秘密の部屋編 70






『伝導の書』を大切に持って、はホグワーツ内を走る。
向かう先は勿論校長室。
恐らくダンブルドアとハリーが今頃話をしている最中だろう。
校長室へと近づくの耳に突然


どんっ!!


大きな音が聞こえた。
と思ったら、目の前でルシウスが吹っ飛ばされるのが見えた。


へ…?


は思わず間抜けな声を上げる。
丁度曲がり角のところで、ルシウスが吹っ飛んで前を通り過ぎた。
急いで駆けつけて、ルシウスが飛んできた方を見てみれば…そこにはハリーと屋敷しもべ妖精の姿。
恐らくドビーだろう。
ハリーはドビーと向き合って何かを話しているようでには気付かない。

はルシウスの元に向かう。
顔を思いっきり顰め、立ち上がりながらローブの埃を払う。

「大丈夫ですか?ルシウスさん」

苦笑しながらはルシウスを見た。
自業自得、と思う。
ルシウスが蒔いた種なのだから…。

「君か…」

ルシウスはに気づき、傷一つないの姿を見る。
驚いた様子もない。

「あまり、周りを甘く見ないほうがいいですよ」
「何のことかね?」
「いえ……別に」

がリドルの事へと話を向けてもルシウルはとぼけるだけだろう。
が、ルシウスが原因でリドルの日記がジニーに渡ったと知っていても、だ。
ルシウスは油断の出来ない怖い人だ。
のもつ『伝道の書』も、恐らく彼がなんらかの手段でリドルに情報を与えたか…だろう。

「貴方は……本当に狡猾ですね。今年は予想外の事ばかりでかなり慌てさせられましたよ。貴方にね…」

ファンダールの件を初め、今回の『伝道の書』。
たった一人、ルシウスが別の関わり方をしたということだけで、こんなにも事件は大きくなり、予想以上には疲れたと思う。

「それでも君は全く潰れていない」

ルシウスは面白いものでも見るようにを見下ろす。

「ええ、勿論です。僕は潰されるつもりはありませんよ」

ルシウスのやる事に全て打ち勝てるという確信などない。
けれども、それに負けるつもりは全くないのだ。
気持ちで負けていては勝てるものも勝てない。
だからはルシウスから目を逸らさずに見る。

「君のその目が私は気に入っている、

ルシウスの右手がすっと伸ばされの頬へと触れる。
視線が合わさる。
そのままルシウスの顔が近づいてきた。


…?」


後ろの方でハリーのの名を呼ぶ声が聞こえた気がした。
けれどもはそれどころではなく、今の状況に頭が真っ白になっていた。
重なったのは冷たい唇。
目を閉じることなく互いの顔を見つめている。
ルシウスの方は目を僅かに細めてはいるが…面白そうに口元に笑みを浮かべて、再び…今度は深くに唇を重ねた。


っ…!!

ドンッ!


は反射的にルシウスを突き飛ばす。
自分の手で唇をぬぐいルシウスを睨む。
の力とルシウスの力の差など歴然としているが、もとよりが逆らえばルシウスは離れるつもりだったのだろう。
思ったよりも簡単にルシウスは離れた。
それも楽しそうな笑みを浮かべながら…。

この人は…っ!!

少し泣きそうな表情ではルシウスを睨んでいた。
ヴォルに同じことをされた時は嫌じゃなかった。
リドルとの触れ合うだけのキスも驚いただけだった。
セブルスとの口移しで薬を飲まされた時も、こんな気持ちにはならなかった。


どういう……つもりなんですか。


声を低くしては尋ねる
表向き、は少年として過ごしている。
ドラコの以前の言葉から、別にルシウスはこういうことに抵抗がないのだろうが…。

私は別にこういう経験が多いわけじゃないけど…。
この人のキスは、冷たい。
あれは玩具をもてあそぶ様なものだということくらいは分かった。
あんなのは嫌だ…!

ルシウスはくくっと笑う。
を見る瞳は、どこまでも冷たい。

「気に入った相手に触れたいと思うのは変なことなのかね?」

その言葉には睨みをきつくする。

「貴方のその言葉の意味は…玩具に対するものと同じです。僕は…モノではありません。

怒鳴りつけたかった。
でも、ルシウス相手に冷静さを失うことがどれほど危険なことか分かっている。
例えここがホグワーツであり、校長室の側だとしても…。

「私にとってはモノも人も全て同じだ」
「…ええ、そうでしょうね」

はふぅっと軽く息をつき、今度はすぅっと無表情にルシウスを見た。

「だから僕は、決して貴方に負けるわけにはいきません。いえ…、貴方の阻む障害になど屈しませんよ」

この人は危険だ。
それは分かっている。
けれども、逃げるわけにはいかないから真正面から受け止める。

「それだから、君は面白いのだよ。…手紙は読んだのだろう?」

それは2年生の初めにドラコ経由で渡された手紙の事なのだろう。
は頷く。

「私からの課題はあと一つ、だ。こまごまとしたちょっかいはいつでも出すがな、…私を失望させるな」
「何度も言いますが、僕は貴方を楽しませるための玩具ではありません」
「その言葉は最後の一つを終わらせてからまた言いたまえ。その時は、君を対等に扱ってやろう」

ヴォルもそうだが、こういうタイプは基本的にその類の約束は破らない。
自分が認めたものへの敬意はきちんとはらうだろう。
律儀というかなんというか…。

「ええ、必ず貴方と対等になってみせますよ」

の表情と少し浮かべている笑みに、ルシウスの瞳に僅かに別の感情の色が宿った。
それはが気付けない程度のものだったが…。
笑みを浮かべたまま、ルシウスはばさりっとローブを翻してその場を去っていった。

絶対に負けない。
負けるわけにはいかない。

これが予想外のことであれ、はこれを乗り越えなければならない。
ぎゅっと拳を握り締める。
しかし、そこでふと気付く。

…何か忘れているような……。

確かルシウスに何か渡すものがあったような気がしている。
ルシウスの去った方を見て、は思い出そうとする。
ここには、ハリーとドビーそれからルシウス、この事件の決着を見るために来た。
そう、ドビーだ、ドビー。

『イレイズ』、ルシウスさんに返さないとならないんだった…。

たらりっと頬を汗がたれる。
ルシウスの課題だか試練だかが終わっても終わらなくても、近いうちにルシウスには会いに行かねばならないだろう。
一応人様のものだ。
長期間預かるのは気分的にあまりよくない。
返せるものならさくさく返した方がいいだろう。

意外とイースター休暇にノクターン横丁あたりでばったり会ったりしてね。
……いや、洒落にならないや。

にとってルシウスは苦手なタイプだ。
嫌いではない。
嫌いではないが、出来る限り関わりたくはない人物である。
なにしろデス・イーターである。
しかし、関わらないわけにはいかない先を感じて、は深いため息をつくしかなかった。