黒猫と黒犬とノクターン横丁 3
アズカバンの牢獄は外見からして近づきたくないような所だ。
どこにあるのかは知らない。
ヴォルのあとをついてきただけだからだ。
途中までは目くらましの魔法をかけつつ箒で近づき、あとは歩いて近づく。
と言っても、歩いて行くのでは時間がかかるので、ヴォルには抱えられ、ヴォルは魔法を使って飛ぶように歩いていった。
勿論、基本的に魔法界でのの姿は少年の姿なので、少年の姿になっている。
かつん、かつん…
足音が牢獄の中で響く。
沢山の牢獄が並ぶ廊下、人影は殆どない。
薄暗い明かりのみがぽつりぽつりっとあるだけ。
「見張りとか…いないんだね」
小さな声では呟く。
人影は寧ろ皆無と言っていいだろう。
こんなんでいいのだろうか…?
「ここの見張りは全て吸魂鬼だ。中には人間もいるがな…、吸魂鬼に近づけばどうなるか…普通は理解している。多勢の吸魂鬼に囲まれて逃げるすべなど殆どない」
人の負の感情のみを引き出し、幸せな気持ちを全て奪い取ってしまうという吸魂鬼。
「でも、それじゃあ、吸魂鬼の影響をあまり受けない人にとっては見張りにもならないんじゃ……」
「ああ、そうだろうな…。だからこそ、デス・イーターでここにいる者達の中には逃げようと思えば逃げられるやつもいる」
「そうなの?」
の問いにヴォルは頷く。
じゃあ、何のために牢獄にいるのか…?
牢獄暮らしは決していいものではない。
監禁生活なのだから。
「信じているんだろ。いや、確信してるだろうな、いずれヤツが復活を果たすということを。自分達は、ただそれを待っていればいいだけだということを…」
主が再び魔法界を恐怖に陥れる時代が来るのを待っている。
いつになるかは分からないが、必ず来ることを確信している。
「そうさ、あたしらは信じているんじゃなくて確信しているんだよ」
女の人の声がしては声の方を振り返る。
確かに並ぶ牢獄の中に囚人はいるだろう。
それでも、囚人達が話しに耳を傾けているとは思っていなかった。
動く気配すらしなかったはずだった。
少し離れた牢獄の隙間から1人の女性が見える。
「誰…ですか?」
警戒したようには彼女を見る。
黒く長い髪は腰までの長さになっており、ローブや服はボロボロだ。
随分長いこと牢獄にいるのだろう。
瞳の色は薄暗い為にはっきりとはわからないが、ダークブルーの瞳に見える。
不適な笑みを浮かべたその顔立ちは、元はかなり整っていただろうことが分かる。
「あたしかい?分かると思うだろうけど、あの方に忠誠を誓った一人さ。この辺りは全てあの方の忠実な部下がいる牢獄ばかりだよ」
は彼女の方に近づこうとするが、ヴォルに腕を捕まれる。
彼女はヴォルの姿に初めて気付いたようで、驚いたようにヴォルを見ていた。
「あんた…誰だい?」
ふっと笑みを浮かべて彼女はヴォルを見る。
ヴォルはすっと目を細める。
「俺は俺だ。お前に何の関係がある?」
「関係はないさ。けど、もしかしたら関係があるかもしれないだろう……?トム=リドル?」
ヴォルの視線がさらに冷たくなる。
彼女もデス・イーターのようだから、リドルの顔を知っていてもおかしくない。
今のヴォルの顔立ちはリドルの少年時代のものだが、成長した姿から少年の姿を想像することくらいは可能だろう。
「おしゃべりが多いのは相変わらずだな、ベラトリックス?」
冷めた声が響く。
はワケが分からずヴォルと彼女…ベラトリックスを見比べる。
ヴォルがベラトリックスのことを知っていてもおかしくはないだろう。
「あたしのこと知っている、トム=リドルであることを否定しない。…あんた、本当に誰だい?あの方はまだ復活していないはずだよ」
「お前には関係がないと言っているだろう?俺は闇の帝王ではない、お前が仕える主でもない」
睨み合う2人。
「ヴォルさん」
はヴォルをたしなめる様にヴォルの袖をひっぱる。
いくら人影がないからといって、こんなところで囚人と立ち話はよくないだろう。
