アズカバンの囚人編 44
クィディッチ競技場の中でもクィディッチがそれなりに良く見えて目立たない場所を探す。
試合が始まるまで、まだ時間があるのにも関わらず競技場には沢山の人たちが集まっている。
選手達は控え室にいたり、又は競技場の外で激励を受けていたりしている。
はヴォルと一緒にそれを遠巻きに見ながら観戦場所を探している。
勿論なるべくグリフィンドール生が居るところから離れて、である。
ただ、そのあたりをうろうろしているに、他寮の上級生と思われる人たちが
「応援しなくていいのか?」
「貴方がいないと寂しがっているんじゃないのかしら?」
「今回は応援してやれよ〜」
こんな感じに声をかけてくることがある。
一体が居ないとき、グリフィンドールのメンバーは何を言ったのやら…。
少々不安になるが、今回もまた応援に集中できる余裕はない。
「…?」
自分の名を呼ぶ声が聞こえては声がしたほうを振り向く。
聞き覚えのある声で、グリフィンドールの知り合いの声でなかったので少しほっとしたりしている。
「君、グリフィンドールの応援席にいなくていいの?」
「ディゴリー先輩…」
驚いたようにを見るのはセドリックだった。
ハッフルパフの黄色を基準としたユニフォーム。
セドリックの視線がちらっとヴォルの方に向く。
「もしかして、スリザリンの彼と一緒にいるからグリフィンドールの席には行きにくかったのかい?」
「そういうわけじゃないんですけど…ちょっと事情がありまして」
苦笑を返す。
まさか、グリフィンドールが負けるのを見届け吸魂鬼が競技場に乱入するのを見る為に、丁度いい場所を探しているとは言えまい。
ヴォルの方にちらっと目を向けてみれば、ヴォルはセドリックの方など見ずに競技場から少し離れた場所を…ホグワーツの外にあたる場所を睨んだままだ。
「グリフィンドールの応援席に行かないなら、ハッフルパフを応援してくれないかい?」
「ディゴリー先輩…何言っているんですか。僕はグリフィンドールですよ、グリフィンドール」
「僕は別に気にしないよ」
「いえ、気にする気にしない以前の問題ですって。今日はグリフィンドール対ハッフルパフの試合なのに、どうしてグリフィンドールの僕がハッフルパフを応援できるんですか」
「ならできそうな気がしたからね」
「いくら僕でもそこまで図太い神経してません。ハッフルパフの応援なんてしたら、後でポッター君やジョージ先輩達に何を言われるか…」
不機嫌になる事間違いなしだ。
余計なトラブルはないに越した事はない。
大体セドリックもそれを分かっていながら言っているだろうに…。
「それはそれで面白そうなんだけどね」
「ディゴリー先輩…」
そっちが面白くてもこっちは全然面白くないです。
笑みを浮かべているセドリックを軽く睨む。
「セドリック!!」
突然ぐいっとセドリックの腕が引っ張れる。
セドリックのすぐ横にハッフルパフのユニフォームを着た少女。
その少女がセドリックの腕を引っ張ったようだ。
「ミリア?どうしたんだい?」
「どうしたの?じゃないわよ!試合前なのにこんなところで立ち話を……!」
少女がセドリックの話し相手だったの方に視線を移すと、少女のがぴしりっと固まる。
同時に顔を真っ赤に染めて下を向く。
「ディゴリー先輩、その子は…?」
「ああ、チェイサーのミリアだよ。ミリア・ハーウェイ、君と同じ3年だね」
はミリアに視線を移す。
顔を真っ赤にしながらちらりっとこちらを見てくる少女。
癖のある茶色の長い髪をすっきりと後ろでひとつに縛ってある。
セドリックに話しかけてきたときはとても活発そうに見えたのだが…。
「はじめまして、ハーウェイ。僕は=。ハッフルパフとは授業で一緒になった事あるけど、話をするのは初めてだよね?」
「え、ええ…、初めまして、…。ミリア=ハーウェイ……です」
にこっと笑みを向けただったが、ミリアはセドリックの後ろに隠れてしまう。
彼女に何かしてしまったのだろうか…と思うほどに思いっきり避けられた気分だ。
「ハーウェイ?」
はミリアの顔を覗き込むように見る。
ミリアはさらに顔を赤くして目線を下に向ける反応を返した。
首を傾げるだが、コツンっと後頭部に何かが軽く当たる。
見上げてみればそこにはヴォルの手。
「こいつはそういう感情は鈍い方だから言われなきゃ分からないぞ」
「ヴォルさん…?」
ヴォルの言葉はミリアに向けられた言葉のように聞こえた。
「何…?」
はヴォルを見てセドリックを見て、そしてミリアを見る。
何の事だかよく分からず首を傾げる。
のそのようにセドリックがくすくすっと笑う。
「ディゴリー先輩?」
「あ、いや、ごめんごめん。確かにそうだなって思ってね」
「何がですか?」
セドリックはヴォルに視線を向ける。
ヴォルは呆れたような視線をに向けた。
「、よかったらミリアを応援してあげてよ」
「ディゴリー先輩…ですから僕はグリフィンドール…」
