アズカバンの囚人編 37







ふっと意識が浮上する。
今まで寝ていて、起きたような感覚だ。
目に入ったのは見たことがあるような天井。


「あ…れ?」


『カナリアの小屋』から”現在”に戻ってきたはずだった。
しかし、が現在寝かされているのはベッドの上である。
ゆっくりと上半身を起こして周囲を見回す。
どこか見たことがある天井だと思ったはずだ。
ここはホグワーツの医務室だ。

「何で医務室…?」

何度かお世話になったことがある医務室のベッドの上だ。
今は医務室には誰もいないようだ。
首をかしげる


ばたばたばたっ…ばたんっ


突然騒がしい複数の足音とともに医務室の扉が開く。
そちらの方に視線を向ければ、の元に急いで駆けつけてくるのはハリー達。

、大丈夫?!
学校内じゃ、君が吸魂鬼にやられたんじゃないかって噂があったんだよ?!
もう、すっごく心配したのよ!

順にハリー、ロン、ハーマイオニーである。
一体どういうことになっているのやら。
はハリー達3人の後ろに立っている双子に目を向ける。
医務室に駆け込んできたのはこの5人だ。

「ごめん、…。僕があそこに無理やり連れて行ったりしたから…」

申し訳なさそうに謝罪するのはジョージ。

「ジョージ先輩…?あの…ポッター君達も、何で…?」

『カナリアの小屋』から戻ってきたならば『カナリアの小屋』にいたはずである。
でもがいたのは医務室。
ということは誰かが運んだということになる。

「もしかして、僕、『カナリアの小屋』で倒れてた…とか?」

の言葉に一斉に頷かれた。

「見つかったのは、昨日の夜だよ。表向きは病気で入院していることになっていたけど…」
「…入院?」

説明するフレッドの言葉にますます分からなくなる
だがふと思う。

「あの…僕って結構長い間いなかった…とか?」

リドルの時代に実際いたのは2週間程である。
長かったような気がするが結構短かったのだ。
こちらでは果たして同じだけの時間が経っていたのだろうか…?

、1ヶ月も消えたままだったんだよ。本当にごめん…、僕があの場所に誘ったりしなければ…」
1ヶ月?!
「ダンブルドアに聞いたら、あそこは特定の魔法がかけられていたらしくて…はその魔法のせいで消えてしまったんじゃないかって言っていたよ」
「そ、そうなんですか…」

申し訳なさそうなジョージ、苦笑するフレッド。
予想以上の時間が経っていて驚いただったが…。
特定の魔法。
そう言えば、あの『カナリアの小屋』では、を地下のあの場所に案内するかのようにジョージの子供時代の幻が動いていた。

って、待てよ。
特定の魔法のことはともかくとして、1ヶ月経っているということは…。
一番最初にシリウスさんが寮に忍び込もうとしたのはいつだっけ…?

はちらっとハリー達の顔を見る。
表情からそれが分かるわけではないが、聞くわけにもいかないだろう。

「ねぇ、って今までどこにいたの?」
「そうだよ、吸魂鬼のこともそうだけど、シリウス=ブラックに襲われたんじゃないかって思う人たちもいたし…」

ハリーの問いには曖昧な笑みを向ける。
ロンが小さく呟いた言葉にはカマをかけてみることにする。

「ウィーズリー君、流石にシリウス=ブラックに襲われるなんて事ないよ。だって、その人がホグワーツの近くにいるわけじゃ…」
いるのよ!だって、『太った婦人』の絵が切り裂かれていたの!シリウス=ブラックの仕業だって…!」
「僕達、この間まで寮じゃなくて大広間で皆で寝泊りしていたんだ」
「信じられないぜ…。凶悪犯がこの近くにいるなんて…」

ハーマイオニーがの言葉を遮る。
ハリーは複雑そうな表情、ロンはぶるりっと身震いをして呟く。
これで今が”いつ”なのかが特定できた。

…にしても、シリウスさん大丈夫かな。
寮に忍び込むだなんて、相当切羽詰っている感じに思えるし。
それよりも餓えて倒れてなければいいけど。
後で何か食事でももって様子見に行こう。

「とにかく大丈夫。今まで僕がいたところは安全な所だったし…。やっと戻ってくる方法が見つかって戻ってきたら気を失っていただけだから…」

ダンブルドアならばがどこに行っていたかは分かっているだろう。
ヴォルも知っているはずだ。
は安心させるように笑みを向ける。

「それじゃあ、あんまり長い間は駄目って言われてるから…」

の言葉に安心したのかハリーが心の残りがありそうな表情をしながらも退出する意思を示す。
窓の外を見れば、外は薄暗い。
就寝時間まで時間があるとはいえ、シリウス=ブラックの件であまり好き勝手に出歩くことは許されていないのかもしれない。

