アズカバンの囚人編 19






さっきまでは、魔法でなくて力で同じ現象を起こせばいいと気楽なことを考えいた。
自分の一番怖いものがなんなのかなんて思い浮かびもしなかった。
『まね妖怪』は決して魔法を使って姿を相手の心を読んでいる訳ではないのだろう。
魔力を使って姿を変えても、相手の怖い姿を読み取る力が魔法となんら関わりがなければにだって有効だ。

ハリーの姿をした『まね妖怪』はを睨みながら一歩一歩近づいてくる。
はそれに何もできずに一歩ずつ後退する。

怖かったのは責められること。
助けられたかもしれないジェームズ達を助けなかったこと。
そして近い未来、命を奪われるかもしれない相手を助けないこと。


!リディクラスだ!」


リーマスの声が随分遠くで聞こえた気がした。
は僅かに首を横に振る。

そんなことできない。
どんなものにすればいい?
このハリーは…を責めるハリーの姿はきっといつか対峙することになる姿だ。
が「時の代行者」としての役割を果たしていれば、いつかは見る事になる表情だ。
でも………!!



「いや…だ……」



は声を震わせて言葉を紡ぐ。
責められたくない、嫌われたくない。
それは誰もが思うこと。
このままいけば、ハリーにこんな表情をさせてしまうことは頭では分かっていたつもりだった。
けれど、それを目の前にされると…言い訳をしてしまいたくなる。
責めないで!と私は悪くない!と言いたくなってしまう。



何も出来ないをリーマスはどうするか迷っていた。
リーマスが迷っているうちに、怯えたを後ろからヴォルが引っ張る。
突然腕を引っ張られてびくっとなる
はっとして目に入ったのはヴォルの背中だった。
庇われるようにヴォルの背にまわされている。

ヴォルの目の前に立つ『まね妖怪』はハリーの姿から変わっていく。
再びその姿はゆがみ始め別の姿を現す。
現れたのは床に這い蹲るようにして、弱っている黒猫の姿。


リディクラス


ヴォルは軽く杖を振る。
すると、へたっていた黒猫の前にぽんっと皿に乗ったキャットフードが現れて、黒猫はそのキャットフードを嬉しそうに食べていた。
『まね妖怪』のその姿に笑う生徒達多数。
普通に面白い光景なハズなのに、には笑うことができなかった。

『まね妖怪』はそのままふらふらしながらハリーの方へと向かっていく。
ハリーはの方をじっと見ていたが、自分の方に『まね妖怪』が来たので、『まね妖怪』相手に集中する。
しかし、リーマスが声を上げた。

こっちだ!

『まね妖怪』はハリーの所へ向かわずにリーマスの目の前へと向かう。
ぼやっと姿が変わり…それは青白い丸い球体だった。
どこかで見たことのあるそれが何なのか分かる人は殆どいないだろう。


リディクラス!


リーマスは慌てずに呪文を唱える。
するとすでに混乱していた『まね妖怪』はひゅるる…としぼむような音を立てて、くるくるその場で回転する。

「ネビル、最期は君だ!」
「…はい!」

ネビルが一歩前にでると、『まね妖怪』は一瞬ドレス姿のセブルスになる。
これがいつもの怖い”スネイプ先生”ではないと分かっているネビルはくすくすっと笑いないがら呪文を唱える。


リディクラス!!


自信のある大きな声だった。
ネビルの声は綺麗に職員室内に響き渡る。



ぱちんっ!!!



弾けるような音を立てて、『まね妖怪』は小さな粒子となって消えた。
生徒達の一斉の拍手が響き渡る。
リーマスも満足そうな笑顔だ。

「よくやったね、ネビル。ネビルは2回も『まね妖怪』と対峙したから10点、他の『まね妖怪』と対峙した生徒達にも5点ずつあげよう。ああ、それからハリーにも5点だね」
「ルーピン先生、僕はなにもしてません…」

にっこりとハリーに点数をあげたリーマスだが、ハリーは納得できないかのような表情だ。

「いや、最初の方で僕の質問に答えてくれただろう?」

それでもハリーは納得した様子ではなかった。
生徒達はこの授業にとても満足そうな様子を見せている。
どの姿がどんなおかしな姿に変わった…などなど。
はそれをぼぅっと眺めていた。

