アズカバンの囚人編 14
本日最後の授業は、ハグリッドの魔法飼育学である。
ちなみにスリザリンと合同授業なので、そのままハーマイオニー、ドラコ、ヴォルと一緒に教科書を持って移動する。
古代ルーン文字の教科書を一度置いて魔法飼育学の教科書を取りに行ったりしたが、このメンバーで行動するのは結構珍しいことではないだろうか。
何しろグリフィンドールとスリザリンである。
はヴォルと一緒にいることは違和感はないのだが、ハーマイオニーとドラコが一緒にいるのに違和感がある。
仲がいいことはいいことなんだけどね…。
周りの視線がちょっと気になるところである。
向かう先はハグリッドの小屋。
ホグワーツの禁じられた森から程近い場所にあるハグリッドの小屋。
「にしても、大体この本はなんなんだ…。あのでくの棒に授業なんてできるのか?」
「失礼ね!ハグリッドは立派な先生よ」
「こんなワケのわからない教科書を使うのが立派な先生か?!」
ドラコは自分の魔法飼育学の教科書「怪物的な怪物の本」を見せる。
皮紐でこれでもか、というくらいにグルグル巻きで縛られている本。
「君はこの本をまともに読めたのか?予習好きのグレンジャー?」
「ほ、本は関係ないわよ!ハグリッドの授業はきっとすばらしいわよ!」
そう言うハーマイオニーの本もドラコのような紐ではないが、グルグル巻きに縛られている。
縛られていると言うか、使っているのはガムテープのようだ。
梱包された荷物のようにガムテープでグルグル巻きである。
「ふんっ!どうだかな…」
ドラコの言葉にさすがのハーマイオニーもフォローしきれないようだ。
「それにしても…、とリドルは教科書を普通に開けたのか?」
の持つ教科書とヴォルの持つ教科書。
どちらも紐で巻いてないし、ガムテープでも巻いてない。
「僕は普通に……」
教科書の背表紙部分を軽く撫でてから、は教科書を開く。
暴れることなく難なく開いた。
それに驚くドラコとハーマイオニー。
「嘘っ!のだけどうしてそんなに大人しいの?!」
「別の本じゃないのか、それ!」
ヴォルも平然と教科を開くことが出来ている。
はこの教科書は撫でれば大人しくなることを知っていた。
ヴォルも知っていたのだろう。
知らなくても、魔法を使って大人しくさせそうだが…。
「別にただ撫でればいいだけみたいだよ。こんな風にさ…」
は教科書の背表紙部分をもう一度撫でる。
ゴロゴロと気持ちの良さそうな声まで聞こえてくる。
生きてる本とはなんとも微妙だ。
ドラコもハーマイオニーもに習って、背表紙を撫でてみる。
するとすんなりと教科書が開けた。
ただ、紐でグルグル巻きにしたり、ガムテープで梱包されていたのを外すのに苦労していたようだが…。
「まぁ、本当だわ…」
「けど、こんな本を教科書に使うなんて絶対おかしい」
ぶつぶつと文句を言うドラコ。
機嫌良さそうに教科書を読み始めるハーマイオニーとは正反対の反応である。
ハグリッドの授業はなんの滞りもなく始まる。
教科書を開けなかったスリザリンの生徒の1人が、どうやって開くのかとぽつりっと言った時、ハーマイオニーが撫でればいいと教えてやった為にハグリッドがとても感動していた。
ハーマイオニーは「が教えてくれたのよ」と言っていたが、感動のハグリッドには聞こえていなかったらしい。
「都合の悪いことは右から左へ、だな。全く成長してないな…」
「…ヴォルさん」
どこか呆れた口調のヴォル。
ヴォルは昔のハグリッドを知っている。
ホグワーツを追い出された…正確にはリドルが追い出したと言うのか…ハグリッドだが、当時と性格が変わっていないようだ。
