アズカバンの囚人編 18
待ちに待った「闇の魔術に対する防衛術」の授業。
これもまた魔法薬学と同様にスリザリンと合同なので、グリフィンドール生は多少憂鬱そうだ。
けれど、はリーマスの授業が楽しみだった。
休暇中に宿題の分からないところを少し教えてもらったことがあったが、リーマスの説明はとても分かりやすかった。
授業開始時間が来ても、リーマスはすぐに教室には来なかった。
しばらく生徒達はおしゃべりをしていたりしたが…
「やぁ、こんにちは」
にっこりとした笑みを浮かべるリーマス。
リーマスの手には何も持っていなかった。
「今日は実地授業を行うからね、教科書と羽ペンはしまってここに置いていってね。持つのは杖だけでいい」
防衛術の授業で実地授業は初めてとも言っていい。
1年の時のクィレルは殆どが知識のみの授業だった。
2年のロックハートは自己陶酔の自分の自慢ばかりの授業だった。
かなり大問題の事件はあったが…。
不安そうに思いながらも生徒達は教科書と羽ペンをしまう。
「それじゃあ、いいかい?杖をしっかり持って僕についてきてね」
リーマスはそのまま教室から出てくる。
最初に立ち上がったのは。
リーマスがちらっと後ろを見て生徒達がついてくるのを確認するのが分かった。
途中ばったりとピーブズに出会う。
悪戯好きの幽霊のピーブズ。
丁度近くの教室の扉の鍵穴にガムをつめている悪戯をしているところだった。
「これはこれは、間抜けで臆病者のルーピン!ルーニ、ループ、ルーピン!こんなところで何をしているのかな?」
けけけっと笑いながらくるくるっとリーマスの周りを回るピーブズ。
この幽霊は人の嫌がることが大好きだ。
だから生徒達にはあまり好かれていない。
そのピーブズをリーマスがどのように相手をするのか生徒達は興味を持った。
リーマスはにっこりと笑みを浮かべる。
「そんな分かりきったことを僕に聞くのかい?ピーブズ」
「分かりきったこと?陰でこそこそ怯えるルーピンに何ができる〜?」
「ワディワジ。」
リーマスは笑顔のまま杖を軽く振って呪文を唱えた。
ひゅっ……ごめすっ!!
リーマスの呪文でピーブズが先ほど鍵穴につめていたガムが物凄い勢いでビープズに激突していった。
ビープズはそのまま、すぅっと薄くなって消える。
退散したのだろう。
「この呪文は結構便利で簡単なものだから覚えておくといいよ」
笑みを浮かべたままそういうリーマスがちょっと怖いと思ったのはだけではないだろう。
だが、グリフィンドールの大半の生徒達は、ピーブズを撃退したリーマスに賞賛の言葉を送っていた。
尊敬する視線すらおくる子もいる。
あの笑顔にはとんでもないものが隠されていることを知らないのは、きっと幸せなのだろう。
着いた場所は職員室だった。
職員室の中はセブルスが1人椅子に座っている。
生徒達を連れて入ってきたリーマスに顔を顰めたセブルスだが、すぐに立ち上がる。
「ここで授業でもやるつもりなのかね?ルーピン」
「そうだよ、真似妖怪をちょっとね。セブルスも見ていくかい?」
「遠慮しておこう。グリフィンドールの問題児が何をしでかすか分からんからな。我輩は避難させてもらうとする」
ふっとどこか嘲笑うかのような表情のセブルス。
「ああ、一つだけ忠告しておこう、ルーピン。グリフィンドールのロングボトムには気をつけたまえ。どんな失敗をしでかすのか分からないほどの問題児のようだからな」
「忠告ありがとう、セブルス。でも、私はそのネビルに今回は授業の助手をお願いしようと思っている。きっと素晴らしい授業になるよ」
「ふ…、別の意味で素晴らしくなければいいがな…」
セブルスはそのまま教室をゆっくり出て行った。
リーマスは笑顔でそれを見ているだけ。
あのセブルス相手に笑顔でいられるリーマスをさらに尊敬する生徒達もいるようだ。
確かにセブルスのあの不機嫌顔は怖いかもしれない。
「さて、じゃあセブルスにも言ったとおり、ネビル、君に手伝ってもらおうかな?」
「え?!ぼ、僕ですか?」
「うん、そうだよ」
リーマスは奥の方にある古い洋服箪笥の方へと向かう。
