黒猫と黒犬とノクターン横丁 13
ルシウスとともに現れた男性は初老と言っていいのだろうか。
いや、初老と言うにはまだ若そうだ。
きっちりとした銀髪の蒼い瞳の少しキツそうな印象の男だ。
周囲の人たちを睨み据えているからキツそうに見えるのか…。
ルシウスと男は迷わずにシェリナの方へと向かってきた。
の姿に気付いたルシウスが、僅かに笑みを浮かべたのが見えた。
「ナルシッサの趣味か?よく似合う」
「はぁ…ありがとうございます」
からかうかのような口調。
ルシウスのことだ分かってて言っているのだろう。
としては困ったように苦笑するだけ。
果たしてこの格好が似合うと言われて喜んでいいものか。
今のは少年の姿なのだから…。
青年はシェリナの方をじろっと見る。
「こんばんは、バーテミウス様」
「今日も邪魔して悪いな…、黒の花嫁?」
「貴方にその呼び方をされたくはありませんわ」
すぅっとシェリナが目を細めて男を見る。
「バーテミウス」という名前には首を傾げる。
聞き覚えのない名前…?
バーテミウス………バー……バーティ?
あれ…どこかで聞いた覚えが…。
バーティ、……クラウチ…さん?
「国際魔法…協力部のクラウチ部長…さん?」
だったような…。
流石に2年も経って覚えてられるほど私は記憶力はよくないけれども、きっとこれも「時の代行者」としての力の一部なんだろうな…。
の言葉にバーテミウスの視線が鋭くなる。
視線の鋭さにびくっとなる。
流石に貫禄がある相手に睨まれると恐いものだ。
いや、ルシウスに睨まれても恐いのだろうが…生憎睨まれたことはない。
見下されたことはあるが…。
「君は誰だ?」
低い声。
けれど、聞いていて気分が悪くなるような声ではない。
「はじめまして、クラウチさん。僕は…いえ、=と言います」
軽く頭を下げたにバーテミウスは僅かに目を細めた。
お辞儀の習慣はここにはないのでそういう反応はよくある。
だが、彼は違ったようで…。
『こちらこそ。君?その名前は日本では女性の名前だったような気がするが…?』
バーテミウスの口から出てきた言葉には思いっきり目を開いた。
言葉の意味にではない、言語にだ。
は普段はすっかり忘れているが、普段話しているのは英語だ。
「時の代行者」としての知識が頭の中に入り込んだ時、英語が日常会話の言語として認識されているから話すのに違和感がないだけである。
勿論日本語が話せなくなったわけではない。
『私の日本語はどこかおかしいかね?』
『い、いえ。とても綺麗な発音です』
『それはよかった。では、君は知っているようだが…私はバーテミウス=クラウチという。魔法省国際魔法協力部所属だ』
僅かに笑みを見せるバーテミウス。
笑みを浮かべるととても優しそうな人に見える。
雰囲気が先ほどとは、がらりっと変わるのだ。
そういえば、この人は200ヶ国語できるんだっけ…?
は自分の知っている限りの知識を思い出す。
日本語が話せてもおかしくはないだろう。
『よく、僕が日本人だと分かりましたね』
『東洋系の顔立ちで国は絞られるだろう?あとは名前の発音で国が分かっただけだよ。日本人で間違いないのか?』
『はい、僕は日本人ですよ』
にこっとも笑みを返す。
久しぶりの日本語に懐かしいと同時にどこかほっとする。
バーテミウスの日本語は本当に上手だ。
普通の日本人が話すように流暢なもの。
『君は純血なのか?』
そのまま日本語で尋ねてくるバーテミウス。
はすっと笑みを消してゆっくりと首を振る。
『いえ、僕はマグル出身ですよ。それが何か…?』
『いや…。そうか、それなら……』
バーテミウスは何か考えるような仕草をしてからルシウスを見る。
その表情は苦いものだ。
「ルシウス……どういうつもりだ。彼が証明になるとでも言いたいのか?」
バーテミウスがルシウスに向ける視線は冷たいものだ。
ルシウスは冷たい笑みを見せる。
は何のことだか分からない。
どうしてが証明になるというのだろうか…?