魔法を使って『まね妖怪』を追い払った子供達。
魔法使いの子供達。
彼らにとって魔法は当たり前のこと。


「………」


ハリーが遠慮がちにの名前を呼ぶ。
それにびくりっと反応する
の側にはまだヴォルがいる。
それだからか、授業中だからか、ハリーもの側には近づいてこない。

「さぁ、今日の授業はここまでにしようか。今日やったことをきちんと忘れないように!それから教室にある教科書を持っていくのも忘れないように!」

リーマスが生徒達に呼びかける。
生徒達はぞろぞろと職員室からでて教室の方へと向かう。
はそれを見ながら動こうとしなかった。
いや、動けなかった。

魔法を使える子と使えない
他とは違う自分。
それは異質……?
元々ここにいるべきでない自分は異質だ。
自覚していたはずではなかったのか。
恨まれることから、責められることから逃げている。
でも役目。
役目のためにここにいる。


?」


今度はヴォルの声。
はそれにゆっくりと笑みを見せる。

「…大丈夫」

落ち着いたように返事を返した。
目の前にいるヴォルも、ルームメートのハリーも…。
一瞬、全てが遠く感じた。

自分は違うのだと…改めて感じてしまう。


それを振り払うかのようには一度目を閉じて、考えを外に出す。
今その感情を表に出してはいけない。


「ほら、教室に戻らないと!何ボケっとしてるの?あれ?ドラコもなにつったてるのさ」


突然がらりっと雰囲気が変わり、くすくすっと笑う
教室に残っているのは、ヴォル、ドラコ、ハリー、ハーマイオニー、ロン、…そしてリーマスだけだった。

。君、大丈夫なのか?」
へ?何が…?」

ドラコの問いかけにきょとんっとする

「何がって…さっきあんなに顔色が…!ポッターに何かされたのか?脅されているのか?」
「別に何でもないって、ちょっと吃驚しただけ。ただ、僕が一番怖かったのが、ポッター君に怒られることだけだったんだよ、きっと。ほら、ポッター君って本気で怒ると怖そうだし」

明るくはそう言う。
尋ねてきたドラコの表情は納得のいかないような表情だ。

「でも、怒らせると一番怖そうなのって…絶対にリーマスだと思うんだけど…」

少し考えるそぶりを見せてから、はそう呟く。

「ルーピン先生…?どうして、こんなに優しいじゃないの」

意外そうに話しかけてくるのはハーマイオニー。
先ほどの授業でもリーマスは確かに優しそうな感じにみえた。

「甘い!グレンジャー。去年の恐怖のクリスマス休暇……帰るまでがすごく怖かったんだから、僕」
「そ、そう…」
「何しろ学生時代のリーマスは陰の魔王とも言われて……!」


それはどこで誰が言っていたんだい?


ぴたりっとの言葉が止まる。
リーマスの方をみれば、素晴らしいほどの綺麗な笑顔のリーマスがいる。
結構怖い。

「どうせ、どこかの鹿が言っていたんじゃないのかい?あとできちんと注意しないとね」

まさにその通りで、ジェームズが言っていたのである。
の親世代情報源は基本的にジェームズとリリー。
流石のジェームズもリーマスだけには敵わない時があったとか…。

の言うこと、なんとなく分かったわ…」
「同意をありがとう、グレンジャー…」

平気そうな顔でそんなことを言うハーマイオニー。
動じないのは彼女が大物だからか。

「あ、ごめんね、ポッター君。ほら、別に君に怯えていたわけじゃなくて…なんというか…、ポッター君もたまにリーマスみたいな雰囲気になるというか………」

言いにくそうに目をさまよわせながら言う
対するハリーはにっこりと笑顔をみせて、

「そうなんだ。それで、、その雰囲気って………こんな感じかな

楽しそうに笑うハリー。
まさに雰囲気が今のリーマスそのものと重なった。
一気に周りの空気が冷えてくるような恐ろしさだ。
流石あのポッター夫妻の息子だ。

まさに、そんな感じです。

とは答えられないだろう。
『まね妖怪』関係があったからではないが、ハリーを怒らせるのはやめたほうがいいものだとは少し思ったりした。
予想以上にハリーの笑みは怖かった。