ネビルに対して小さくて招きして、ネビルをその箪笥の前に立たせる。
思いっきり不安そうなネビル。
ちらちらっと後ろを振り返って、助けを求めているかのような表情だ。
はネビルと目が合った瞬間、大丈夫だよ、と小さな声で言った。
「大丈夫だよ、ネビル。棚の中に入っているのは『まね妖怪』だ。誰か『まね妖怪』について知っている子はいるかな?」
リーマスが尋ねると、グリフィンドールからハーマイオニーが勢いよく手を上げるの様子が見えた。
手を上げたのがハーマイオニーしかいなかったため、リーマスはハーマイオニーを指名する。
「『まね妖怪』は『ボガート』と呼ばれ、暗くて狭いところを好みます。形態模写妖怪で、相手の一番怖いと思う姿に化けます」
「そう、正解だよ。グリフィンドールに5点あげよう」
にっこりと笑みを浮かべてリーマスは杖で箪笥を示す。
生徒達をぐるりっと見回し
「この箪笥の中にいる『まね妖怪』はまだ何の姿にも化けていない。それは箪笥の外にいる私達の怖いものが何なのか分からないからだ。けれど、ひとたび箪笥から出て来れば、目の前にいる相手の最も怖い相手に変身する」
箪笥の前に立たされているネビルがびくりっとなる。
顔色も青くなってきている。
同時に箪笥ががたりっと揺れた。
「けれど、今の私達は幾分有利な状況にある。それがどうしてか分かるかい?ハリー」
「え?あ…、僕達生徒が沢山いるからです。対象が多いと誰の怖いものに化けていいのか分からないから…?」
「そう、その通りだね。『まね妖怪』と対峙する時は誰かと一緒にいればいい。2人以上いれば怖いものが二つ存在することになるだろうからね。例えば昔こんなことがあったんだ、ある人物は友人の事が怖かった、もう1人の人物は彼女のことが怖かった。その2人が『まね妖怪』と対峙したらどうなったと思う?ある人物の友人…ああ、勿論男子だよ…がもう1人の人物の彼女の姿に女装した姿がでてきたんだよ」
はあれ…?と思った。
リーマスの話す例が違う…まぁ、違うのは別に構わないのだが、どこかで聞いたことがあるような話である。
そう、あれはジェームズの昔話の中で聞いたことがある話。
リーマスを怒らせないほうがいいという話の一つで……。
「もしかして…」
小さく呟く。
「なんだい、?何か質問かい?」
にっこり満面の笑顔をに向けるリーマス。
反射的にびくっとなってしまう。
この満面の笑顔の時のリーマスは機嫌が悪い証拠だ。
は首を思いっきり横に振る。
「な、なんでもない…です!」
そう、リーマスが話した例にでてきた2人の人物は確かシリウスとジェームズのことのはずである。
リーマスの笑顔で初めて脅されたシリウスがリーマスを初めて怖いと思った時で、タイミングよくジェームズがリリーに「嫌い」と言われて落ち込んでいた時期だったらしい。
つまり、現れたのは女装したリーマスであって、それを見たリーマスからはかなり厳しい制裁をもらったらしい。
ジェームズ曰く
―やっぱりリーマスを本気で怒らせるものじゃないって改めて思ったよ。
だそうである。
どこか遠い目をしながらそんなことを呟いていたのを覚えている。
「『まね妖怪』を退ける呪文は簡単なものだ。それでも想いが大切だよ、君達が”怖い”と思う姿を”可笑しい”と思う姿にするという強い想いが大切なんだ。『まね妖怪』の弱点は「笑い」だからね。いいかい、呪文はこうだ。…リディクラス!」
リーマスは生徒達に自分に続けて呪文を言うように促す。
最初は杖を使わず呪文の発生のみの練習。
「そう、十分だね。でもここからが一番大切だ。ネビル、いいかい?君の出番だよ。君の一番怖いものはなにかな?」
「……ス……先生」
「ん?ネビル、もう一回言ってくれるかい?」
ネビルは泣きそうな表情になる。
「…ス、スネイプ先生です」
その答えに殆どの生徒達が笑う。
確かに、減点ばかりしてくれるセブルスは怖い。
失敗ばかりのネビルを目の敵にでもしているかのように睨むことも多い。
けれども、ネビルも皆の笑いにつられたのか少し笑みを浮かべた。
