アズカバンの囚人編 39
過去に飛んでしまったことが結構衝撃的だったので忘れていたが、『カナリアの小屋』はルシウスの試練の一つである。
があの場所で見た幻は、ルシウスのかけた魔法だろうとヴォルは言っていた。
精神的苦痛を与える為のもの。
流石ルシウスさん…、結構いい性格してる。
それを聞いたときのの心情はこれだった。
確かにアレはきつかった。
でも、あれが幻であることは分かっていたし、あれによって過去に行けた事を思えば得られたものは大きかったと思う。
感謝してもいいのかもしれない。
そんなことをは思っていたのだが……。
ばさばさっ
授業をサボった翌日、朝食の場の大広間にフクロウ便が飛んできた。
黙々と食事をしているのもとに一匹の茶色いフクロウ。
ぽとりっと手紙を1通落としていく。
「、それ誰から?」
「君に手紙なんて珍しいね」
ひょこっと隣から覗いてくるのはハリーとロン。
向かいにはハーマイオニーとネビルもいるので珍しそうに宛の手紙を見ている。
ホグワーツに入学して3年目。
宛の手紙はイベント時期以外ではかなり珍しい。
過去あったのは、リーマスのあの吼えメールだけだ。
「う〜ん、ほんと、誰からだ……え?!」
ぺろんっと裏を見てみれば差出人の名前はかなり珍しい人物だった。
この相手から手紙を直接もらうこと事態初めてではなかろうか…?
差出人名はこうある。
ルシウス=マルフォイ
現マルフォイ家当主であり、純血主義でかなり有名な人物だ。
その彼がに直接手紙ということは…あのことしかないだろう。
「何でマルフォイの父親からに手紙が来るの?」
「さぁ…?」
ハリーの問いにとりあえず誤魔化してはみるが…。
う〜ん、なんだろ…。
『カナリアの小屋』の件が終わったにしては反応早すぎだしな。
でもルシウスさんならどこからともなく情報掴んでそうだし…。
ぺりぺりっと封を切る。
ハリー達も興味深々でが手紙を読むのを見ている。
ざっと目を通してみて要約すると内容はこうである。
12月24日のパーティーに招待する。
パーティーには同封のものをつけてくるように。
要約するとこれだけである。
といってもそう長い文章が書かれていたわけではないのだが…。
封筒の中身を覗いてみれば、小さなネクタイピンがひとつ。
ころんっと転がったそれは、細い銀に緑色で何かの紋章のようなものが刻まれている。
値段高そう…。
「、それってマルフォイ家の……!」
「へ?何?」
ロンがすごく驚いたようにが持っているネクタイピンを指す。
ハリーとハーマイオニーを見ても二人にはよく分からないようであるが、ネビルもロンと同様驚いた表情をしている。
「マルフォイ家の紋だよ、それっ!」
「紋…?」
「マルフォイ家のだってしるし!」
「は…?」
ロンに言われてはじっとそれを見る。
由緒正しい純血一族なのだから家紋のようなものがあっても不思議はないだろう。
それを魔法族であるロンとネビルが知っていると言うことはかなり有名なものなのだろうことは分かる。
これは認められたってこと?
いや、でも………。
ロンの声で注目が集まってしまったのか視線がこちらに向いているのが多数。
皆興味深そうである。
これも一種の嫌がらせじゃあ……。
どう考えてもそうとしか思えない気がしてきた。
そもそも純血主義のマルフォイ家当主がグリフィンドールの一介の生徒に興味を持つことすら珍しいのだ。
色々思うべきことはあるが、クリスマスはやはりマルフォイ家に行かねばならないだろうか…。
ははぁ〜と深いため息をつく。
まだまだ前途は多難のようだ。
とりあえずネクタイピンは大切にハンカチに包んでポケットの中にしまっておくことにする。
「、マルフォイの父親に何かしたの?」
「君のことだから、また変な挑発でもしたんじゃ…」
ハリーの疑問とロンの呆れたような声。
ロンの言葉が半分正解のような気がする。
「特に何もしてないはずなんだけど…あとで連絡とって詳しいことは聞いてみる」
「連絡取るって…」
「ホグワーツのフクロウでも借りて………すっごく気が進まないけど」
不本意そうな表情では呟く。
ルシウスは苦手な人だ。
進んで連絡などとりたくはない。
が、こんな高そうなものをただでもらうのは困る。
ただではなくて、ルシウスに何らかの考えがありそうな気がしないでもないのだが…。
後でヴォルさんに何か変な魔法がかかってないか調べてもらおう。
「って本当に無茶苦茶なことをよくやるから心配だわ。昨日だって…」
「そうだよ、僕、てっきりは昨日体調が悪くて休んだんだと思ってた」
心配そうな表情をするハーマイオニーとネビル。
ごめんね…と苦笑しながらは謝る。
昨日はまるまる授業をサボッたである。
同室のハリー達には散々心配された。
1ヶ月いなかった事に加えて授業もサボれば尚更だろう。
ハリー達の様子から少しカマをかけて分かったことだが、どうやらヴォルは授業に出ていたことになっていたらしい。
ヴォルに聞けば、ホグワーツ全体に簡単な暗示をかけたとか。
さすがヴォルさんだよね…。
魔法界を恐怖に陥れるほどの力を持っていたんだからこれくらいは簡単なのかな。
ただ、「ダンブルドアには効いていないだろうがな…」とは言ってた。
が昨日ただ単にサボったことに関して特にハリー達は責めてこなかった。
珍しいことに減点もなかったようだ。
1ヶ月間の失踪で疲れているのだろうとでも思ってくれたのだろうか…?
