アズカバンの囚人編 35
「は東洋系だよね。中国?韓国?日本?」
突然のセウィルの質問にきょとんっとする。
ここはリドルの部屋である。
時間はあっという間に過ぎ、明日の昼間には『カナリアの小屋』から元の時代に戻る。
最後の夜になるから…と言って、今日はリドルの部屋にセウィルも泊まると言っていた。
他愛ない話をしている最中に、突然セウィルが口にした疑問がそれだ。
「日本だよ」
特に隠すこともないので正直に答える。
東洋系の顔立ちと西洋系の顔立ちは違う。
でも東洋系だからと言って、日本か中国か韓国か…国の区別はつかないだろう。
「日本ってことは、名前はカンジって言う文字を使っているんだよね?知り合いに聞いたことがあるんだけど、名前には意味があるんだってね。ってどういう字なの?」
「漢字……?えっと……リドル先輩、何か書くもの貸してもらっていいですか?」
書こうにも書くものがない。
リドルは机から羊皮紙と羽ペンを取ってに渡す。
羽ペンで文字を書くのは未だに苦手だ。
慣れてきてはいるが、引っかいたり滲ませたりする事がまだある。
カリカリっとフルネームを漢字で書く。
羊皮紙に日本語で自分の名前を書くと何か変な気分だ。
この世界に来てからはずっと英語ばかりだったので日本語は懐かしい。
「えっと……あ、違うな〜。う〜ん…””?””でいい?」
「え?あ、うん」
セウィルがの漢字を確認して発音を少し変える。
合っているかどうかに確認するように何度かの名前を連呼。
「は””って字を書くんだね」
リドルもの名前が書かれた羊皮紙を覗き込む。
の名前をすんなり読み上げたリドルに少し驚く。
発音の違いは殆どないが、””を””とすぐに呼べる人は今までダンブルドアくらいだった。
「リドル先輩は日本語が少し出来ますからね〜。ちょっと日本の名前の発音は名前によっては、僕には難しいや…」
「え?リドル先輩って日本語できるんですか?」
でも、ヴォルさんはずっと””って呼んでたけど…。
それってもしかして、面倒だったからとか?
初対面ではあまり仲良くなかったし。
「少しだけだよ。日本語は難しいからね…ゆっくり話してもらわないと理解できないよ」
流石優等生である。
ホグワーツの成績だけでなく他の国言葉も話せるとは。
この分では、他のヨーロッパ地域の言葉を何種類か話せそうである。
「僕も日本語勉強しようかなぁ…。日本にみたいな人が多いなら興味あるし…」
「別に僕みたいな人が多いわけじゃないと思うけど…」
「うん、でも……前から少しは興味はあったんだよ。ほら、日本ってカタナもって”チョンマゲ”?って髪型してるんでしょ?」
「いや、それ激しく誤解だから。」
「違うの?」
「違うの。」
首を横に振る。
ハリーのいた時代が20世紀末だとして、そこから50年前のこの時代、日本はもうすでに江戸時代はとっくに終わっているだろう。
「銃刀法」という法律が果たして今の日本にあるかどうかは分からないが、カタナはともかくチョンマゲはないだろう。
「」
「はい?なんですか?」
リドルにふいに呼びかけられる。
「いい加減、その丁寧口調と”先輩”ってのはやめてもらえないかな?未来で再会してもその口調で通す気なのかい?」
ため息交じりのリドルの言葉。
丁寧語と先輩呼びがどこか壁があるような感じで嫌なのだろう。
「いえ、元の時代では普通に話してますけど……」
「「…話してます?」」
リドルとセウィルの言葉が重なる。
何か変なことでも言ってしまったのだろうか…とは少し慌てる。
未来のリドルにあたるのはやはりヴォルになるだろう。
ヴォルデモートは学生時代以前の記憶と感情を全て捨てたと言っていた。
それがヴォルになる。
「それって現在進行形?ってリドル先輩の近くにいるの?」
「は?へ…あ……。」
「は中立だって言っていたよね?矛盾してないかい?」
「あ、いや…その…。いろいろ複雑でして…」
ヴォルがいてヴォルデモートがいる。
これを言ってはマズいだろう。
「でも、普通に話しているなら普通の話し方にしてもらって欲しいな、」
にこっと笑みを浮かべるリドル。
あ…れ?
