アズカバンの囚人編 36







『カナリアの小屋』の前に立つ
この小さな建屋に「時の魔法」がかけられているなど、誰がわかるのだろう。
そもそもどうして、ここには時の魔法がかけられているのか。

「この小屋は創立者の時代からここにあったものらしいわ。そう、ホグワーツ城が立つ前からあったそうよ。創立者の一人が面白そうだからと魔法をかけた…というのが言い伝えね」

のすぐ後ろに立つシアンがそう言葉をこぼす。
創立者の一人が面白そうだからという理由でかけられた魔法。
「時の魔法」をかけたのは、ゴドリック=グリフィンドールだろうな…とは思った。
なんとなくではあるが…。

「ここに来た時程の力は必要ないと思うわ。未来の「時」に必要とされている貴方ならば、自然と引き寄せられるはずだもの。願えば元の時代に戻れるわよ」
「そうなんですか?」
「ええ……、だって、必要でしょう?あたし達は…。

そうですね…とは心の中で呟く。
「時」に「世界」に必要とされて存在する「時の代行者」。
別の世界から来たならば尚更、あの時代の「世界」がを必要としている。
が願い、『カナリアの小屋』の時の力が働き、「世界」がを引き寄せる。

「まだ、いろいろ悩むこともあるでしょうけど…、、貴方は貴方の信じる後悔のない道をきちんと選びなさい。一時の感情で先走らないようにね」
「はい、ありがとうございます」

シアンに頭を下げる
厳しいことも言われた。
でも、言われなければ自分はずっと悩んで迷っているままだっただろう。
少しずつだけれども、は変わろうとしている。

『カナリアの小屋』に入る前に、シアンよりも後ろにいるリドルとセウィル、ダンブルドアに視線を移す。
ダンブルドアが特別にリドルとセウィルの見送りを許したのだ。

「ダンブルドア、ありがとうございました。お世話になりました…と言いたい所ですが、多分、またお世話になります」
「構わんよ、いつでも頼ってきなさい」

笑みを浮かべるダンブルドア。
これからもダンブルドアには迷惑をかけてしまうこともあるだろう。
偉大なる魔法使いのダンブルドア。
魔法界の誰もが彼を頼り、彼に期待している。
だからこそ、ダンブルドアにはあまり負担をかけたくないと思っている。

は視線をリドルとセウィルの方に移す。


「リドル先輩も、セウィル君も…えっと……」


何と言っていいのか迷う。
お世話になったと言うべきなのか、また会おうと言うべきなのか…。
こういう別れの時の言葉は難しいものだ。

「お別れの言葉なんて必要ないよ、。だって、また会いに来てくれるんだよね?僕にとっては長いけど、にとってはすぐだよ。大人になった僕の姿が分からなかったら…」
「分からなかったら…?」
襲うからね。
セウィル君?!

現在13歳のセウィルが50年後にどう成長しているのか。
よくよく考えれば、セウィルの姿の変わりようが一番大きいだろう。
ダンブルドアはこの時代も”今”も殆ど変わらない。
リドルに関してはどうなっているかを知っている。

「でも、60代のセウィル君の姿……想像つかない…」
「60…そっか、60過ぎになっちゃうんだよね…。それじゃあ、を襲ったら犯罪かなぁ?」
襲うことを前提に考えないで…。

はぁ…と軽くため息をつく
この独特の性格が未来でもそのままならば、顔立ち以前に性格で見分けることができそうだ。
この性格がそのままの場合、それはそれで問題があるような気もしないでもないが…。


「待ってるから」


にこっとセウィルが笑みを浮かべる。

「僕にとっては長いけど、と会えるまで待ってるからね」

は頷く。
絶対に会いに行くという約束をしたから。





リドルに名前を呼ばれて視線をリドルに移す。
その瞬間リドルの手が伸びてを引き寄せる。
肩を引き寄せられ、腰に手を回されて抱きしめられる。


「リドル先輩…?」


抱きしめる腕の力は強い。
少し苦しいくらいだ。
の肩を抱きしめていたリドルの手が頭をなでて、そのままの顔を上向かせる。

「リド…?……ん…?!」

の目に飛び込んできたのは、どこか寂しそうなリドルの目。
顔は表情が見えないほどに近く、唇が重なってた。
何が起きているのか一瞬分からなかった。
は目を大きく見開いたまま何の反応も返せない。
唇は深く重なり合う。
舌が僅かに開いている唇の間から滑り込んでくる。
がそれにびくっと反応する。
無意識にリドルのローブをぎゅっとすがりつくように握り締めてしまう。