「平気だよ。多分ルシウスさん関連はもうないだろうし…」
最後の試練が一番地味だった気がする。
それもまた、の力がなければとんでもないことになっていたかもしれないが。
普通の一般学生の見習い魔法使いがあの状況に陥ったら、しばらくは精神が不安定になること間違いないだろう。
「それだけじゃないわ、!それにハリー、あなたもよ!」
「僕は平気だよ、みたいに無茶しないし」
「…僕はポッター君も結構無茶苦茶してると思うけどな」
ハーマイオニーの言葉ににっこり言葉を返すハリー。
けれどはぽつりっと呟いた。
2年間を振り返ってみても、ハリーは結構無茶苦茶をやっていると思う。
運もあって無事でいるが、ひとつ間違えば大変なことになっていたことばかりだ。
「ほどじゃないよ。ロンもそう思うよね!」
「う〜ん……」
ハリーの言葉にロンは目を逸らす。
ロンもとハリーは似たり寄ったりだと思っているのだろう。
「ポッター君もだけど、ウィーズリー君とグレンジャーもそれに付き合っているだから、第三者から見れば十分無茶してるように見えるよ」
うんうん、と強く頷くのはネビル。
「僕は違うよ!」
「私はそんな無茶してないわ!」
同時に反論するロンとハーマイオニー。
知らぬは本人ばかりなり…かもしれない。
ネビルがぽつりっと…4人とも無茶しているよ、と呟いていたことは誰も知らない。
ハリーは明後日のクリディッチの試合の練習をしなければならないと言って忙しそうだった。
ロンとハーマイオニーはそれを応援しに行っている。
も行こうとしたのだが…ハーマイオニーに休めと言われた。
体調に異常がないのはマダムのお墨付きなのだが…。
そんなこんなで、は禁じられた森に来ていた。
沢山の食料と飲み物、長持ちする保存食を持って。
「よいしょっと」
声が出てしまうのは仕方ないだろう。
かなりの量なのだ。
とてそう頻繁に出向けるわけがないので、食料は多いほうがいい。
本当ならば着替えや寝床も確保してあげたいところだが、そこまでは無理だろう。
「ヴォルさん、また怒るかな〜」
ヴォルに声をかけなかった理由はある。
初対面のとき、ヴォルとシリウスは仲がかなり悪かったのだ。
以前何かあったのではないか…とも思わせるほどに…。
もしかしたら、ヴォルはヴォルデモート卿の時にシリウスと対面したことがあるのかもしれないが。
半ば引きずるように荷物を持ちながら禁じられた森を進む。
この広い森の中でシリウスは一体どこにいるのだろうか…?
