アズカバンの囚人編 38
マダム・ポンフリーから、特に体の異常も見られないということで、通常通りの生活に戻ることを許可されたは、授業のある教室にはいかなかった。
今日は魔法薬学と闇の魔術に対する防衛術の授業がある。
どちらもスリザリン合同だ。
はヴォルと一緒に授業をサボってホグワーツ城の外に来ていた。
にとってはつい最近も来たことがある場所。
この時代にもまだ残っているとは思わなかった。
ホグワーツが全て見渡せる丘。
「授業サボったから、減点かな?」
「…かもな」
減点も授業をサボったことも大して気にしてないとヴォル。
2人はホグワーツにいるのは、魔法を学ぶためでない為授業をあまり重要視していない所もあるからだろう。
「、どっちから話せばいい?今のここの状況か?それともあれから後何があったからか?」
「勿論、あれから後何があったか、だよ」
は迷わずに答える。
今の状況はある程度分かった。
それよりも気になることが、リドルの時代はあれから何があったのかである。
ルシウスの試練だった『カナリアの小屋』のことも、シリウスがホグワーツに来ていることも気になるけれども…それは後でもいい。
「そうだな…」
ヴォルが思い出すようにホグワーツ城へと目を向ける。
「”リドル”はと会って、ヴォルデモート卿になることを迷っていた。それは確かだった」
「でも、ヴォルデモート卿は誕生したよね?」
「ああ…、その迷いが消えたからな」
「消えた…?」
迷いが吹っ切れたではなくて、消えた?
その言い方に違和感を覚える。
「そのままの意味だ、消えたんだ。アーマンド=ディペットの魔法でな」
「魔法…?」
「忘却呪文だ、。ディペットがダンブルドアをどこかで疎ましく思っているのは誰もが知っていた。だから、ダンブルドアに頼ったのことも気に入らなかったんだろうさ…」
「忘却呪文って…じゃあ、何?私がダンブルドアに頼ったのが気に入らなくて私がいた記憶を消したって事?!」
なんて馬鹿馬鹿しい嫉妬だ。
確かにはあの時代でディペット校長に会うことはなかった。
だが殆どがスリザリン寮にいて、ダンブルドアとも会話することも少なかったほどだったというのに。
「”リドル”は優等生だった。ディペットも”リドル”に随分目をかけていた。ひょっこり現れたが”リドル”に何か影響を与えたのに気づいたんだろうな。そういうところだけは聡い…忌々しいほどにな」
「だから…私の記憶を消したってこと……?」
「あの時ホグワーツに残っていた生徒全員のな。幸いにしてその時ホグワーツにいた生徒達の人数はそれほど多くなかった。”リドル”もセウィルも……のことは全部忘れさせられた」
闇に染まるだろう事を迷い始めた原因である。
リドルはを忘れたことによって迷いが消えた。
「そう言えばヴォルさん、初めて私と会った時は私のこと知らなかったよね」
「の姿が元の姿であったこともあるがな…、あの時は”知らなかった”んだ。俺も、あいつも……心のどこかで覚えていながらも記憶がなかった」
ヴォルの言うあいつとは、おそらくヴォルデモート卿のことだろう。
何かを忘れているのかもしれないと分かっていながらも、それが何か全く分からなかった。
忘れてしまった記憶は大切なものだったというのに…。
「でも、今のヴォルさんはその記憶がある……ってことは、思い出したの?」
「いや…これは俺の記憶じゃない。”リドルの記憶”だ」
「リドルの記憶って……日記の?何で?ヴォルさんは学生時代の記憶は全て引き継いでいるんじゃないの?それとも忘却術をかけて忘れた記憶って戻らないものなの?」
最初に会った時、ヴォルは言っていた。
自分は初めて人をこの手にかけるまでの”トム=リドル”の記憶であり、想いである、と。
ヴォルデモートと二分するまでの記憶もあるらしいが、ヴォルデモートには学生時代の記憶はないらしい。
「忘却術はその名の通り、”忘れさせる魔法”だ。だが、あると知らない記憶までを捨てることなどできないだろう?だから俺にはとの記憶がないんだ。多分その記憶は………」
「…ヴォルさん?」
ヴォルが言わなくてもには分かった。
あると知らない記憶はそのままそこに存在している。
つまりはヴォルデモートの記憶の中に封じられたままのだろう。
「”リドル”は迷っていた、が未来で秘密の部屋に関わる事も分かっていた。だから、記憶を保存し直そうとしていた。実際、記憶は保存し直したんだ、忘却術をかけられた後でな、忘れさせられた記憶と共に…」
だからリドルはを知っているような態度だったのだ。
最初は面識などなかったようだったのは、まだその時はの記憶を忘れたままだったから。
どんなきっかけで思い出したのかは分からないが、リドルはとのことを思い出したのだろう。
ヴォルはリドルの記憶を全て引き継いだからこそ、との記憶がある。
「だから…セウィル君とは会う必要がないって…こと?」
のことを忘れてしまっているのだろうか。
むちゃくちゃな性格をしていたあの彼は。
ヴォルはの言葉に首を横に振る。
「いや…、そうじゃない。セウィルと会う必要がないわけじゃない、…セウィルは多分、のことを思い出しているはずだ」
思い出して…いる?