どれくらい経ったのだろう。
時間にしてみればそう長い間ではなかっただろう。
唇が離れて、リドルの顔と正面で向き合う形になる。
起こった事を認識して、の顔は真っ赤になる。


「絶対に忘れないから…」


小さな声で呟かれたリドルの言葉。
すっとリドルの腕から力が抜けてを離す。

どれだけの言葉を重ねても、それが実行されなければ意味がない。
だからリドルは無駄な言葉は言わない。
ただ、に笑みを向けるだけ。
もそれに笑みを返した。

また会えるから。
絶対に会えるから…。


「お世話になりました」


ぺこりっと大きくお辞儀を一つ。
『カナリアの小屋』に向かう

小さなこの小屋に時の力があるなどとは誰も思わないだろう。
「時の代行者」でないかぎり、大きな時間移動をすることはできないだろう。

きぃ…と扉をゆっくり開く。
は自分が最初にいた所までいく。
そこは地下になるのだろうか…?
がいた時代ではその場所に入り口はなく、完全にふさがれていた。

静かな薄暗い空間。
何かの力が働いているのが感覚で分かる。
元の時代に戻るためには願うだけ。
後押しするのは『カナリアの小屋』の「時の力」とあの時代の「世界」。


この時代が悪いわけじゃない。
でも、私にはやるべきことがあってあそこにいる。
それを放り出すわけにはいかない。
だから………


部屋の中に白い光があふれてくる。
がここに来た時と同じ光だ。


私をあの時代に戻して…!


白い光の輝きが強くなる。
視界は全て真っ白になり………全てが包まれる。
「時の力」が発動したのだった。







広がるのは真っ白い空間。
どこまでも白が続く。
そこにはぽつんっと一人立っていた。
気がつけばこの場所。
きょろきょろっと見回す。


『迷いを抱くな』


静かに響く声。
その声にはっとする
振り向けば、そこには銀髪の青年が立っていた。
彼に会うのは2度目になる。
懐かしいともいえるほど、彼の姿は久しぶりだ。


『代行者よ…、汝の役目は世界を闇に染めぬこと』


「時の代行者」の役目は、この世界を「闇」へと染めないこと。
その為に、闇の帝王とも呼ばれる存在と敵対するような関係になってしまう。


『迷いを抱くな』


は彼を真っ直ぐ見る。

「それでも、私は人である以上迷うことはあります」
『迷いは力を妨げる』
「私は人形じゃない、機械じゃないんです。迷いが全くなく事を実行することなどできません」
『だが、汝の想いは大きな力となりうる』

青年はふっと杖を軽く振る。
するとホグワーツ城が現れる。

『汝の今の場所はあそこであろう?今必要とされているのは汝自身である。この時代のものはこの時代の者達が…本来ならば解決していくべきことなのだろう』
「え……?」
『だが、この時代は危ういのだ。代行者足りうるものが存在していない以上、呼び寄せるしかあるまい』

目の前のホグワーツは恐らくの時代のホグワーツなのだろう。

『代行者がどうしても必要とされた。それ故、汝を招いたのだ』
「本来ならばそこにいる人たちで解決しなければならないのに…?」
『其れほどまでにこの世界は危うかったのだ。汝の存在は世界に必要とされている…汝の迷いは世界の迷いに繋がる』

青年は杖をすっとに向ける。
は慌てることなく杖の先を見る。


『想いで迷い込むな。お前の迷いが大きければ大きいほどに犠牲は大きくなる』


が何かをしても、何もしなくても、そこに迷いがあれば大きな犠牲はでてしまうかもしれない。
今のこの時代はそれほど間に危うい状態なのだろう。


『それを…忘れるな』


ゆらりっと空間が歪む。
白い空間も、目の前の青年の姿も歪んでいく。
「時」とも「世界」とも言えるだろう青年。


分かっているよ。


心の中では苦笑した。
「世界」がの存在を示した。
は必要であるからここにいると。
迷いの一つ、自分がこの世界の人間でないこと。

「時」は、迷いを少しでもなくす為に、声をかけてくれたのだろうか…。