アズカバンの囚人編 20
日も暮れて、辺りは真っ暗だ。
そんな中、は禁じられた森の近くで1人で座り込んでいた。
月明かりで周りが何も見えないわけではない。
膝を抱え込んで、顔を伏せている。
夏とはいえ、夜は冷える。
でも、1人で考えたかった。
自分の考えは甘すぎなのだろうか…?
泣いて、自分を責めるハリー。
睨みながら恨みながらを責める。
「ごめん……、ごめん……!」
謝る言葉しか出てこない。
自分の知る未来はハリーに残酷なものだ。
幸せな時は多いかもしれない。
けれども、その幸せ以上のつらいことがある。
「時の代行者」は、本当に自分の知る未来の通りに事を進ませなければならないのか。
けれども、先代は言っていた。
それが最良の未来だと。
自分の知る未来は本当に最良の未来なのか。
だが、それに関しては疑うことはあまりしなかった。
何故?
それはそう確信しているから…。
世界が認めた「時の代行者」には、魔法でない力がある。
そして最近気がついたことだが、鋭い「直感力」というものもあるようだ。
これらの力は全て最良の未来へと導くためのもの。
魔法が効かないのも、魔法使いに邪魔をされないためのものなのだろう。
ふっと顔を上げる。
口元には笑みを浮かべているが、目は泣きそうだった。
「つらい……なぁ…」
乾いたような声。
流石にこれに関しては誰にも相談できないことだ。
「時の代行者」は未来を知っている。
けれど、その未来の通りに事を進めなければならないということはヴォルも知らない。
ハリーの姿になった『まね妖怪』を見たヴォルには、がどうして何もできなかったかわかっただろう。
ジェームズ達の記憶の本を持ったハリー。
がしてしまったこと、すべきことを知られてしまった。
知られるのが怖い。
でも、知られてしまうのが怖いのはその後の責めと恨みがあるからだ。
責めないで、恨まないで欲しい。
そう願うのは間違っているというのに…。
「何がつらい?」
の上に影が出来る。
はっとして上を向けば、笑みを浮かべて立ったまま後ろからの顔を覗きこんでくるジョージがいた。
思わず驚きで目を開く。
今は夜、外にいる生徒など殆どいない。
今年は吸魂鬼もいるので外へ出歩こうなどと考える生徒は殆どいないだろうに。
「僕1人だよ。フレッドは部屋でリーと悪戯話の最中さ。にちょっと聞きたいことがあって探していたんだけど、部屋にいなかったもんでね」
これを使ったのさ、と羊皮紙を見せる。
恐らくそれは忍びの地図。
どのような作用か分からないが、その地図にの名前は載っているようだ。
魔法が効かないでも存在場所が分かってしまう地図。
「こんなところで1人でなにやっているんだい?ロン達が部屋にいないから心配してたよ?もしかして、今日の防衛術の授業の事をまだ気にしているのかい?」
ジョージはの隣にどさっと座る。
はジョージに曖昧な笑みを返す。
「そういうわけじゃないんですけどね…。ちょっと1人になりたかったんです」
色々考えてみたかった。
1人で静かに考えていけば、何らかの結論が出るんじゃないかと思って…。
このままの気持ちで立ち止まっているわけにはいかないだろうから。
「でも、吸魂鬼がうろついているから危ないよ」
「大丈夫ですよ。校内までには入ってこないんでしょう?」
「シリウス=ブラックは来るかもよ?」
「来ないですよ」
くすくすっとは答える。
吸魂鬼やシリウスなどよりも、今の気持ちに整理をつけるのが一番大切だ。
「そう言えば、聞きたいことってなんですか?ジョージ先輩」
聞きたいことがあるからを探していたと言っていた。
「あ、うん。そうなんだよ〜。イースターの時のことを……ね」
にこにこしながら目だけが真剣だ。
口元だけ笑みをかたどり、ジョージはを真っ直ぐ見る。
イースター休暇中、は自分の飾りでも構わない杖を探していた。
その帰りのダイアゴン横丁でジョージに会ったのだ。
色々鋭い質問をされて、突き放すような言葉も言った。
けれど、タイミングよく現れたフレッドに会話を中断されてそれっきりになっていたのだ。
軽くため息をつく。
「本当に諦めが悪いですね…、結構キツく言ったつもりだったんですけど、もしかして全然堪えてません?」
「この程度でヘコたれていたら、悪戯仕掛け人なんてやってられないさ。何しろ毎日のようにフィルチに怒られ、減点されて、同じ寮のヤツらからは減点のことで陰口叩かれたりすることもあるしな」
「それ以上にジョージ先輩たちを支持しているグリフィンドール生が多いので、そんなことは気にならないように見えますが?」
双子の悪戯による寮への減点は多い。
だが、双子の成績はさほど悪くないのだ。
クィディッチという挽回手段もある。
そしてその悪戯を楽しみにしている生徒も数多くいる。