「別にそんなつもりではないが…?でも、言っただろう、バーテミウス?このパーティーは決していかがわしいものではなく、ごくごく普通のパーティーだと」
「どうだか…、この程度のことで私は疑いを消したりはしない」
「その無駄な努力はやめたほうがいいのではないかね?」
くくくっと笑うルシウス。
その会話からはなんとなく判った気がする。
バーテミウスは恐らくマルフォイ家のこのパーティーや、集まりが闇の陣営の何かに関係あるとでも思っていたのだろう。
純血一族の集まりなのだから…。
そこにマグル出身のがいるということは、このパーティーは決して闇の陣営に関係するものではないということの証明になる、ということなのだろう。
あれ?でも…。
クラウチさんは国際魔法協力部所属、闇の魔法使いの取り締まり関係は「魔法法執行部」だから、あまり関係ないんじゃ…。
そうは思ったものの、口には出さない。
「無駄な努力…確かにそうかもしれない。けれど、『例のあの人』に関しては部署など関係なく魔法界全体の問題になるのだよ、ルシウス。疑わしきは罰せよ、だ」
「その慈悲のカケラもない君の評判は聞いている。だが、私の周りをかぎまわってもなにもでてこないと思うが?」
まるで狐と狸の化かしあいのようだ。
互いが何かを知っていながらも決定的なものがないから言い切れない。
そんな感じに思える。
「小父様もバーテミウス様もそのあたりしたらどうかしら?せっかくのパーティーですもの。楽しまなくては勿体無いですわ」
にっこりとシェリナが2人の制する。
シェリナの言葉にルシウスは冷めた笑みを浮かべて口を閉じた。
「そうだな。せっかくの招待だ、精々楽しませてもらう」
バーテミウスはふっと笑みを浮かべてルシウスから離れていく。
シェリナはそんな彼を冷たい視線で見ていた。
はシェリナのそんな視線を見たのは初めてだ。
やはり、彼女も闇の者なのだと見せ付けられたような感じだ。
「まったく、誰が招待したのかしら……」
ため息交じりの声。
「大方金でプライドを捨てた誰かだろう。あれも今は国際協力魔法部だ、魔法法執行部にあれの信奉者まだいるとはいえ、決定的な証拠がなければ動けないだろう。そういうやつだ、変にプライドが高い」
「ルシウス小父様と少し似ていますわ」
「そうかね?」
「ええ」
くすくすっと笑うシェリナ。
先ほどの冷たい視線はもうない。
はバーテミウスの方を見ていた。
久しぶりの日本語を話せたからなのか、彼の行く先を知ってしまっているからなのか…。
「そういえば、」
にっこりとシェリナが笑みを向けてくる。
「はい?」
楽しそうなその笑みに裏がありそうだと思うのは気のせいだろうか。
この手のタイプの笑みはどんな時でも嫌な予感がしてしまう。
油断しているととんでもない爆弾を落とされてしまう。
「””って名前、の国では女性の名前なの?」
「…げほっ!!!」
思わずむせてしまう。
はひとまず息を落ち着けてシェリナを見る。
ちらりっとルシウスの方にも視線を向ければ興味深そうにを見ているのが分かった。
「リ、リロウズ先輩…日本語できるんですか?」
日本語は比較的習得するのに難しい言語だと思っていたから、今のバーテミウスとの会話も分からなかっただろうと思っていた。
だが、純血一族を甘く見てはいけないということなのだろうか…?
教養に関しても一流。
「あたしは母国語はもとより、フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語、日本語が出来るわよ。勿論ルシウス小父様も」
6ヶ国語…。
なんか、世界が違う気がする。
「ドラコは日本語だけはできないけれど…。独特な文法で少し難しいのよね」
私からすれば英語の習得の方が難しいです。
今はこうして話すことはできるけれど、それは代行者としての知識のお陰だし。
ここに来る前はさっぱりだったから…。
「それで、どうなの?」
「え?な、何がですか?」
「””って名前が女性の名前だって言うのv」
「………そ……。」
「そ?」
「そんなこと、どうでもいいじゃないですか」
突っ込まないで欲しい。
日本人ならば、「」という名前は女性のものだとすぐわかるだろうが、他の国のひとならば分からないだろうと思っていたら普通に本名を名乗っていたのだ。
2年間、誰もおかしいとも思わなかったようだし。
「まぁ、いいわ。これ以上聞かないであげる」
にっこりと浮かべられた笑み。
どうして、こうスリザリンの方々は突っ込んで欲しくないところを突っ込んでくるのか…。
はこっそりとため息をつかずにはいられなかった。