アズカバンの囚人編 8






男子寮から一度談話室へ降りて女子寮へ向かうのが、唯一のルートのように見える。
しかし、男子寮から女子寮へと繋がる隠し通路というものがあるらしい。
これはハーマイオニーが以前男子寮に忍び込むときに見つけたということ。


「グレンジャーって意外と大雑把?」


隠し通路を歩きながらはぽつりっとそんな言葉をもらしてしまう。

「大雑把じゃないわよ。ただ、校則を守るよりも、勉強よりも大切なことは沢山あるわ」

そのための隠し通路の使用なのだと言う。
ハリー達3人組の中で唯一の女の子であるハーマイオニー。
部屋が同室のロンとハリーが部屋に戻ってこっそり会話しても、ハーマイオニーはその中には入れない。

「それにね、
「うん?」
「男子が女子寮に忍び込むのは禁止だけれども、女子が男子寮に忍び込むのは禁止じゃないのよ?知っていた?」
「………グ、グレンジャー…」

それは女子が男子寮に忍び込むことなんてないだろうと思って禁止してないだけだと思うけど…。

男子が女子寮に忍び込むことを禁止しているのは、年頃の女子生徒が男子生徒に襲われない為なのだろうことは分かる。
だからこそ、あえて男子寮に忍び込もうとするようなツワモノの女子生徒はいないだろうと教師達は思っているのだ。

「そんなことはどうでもいいのよ。ね、

ぴたりっとハーマイオニーは歩くのを止めてを真っ直ぐ見る。
表情は真剣なものだ。



「ちゃんと本当の事、教えて頂戴」



睨むような視線と、言葉の後ににっこりと笑みを浮かべていたりする。
結構怖いものだ。
何しろ言葉から感じられる感情と、表情が全く合ってない。
流石、ハーマイオニー…と変な所で感心する

「編入生の彼はの猫でしょう?今年編入したのは、彼は一度ホグワーツを卒業したことがあるから。そしてハリーが彼の顔を見て凄く驚いたのは、きっと彼がトム=リドルと同じ顔だから……よね」

完璧に正確な答えである。

「私は真実を知りたいの。部屋でそれを聞かなかったのは、ロンもフレッドもジョージも、が語る真実に絶対反発するだろうと思うから言わなかったわ。でも、私はただ真実が知りたいの。隠し事はなるべくして欲しくないのよ、

は迷う。
ヴォルの事をどこまで語っていいのか、それとも本当に語ってもいいのか。
ハーマイオニーの視線は迷うことない真っ直ぐな視線。
けれどもヴォルの真実を全て知ってしまって、その視線は本当に変わらないのだろうか?

「私、彼が『例のあの人』と何か関係があることは知ってるわ」
…え?
「でも、彼は『例のあの人』やマルフォイのような純血主義とは違う。だって、彼は私を1人の魔女として見て、認める余地を与えてくれてあるもの。私を『穢れた血』の魔女として見ずに、一人の魔女として見てくれたわ。だから過去にどんな関係があっても、彼はを裏切らないって信じてる」
「認めてくれる余地って…グレンジャー、いつヴォルさんと話したの?」

の知る限り、ハーマイオニーとヴォルが仲良く話しているのなど見たことがない。
去年からどうも自分が話せることを隠すことがなくなったヴォルならば、ハーマイオニーと会話したこともあっただろうが…。

「去年よ。足手まといにならない程度に実力をつけろって言われたわ。私だっての足手まといになんかなりたくない。だから私は頑張るわよ」
ちょ、ちょっと待って、グレンジャー。ヴォルさんってば何言ったの?」

自分のあずかり知らぬところでとんでもないことを言ってくれたようだ。
一体いつのことなのか…。
恐らくが怪我をして部屋にいなかった時辺りだろう。
ハーマイオニーはにっこりと笑みを浮かべる。


「秘密よ。だって隠し事が沢山有るでしょう?だからお互い様」


ヴォルさんってば、何を話したのさ…?