の声にベラトリックスの視線がへと移る。
「あんたは、誰だい?」
「僕は、=だよ、ベラトリックスさん?」
にこっとは笑みを浮かべる。
が笑みを浮かべたことにきょとんっとするベラトリックス。
だが、すぐに声を上げて笑い出した。
「あはは…、あんた、?変わってるね……」
「そうですか?」
あなたの方がよっぽど変わってますよ。
「あたしはデス・イーターだよ?普通は恐れるとか憎むとか怖がるとかするもんじゃないのかい?」
「怖くはないです、ただ……」
「ただ?」
は知っている。
たしか彼女だったはずだ、ネビルの両親を植物状態にするまで痛みつけたのは…。
「貴女にも貴女なりの考えがあるんだと……僕は思いますから…」
だって恨むこともあるし怒ることもある。
けれども、誰かを傷つけられてしまった時は何も出来なかった自分が許せない気持ちがいつも大きい。
そして、憎しみよりもきっと悲しみの方が大きい。
「やっぱり、あんた変わってるよ」
ベラトリックスの手が伸びての腕を掴む。
ぐいっとひっぱられ、は驚いた。
「わっ…?!」
牢からそう離れた場所にいたわけではない。
一度を止めたヴォルの手は、の腕からとっくに離されていたために止めるものもない。
「久しぶりの人の体温だね」
「あ、あの…?」
腕を捕まれたまま、はベラトリックスを見上げる形になる。
近くでみれば、やはり彼女はとても綺麗な人だということが分かる。
デス・イーター…もしくは純血主義の人たちは、やはり綺麗な人が多いのだろうか…?
「あんたは『穢れた血』かい?」
すぅっとベラトリックするは目を細めてを見る。
は慌てることなく頷く。
ベラトリックスが腕を握る手に僅かに力がこもってくる。
「魔法が使えなくてもね、人を殺す手段なんていくらでもあるんだよ」
「そうですね」
「怯えて命乞いはしないのかい?」
もう片方の手で、の胸倉を掴んで引き寄せる。
ヴォルは手を出さずに見ているだけである。
「あんたは、この子が大切じゃないのかい?」
面白そうな口調でベラトリックスはヴォルに尋ねる。
ヴォルは笑みを浮かべながら…
「がお前程度にどうにかなるほど弱くはないさ」
「おや、随分と評価しているんだね」
「俺がどんな時も守らなければならないほど弱いならば、こんなところには来させてないさ」
「なるほどね」
ベラトリックスは笑みを浮かべたまま、を引き寄せての唇に軽く自分の唇を押し当てた。
それは一瞬だけのことであり、すぐにがばっと離れる。
掴まれていた腕も離れて、思いっきり後ずさる。
「な、な、な……!!」
口元を腕で隠しては顔を赤くしながらベラトリックスを見る。
「何するんですかー!!」
の反応に笑い出すベラトリックス。
相手は女性だ。
男相手のキスは何度かあったが、女の人相手ははっきりってこれが始めてだ。
普通あまりない経験だが…。
「やっぱりあんた面白いよ、。気に入った」
「気に入らなくても結構です!会ったばかりで気に入ったとか気に入らないとか決めないで下さい!」
「大丈夫だよ、あたしはルシウスみたいに、気に入った相手をいじめるようなことはしないからさ」
「ルシウスさんの場合は、いじめるっていうレベルじゃありませんけどね…」
はどこか遠い目をしながらぽつりっと呟く。
「あんた、ルシウスを知っているのかい?」
「ええ、ベラトリックスさんも知って…ってこれは愚問ですね」
同じヴォルデモートに仕える身であり、純血一族の者だ。
知らないはずはないだろう。
「興味深いね、あんたは…」
楽しげな笑みを浮かべるベラトリックス。
はそれを静かに見つめ返す。
その瞳には恐怖もなにもない。
ただ、まっすぐみつめる強い想いだけ。
「その瞳があたしは好きだね」
そう、は誰に対して同じように視線を向ける。
決して見下したり、侮蔑するような視線は送らない。
自分にどんな視線を向けられても、はまっすぐと視線を返すだけなのだろう。
その強い想いを込めた瞳が、人をひきつけるということに自身は気付いていない。