「さて、授業をはじめるぞ…!教科書はあるな…ということは魔法生物が必要か…」
にこにこと意気込んだはいいが準備がまだのようである。
ぶつぶつ何か呟いたあとハグリッドは、禁じられた森の奥のほうへと向かう。
「魔法生物を連れてくるから大人しくしとれよ…!」
森のほうへ向かいながらそう叫ぶハグリッド。
あからさまに呆れたため息をつくスリザリン生多数。
ドラコもその1人である。
「こんな準備不足な教師で本当に大丈夫なのか…?」
準備不足は否めない。
確かにちょっと教師としては不安な点が多いかもしれない。
「その口を閉じろ、マルフォイ」
怒りを抑えたかのようなハリーの声がドラコに向けられる。
ハリーにとってハグリッドは大切な友人だ。
多少いきすぎで困ることは多々あるが、それでもハリーを支えてくれる大切な友人の1人。
「その口を閉じろだって、ポッター?吸魂鬼に怯えていた君がそんなことを言える立場だとでも?」
「黙れ、マルフォイ!」
「オトモダチの教科書を満足に開くことが出来なかった、ポッター?そんな様子で授業なんてまともに受けられるのか?」
生き生きしているドラコの表情が目に入る。
今、ドラコはとっても楽しい気分だろうが忘れてはいけない。
「貴方だって、最初はあの本を紐でグルグル巻きにしていたじゃない。」
鋭いハーマイオニーの突込みが入る。
それにはさすがに黙らざるを得ないドラコである。
そう、忘れてはいけない。
ドラコも最初は教科書を満足に開けなかったことを。
どどどどどっ…
ドラコがハーマイオニーに何か言おうとするが、ハグリッドが消えた方から何か奇妙な生き物が大勢近づいてくる。
口を開いたまま驚愕の表情を浮かべるドラコ。
大きさは馬、けれども足は鳥のような鍵爪のある足。
大きな嘴と羽もあり、いうなればでっかい鷲と馬を足して2で割ったような感じだ。
「ヒッポグリフだ、美しかろう!」
彼らをなだめながらハグリッドが嬉しそうな声で言う。
近くに柵が用意されていて、その柵の内側へとヒッポグリフの大群を誘導するハグリッド。
子供のような表情である。
生徒達は大量のヒッポグリフに微妙な表情である。
「美しい…かな?」
「使う言葉が違うだろ。褒める表現を使うとしてもあれは「凛々しい」だな」
「確かにその方がしっくりくるかも…」
ヴォルの言葉に頷く。
確かに羽だけみれば綺麗かもしれない。
だが、鋭い目と鋭い嘴は迫力がありすぎる。
「もっと近くで見たほうがいい、ほら、皆こっちゃこいや…」
嬉しそうに生徒達を手招きするハグリッド。
生徒達はヒッポグリフが怖いのでなかなか進まない。
ハリー、ロン、ハーマイオニーだけはゆっくりとだが、ヒッポグリフを囲っている柵に近づく。
は離れた場所にいようと思っていたが、ヴォルが平然と柵の方へと近づいていくので驚いた。
「え?ヴォルさん?」
躊躇いなく柵のすぐ側まで近づいていくヴォル。
はそれを追いかける。
その間もハグリッドの説明は続く。
「ええか、ヒッポグリフは誇り高い生き物だ。絶対にどんなことがあっても見下すようなことをしちゃいかん。人の感情を敏感に感じ取る生き物だからこそ、ヒッポグリフの方が認めない限りは動いちゃいかんぞ」
ヴォルは柵に寄りかかってヒッポグリフを眺めている。
「よーし、誰が一番最初にやるか?」
にこにことハグリッドは生徒達を見回す。
けれどもそれに後ずさりをする生徒達ばかりである。
ハリーがそんな生徒達を気にいらなそうに見ていた。
ハグリッドの視線が一瞬ヴォルの方を向いたが、不自然なまでにすぐにそらされる。
………?