しかし、リーマスは真面目な表情で考えるそぶりを見せる。
「…スネイプ先生ね。そう言えば、ネビルはおばあさんとの二人暮らしだったよね」
「はい、そうですけど…、先生。僕、スネイプ先生がおばあちゃんになるのは絶対嫌です」
「いや、違うよ」
きっぱり言い切ったネビルにリーマスは苦笑する。
「ネビルのおばあさんは普段どんな格好をしているんだい?」
「おばあちゃんの服装とかですか?」
「そうだよ」
「いつも同じピンク色のひらひらがついた派手な帽子と、サラサラの綺麗な布を使ったひらひらした裾の長いドレス。ヒールの高い靴を履いてることが多くて…たまにあったかそうな毛皮のえりまきを首に巻いてます」
「ハンドバックは持っているかい?」
「はい、持っています。真っ赤な大きいもの」
リーマスは満足そうに頷く。
とっても嬉しそうに見えるのは気のせいではないだろう。
「それじゃあ、その服装を頭の中に思い浮かべることはできるかい?」
「はい…多分」
少し不安そうなネビル。
箪笥がまたガタガタっと揺れた。
リーマスはネビルの肩に触れて箪笥を杖で示す。
「いいかい、ネビル。私があの箪笥を開けたら『まね妖怪』は君を見て、スネイプ先生に化ける。君はそのスネイプ先生に「リディクラス!」と大きな声で呪文を唱えて、そしておばあさんの服装を強く思い浮かべるんだ。上手くいけば、素敵な格好をしたスネイプ先生になるはずだよ」
素敵なのだろうか…。
生徒達の殆どはリーマスにそう突っ込みたかっただろう。
「他の皆もいいかい?ネビルが上手くやってくれれば、『まね妖怪』は今度は別の所へ行くからね。自分の目の前に来たら、自分の怖いものをどうやって面白いものへと変えるかを考えるんだ。呪文はリディクラス!!いいかい?」
こくりっと頷く生徒達。
「いくよ、ネビル」
「は、はい…!」
リーマスがひょいっと呪文を唱えずに杖を振る。
すると箪笥の鍵がかちりっと開く。
ギ…ときしんだ音を立てながら片開きの箪笥の扉がゆっくりと開く。
扉にがしっとかかる手は箪笥の中からのものである。
眉間にシワ、真っ黒なローブのセブルスがいつもの表情で箪笥の中から出てくる。
びくっとなるネビル。
「さぁ、ネビル!」
リーマスがネビルに促す。
「リ、リディクラス!!」
ネビルは杖を向けて叫ぶ。
怖くて目をつぶってはいるけれども、ぱちんっと音がする。
とたんに目の前のセブルスの服装ががらりっと変わった。
ネビルが言った通りのネビルの祖母の服装に…。
グリフィンドール生はその姿に一斉に笑い出す。
も思わずくすくす笑う。
「でも、ちょっと似合っているかも…」
顔立ちの整った人は意外と何を着ても似合うものだ。
は小さく呟いたものの、思った以上の生徒達がその言葉を聞いたようでさらに笑いが広がった。
スリザリン生の半数も口元だけ笑みの形をしている。
『まね妖怪』は混乱しながら職員室内をふらふら移動していく。
リーマスが生徒達を指名しなくても、『まね妖怪』自身が相手を選ぶ。
リーマスは『まね妖怪』に選ばれた相手の名前を呼んで、その生徒がリディクラス!と呪文を唱え、怖い姿をおかしな姿へと変えていく。
その様子を眺めていただったが、『まね妖怪』自分の目の前に来た。
「え?」
は一歩あとずさる。
「次、だ!」
リーマスのの名前を呼ぶ声が聞こえた。
に魔法は使えない。
だからこそ、「リディクラス」の呪文は意味がない。
ここは形だけ呪文を唱えて、力で似たような現象を起こすしかない、そう思っていた。
ぼやっと『まね妖怪』の姿が変わっていく。
形は人の形を取る。
黒いくしゃくしゃの髪、丸い眼鏡、額の傷、グリフィンドールの制服。
手には見たことのある本。
本来ならば彼が持つはずがない本。
「あ……。」
目を開いて驚くと当時に、の顔色がざっと変わる。
もう一歩は後ろに下がる。
力で似たような現象を起こすなんて思いつかないほどには混乱してた。
目の前の少年…ハリーの姿をした『まね妖怪』
それがジェームズ達の記憶が宿った本を持って、泣きながらを睨んでいたからだった。