ヴォルデモート卿は思い出すことすらなかった記憶をセウィルは思い出していた。
でも、どうしてそれが分かるのだろう。
「正直言えば、俺が思い出せないでセウィルが思い出せたのはいい気分じゃないがな…。だだ、心のどこかで闇の世界に進むことを止める声があったのは知っていたが…それと同じくらい、ヴォルデモート卿はマグルが憎かった」
のことを思い出していなくても、迷いはあった。
本当にこれでいいのか…と。
このままこの手を血に染めていいのかと。
それを振り切るかの用に父親と祖父母を手にかけた。
「セウィルは俺がヴォルデモート卿として暗躍し始めた頃から、反対意見を言うようになってきた。思えば、セウィルはその時はすでにのことを思い出していたんだろうな…」
ヴォルは昔の記憶を思い浮かべる。
初めて人をこの手にかけ、誰よりも憎かった父親と祖父母を殺した。
憎しみの対象を殺したことで気分が晴れたはずだった。
だが、心の中では何か大切なものを落としてしまったような後ろめたい気持ちがあった。
それを指摘するかのようなセウィルの反抗。
「俺は…セウィルが裏切ったのだと思った。何につけても反対するセウィルを疎ましく思った」
「ヴォルさん…」
ヴォルの表情は悲しみを帯びたものだ。
声に込められた感情からも、悲しみと後悔が見える。
「だから俺は……セウィルに「闇の人形(デス・ドール)」の魔法をかけた」
ヴォルは今でも覚えている。
あの時のセウィルの表情を…。
驚きながらも、悲しそうな笑みを浮かべていたセウィル。
「セウィルがあのピアスをしていれば魔法は効かなかったかもしれない。だが、あの時のセウィルはそれをしていなかった」
ヴォルデモート卿を信用していたのか、それとも死を覚悟で進言していたのか。
「やはりセウィルも優秀な「闇の魔法使い」だ。「闇の人形」では支配しきれなかった……。そして、セウィルは俺の前から逃げた」
―さようなら…リドル先輩
最後の言葉を今でも覚えている。
最も信じて、側においていた後輩。
姿現しで消える直前、セウィルは涙を流していた様な気がする。
「あの魔法を自分で解除する方法はないと言ってもいいだろう。出来たとしても後遺症が残るはずだ」
「だから、セウィル君が生きているかどうか分からない?」
「……ああ」
顔を歪めながらも肯定を返すヴォル。
ヴォルデモートとしてしてしまった事を後悔しても仕方ないと分かってはいるだろう。
それでも話すことが出来るのは逃げずに受け止めているから。
自分のしてしまった事を後悔しながらも、ヴォルは逃げずにきちんと受け入れているから。
「…そっか……」
そっけない答えかもしれない。
でも、はそれだけしか口に出来なかった。
ヴォルを責めることなど出来ない。
ただ、無性に悲しくなった。
「会えない…のかな?」
声が震えてしまうのは仕方ないかもしれない。
つい最近まで近くで笑っていた相手がもういないかもしれないのはとても悲しい。
「」
「絶対会いに行くって…約束したんだけどな」
「…」
ヴォルはそっとを抱きしめる。
もそれに抗わずにヴォルに体をあずけるように寄りかかる。
ヴォルは優しく…それでも力をこめる。
約束…果たしたいよ。
セウィル君………。