アズカバンの囚人編 3
しばらくして外の風景が雨に変わるのが見えた。
途中車内販売が来て、ハリーがいくつかお菓子を買う。
それを皆で分けて食べあっていた。
ガタ…ガタン
列車に軽い揺れを感じた。
を除いた3人はお互いに顔を見合わせる。
窓の外を見れば、列車は止まっていた。
まだホグワーツには着いていないのに…。
「どうして止まったんだ…?」
「まだ、ホグワーツには着いていないのに…」
「おかしいわね…」
3者3様の言葉。
次の瞬間、ふっと明かりが突然消える。
あたりは真っ暗だ。
「え?!!嘘だろ?」
「まさか、何かあったんじゃないのかしら…?」
「ちょっと他のコンパートメント見てきたほうがいいかもしれないよ」
恐らくハリーが立ち上がったのだろう音が聞こえた。
は一度目を閉じる。
列車が止まった原因は分かっている。
吸魂鬼が来たのだ。
心なしか列車内の空気も冷たくなってきているような気がする。
『視界よ開け…。』
小さく呟き、は目を再び開く。
意思を込めた言葉は力となり現実となるの力。
きちんと効果を思い描いていれば、身近な言葉で力は発動する。
の目に映ったのは、薄暗いが明かりがあった時と変わらないようなコンパートメントの中が見えた。
がたがたっと音がしてコンパートメントの扉が開く。
ハリーが開いたのではない、外からだ。
「ごめん、今のどうなってるか状況分かるかな…って痛っ!」
「あ、ごめん。その声ネビルだよね?」
コンパートメントの扉を開けたのはネビル。
同時にコンパートメントから出ようとしたハリーとぶつかってしまったらしい。
2人とも見えない暗闇の中を手探り状態なのだが、見えているとしては少し可笑しい。
だが、ここで笑ってはいけない。
「僕達にもよく分からないけど…、とにかくあまり動かない方がいいよ。座っていよう、ネビル」
「うん、そうだね」
ゆっくりとハリーがネビルにコンパートメントの席を勧める。
上手く座れなくて転びそうになっているのが見えて、は手を伸ばした。
「ここが席。分かる?ネビル?」
ぽんぽんっと座席を叩いて教える。
「え?もいるの?」
「うん。ここにはポッター君とウィーズリー君、あとグレンジャーとリー…じゃなくて新しく先生になるルーピン先生がいるよ」
「新しい先生?!」
驚いているネビルを何とか座らせる。
先生がいることで驚いたが安心したのか、ネビルは素直に座った。
「私、やっぱりじっとしていられないわ。ちょっと前の車両を見てくる!」
「え?ちょっとグレンジャー…!急に動いたら危ないよ」
立ち上がるハーマイオニーを見て、は慌てた。
何しろコンパートメントの入り口にジニーが見えたからだ。
ハーマイオニーもジニーもまだこの暗闇に目は慣れていないだろう。
お互いが見えないままではハリーとネビルの二の舞だ。
しかし、ハーマイオニーは言葉だけでは止まらない。
「グレンジャー」
ぐいっとはハーマイオニーの腕を引っ張り、中に入ってこようとしたジニーの肩をぽんっと叩く。
「?」
「きゃっ!」
ハーマイオニーのきょとんとした表情と、驚いたジニーの声。
2人がぶつかり合うのはなんとか阻止できたようだ。
「もしかして、その声ジニー?」
「あ、ロン!」
流石兄妹、声だけで分かるようだ。
ジニーの声がほっとしたような安心した感じに聞こえた。
急に真っ暗になって不安だったのだろう。
「、もしかして見えてるの?」
「え?あ…、まぁ、目が慣れてきたから少しだけね」
ジニーの声が真正面とも言えるところで聞こえてきたから、ハーマイオニーはジニーにぶつかりそうだったと気付いたのだろう。
はそれを止める為にハーマイオニーの腕をひっぱった。
「もう、どうなっているの…」
「ジニー、とにかく座れよ」
「え、うん…、でもどこに…?」
「こっちが空いてるよ、ウィーズリー。グレンジャーも座ってて、他の車両の様子なら僕が見にいくから」
ジニーの腕を引っ張って座らせ、ハーマイオニーも座らせようとした。
しかし、ハーマイオニーは座ろうとしない。
「私も行くわ。1人じゃ危ないもの」
「僕、そんなに頼りなく見える?」
「そうじゃないわ!は1人で無理しそうだもの!見張りよ!」
「そうだね、1人じゃ心配だよ」
「ハーマイオニーが着いていれば安心だ」
「って無理するの好きみたいだしね」
「私もそれは同意する」
無性に虚しくなった。
ハーマイオニーの意見にハリーだけでなく、ロン、ネビル、ジニーまでが同意を示したのだ。
結構ヘコむ。
ぞわ…
諦めてため息をつきかけただったが、一瞬寒気が襲う。
来た…?!