「後で詳しく聞かせてくれよな、!」
「私も楽しみにしてるわ!」

ロンとハーマイオニーが期待するような笑みを浮かべる。

「無理しないようにね、
「僕は別に無理してませんよ、ジョージ先輩。それに、『カナリアの小屋』のこと、ジョージ先輩が悪いわけじゃないですからね」

あの時、ジョージがを中に連れて行かなくても、いずれまたは一人であの場所に行ったはずだ。
たまたまジョージが一緒のときにアレが起こってしまっただけ。

、そんなこと言うとジョージが付け上がるだけだよ?こういう時にびしっと言っておかないとね」
「フレッド…、君はそれでも僕の相棒かい?」
「勿論さ、我が相棒ジョージ」

賑やかな雰囲気そのままで、5人は医務室を出て行った。
彼らに会うと、本当にここに戻ってきたのだと感じる。
ほっとする反面、まだ気を緩めるわけにはいかない。





はぁ…とため息がでてしまう。
最近ため息が多いことに苦笑してしまうが、仕方ないだろう。
上半身を起こしたまま、ぼーっとしている


ぱたんっ…


扉が閉まる音がしてはっとなる
先ほどのグリフィンドール5人が来た時はきちんと扉を閉めていったはずだった。


「…


扉の方に視線を向けてみれば今度の来客はヴォル。

「ヴォルさん…」

はヴォルの姿に呟く。
リドルよりも少し若い今のヴォルの姿。
でも向けられた視線の感情は、最後のリドルと同じような優しい感情。

「あ、そうだ…ヴォルさん」
「何だ?」

ヴォルに会ったら言いたいことがあった。
一番最初に言いたいこと。


「約束」


照れたように笑う


「えっと………ただいま?


絶対に会いに行くから。
ずっと傍にいるから。
リドルからヴォルの元に帰って来たから”ただいま”。
のその言葉だけでヴォルには意味が分かったようで、ヴォルもに笑みを向ける。

「ああ…、お帰り、
「…うん」

約束をしたから。
私が傍にいるって。

「あと、セウィル君との約束も果たさないと」

絶対に会いに行くと言ったのだ。
アズカバンにいても、どこにいても絶対に会いに行く。
約束を守らなかった場合、セウィルだと後が怖そうだ。

、それはいい」

え……?

ヴォルはの体を軽く押してベッドに寝かせる。
ぼすんっとベッドに沈み込む体。

「事情は後で話す。だから、今日はゆっくりしてろ」

ヴォルの言葉に嫌な予感がよぎる。
のしているピアスはリドルがセウィルに作ったものでセウィルにとっては大切なものだ。
セウィルは、自分は生きていないかもしれないと言っていた。

「ヴォルさん…?」
「話が長くなるからな、説明は明日する。ただ一つだけ言える事は、俺はあいつが今生きているかどうかは知らない」
「え……?」
「あれからもう40年以上も経つからな…、生きている方が奇跡だ」

ヴォルの浮かべた笑みは悲しげなもので…はその表情をはじめて見た。
どこか後悔しているかのような、悲しんでいるかのような表情。
嫌な予感がさらに膨らむ。

40年ってどういうこと?!ヴォルさん?何があったの?!」
「落ち着け、

起き上がろうとするの体を留めるヴォル。
の顔色は真っ青だ。
リドルとセウィルの絆はそんなに脆いものではなかったはずだ。
何よりも、セウィルはあんなにもリドルを敬愛していた。

「明日きちんと話す。今日はとにかく寝ていろ」
でも…っ!!
「セウィルの現状を知りたければセブルス=スネイプに聞いた方が早い」
「教授に…?」
「同じ家名だ、間違いなく血縁者だろう?」

確かにそうだ。
でも…決してヴォルデモート卿を裏切る事はないと言っていたセウィル。
ヴォルの様子から、セウィルがアズカバンにいる可能性は低いだろう。

「それからがしていたスリザリンのネクタイとローブは俺が預かっている」
「え?あ……」

そこで自分の服装にはっと気がつく。
医務室なのでシャツだけでも違和感がなかったのだが、ネクタイとローブが確かに見当たらない。
結局セウィルにはグリフィンドールのネクタイとローブを返してもらえなかったのだ。
最後までがつけていたのはセウィルのスリザリンのネクタイとローブ。

「もしかして、ここまで運んだのってヴォルさん……?」
「…ああ」
「よく分かったね、私が『カナリアの小屋』に行ったの」

ヴォルには内緒に外に出ていた。
そもそも最初は『カナリアの小屋』に行く予定ではなかったのだ。

「ルシウスの件があったからな、あの場所は何かあった時分かるようにしておいた。まさか、中に仕掛けがあったとはな…」
「中…?」

が中で見たのはを責める幻達。
アレがルシウスの仕掛けた罠だったのだろうか。
確かにずっとあの状態でいるのはキツいかもしれない。

「とにかく寝ていろ」

ぽんぽんっとの頭を軽くなでるヴォル。
そうしてもらうとほっとする。
気になることは沢山ある。
それでもやっぱり体は疲れているようで、ヴォルに逆らう気分にはならない。
は目を閉じて眠る事にしたのだった。