アズカバンの囚人編 13
古代ルーン文字の授業は少し退屈だ。
ハーマイオニーは真剣にノートをとっている。
ヴォルはつまらなそうに前を向いていた。
ドラコはといえば…ハーマイオニー同様真剣に授業を聞いている。
古代ルーン文字の授業では一つだけ分かったことがある。
「ルーン語」を話してもらっても意味は理解できる。
けれども文字は読めない。
つまり、聞き取れるけれども話せずに文字が書けない状態らしい。
これも時の代行者の知識の一つか。
現在が読み書きできる言語は日本語と英語。
聞き取りが出来るのは古代ルーン語。
この分では聞き取りだけならば他の国の言葉でも平気そうである。
聞き取りができるからと言って、文字が読めなければ意味がない。
勉強をしなければならないのだが…どうにも本来外国語を学ぶことが得意でないは適当に授業を受けているだけだ。
「つまらないか?」
小さな声でヴォルが話しかけてくる。
「つまらないわけじゃないんだけどね…。僕はグレンジャー達みたいに真面目な生徒じゃないからさ」
「俺はてっきり古代ルーン語を理解しているかと思ったが…」
「できてないって。古代ルーン文字読めないの、ヴォルさん知ってるでしょ?」
「ああ、そう言えばそうだったな」
は勉強が好きなわけではない。
それでも授業の成績が悪くないのは、筆記のある教科が興味深いものだったから。
魔法史なども学んでいけば結構面白いものだ。
ただ、古代ルーン文字は普通の語学の勉強と変わらない。
「そういえば、ヴォルさんってドラコと一緒に行動しているの?珍しいね、ヴォルさんが誰かと一緒に行動しているなんて…」
「おかしいか?」
「おかしいっていうか…。何かヴォルさんにドラコが懐いてるように見えるのがおかしい」
いつもならば誰かを従えていた側のドラコが、ヴォルに従っているわけではないのだがついてまわっているというように見える。
ヴォルは本来1人でも平気なタイプのはずだ。
自分から声をかけて誰かと一緒にいるタイプには見えない。
「ついてこられても構わないさ、俺の行動の邪魔にならなければな。ある程度の付き合いはないと異質な存在として孤立することになるからな…そうなったらそうなったで構わないが面倒だ」
平然とこういう事を言えるのがヴォルらしい。
自分の邪魔さえしなければ来る者は拒まずといったところか。
「ね、ヴォルさん。そういえば午前の授業はどうだったの?何かあった?」
先ほど午前の授業で何かあったかのような口ぶりだったので少し気になっていた。
の言葉にヴォルは僅かに顔を顰めた。
「……あの爺がからかいに来ただけだ」
ぼそっとヴォルにしては珍しく小さな声で不機嫌そうに呟く。
ヴォルが言う「爺」はこの学校ではダンブルドア以外にはいないだろう。
ダンブルドアがからかいに来たということなのか。
「ダンブルドアが?授業中に…?」
「ああ…、呪文学の授業があったんだが、代理教師ということであの爺が来て…」
「ダンブルドアが代理教師?校長なのに?」
呪文学はフィリットウィックの担当教科だ。
他の授業でも代理教師などあまり聞かない。
いや、今年はそれでも代理教師の教科があるにはあるのだが…。
「もしかして、ダンブルドアがヴォルさんに無理難題でも押し付けたの?」
「いや、普通に質問されただけだ…」
僅かにヴォルの雰囲気が険悪なものへと変わる。
本当に普通に質問されたのか怪しいような雰囲気だ。
ダンブルドアの性格を考えると…
―”リドル”にならば、これくらいのことは分かるじゃろう?
にっこりと笑みを浮かべてそう質問したに違いない。
授業内容としては充実したものだっただはずだ。
しかし始終ダンブルドアに監視されているような状態のヴォルは決して楽しくはなかっただろう。
「わざわざヴォルさんが生徒やっているのを教師としてみるなんてダンブルドアらしいね」
「完全に嫌がらせだ、あれは…」
くすくすっとは笑みをこぼす。
ダンブルドアの気持ちが少しだけ分かる。
50年ほど前、「トム=リドル」としていた生徒は、卒業してからは闇に染まりきってしまった。
学生時代の彼の考えを、想いを変えることが出来なかったダンブルドア。
けれど、今、ヴォルはここに再び生徒としている。
「ダンブルドアはきっと嬉しいんだよ。ヴォルさんが生徒としてホグワーツに来てくれてさ」
「それは分かってる」
分かってるのだヴォルも。
けれども、ダンブルドアのことがあまり好きではないのである。
何もかも見透かしたような魔法界一と言われる魔法使い。
その存在そのものがヴォルは嫌いなのだろう。
しかしその存在を嫌っても、ダンブルドアはを守ろうとしている1人だということをヴォルは理解している。
「ダンブルドアの授業か……、ちょっと興味あるな」
「そのうち受けられるんじゃないか?別に普通の授業と何も変わらないがな」
今は校長として授業を受け持つことはしていないダンブルドア。
ヴォル…いや、リドルが生徒としていた時代は教科を教えることもあっただろう。
最終的には授業の後半は真面目に受けていた。
こそこそヴォルと話をしていると、たまにハーマイオニーに睨まれたりすることがあったからだ。
「充実な授業だったわ。占い学なんかとはやっぱり全然違うわね」
占い学の先生と相当相性が合わないのか、授業後のハーマイオニーは髄分とすっきりした様子に見えた。
「グレンジャー、そんなに占い学の授業嫌だったの?」
教科書を片付けながらが問う。