冬の寒い冷たさではない。
空気が凍りつくような…恐ろしい寒さ。
心なしか吐く息も白く見える。
窓が白く凍りつきはじめ………凍えるような僅かな風。
「な…に……?」
震えたようなハリーの声が聞こえた。
コンパートメントの扉を背後としていた、はゆっくりと振り返る。
思ったよりもすぐ側にいた。
頭と思われる部分を黒いローブで覆った成人男性くらいの大きさのモノ。
顔立ちも体つきも幻のような感じに思えるのに、まとう寒さが現実味を帯びている。
まるで人のような手を2本持ち、その手は血の気の全く感じられない灰色帯びた色。
こんなにも近くで見たのは初めてだ。
見ているだけで不快な気分になってくる。
が恐怖に彩られることがないのは、力で心を防御しているからにすぎない。
これが吸魂鬼…。
「!」
名前を呼ばれてはっとなる。
ぐいっと腕を引かれて、が見たのは銀色の光だった。
自分の体は何故かリーマスの腕の中。
リーマスがいつの間にか起きて、をひっぱり守護霊の呪文を唱えたのだろう。
銀色の光に吸魂鬼が怯む。
「ここにシリウス=ブラックはいない!去るんだ…!」
初めて聞いたリーマスの本気で怒った声。
銀色の光は尚も放ち続ける。
吸魂鬼はその光が嫌いなようで、するすると…名残惜しそうに後退していった。
吸魂鬼の気配が消え、周囲の空気も冷たいものから本来の暖か目のものに戻る。
消えていた明かりも灯った。
リーマスのほっとしたため息が上から聞こえてくる。
「大丈夫かい?」
「あ、うん。全然平気」
吸魂鬼に一番近い位置にいた。
それでも影響は全くない様子にリーマスは少し驚いていた。
それはそうだろう。
このコンパートメントにいた子達は、殆ど声も出ないほど怯えきっていたのだ。
「ハリー?!」
ロンの慌てたような声。
やはりというか、ハリーだけが座席の上に倒れるようにして気絶していた。
ロンがハリーの肩を心配そうな表情でゆすっている。
ハーマイオニーもハリーに駆け寄って心配そうに見ていた。
「…う…ん」
ハリーの意識が戻る。
うっすらと瞳を開けて周りをみまわす。
「一体何が……?アレは何?それとあの叫び声は誰が叫んだの…?」
「ハリー?叫び声って…誰も叫んでなんかいないよ」
ハリーの呟きにロンが答える。
リーマスがそんなハリーの様子に懐からチョコレートを取り出す。
ぱきんっと板チョコを割ってハリーに差し出す。
「とにかくこれでも食べて落ち着きなさい、ハリー」
「え?あ…ありがとうございます」
リーマスは穏やかな笑みを浮かべて、ロン、ハーマイオニー、ネビル、ジニーにもチョコレートを差し出す。
にもチョコを差し出そうとしたが、はそれを制す。
「僕は平気だよ。それより、リーマスはやることあるでしょ?皆はもう大丈夫そうだからさ」
「そうかい?じゃあ、頼むよ。私は運転士と話をしてくる。吸魂鬼がこんなところまで来るなんて聞いてないからね、ちゃんと納得のいく事情を話してもらわないと。」
ふふっと笑ったリーマスは先ほどの吸魂鬼より怖い。
運転士の不幸を知りながらも、はそのままリーマスを見送った。
吸魂鬼より怖いリーマス。
流石だ。
リーマスの向かった方向を見ていたが、ハリーに視線を移す。
どこか不安そうな表情でチョコレートをかじるハリーがいる。
ロンもハーマイオニーすらも顔色は悪い。
勿論、ネビルもジニーも顔色は真っ青だ。
しかし、それにも増して、ハリーが一番ショックを受けているように見えた。
それは自分だけが気絶したからなのか、吸魂鬼の影響を受けたせいなのか…。