だから無理です。
と言おうとしただがそこで言葉が止まってしまう。
ミリアの表情が泣きそうなものに変わったからだ。
「あ、えっと…う……、ハーウェイ?」
「…な、なぁに?」
は普段少年としてホグワーツで過ごしているから、大抵話す相手は少年だ。
いくら年下とはいえ男の子相手にそんな甘い顔はしてない。
言うときはぴしっと言っているつもりだ。
唯一仲がいいと言える女の子の友人であるハーマイオニーは、きびきびしていてミリアのような表情をあまりしない。
女の子に泣きそうな表情をされるのは扱いにかなり困るのだ。
「試合、頑張って。ハッフルパフを応援する事はできないけど…」
の言葉にミリアの表情がぱぁっと明るくなる。
大きく縦に首を振る。
「う、うん!頑張るわ!!セドリック!私、先に行って練習でもしているわ!立ち話もほどほどにしなさいよ……じゃあ!」
ぱしっとセドリックの腕を軽く叩いてからミリアはぱたぱたっと競技場の中へと走っていった。
はほっとしてそれを見送った。
思わずはぁ…と小さくため息もこぼれてしまう。
だが、両側からくすくすっと笑い声が聞こえてむっとなる。
「ヴォルさんもディゴリー先輩も…何笑っているんですか」
非常に奇妙な組み合わせの2人が同時に笑っている。
だが、今の2人の考えは同じだろう。
「全然気がつかないのか?」
「本当、全然気がつかないのかい?」
何が分からないと言うのだろうか。
2人で分かったような言葉を言わないで欲しい。
は何がなんだか分からないのだから。
「ミリアはの事が好きなんだよ」
笑いながらセドリックがとんでもない事を言ってくる。
「はい?」
信じられない…が、はセドリックの台詞を頭の中でよく考えてみる。
ミリアの向かっていった競技場を指し、そして自分を指差す。
セドリックが笑いながら頷く。
「僕……の?」
ちょっと待って。
いや、確かに男としてホグワーツに通っている以上はこういうことがあっておかしくはないことだけど…だけど…!
「本当に僕?」
確かに良く考えればミリアの態度はそれらしいものだったと言える。
だが、本来の性別が女であるはそんなこと思いもしなかったのでその可能性を考えてなかった。
このような場合はどういう反応を返せばいいのだろう。
「客観的に見ればは紳士的だからな」
「そうそう、それに優しいしね。性別関係なくモテるのは分かる気がするよ」
「それがどんな感情であれな」
「ヴォルさん!ディゴリー先輩も!」
に惹かれるのはその内面。
ぱっと見はそんな目立つ容姿をしているわけでもない…と言っても東洋系の顔立ちの生徒が少ないので目立つといえば目立つのだが…。
ただ、が向けられた気持ちに気がつかないのはその可能性を全く考えていないから。
男としてホグワーツに通っているが本当は女だからこそ、女の子相手の恋愛感情など考えられない。
自分は男としてホグワーツにいるのだから同性に恋愛感情を抱かれることなど考えられない。
「彼女が告白してきても手酷く振らないようにしてね、」
「ディゴリー先輩!!」
にこっとセドリックはとんでもない事を言ってくる。
「なんだ、が振る事前提に考えているんだな」
「当たり前だよ。だって、はそういう付き合いはしないんだろう?」
ヴォルの言葉にセドリックはそう答えた。
その答えには驚く。
まるで何かを知っているかのような言葉。
「ディゴリー先輩…?」
セドリックはを見て、そしてヴォルを見る。
「もそして君も…、何かあるんだろう?少しだけでも鋭い人にはすぐに分かってしまうよ、君達は周りと違うってね」
もヴォルも表情を変えることはしなかった。
自覚はしているのだ。
自分達は本来ホグワーツに居るべき者ではないことは分かってる。
は本当は魔法使いの資格などなく魔力が全くないこと。
ヴォルはすでにホグワーツを卒業した経歴があり、ヴォルデモートであったこと。
「分かっていて何も言わないのか?」
「言う必要性を感じないからね。僕が言ったからといって何が変わるわけでもないよ」
優しげな笑みを浮かべるセドリック。
それはセドリックなりの優しさ。
何か気づきながらも何もせず、何も言わないのは同じ学校の生徒であるから信じているのだろう。
「それじゃあ、練習あるから…」
セドリックは手を振って競技場に向かう。
「頑張ってください!ディゴリー先輩!」
小さくなっていくセドリックにはそう叫んだ。
セドリックは一瞬足を止めて、に手を振り替えしながら笑顔で競技場に向かっていった。
風が吹く。
それは何を運んでくるのか…。
空に広がる雲は厚い。
「あれは、お人よしで早死にするタイプだな…」
ヴォルがぽつりっと呟いた。
そう、セドリックは優しい。
をからかったりと、多少意地悪な部分もあるだろうが、ハッフルパフ所属だけあって根は優しいのだ。
ヴォルのその言葉には悲しそうに顔を歪めた。