黒猫と黒犬とノクターン横丁 5
とりあず大人数での脱獄は目立つと言うことで、シリウスは犬になり、ヴォルは猫になり、ジェームズは本の中へと戻った。
猫のヴォルはの肩に乗っている。
最初はシリウスの背中は…?とが提案したが、双方ともかなり嫌がって却下となった。
アズカバンから抜け出すのは意外と簡単だった。
看守を吸魂鬼としているアズカバン。
吸魂鬼に見つからなければ、見つかっても吸魂鬼の影響を全く受けない状態ならば逃げ切ることはそう難しくない。
影響を受けない相手に対して吸魂鬼自体も興味をなくすようなので、かなり楽だった。
うようよ吸魂鬼がいる中を、達は堂々と出て行ったのである。
「この辺りまでこれば大丈夫かな…?」
遠く見えるアズカバン。
ここから見えるのは影のみである。
歩いてきたのではなく、さくっと空間転移の繰り返しだ。
魔法でないの力は魔法省などには感知されない。
「とりあえず、シリウスさんの服とあと食料をどうにかしないといけませんよね」
ちらっとシリウスの方を見てみれば、シリウスは犬の姿から人の姿に戻ろうとしていた。
ヴォルもの肩からひょいっと下りて人の姿へと変わる。
「こんなヤツに服など必要ないだろう?放っておけ」
「え?でも…」
「ブラック家の遺産は全てコイツのものだから金だけならば腐るほどあるはずだ。グリンゴッツは犯罪者だろうがなんだろうが、その金庫の持ち主であれば躊躇いなく案内してくれるさ」
ヴォルはシリウスを見下すように見る。
シリウスも負けじとジロリっと睨む。
ヴォルは誰に対しても比較的そっけないが、シリウスに対してはかなり酷い気がするのはの気のせいだろうか。
「言われなくても頼るつもりなんかねぇよ。いちいちムカつくな!」
「殺されなかっただけありがたいと思え。ブラック家のシリウス?」
「てめぇ!!」
「ちょ…!」
ヴォルに飛び掛ろうとするシリウスをはしがみついて止める。
しかし、がしがみついただけでシリウスが止まるはずがない。
囚人生活が長いとはいえ、シリウスは成人男性でありは普通の成人女性程度の力しかないのだ。
ヴォルが反射的にすっと杖を構えて、シリウスはぴたっと止まった。
「ヴォルさん!喧嘩ごしにならないで!それからシリウスさんも!」
は大きなため息が思いっきりこぼれてしまう。
「ジェームズさん…、大人しくしてないで何とかしてくださいよ」
シリウスにしがみついたまま、はため息混じりに呟く。
険悪すぎるこの2人をどうすればいいのだろうか…?
「いやいや、。僕は存在していない人間なんだから介入すべきじゃないことだよv」
にこにこ笑顔でひょいっと現れたジェームズ。
「なんでそんな嬉しそうなんですか…」
ヴォルとシリウスの険悪ムードを楽しんでいるようにしか見えないジェームズである。
もう本体が死んでしまっているからなのか、なんでも明るく楽しくがモットーのように思える。
ジェームズは一言そう言うとすうっとすぐに消えてしまう。
本当に関わる気はないようだ。
「とにかくシリウスさん、服をどうにかしましょう。ダイアゴン横丁では無理ですがノクターン横丁ならば構わないはずですから…」
「ノクターン横丁……だ?」
シリウスが顔を顰める。
はしがみついていたシリウスから体を離す。
とりあえず今のところヴォルに襲い掛かることはないだろう。
「お前…そういえば誰だ?どうしてジェームズの記憶の本を持っている?何者だ?」
少しばかり問い詰めるのが遅い気がするが、さすがにアズカバン牢獄でそんな話をするわけにはいかないからなのか…。
はシリウスをまっすぐ見る。
「僕の名前は…じゃなくて、=」
「…?」
シリウスにとってみれば、勿論知らない名前だ。
「ジェームズさんは決して貴方のせいだとは思っていませんよ」
「だから…脱獄に手を貸したのか?」
は頷くかどうか迷った。
シリウスを脱獄させたのは、彼が今脱獄すべきだから…。
ここで頷けばシリウスは信じるだろう。
しかし、その無言が否定だとシリウスは思う。
「…他の理由があるんだな…。何の為だ?何の利益があってこんなことした?」
まっすぐ見てくるシリウスには嘘を言うことはできなかった。
はそんな瞳対して平然と嘘をつけるほど大人ではない。
「ごめんなさい…。理由は言えません」
は顔を伏せる。
「言えない…だと?」
シリウスの顔が顰められる。
言えずにどうしてアズカバンから脱獄させようというのか。
理由もなしにそんなことをする人などいるのだろうか。
