アズカバンの囚人編 9
ハーマイオニーを部屋までこっそり送って戻ると、双子はすでに自分達の部屋に戻ったようでいなかった。
変わりにネビルがいる。
ロンもハリーもいつものようにネビルと一緒に楽しく笑いあいながら話をしていた。
「楽しそうだね。何の話題?」
にこにことが話を向けると驚いた顔を見せたのはロンとネビル2人。
ハリーは静かに視線を向けて、にっこりと笑みを見せた。
「休み中の事を話していたんだ。あといろいろ世間話。は休暇中何があった?」
作られた笑みで問うハリーはちょっと怖い。
思いっきり納得いってないだろうことがよく分かる。
しかし、ロンの様子から見るとロンはもう全く気にしてないように見える。
ハリーがフォローしてくれたのだろうか…?
「ねぇ、そういえばって教科の選択何にしたの?」
ネビルがにこにこと聞いてくる。
そういえば言ってなかった。
「えっと…、「古代ルーン文字」と「魔法飼育学」かな?」
「古代ルーン文字ぃ?!君、そんな難しそうなの取ったの?」
ロンが口元を引きつらせて叫ぶように言った。
最も選択が多いのは「魔法飼育学」と「占い学」である。
選択科目の中で魔法使いっぽいのがこの二つだからだろう。
「分かった方が便利だと思ってさ」
「うへ〜、信じられない。魔法飼育学は分かるけどさ…」
「じゃあ、ウィーズリー君はどれにしたの?」
「僕?僕は「占い学」と「魔法飼育学」だよ。ハリーも一緒さ。確かネビルも一緒だったよな」
「う、うん」
「そっか〜、じゃあ「古代ルーン文字」では分かれちゃうね」
が魔法飼育学を選んだのは、あの事件が起こるからだ。
占い学を選ばなかったのは、占い学では決定的な事件は起きない。
ハリーが嫌な予言をされるだけである。
それの確認は人づてでも十分可能なことだ。
「後は占い学と魔法飼育学でスリザリンのヤツらと沢山一緒にならないことを祈るだけだな」
「選択科目は全寮合同教科だからね。全ての寮生がいっぺんに習うものだし」
ロンのウンザリした様子には苦笑する。
そう、選択教科は選択だけあって、多少人数が多い教科もあるが、全寮合同である。
あまりにも人数が多い場合は2クラスに分けるそうだ。
「はスリザリンと合同でも平気そうだよな〜。信じられないけど…」
「平気と言うか…」
「今年は防衛術と魔法薬学が一緒なんだぜ?最悪……」
「最悪ってそこまでじゃないと思うけど…」
心底嫌そうなロン。
これが普通のグリフィンドール生の反応だろう。
「だからね」
突然口を挟んだのは黙っていたハリー。
ハリーの言葉に苦笑したように頷くロンと、思いっきり首を縦に動かすネビル。
その反応はとしては微妙である。
「僕さ、なら何が起きても全然平気だと思うんだよね。平気でスネイプと話すし、マルフォイのヤツとも話してるけど…。だからって僕らへの態度全然変わらないからさ」
そう言ったロンの言葉は、先ほどのことが含まれているのだろう。
がであるから、どんな相手と親しくても自分達との関係が変わるわけじゃない。
それにだから、スリザリンの相手と仲良くてもおかしくない。
ということなのだろう。
それで納得されるのも何か虚しいものがあるである。
ホグワーツ3年目の初めての夜。
今日はいろいろなことがあったのにも関わらず…いやいろいろなことがあったからこそか…は結構ぐっすり眠っていた。
しかし、自分の上でなにか気配を感じてゆっくりと目を覚ます。
休暇中など、ヴォルが人の部屋に平気で入って起こしに来たりしているので、そんなにぎょっとしたりはしない。
だが……目を開けて一番最初に目に入ったのがハリーのにっこりとした笑顔だったりするとちょっと心臓に悪い。
リリーさんそっくり…なんだけど…。
それが目覚めて目の前にあると結構怖い。
今は夜中であり、あたりが暗いので更に怖い。
月明かりで部屋の中の様子が全く見えないわけではないが…。
「ハ、ハリー…?」
戸惑った声を上げながらは上半身だけ起き上がる。
ハリーはのベッドに腰掛けてのことを見ていたようだ。
「声かける前に起きるなんて驚いたよ、」
いや、驚いたのはこっちの方なんだけどね。