「今日見つからなかったら仕方ないから、これだけでも置いていこうかな…」
こんな沢山の食料を寮に持って帰るわけにも行かない。
食料はいつでもホグワーツの調理室から分けてもらえるし、しもべ妖精達は喜んで食事を作ってくれる。
「シリウスさん〜…」
少し大きな声で名前を呼んでみる。
広い森の中で果たして名前を呼んで出てきてくれるかどうか分からないが…。
がさがさっ
草をかき分ける音がした。
「わぅんっ!!」
「え?わっ?!」
突然黒いものが飛び出してきてに襲い掛かる。
声で分かったから警戒はしなかったものの、見事に黒犬に押し倒される。
黒犬はを押し倒したことなど気にしないように、が持ってきた食料にすぐさま飛びついた。
鼻で匂いを嗅ぎ取って、口で荷物の紐をといて中から食料を取り出す。
そしてそのまま…遠慮なく食べ始めた。
あっけにとられる。
だが…機嫌よさそうに尻尾まで振りながら食事をしている黒犬、シリウスを見ると苦笑がもれてくる。
は黙ってしばらくその光景を見ていた。
物凄いスピードで食料を減らしていったシリウスは、満足とばかりに側にぺろりっと口のまわりを舌で舐める。
まだ残っているのは保存がきくもののみである。
飲み物は池があるだろうから必要ないと思って少ししか持ってきていない。
何よりも腐ってしまっては意味がないだろうから…。
「満腹になりましたか?」
「おぅ!うまかったぜ!」
黒犬の姿で言葉を話されてぎょっとするが、満面の笑顔を浮かべている…らしいシリウスに苦笑する。
「もしかして相当餓えてました?グリフィンドール寮に忍び込もうとしたのは、まさか食料目当てだったとかは言いませんよね」
「んなワケねぇだろぉが…!」
「ですよね」
くすくすっと笑いながらは保存食の方をまとめていく。
シリウスが、がっついて食べていたせいか、多少散らばってしまっているのである。
どこかに隠しておくべきか、それともシリウスが持ち歩くべきか迷う。
「シリウスさん、この残りはどうしますか?持ち歩きますか、それともどこかに隠しておきますか?」
シリウスはきょとんっとしてから、何か考える様子になる。
頭を下げたかと思えば…黒犬の形が変わっていく……。
暗闇に紛れ込めるかのようなローブ。
着ているのはが買ったものなのだが…かなりボロボロになっていた。
黒く長い髪がさらりっと揺れる。
「結構丈夫な布の服を購入したつもりなんですけど…、あちこち破れていますね」
「ここまで来るのに色々あったからな」
「クリスマス休暇中に何着か予備を買ってきますよ。ずっとそのままじゃ嫌でしょう?」
「あ?いや…、別に構わねぇよ。そこまで面倒見てもらうのはわりぃし…。あ、そーいやー忘れてたな、これ」
シリウスは何か思い出したかのように自分の懐をごそごそっと漁って何かを取り出す。
それをの方にひょいっと投げる。
反射的に受け取ってしまったが、それは金色の鍵。
「シリウスさん…?」
「グリンゴッツの金庫の鍵だ。ブラック家の全財産が入っているな」
「は?ちょっと待ってくださいよ、なんでそれを僕に渡すんですか?!」
「服とかの支払いまだだっただろ?掛かった費用の分だけ持っていってくれ。ついでにこれから掛かる費用も必要なら遠慮なく使ってくれ」
「いや、待ってくださいって、こんなの受け取れませんよ!同行して、シリウスさんがお金をおろして僕に支払ってください」
「それができねぇから鍵を渡しているんだろ?」
それでもそうひょいひょいと人を信用して鍵を預けるのはやめて欲しい。
この人はどうしてこうも簡単に人を信用するのだろう。
大きなため息をつかずにはいられないである。
「一応、鍵は預かりますけどね…。僕は人様の金庫から勝手にお金を持っていくのは嫌ですよ」
「そうか…?」
「普通はそうです。僕が変な企みでも持っていたらどうする気ですか?全財産持って行かれちゃいますよ?」
「大丈夫だって」
「…その自信がどこからでてくるのかさっぱり分からないです。どこの誰とも知らぬ小僧を信用するなんて…」
親友の息子であるハリー相手や、身元が知れいているロンなら分かる。
は結構得たいが知れない部類に入る…と本人はそれなりに自覚はしている。
どう考えて怪しさ満載だろうに。
シリウスは笑みを浮かべながらの頭をぽんぽんっと軽く撫でる。
「俺はな、昔っからの周囲の環境上、そういう相手を見破る自信はあるんだぜ?」
「見る目がある人が、どうしてアズカバンに無実の罪で投獄されているんですか」
見る目があるというのならば、今の状況はなかっただろうに。
半眼でシリウスを見る。
シリウスは、そうだな…と悲しげな笑みを浮かべた。
「ご、ごめんなさい…!無神経な言葉でした……」
シリウスはもう十分な位自分を責めきったはずだ。
心の傷は深いだろう。
その傷を抉る様な事を言ってしまった。
「アイツの場合は学生時代の親友だったせいか、無条件の信用があったんだよな…。まさか…と思ったさ、最初は。けどな、……初対面の相手のことを見破ることは得意だぜ?」
にっと笑みを向けるシリウス。
ジェームズにも似たような言葉を言われたことがある。
はジェームズのこともシリウスのこともある程度は知っている。
だからこそ信用しているのだが…彼らはのことは全く知らないはずである。
それでも信用してくれている。
「貴方は…本当にジェームズさんの親友ですよ」
そっくりです。
何よりも、その考え方が…。
シリウスが照れくさそうに笑うのが見えた。
長い間、アズカバンにいたとは思えないほど彼は普通の人間だ。
殺人犯だなんて雰囲気は欠片も見えない。
シリウスのころころ変わる表情に、はなんとなく安心した。
彼は、恨みと復讐だけの人じゃない。