなくても、そうと自覚していなくても、一番つらい光景を見せる。
「何度も聞いている内に分かったんだ。それが誰の声なのか」
「それって両親の声?」
「え?」
の言葉にハリーは驚いたように顔を上げる。
ハリーに対しては優しい笑みを向ける。
「、何で分かったの…?」
「吸魂鬼はね、相手の一番つらい光景を見せて負の感情を呼び起こす性質を持つ、だったかな?だから、吸魂鬼相手にポッター君が気絶しちゃうのは、ポッター君が誰よりもつらい過去を持っているからだよ」
「僕が、弱いからじゃなくて?」
「その反対。強いからだよ。そのつらい過去を乗り越えているから強いんだよ」
「でも、今のままじゃ僕はいつまでも…!」
ハリーは悔しそうな表情になる。
「吸魂鬼相手に気絶しないようにならないと駄目だと思う」
「うん」
「ちょっと前にルーピン先生にそれを聞こうと思っていたんだけど、スネイプが来たから話が途中になっちゃったんだ」
「そうだね、闇の魔法に関係する事ならリーマ…ルーピン先生に聞くのが一番だよ」
「、別に僕の前でルーピン先生の呼び方を直さなくてもいいよ」
苦笑するハリー。
だが、すぐに真剣な表情へと変わる。
「このままじゃ、僕の変わりに粉々になったニンバス2000に申し訳ないから……」
ハリーはベッドの横に置かれたニンバス2000にそっと触れる。
真っ二つと言ってもいいくらいに綺麗に折れ、箒の先はバラバラだ。
ハリーの傷は大したことはなかったが、ニンバスは修復が不可能なまでに壊れてしまった。
「大丈夫だよ、なんとかなる」
「そうかな?」
「うん、頑張って」
はハリーの頭を軽く撫でる。
箒もファイヤーボルトが届く事になるから大丈夫。
これはハリーにとって成長に繋がるから邪魔は出来ない。
見守る事しか出来ないけど、どうしようもない時は助言だけはするよ。
だから、頑張って。