「だから教えて頂戴、


ハーマイオニーの言葉にはため息をつかざるを得ない。
ヴォルがヴォルデモートと関係がある、ヴォルがの猫である、去年秘密の部屋を開いたトム=リドルと同じ顔である。
これだけ分かっていながらも、ハーマイオニーは怯む様子を見せない。

「うん、わかった…」

苦笑しながら、は少し長くなると思い、隠し通路の壁に背を預けた。




どこから話していいものか。
まずはハーマイオニーの言葉を肯定する所からでいいのか。

「そうだね…まずは、あの編入生の”トム=リドル”は、確かに去年まで僕の側にいた黒猫だよ。今年は一緒には行けないとか言っていたから何か企んではいるだろうと思っていたけど…」
「それじゃあ、編入の件に関してはは何も知らなかったのね」
「うん、全くもって、これっぽっちも。でも、リーマスとダンブルドアは知っていたみたいなんだよね。ダンブルドアの許可がないとホグワーツに入学できないこともあるだろうけど、まさかヴォルさんがダンブルドアに頼ってまで編入して、ダンブルドアもあっさりと許可を出すなんて思いもしなかったけど…」

本当にあっさりと許可を出したのかどうかは分からない。
ダンブルドアも最初は少しは渋ったのではないのだろうか?
ヴォルがホグワーツに通う必要はどこにもないのだから。
トム=リドルはホグワーツを首席で卒業していったのだから…。

「それは、ダンブルドアもあの彼ものことが心配だったからだと思うわ。だって、あの人、本当にのこと大切に思っているもの。が心を許すのが分かるくらいに…」

優しく微笑むハーマイオニー。
も表向きは男、ヴォルも男である。
ハーマイオニーはそういう偏見はないのだろうか…とふと思う。

「誰かを本当に大切に思う気持ちって凄く良い事だと思うわ。ロンは常識にとらわれてそういうの駄目みたいだけど…、とても素敵なことよ、

の思考を読んだかのような言葉。
人を思う気持ちに性別はない。
たとえ相手が同性でも、大切にしたい、守りたい、そういう気持ちは生まれるものだ。
そういう気持ちがもてるのはとても良いことだ。
守りたいという気持ちは強さに繋がる。

「ありがとう、グレンジャー。ヴォルさんは僕にとって大切な人で、やっぱり支えなんだ。否定されるのは嫌だと…思う」
「私はそんなことしないわ、。彼が去年秘密の部屋を開けた記憶のような存在でも、今は違うと信じているから。なんて言っても、彼が編入生でスリザリンだって決まった時、私がスリザリン生で唯一仲良くできそうだと思ったほどよ」

ハーマイオニーはロンほどスリザリン生を敵視してないとは言え、嫌いなはずだ。
純血主義の相手に馬鹿にされつつ、気丈に振舞ってはいるが精神的にはかなり堪えているだろう。
ハーマイオニーがヴォルとどんな話をしたかは分からない。
けれども、ヴォルが昔ほど純血に拘らなくなってきたことをは知っている。

「ハリーは話さなかったけど、ヴォルさんは去年秘密の部屋でリドルを取り込んだ。リドルを取り込むのはバジリスクを止めるためだったんだ」
「それでリドルそっくりの顔立ちなのね」
「ううん、違う。元々顔立ちはそっくりだったよ。だってヴォルさんはヴォルデモートの関係者なんだからね」
「それって血縁関係とか…かしら?」
「う〜ん、そんなとこかな?」

当たらずとも遠からずだろう。
肉体上の繋がりは全くなくても、精神的な繋がりは今もあるだろうから…。
それはとてもとても薄いものだろうけれど。

「そのあたりはいずれ本人に直接聞くことにするわ。でもまずは……」
まずは…?

気を引き締めたようなハーマイオニーの表情。

「『例のあの人』の名前を恐れずに言えるようにならなければ駄目ね。彼も、ハリーもも、『例のあの人』の名前を恐れずに言っているもの。心で負けては駄目だわ、何に対しても」
「グレンジャー…」

そう言えるハーマイオニーの方こそ強いのだと思う。
が「ヴォルデモート」の名を軽々と口に出来るのは恐れを全く抱いていないからだ。
今は力が全くない闇の帝王を恐れてどうする。
は彼の恐ろしさも偉大さも全く知らない。

、ロンやフレッド、ジョージは私がなんとかごまかすのを手伝ってあげるわ。けれど、ハリーにはきちんと話すべきよ。ハリーは私より事情に詳しいんでしょう?」
「うん、そうだね。話さないと納得してくれないだろうね…」

それはハリーの視線からも感じていた。
ハーマイオニーに話した事情はハリーは全て知っている。
けれども、どうして編入してきたのかという疑問が大きく残っているだろう。
それに明確な答えをは出せない。

「大丈夫よ。ハリーも彼がをとても大切に思っていることは知っているから…」

ぱちんっと片目をつぶるハーマイオニー。
楽しそうなハーマイオニーに、一体ヴォルは彼らに何を話したのか気になってしまう。
にとって悪いことではないだろうとは思う。


でも、今年も何かしら異変が起こるんだろうな…。


ヴォルの編入から始まり、この1年間は初っ端っからの知る未来とはズレはじめていた。