「オレを助けたのは新聞か何かでオレの脱獄失敗を見ての慈善活動のつもりか?あ?!」
シリウスはがしっとの胸倉を掴む。
は首を少し絞められる感覚に顔を顰めるだけ。
何も言い返さない。
「それともヴォルデモートの命令でオレを嘲笑う為にやったのかよ?!!」
「…っ!!」
シリウスの力での体が僅かに浮く。
は苦しさで口をかみ締める。
「手を離せ、ブラック」
ぴたりっとヴォルが杖をシリウスの首に当てている。
「ああ?」
「俺は手を離せ…と言っただろう?聞こえないのか?それとも意味が理解できないほど知能が低下したのか?」
「何だってぇ?!!」
シリウスはを離してヴォルを睨む。
はヴォルに飛び掛りそうなシリウスを掴む。
「ヴォルさん、喧嘩売らないでよ」
「別に俺は喧嘩を売ってるわけじゃない。に危害を加えようとするからそいつを排除するだけだ」
「ヴォルさん……」
はため息をつく。
「シリウスさん」
「何だよ」
シリウスはを睨む。
全くを信用していないようだ。
気持ちは分からないでもない。
「僕はデス・イーターでもありませんし、ダンブルドアに頼まれたわけでもありません。僕がそうしたいと思ったからここにいるんです。シリウスさんは、何かすべきことがあるから脱獄しようとしたんですよね?」
「そうだ、オレは………あいつを…!」
「僕はそれについて問い詰めることはしません。好きなように行動していただいても構いません。脱獄という手段をとった以上、魔法省からの貴方への追求の手は厳しいものになります」
「それくらい分かってる」
「貴方が魔法省に捕らえられない為に手助けはします。ですから、好きなように動いてください」
シリウスは復讐のために脱獄をしようとしていた。
しかし、ジェームズがそれを望まないことはは分かっている。
だが、は未だに心に引っかかっていることがある。
それはジェームズとリリーのこと。
1年前の事。
「本当は、貴方のすべき事を見逃すのはよくないことかもしれません。きっと、ジェームズさんもリリーさんも喜ばないと思ってます。でも、僕は何もしなかったから……知ってて何もしようとしなかったから…」
今でも、後悔をしている。
「、お前まだ…」
ヴォルの呆れた声が聞こえる。
そうは言われてもそう簡単に吹っ切れるものではないのだ。
「この時期に貴方を脱獄させたのは他の理由があります。でも、あの時何よりも…何も出来なかったから僕の自己満足でもあるんです」
シリウスのを見る目が少し柔らかくなる。
のシリウスへの視線が真剣なもので嘘がないと思えるからだ。
シリウスの右手がふっとの頭へと触れる。
「あの時…とかよく分からねぇけどよ。お前が悪いヤツじゃねぇことは分かったよ。悪かったな…」
ぽんぽんっとそのままの頭を撫でるように軽く叩く。
は少し悲しそうにシリウスを見上げ、悲しげな笑みを向けた。
知らないからそんなふうに言えるのだとは思う。
が過去に行ったことを…。
「僕は過去に行った事があるんですよ?その時、ジェームズさん達のことを知っていながら何もしなかったんですよ?それでも…」
過去に飛んでジェームズ達と会った。
その後何が起こるかわかっていては何もしなかった。
そのことを言っているのだ。
ぺしっ
シリウスは軽くの額を叩く。
シリウスがの短い言葉で本当にの言いたいことが理解できたかどうかは分からない。
けれども、シリウスはの言葉を信じたかのように言葉を紡ぐ。
「あの時ってそれか?あの時は……元々オレのせいだよ。お前が気にすることじゃねぇ…。それに未来の人間を巻き込むような親友をオレは持った覚えはねぇよ」
は驚く。
リーマスと同じようなことを言うのだから…。
どうしてこんなに優しいのだろう。
ジェームズすらもを責めることなどしなかった。
「オレがアズカバンにいるのは…オレ自身の罪の贖罪の為だ」
シリウスはふっと顔を歪める。
それはどこか泣きそうな笑み。
きっとシリウスは、自分が生きる人生全てをアズカバンで生きることで贖罪とするつもりだったのだろう。
そう、ワームテールが生きていると知ることがなければ…。
「だが、今のオレにはやるべきことがある…。その為には、どんなことでもするつもりだ」
そうつぶやいたシリウスの声は低く怖いと思えるほどだった。
はそれを悲しげな表情で見ることしか出来ない。
止めることは出来ないのだ。
知る未来の通りにするためだからとかじゃない…。
私にはこの人を止めることは出来ないよ。