何があったのかは知っている。
「いいのよ、占い学なんて。マクゴナガル先生もおっしゃていたもの、あんな曖昧な占いなんて私には必要ないわ。予言ができるかどうかなんて努力じゃどうにもならないし、才能だって言われているもの」
「確かに予言は生まれ持った才能によるものが大きいな。後天的に予言の能力に目覚める魔法使いは殆どいない」
ハーマイオニーの言葉にヴォルが答える。
「そうなの?」
「そうだな。僕も父上に聞いたことがあるが、予言の能力は血筋でもなく、幼い頃からの教育からでもなく、その相手が生まれて持った才能によって決まるものだと…」
の問いにはドラコが答えた。
流石純血一族の魔法族。
この手の情報は本から得られるものではなく、育った環境から得られるものだ。
ハーマイオニーはドラコの言葉に素直に感心していた。
「大体予言なんて本当にあるのか?本当の予言者なんているのか?」
「マクゴナガル先生はいるって言っていたわ。シアン=レイブンクローという魔法使いが、マクゴナガル先生が認める唯一の予言者よ」
「シアン…?レイブンクローの血縁者にそんな名前の魔法使いいたか?」
自慢げに話すハーマイオニーの口から出た名前に、ドラコは心当たりがないようで顔を顰めた。
予言者とも言われるほどの魔法使いならば有名なはずである。
名のある魔法使いならば、ドラコの環境からして幼い頃でも名前くらいは耳にしたことがあるはず。
「正確には彼女は魔法使いじゃないからな。名自体はあまり知られてないだろう」
「時期的にもあの時はやっぱり混乱していた時代だっただろうしね…」
落ち着いた様子で話すヴォルとの言葉にハーマイオニーとドラコは驚きを見せる。
自分達が知らないシアンをヴォルとが知っているということに。
「もヴォルも知っているの?シアン=レイブンクローのこと」
「知ってるというか、僕はちょっと事情があってダンブルドアに彼女の事を教えてもらったことがあったんだよ。その時ヴォルさんも一緒に聞いていたというか…」
先代の時の代行者であるシアン=レイブンクロー。
時の代行者は未来を知ることが出来る。
だからこそ、マクゴナガルはシアンを「真の予言者」と認めたのだろう。
けれど、代行者が知る未来は予言ではない。
「正確には魔法使いじゃないっていうのはどういうことなんだ?」
「そのままの意味だ。シアン=レイブンクローは魔法学校には通わなかった…それは魔法使いになる魔力がなかったから、だろうな」
「でも、予言者なんでしょう?」
「シアン=レイブンクローを「予言者」としたのは周りの人間だ」
「本人はそんなつもりはなかったと思うよ。でも、明るい未来の予言はその時はきっと救いになっただろうから……」
当時、魔法界は闇に包まれようとしていた。
知っている明るい未来のみを伝えれば、それが希望になっていたのかもしれない。
「その時って彼女はいつの時代の人なの?もしかして、『例のあの人』がまだいた時代?」
「いや…まぁ、確かにヴォルデモートはいただろうね。まだ学生やっていただろうけど…」
「学生?50年以上は前の事なの?」
「うん、そう」
「……それじゃあ、グリンデルバルトの時代の人なのね」
自分の持てる知識と照らし合わせて結論を出したハーマイオニーに頷く。
流石ハーマイオニーとでも言うべきか。
ヴォルデモートの前の闇の帝王とも言われる存在、グリンデルバルト。
今のヴォルデモートほどの脅威はなかったと言われている。
それでもその存在は恐れられ、魔法界は闇に包まれそうになった。
だからこそ、シアン=レイブンクローがいたのだろうが…。
「真の予言としても…魔法使いでない人間が予言者だなんてね。そんなの僕は予言者だなんて言えないと思うけどね」
「でもマクゴナガル先生が唯一認めた真の予言者なのよ!」
「例え誰かが認めてもおかしいじゃないか。魔法使いじゃないのに予言者なんて…本当にその予言は当たっていたのかも分からないしな」
「当たっていたに決まっているわ!でなければマクゴナガル先生が認めるわけないでしょう!」
「はっ…!『マグル出身』は『先生』が言えばなんでも信じるのか?お気楽思考でいいな」
「なっ…!」
仲が悪いな…。
ハーマイオニーはロンともよくこんな感じで言い争うことがあるけど。
ロンはハーマイオニーが好きだってのは分かるけど、ドラコももしかしてハーマイオニーのこと好きなのかな?
でも、ドラコってよくハリーに突っ掛かるよね。
ということは本命はハリー…?!
仲の良いハリーとドラコを想像してみる。
…が、ありえなさ過ぎる想像にそれはないか…と思う。
「も1人百面相してないで、何か言ってやって頂戴!」
「1人百面相って…、グレンジャー」
どうやら、思考中の表情は思っていたことが顔に出ていたようだ。
気をつけなければと思う。
「グレンジャーやマクゴナガル先生には悪いけど…、僕はシアン=レイブンクローは予言者なんかじゃないと思うよ」
あれは予言なんかじゃない。
まだ予言のほうがいいくらいだ。
予言ならば変えられるかもしれない期待が持てるのだから…。
「珍しいな、が僕と同じ意見だなんて……」
ドラコの言葉に苦笑を返す。
こればっかりはドラコの意見に賛成である。
ドラコと同じ意味での賛成ではないが…。
魔法使いでないから予言者とはいえないのではなく、時の代行者が未来を知っているのはその通りの未来へと導くため。
予言でもなんでもないそれは、先を知り、先に導くための知識にすぎないのだから…。