その笑みとリドルの””という呼び名にふと思い出す。
去年の秘密の部屋でのことを…。
”リドル”はのことを””と呼んでいた。
「どうかしたのかい?」
「あ、いえ……ちょっと聞いてもいいですか?リドル先輩」
「なんだい?」
リドルが記憶を日記に保存したはいつだっただろうか…?
「リドル先輩って、もう記憶を保存しました?」
「一時的にだけどね。よく知ってるね、」
「ええ…、何しろ去年、その記憶と対面したので…」
「へぇ…」
の警戒心の欠片もない問いに僅かに驚くだけのリドル。
セウィルは目を開いて驚いた表情をしていた。
今ならばその言葉を言っても平気だろうが、出会ったばかりでそんなことを言おうものなら確実に何らかの魔法をかけられていただろう。
「、少しは警戒心ってものを持った方がいいんじゃない?」
「は?何で…?」
呆れたようなセウィルの言葉にきょとんっとする。
「リドル先輩が記憶を保存したことなんて、知っているの僕とリドル先輩だけなんだよ?が”秘密の部屋”に関してどうして驚かなかったのかはこれで分かったけど…。そういうことを軽々しく言うものじゃないって。いつか痛い目見るよ?」
「大丈夫だよ、これでも一応時と相手を考えて言ってるから。リドル先輩とセウィル君なら大丈夫でしょ?」
としては、これでも一応相手を選んで言葉を言っているつもりなのである。
この人にならば言っても大丈夫だろう、と思って心を許したからこそひょっこりと重要なことまで口に出す。
以前ジェームズにも同じような忠告を受けた。
あの時も、ジェームズならば平気だと思っていたからこそ言葉にしただけだ。
それは、相手を信じているということ。
の言葉にセウィルは口元を手で覆って顔を僅かに赤くする。
リドルはリドルで僅かに照れながらもに優しげな笑みを向けていた。
「何?セウィル君もリドル先輩も…僕、そんな変なこと言った?」
は自覚なしである。
リドルとセウィルにとって無条件の信頼を向けてもらえることが嬉しかった。
無意識から出た言葉なら尚更、が本当にそう思ってくれていることだと言えるから。
「やっぱり、僕、のこと好きだな〜」
「へ?セウィル君…?」
「そうだね、僕もセウィルと同意見だよ」
「リドル先輩まで…?」
スリザリンでは純血であるか、ないかで扱いが変わってくる部分がある。
スリザリン生は、スリザリンというだけで他の寮から嫌われることも少なくない。
リドルはの腕をとり、自分のところに引き寄せる。
座ったまま話をしていた3人だったので、は倒れるようにリドルに抱きしめられた。
「リドル先輩…?!」
「あ、リドル先輩だけずるいですよ!」
今度はセウィルがリドルとにしがみつくようにぎゅっと抱きつく。
左側からリドル、挟まれるように右側にはセウィル。
はリドルを見てセウィルを見る。
はぁ〜と大きなため息をひとつ。
「」
「なんですか…?」
「傍にてくれるんだろう?」
「……はい」
リドルの腕に力がこもった気がした。
「会いに…来てくれるんだろう?」
はふっとリドルの顔を見る。
悲しげな笑みではない、無理をしている表情でもない。
それでもリドルは確かに笑みを浮かべていた。
「僕にも会いに来てくれるんだよね、」
くぃっとセウィルがの袖を引っ張る。
がセウィルの方に視線を向ければ、セウィルもリドル同様笑みを浮かべていた。
頷きながら、は左腕をリドルに右腕をセウィルの背中にまわす。
抱きしめ返すことはできないけれど…。
「うん、絶対会いに行く」
50年という長い時。
ヴォルデモートと最初に会った時、彼はのことを知らなかった。
次に記憶のリドルと会った時、リドルはのことを知らなかったはずだった。
でも、何かを思い出したのか、最後の方は態度が変わっていた。
50年という長い時でヴォルデモートにはの記憶はないのかもしれない。
ヴォルが全て引き継いでいるのかもしれない。
それでも…ヴォルにも、ヴォルデモートにも、そしてセウィルにも会いに行こう。
「約束するよ」
会いに行く。
元の時代に戻ってしまうけれど…会うのは50年後の未来だけれども…。
傍にいるって約束したから。
絶対に会いに行くよ。