突っ込みたいだったが、体を起こしたときにさりっと揺れた肩より少し長めの髪に気付く。
少年のままの姿は基本的にそう長くない髪と眼鏡である。
寝るときはさすがに眼鏡はとってあるが…。
「あ…れ…?」
ペタペタと体に触れてみると…もとの姿に戻っていることが分かる。
ざっと顔色を変える。
そう言えば、右手にあるはずの指輪の感触がなくなっている。
「やっぱり、この指輪がの姿を変えてるんだね」
にっこりと笑みを見せてハリーはに銀色の指輪を見せる。
いつの間にとったのだろう…。
「あの…ハリー?」
「何?」
「返して欲しいんだけど…。ちょっとそれがないと困るし」
は手を差し出してみる。
「うん、いいよ」
「ありが…」
「でも、僕の質問に答えてからね」
にっこりと笑うハリーの表情がジェームズの顔に重なったのは気のせいではないだろう。
可愛いところがあるから、てっきりリリー似だと思っていた。
でも、ハリー。
君は本当にジェームズさんそっくりかもしれないよ。
「それで、聞きたいことって?」
何を聞きたいのかは分かる。
恐らくはヴォルのことだろう。
は、自分が知っている限りで教えられることはハリーには教えようと思っていた。
「勿論決まってるよ、あいつのこと。なんで編入してくるの?」
「それは私の方も聞きたいことなんだけどね…。ダンブルドアが許可を出している以上危険はないと思うよ」
「でも、納得できない。だって、あいつはリドルだよ、バジリスクを甦らせたリドルと一緒だ。未来のヴォルデモートなんだ。それにホグワーツで勉強する必要なんてないじゃないか。賢者の石みたいにここに隠されている何かがまだあって、それが欲しいとかなの?」
むっとした表情でハリーは一気に言葉を紡ぐ。
ずっと言いたかったことのようだ。
「何の目的もなく、こんなところに来るわけないよ……」
ハリーは両手のを握り締める。
けれども、呟いた言葉はどこか弱々しいものだ。
ハリーも気付いているのかもしれない。
ヴォルがホグワーツに来たのはを守るためなのだということに。
ダンブルドアがを守ろうとするヴォルを拒むはずはないのだ。
「ハリー…」
はハリーの頭を優しく撫でる。
頭で分かっていても感情がついてこないのだろう。
そう簡単に割り切れるほど、頭で理解できたからといって悟れるほど大人ではない。
ハリーはまだまだ感情で動き出す子供なのだから…。
こてっとの肩に頭を乗せるハリー。
「本当は分かっているんだ。あいつがを守りたいからここにいるってこと。でも、ヴォルデモートは、僕の両親を………っ!」
ぎゅっとハリーは自分の拳を握り締める力を増す。
強く握りすぎではないかと思うほどに…。
ずきんっと胸が痛む。
ヴォルデモートは確かにハリーの両親を死に至らしめた。
けれど、はそれを助けられたかもしれない時もあったのだ。
それを知ったらハリーはどう思うのだろうか…?
リーマスもシリウスもを巻き込まなかったジェームズの方が正しいと、決してを責めなかった。
「僕は…、あいつがを守る存在でも絶対に仲良くなんて出来ない。裏切らないって保障できても嫌いだ。の側に寄るのも気に入らない」
「うん…」
「は大切な友達だよ。けれど、あいつは大嫌いだ。それだけは変わらないから」
「分かってる。ヴォルさんを嫌いなままでもいいよ、ハリー」
がヴォルを大切にしていることも、ヴォルがを大切にしていることもハリーには分かる。
ヴォルを嫌うことでに嫌われることは嫌だと思っていたハリーだけれども、は決してそんなことでは態度は変えない。
それに安心したのかもしれない。
だから、持っていた銀の指輪をの手の中に返して……そのまま眠ってしまった。
目を閉じて安心したような表情で眠るハリー。
はハリーをなんとかハリーのベッドに運んで寝かせる。
額の傷はヴォルデモートにつけられたもの。
ハリーは、両親を殺したヴォルデモートを……まだ恨んで、許せないでいる。
「ごめん、ハリー」
ハリーの頭を軽く撫でてから、は元の姿から少年の姿へと戻って自分のベッドに入る。
今年は初めから謝ってばかりだな…と苦笑をしながら…。