アズカバンの囚人編 33






がこの時代に来た理由、そして「時の代行者」としての話も聞けたのだが、シアンはまだ話したいことがあると言った。
ダンブルドアはシアンのその言葉に「わしは席を外そう」と、にっこり笑みを浮かべて部屋から出て行った。
その際、新しいお茶とお茶菓子を出してくれた。
律儀というかなんというか…。
せっかくなので、新しく出されたお茶とお茶菓子を頂く事にするとシアン。

「ふぅ…、やっぱり日本茶は落ち着くわね〜」
「そうですね〜」

のんびりほのぼの気分になる2人。
なんとなく和やかな感じになる。

「せっかくだからいろいろ話をしましょう、。貴方も聞きたいことがあるんじゃないの?あたしも先輩として話したいことがまだあるの」

そう言ってシアンが浮かべた笑みはどこか悲しげなもの。

「聞きたいこと……そうですね…」

一呼吸おく
何よりも聞きたいことが一つある。
これはシアン以外には誰にも聞けない事。


「やっぱり未来は…知っている未来以外に導くことをしてはいけないんでしょうか?」


犠牲の出てしまう未来を知っているから、それは変えてしまっては駄目なのか。
彼らはとてもいい人たちなのに…。
悲しげな表情のにシアンは首をゆっくり縦に振る。

「どうしても駄目と言うわけじゃないわ。でも…未来を変えた場合に出る犠牲を背負う覚悟が出来ているのならば…、未来を変えて後悔しないという強い意思があるのならば、変えることも可能とは言えるわ。でも、あたしは貴方には勧められない」

シアンはぎゅっと両手を握り締める。
顔をしかめて何かを堪えるかのように、テーブルを睨む。
瞳は泣きそうなほどの悲しい感情を帯びている。
それを見て、きっと彼女はすでに経験したのだと思った。

「以前夢の中で、貴方に会いました。シアンさん…」

はっと顔を上げてを見るシアン。

「私はその時の貴方に未来は最良の未来だと、それに導くのが時の代行者の使命だと教えられました」
「あたしが…?」
「はい」
「そう…。あたしの場合は銀髪の青年だったわ。未来を変えようとしたあたしに忠告めいたことを何度も何度も……。は彼に会ったことがある?」

小さく頷く
をこの世界へと導いたのはきっと彼だろうから…。
一番最初に夢の中で会った…「世界」。
握っていた手を解き、右手で髪をかきあげるシアン。
苦笑しながら、でもどこか悲しげな表情を浮かべる。


「『最良の未来を崩すな。お前の迷いが大きければ大きいほどに犠牲は大きくなる』」


シアンの口から出た言葉が、やけに力がこもっていた気がした。
まるで「力」を込めた言葉かのように…誰かに言い聞かせるかのように…。

「その忠告を聞いておけばよかったって後悔したことが、何度も何度もあったわ」
「…ダンブルドア…の未来を変えたこと、ですか?」

シアンは目を開いて驚いた表情でを見る。
そしてふっと悲しげな笑みを浮かべた。
やはり、彼女はダンブルドアの未来を変えた後の彼女なのだろう。
未来を崩して大きな後悔した。

「あたしが教えたのかしら…?そう、その通りよ。アルバスが助からなければよかったとは思っていないわ。でも、あたしは、アルバス一人を助けるためだけに動いたあたしの行動が果たして正しかったのかしら…って今でも思っているの」

知っている未来はもっと犠牲の少ないものだった。
でもその犠牲になるはずの一人を助けるために動いたシアンの行動が、大きな犠牲に繋がってしまった。

「一番つらいのは、本来ならば幸せに生きるはずだった人の死を見てしまったことね。そしてその人を大切にしていた恋人や両親、兄弟の嘆き悲しむ姿を見ると……あたしは自分のしたことが間違っていたんじゃないかって思ってしまう。あまりにも、犠牲が多すぎたから……!」

は実際どういうことが起こったかは知らない。
知っているのは、シアンがダンブルドアを助けた為に多くの犠牲を生んでしまったということだけだ。
それがどれだけ大きな犠牲かは分からない。

「だから、貴方にはあたしと同じ思いをして欲しくない。…だから言うわ」

悲しげな表情をすっと消して真っ直ぐを見るシアン。
その表情は真剣そのもので、緊張すらしてくる。


「未来を変えようなんて思うのはやめなさい」


それは、知る未来の犠牲を見届けろと言うこと。
自分の知る人たちの命が奪われていくさまを見届けろと言うこと。
体験したシアンの言葉だからこそ、嫌だと言えない。

はすでにひとつの後悔をした後だった。
それは彼らならば大丈夫だろうという希望にすがって、ジェームズ達を助けなかったこと。
あの場合はどうしようもなかったかもしれないと言えるかもしれない。
けれども、何か出来たかもしれないのだ。

、誰かを助けることは構わない。でも、その人の死によって成されることを消してしまうと言うことを忘れてはいけないのよ。その人の死によって、事態が好転する未来ならば…それを変えるということは、その好転する事象を消してしまうことになる…そして、多くの犠牲を生むことになる」

シアンの言葉にはっとなる
そう、もしあの時、が無理にでもポッター親子を逃がすことが出来れば、守ることが出来ていたら、確かにポッター夫妻は助かったかもしれない。
でもその後は…?
健在であるヴォルデモートの存在は?
一人が加わったからと言って、ヴォルデモートが倒せるわけではない。
あの時代はがいるはずのない時代、は元の時代に戻り…そこは果たして元いた時代と同じものだろうか…?

ぞくりっと震えがはしる。

助けられなかった…!
それだけを考えて後悔していた。
でも、もし助けたとしてもその後のことは…?
殺されてしまう人だけを助けても、先を見なければもっと最悪の事態を招く。

、今の貴方は迷いが多すぎる。今の貴方が未来を変えようとしても後悔するだけよ。本当に未来を変えたいと思うならば、もっと強くなりなさい。でなければ…無駄に犠牲が増えるだけ」

迷いが多すぎる。
その通りだ。
未来と、知っていた彼らと出会って…本当にこの通りに進めることがいいことなのか迷っている。
つらいかもしれないけれど…、それは彼らの経験になる大切なことだから邪魔をしてはいけない。
声をかけて教えてあげたい、助けてあげたい。
でも、それをすることは……彼らの成長の妨げになる。

「罵られても、裏切り者と言われても動じない強さがなければ駄目よ。だから、今の貴方には未来を…最良の未来よりも良い未来に変えることなんて無理だわ、

きっぱりと言い切られる。
無理だと言われて何も思わないわけではない。
でも、は何も言えなかった。
言ったシアンの表情があまりにもつらそうだったから…。

「貴方を追い詰めるつもりはないの。でもね、。『カナリアの小屋』の時の力を、今のあたしが増幅したとして…、きっとあたしなら、1000年くらい前まではいけるわ」
「シアンさん、それって…?」
「「時の代行者」の「時の力」は本来それだけ大きなものなのよ。、貴方の時代は何年後の時代?」

その質問には自覚した。
シアンが言いたいことも同時に分かった。

「迷いがあれば…大きな力を使うことも、闇の帝王に立ち向かうことも出来ないってこと、ですね」
「ええ、そうよ」

50年前の時代に飛んできた
あの時、幻に責められたは心から願ったはずのことだった。
この場にいるのは嫌だと。
でも、その願いは…迷いの中での願い。
迷いがあれば、意思の大きさに応える「時の力」も小さくなってしまう。


私の力は…まだ弱い。
それは、私に大きな迷いがあるから。