秘密の部屋編 68
リドルの姿が次第に薄くなる。
はそれに不安になるが、ヴォルがの頭をぽんっと軽く叩いた。
「悪いが、俺はポッター達に気を配れる余裕はないぞ?」
はヴォルを見る。
ヴォルが何を言いたいのか…。
はハリーにもジニーにも怪我をさせたくない。
ヴォルが彼らを守りきれないのならば…自分が守るしかない。
はハリーの元へ向かった。
「さて、リドル。昔の意思ある自分と融合するってのも変な気分だがな…」
ヴォルはいつの間にか手に持っていた日記を取り出す。
バジリスクとの余裕のない戦いでちゃっかり手にしているのがヴォルらしい。
「君は未来の僕…なんだね。世界ではヴォルデモート卿と言われている彼とは違う未来の僕の姿」
「ああ、そうだ。今の俺はがいてこそ存在できる」
「…。彼…違うね彼女は…僕にも大きな変化を与えたよ。君が知らない、この記憶があれば、……僕はヴォルデモートになる道など選ばなかったかもしれないのにね…」
「どういうことだ…?」
「君にはもうすぐ分かることだよ」
ヴォルには分からず、リドルには分かるもの。
それはリドルがを「」と呼ぶようになったことと関係があるのだろうか。
リドルは微笑む。
暗い闇など感じさせないかのように。
「今は…バジリスクを止める事が先決だ」
「勿論さ。を傷つけるサラザールの遺産なんて…」
リドルはの指輪を握り締め、ヴォルは日記をリドルの方に掲げる。
……そして白い光が辺りにあふれた。
かっ!!
光は一瞬の事。
その後現れたのはひとつの影。
「……必要ない…な」
すぅっとヴォルはバジリスクを見つめる。
フッと挑戦的な笑みを浮かべるヴォル。
しかし、目は全然笑っていない。
殺気すら浮かべている。
バジリスクと睨むようにヴォルは対峙した。
はハリーの元へと行き、バジリスクの動きをじっと見ていた。
こちらに矛先が来ても、すぐに対応できるように…。
ヴォルとリドルが融合したのは驚いたが…元が同じ人であり、ヴォルはこの間のイースター休暇では記憶などにしていくつかばら撒いてある魔力を回収した。
きっと、それと似たようなことなのだろう。
「ねぇ………だよね?」
後ろからハリーの呆然としたような声。
それはそうだろう、今のの姿をハリーは知らない。
けれど目の前で姿が変わるのを見てしまっては信じないわけにはいかない。
は苦笑しながらハリーの方を振り返る。
「うん」
ハリーが混乱しているだろうことは分かる。
ヴォルとリドルのことも含めて。
「なんで……その姿、どういうこと?…違う、それより…あれは誰?」
ハリーがヴォルの方に視線をはしらせる。
仇を見るかのような、困ったような視線。
が「ヴォル」と呼ぶ、リドルと融合した彼をハリーはどう見ていいのか分からない。
「あの声、どこかで聞いたことある…。そう、の猫……?」
「…うん」
は肯定する。
隠しても仕方がないだろう。
「ヴォルさんは、私の”猫”だよ」
「でも、ヴォルって…?なんでリドルと同じ姿なの?どうして?”ヴォル”って名前も!」
「ポッター君が言いたいことはよく分かる。でも、今は何も説明できない」
は少し強い視線でハリーを見る。
「ヴォルデモート」に両親を殺されたハリー。
ダンブルドアのように敵対しているヴォルデモートすらも、かつての生徒であったという立場を忘れないような人ならいい。
けれど、ハリーは「ヴォルデモート」を完全に敵として憎んでいる。
だから、ヴォルのことを話すことはできない。
そして、何よりも…都合のいいことかもしれないけれど、はハリーに嫌われたくはないのだ。
「何も話せないけれど…。ポッター君とウィーズリーは守るよ、絶対にね」
はヴォルとバジリスクの方へと視線を移す。
絶対に2人は守る。
「……」
ハリーは驚いたようにを見ていた。
と同時に、姿は少女のものだけれども…はで何も変わっていないということが分かった瞬間だった。
ヴォルは笑みを浮かべたまま『パーセルタング』を紡ぎだす。
『契約』を使うのには『パーセルタング』でないと意味がない。
『パーセルタング』を使えるという事は、継承者の証明でもあるのだから…。
『古の魔物、バジリスクよ、我が名はトム=M=リドル、サラザール=スリザリンの意思を継ぎし者である』
バジリスクはぴくりっと反応した。
バジリスクからしてみれば『契約』を使われるわけにはいかない。
ヴォルに襲い掛かろうとするが、ヴォルはバジリスクの攻撃を軽く避ける。
余裕すらあるように見える。
頭だけで突っ込むのが武器ではないバジリスクは尻尾も振り上げてくる。
それの振り上げた尻尾がとハリー達のところへと向かう。
ヴォルは慌てず、に視線を向けただけだった。
は軽く頷き、ハリーとジニーのローブを掴む。
『転移!!』
フッ
バジリスクの尻尾は空を切る。
はハリーと気を失ったままのジニーを連れて転移。
バジリスクの攻撃を何度かの転移で逃げたりする。
が転移を出来るのは、ヴォルがバジリスクをどうにかしてくれると信じているからだ。
の力にも限界はある。
いつまでもこうして逃げていられるわけではないのだから…。
『契約せし内容は、我に忠実なれ…。主に危害を加えし下僕には処罰を…、…バジリスク』
ヴォルがすっと杖をバジリスクに向ける。
『止まれ』
ぴたりっ
ヴォルのそのパーセルタングの一言でバジリスクの動きが石化したように止まる。
ぴくりっとも動かない。
「アクシオ!」
ヴォルが呪文を唱えると、おそらくハリーがバジリスクを刺した剣がヴォルの手におさまる。
これはハリーが組み分け帽子から取り出したゴドリックの剣。
剣を構えてヴォルはバジリスクの頭部へ飛び乗る。
そしてそのまま…剣を突き刺した。
刺さった場所から出るのは緑色の血。
『昔、俺は確かにお前の力を必要としていた。穢れた血を…そして憎きマグルを全て根絶やしにするために…』
パーセルタングでヴォルは言葉を紡ぐ。
『だが…、今の俺にとってそんなことはどうでもいい。お前が穢れた血をどれだけ殺そうがどうでもいいが……に手を出したことだけは許さない』
ずずっと剣が深く突き刺さる。
バジリスクがそれでも倒れないのは『契約』によるものか、それとも剣が突き刺さっただけでは大したダメージにならないのか…。
『サラザールの手で生まれた、バジリスク。サラザールの血を引く者の手にかかれることを光栄に思えよ』
くくっとヴォルは笑う。
うっすらと浮かべた笑みは暗いもので…ぞくっとさせるようなものだ。
ぐっと剣を握る手に力を込めて…ヴォルは魔力を叩き込んだ。
かっ!!!
緑色の光が満ちる。
呪文なんて必要ない。
外がいくら頑丈でも、内を強化することは時間がかかることなのだ。
剣を突き刺し、内側から魔力を送り込んで壊す。
すたんっとヴォルが床に足を付けた時には、もうバジリスクの姿は影も形もなかった。
欠片も残さずに……。