不思議に思ってはヴォルを見るが、ヴォルは冷めた目で笑みを浮かべているだけ。
リドルが5年の時、ハグリッドは確か3年生だったはずだ。
ヴォルの顔を知っているはずである。
自分を退学に追いやったスリザリンの監督生の顔なのだから…。
最も、ハグリッドの性格からすると、嫌ってはいても恨んではいなさそうだが。
「僕がやる…!」
ハリーが勇気を出して言い出す。
午前の授業での占い学での結果に不安そうにとめる生徒もいたりした。
けれどハリーはそれを無視して柵の内側へと歩いていく。
ハグリッドの言葉に従って、ハリーは一匹のヒッポグリフの前に立ち、お辞儀をする。
しばらくそのままの状態が続く。
生徒達も緊張した表情で見守る。
すると、ヒッポグリフが前足を下げてお辞儀をしたのだ。
「よくやった、ハリー!もう触ってもいいぞ!」
ハグリッドが手招きでハリーをヒッポグリフの側に招く。
ハリーは少し顔を顰めながらもヒッポグリフに手を伸ばす。
手が触れて、ヒッポグリフがハリーに擦り寄るように懐く。
ハリーの表情は嬉しそうなものへと変わり、触れられたことに喜びを感じているようだ。
ハグリッドがひょいっとハリーを抱き上げてヒッポグリフの背に乗せる。
ぽんぽんっとハグリッドがヒッポグリフを軽く叩くと、ヒッポグリフは大きな翼を広げてハリーを乗せたまま飛び立った。
グリフィンドール生から歓声が上がった。
しばらくしてハリーを乗せたヒッポグリフが戻ってくる。
ハリーがヒッポグリフに乗っていたのが羨ましかったのか、生徒達は次々と柵の中へと駆け込んでいった。
ハグリッドは嬉しそうにヒッポグリフを次々と生徒達にあてがっていく。
それでも1人一匹とはいかず順番待ちになる生徒もいる。
「いいか、決して自分から動いちゃいかんぞ。ヒッポグリフが認めるまで待つんだ」
ハグリッドの言葉に戸惑いながらもお辞儀をする生徒達。
ヴォルとはそれを眺めていたが、一匹の黒みを帯びた羽をしたヒッポグリフがこちらに近づいてくる。
ハグリッドが気付いて慌てて首に掛けられた鎖を引こうとしたが間に合わない。
「え?何で…こっちに…?」
「魔力を感じ取ったか…」
ヴォルが舌打ちするのが聞こえた。
「ヴォルさん?」
近づいてくるヒッポグリフにヴォルはお辞儀もせずにその場で待つ。
ゆっくりと近づいてきたヒッポグリフはヴォルの前で立ち止まる。
ぐるる…と警戒するような声を出すが、ヴォルがすっと手を伸ばすと自ら頭を下げた。
従うかのようにヴォルの手に頭を摺り寄せて、目を閉じる。
「こりゃ一体…。誇り高いヒッポグリフが自分からお辞儀をするなんて…」
呆然とハグリッドがその光景を見ていた。
も驚く。
ヴォルとそのヒッポグリフを見れば、ヒッポグリフがに対して睨んだような気がした。
「襲うな。に手を出すのは俺が許さん」
ヴォルが軽くヒッポグリフに手を触れると、すぐに大人しくなる。
どうしてにらまれなければならなかったのかにはさっぱり分からない。
それに、黒いヒッポグリフがヴォルに懐いているのも不思議だ。
それを考えていたのがいけなかった。
「!!」
ハリーがの名を叫ぶ声が遠くから聞こえた気がした。
その声に振り向いた時、の目の前には前足を高く上げた銀色の羽のヒッポグリフ。
その影がにかかる。
の側に一番近かったのハリーが乗ったヒッポグリフ。
ハリーが叫んで、ハリーの側にはそのヒッポグリフはいない。
これがバックビークなんだ…。
自分が襲われようとしている状況よりも、が認識したのはそのことだった。
バックビークという名のヒッポグリフに襲われそうな自覚はせずに…。