減点に文句を言う生徒達もいるが、双子の悪戯を楽しみにしている生徒達も確かに多いのだ。
「どうして、そんなに壁を必死で作ろうとしているんだい、」
それは巻き込みたくないから。
頼られることがあっても、頼るつもりがないから。
「どうして、ジョージ先輩は僕の事をそんなに考えてくれているんですか?」
は問いに問いで返した。
これは何度も聞いていることである。
そのたびに、面白そうだからとか、退屈しないからとか言われている。
「僕の事情は命を懸けなければならないほどのものです。それだけ危険なものだという事を理解してください」
「『例のあの人』を敵にまわすと言うことが危険だと言うなら、皆で協力した方が絶対いいはずだろう?」
「そうですね。僕の敵がヴォルデモートならば…ですけどね」
『敵』と呼べるものがにいるだろうか。
勝たねばならぬもの。
それは世界の全てかもしれない。
悲しげに目を細める。
「ですから……、深くは関わらないでください」
本当に、これ以上は…。
自分の役目のもたらす意味を、今日改めて知らされた。
近づきすぎてはいけない、巻き込んではいけない。
でなければ悲しむ人が増えてしまうから…。
は今自分の表情がどんなものか分かっているだろうか。
とても寂しそうな表情をしている。
ジョージはのそんな表情に一瞬驚いたように目を開く。
そしてそのまま、引き寄せられるかのようにに手を伸ばして…
ぐいっ
強く体を引き寄せを抱きしめた。
「え…?」
突然のぬくもりに慌てたのはだ。
一瞬何が起こったのか分からなかったほどに。
「あ、あの…?ジョージ先輩?」
元々座っていた状態から上半身のみ抱き寄せられている。
「僕は……」
小さなかすれるようなジョージの声。
ぎゅっと抱きしめられる力が強くなる。
少し息が詰まる。
「がそんな顔をするのは…嫌だ」
決して大きな声ではなかった。
それでもにはやけに響いた声に聞こえた。
どうにか離れようとしてもやっぱり力で敵うはずがない。
15歳の子供とはいえ、やっぱり男の子の力だ。
「あの、分かりましたから離してもらえませんか?ちょっと苦しいです」
ぽすぽすっとジョージの腕を軽く叩く。
するとふっと腕の力がゆるまって、ジョージはゆっくりを離す。
「ご、ごめん……」
気まずそうにから目を逸らすジョージ。
体を離してはもらえたが、今度は何故か両腕を捉えられたままだったりする。
できればこれも離して欲しいのだが、逃げられないようにするためだろうか。
ふと、ジョージは何かに気付いたようにの右手を見る。
「そう言えば、っていっつもその指輪してるよね。誰からもらったもの?」
の右手の薬指にずっとはまったままの指輪。
これをもらったのは誰と言われても困る。
「アレが誰なのか僕にも分からないから誰とは言えないんですけど…」
あえて言うなら「世界」もしくは「時」だろう。
会った時は人の形はしていたが…そもそも形があるのかどうかすら分からない。
この指輪は「時の代行者」が代々使うものだということくらいしか知らない。
魔力が全くない代行者の為の魔力。
「誰か分からないような相手にもらったものを大事にはめているのかい?!」
「そう言われましてもこれは……、ああ、以前持っていた人が誰かならば分かりますよ。なので彼女から譲り受けたといえばそうなのかも知れませんね」
「彼女って誰?」
「誰って………あえて言うなら、僕を一番分かってくれる人……かな?」
同じ立場に立ったことがある彼女にならばを理解できる。
今はすでにもう亡き人。
存命ならば1度は話をしてみたいと思うほどだ。
彼女も今ののような悩みを抱えていたこともあるだろうから…。
「ふ〜ん…。」
ぐいっとジョージはの右手を無理に引っ張る。
右手のみ引っ張られたはバランスを崩すようにジョージの方に倒れこむが、右手の薬指に嵌っている指輪がくるっと緩まった感覚がした。
「なにをっ……!」
くるりっと回転しながらするっと指から抜ける指輪。
そう簡単に外れるはずはない。
ただ、の嵌めていた指輪へとジョージが簡単に外れるようにくるりっと回転を加えただけ。
銀の指輪はそのままの指から抜けて、地面に落ちる。
ぱさっと髪が肩にかかる小さな音が聞こえた。
は慌ててジョージから距離を取る。
月明かりがあるとはいえ、今は夜だ。
姿がはっきり見えるわけではない。
そう思っていた。
「……?」
呆然としたようなジョージの声。
ははっとなる。
ジョージは真っ直ぐを見ている。
その表情は暗がりで、逆光になっていてには見えない。
そう、逆光で見えないということは…反対に相手からはの姿ははっきり見えるのだ。
の姿は完全にもとの少女の姿に戻っていた。
ホグワーツの少年の制服を来た、少女の姿に……。