アズカバンの囚人編 43
はグリフィンドール寮の自室で、ヴォルに渡された包みを開いていた。
あの後、寮に帰ろうとしたにヴォルがこの包みを渡してきたのである。
大きさと感触から何か布のようなものだとは分かっていたが、出てきたのはスリザリンのネクタイとローブ、そして1通の手紙。
明日の試合に備えてか、ハリーは早めに就寝していた。
ロンもネビルもそれに習って早めに寝ている。
「スリザリンのネクタイとローブ…か」
にとってはまだほんの少し前のこと。
これはセウィルからの借り物だ。
再会したときに返そうと思い、綺麗にたたみ直す。
「この手紙…なんだろ?」
一緒に入っていた手紙には首を傾げる。
ヴォルがわざわざ手紙を書いて知らせる事などないと思う。
とにかく封を切る。
ヴォルがに渡したと言う事は、あてなのは間違いないだろう。
入っていたのは、二つに折りたたまれた少し厚めの手紙。
はそれをゆっくりと開く。
ぽぅっと僅かに光がともり、小さな映像が現れる。
『久しぶり、』
映像として映し出された人物が笑みを浮かべて話しかけてくる。
立体映像のようなものだ。
「セウィル………くん?」
映し出された人物は10代後半とも20代前半とも言える青年の姿。
黒い癖のある髪はずいぶん長いようで、後ろでゆるくひとつにまとめてある。
セブルスの若い頃、と言ってしまえばそれで通じてしまうような容姿であるが、それが違うだろうことがには分かった。
でも、信じられない。
『これを見て、が驚いてくれると僕としては嬉しいかな。ちなみに、これは一方的に僕が話すものだから話しかけても返事は返ってこないよ。写真が喋るだけじゃ面白くないと思って立体的にしてみたんだ?どう?』
思いっきり闇の魔法を多用したのだろう。
でも、は嬉しくなってしまう。
変わっていないセウィル。
『がホグワーツに入学して2年目くらいかな?の存在はセブルスを通して知っていたんだ。でも、その時のは僕の事知らないし、が僕を知るまで待っていようって思ってね』
そこではふと思う。
がホグワーツに入学していることを知っているならば、セウィルの姿は何故若いままなのか…。
この姿はセブルスよりも若い。
『あ、今、僕がなんでこの姿なのか疑問に思ったでしょ?ちょっとリドル先輩を怒らせちゃってね……自分で無茶して色々やったもんで、この姿で成長が止まっちゃっているんだよね』
明るく言うセウィルだが、そんなに楽なものではなかっただろう。
思い当たった魔法は、最後にヴォルデモートがセウィルにかけた「闇の人形」。
あれは「時の力」を組み込んでいるために、成長に何らかの影響がでてもおかしくないだろう。
『60過ぎの爺さんに押し倒されるより、若い青年に押し倒される方がも嬉しいでしょ?』
「…どっちも嬉しくないよ。」
伝わらないと分かっていても思わず呟いてしまう。
この思考回路は何十年経っても変わっていないんだな…と思う。
『それから、リドル先輩に会ったよ。今、裏で復活しようとあがいている方じゃなくて、の側にいる方のね』
「え……?」
『驚いてる、?僕も驚いたんだよ?だって、まさかそんな状況になっているなんて思わなくてさ…。リドル先輩分裂?!みたいな?』
分裂じゃない、分裂じゃ…。
魔法界広しとはいえ、ヴォルデモートのことをこんな風に言えるのはセウィルだけではないのだろうか。
ダンブルドアなら言えそうかもしれないが…。
『僕は待ってるよ、。約束果たしてくれるんだよね?』
また会うという約束。
あれから何十年も経ってしまっていて、当時想像していた状況とは全然違っているけれども、約束は果たせる。
は無意識に頷いていた。
『待ってるからね、』
にこっと笑みを浮かべるセウィル。
そして、映像はふっと消えた。
手紙から小さな光も消える。
一度きりの手紙なのか分からないが、はそれを丁寧に封筒に戻す。
「約束は果たすよ…セウィル君」
だから、その時までは今あることに集中しよう。
無事である事は分かったのだから…。
でも、ヴォルさんっていつセウィル君に会いに行ったんだろう…?
今日はクィディッチの試合の日である。
ハーマイオニーとロンに応援に引きずられそうになっただったが、今いるのはクィディッチ競技場の外である。
試合が始まるまでまだ時間はある。
空を見上げれば、雲がかかっている。
「吸魂鬼と暴れ柳……どうするかなぁ〜」
はぁ…とため息をつく。
「吸魂鬼達は随分と気が立っているようだな」
背後からの声にびくっとして振り返る。
そこには空を見上げているヴォルの姿。
「ヴォルさん?驚かさないでよ〜」
「別に驚かしたつもりはないんだがな…」
苦笑するヴォル。
「ホグワーツに入ってくるかな?」
「来るだろうな、ほぼ確実に」
「被害はダンブルドアが最小限に抑えてくれると思うけど…」
今の吸魂鬼の立場は、目の前に獲物をぶら下げられてお預けされているようなものだ。
そろそろ我慢の限界も来るだろう。
ホグワーツの敷地内に入れない事を前提にした吸魂鬼の配置。
ホグワーツに一歩でも踏みいえれば、ダンブルドアがそれを許さないだろう。
「どうする?」
予定通りの動きをしてもらえるか、確認は必要だろう。
色々迷うべき事はある。
だが、まだ取り返しのつく事態ならば、知る未来のままで構わないだろう。
迷う事で悪い方向に行く事があるかもしれないのだから…。
「まずは、吸魂鬼の確認。それからクィディッチの試合の状況確認と結果。予定通りに行くかどうか見ないと…」
「吸魂鬼は確実にホグワーツの敷地内に入ってくるだろうな。それが今日とは限らないだろうが…クィディッチの試合の熱気に惹かれてやってくる可能性は高いだろう」
「来てもらわないと困る。後、この試合、グリフィンドールには負けてもらわないと…」
今にも雨が降りそうな天気である。
グリフィンドールの応援席で観戦すると、試合中に抜け出すのは大変だろうし何よりもヴォルはグリフィンドール席には歓迎されないだろう。
自分がどこにいるのが一番動きやすいか少し考える。
「いいのか?」
ヴォルがの方をじっと見る。
「ん?」
はその言葉に首を傾げた。
何がいいのか?なのかが分からない。
「吸魂鬼がホグワーツ敷地内に入って来て、グリフィンドールが試合に負けて構わないのか?」
確認するかのような口調。
ヴォルはに危険がなければ、クィディッチの結果がどうなろうと、吸魂鬼がホグワーツ内をうろつこうが関係ないのである。
は吸魂鬼の影響は受けないのだから…。
「今の時点で迷うのはやめることにした。取り返しがまだつく事ならば、そのまま役目を果たすだけにするって決めたんだよ」
「役目…?」
「うん。私の役目はこれだから…」
迷いは力を弱めてしまう。
だから、今はまだ先のことを考えるのはやめよう。
「そうか…」
ヴォルは特に追求をしなかった。
その心遣いが少し嬉しい。
これは話そうとしても話せることではないから。
話すのが怖い気持ちもあるから……。