秘密の部屋編 59
結局校長室で待っていた桜花だったが、ダンブルドアは戻ってこなかった。
変わりにマクゴナガルが校長室に来て、一度グリフィンドール寮へ戻るように言われた。
「アルバスは急ぎの用事でホグワーツを離れることになりました。貴方には誰か見張りをつけることにします。…貴方を1人にしておけるほど事態はよいものではありませんから…、ごめんなさいね」
生徒の中では最も疑わしいと桜花を1人で行動させるわけにはいかない故の処置。
マクゴナガルとしては生徒を見張るなどはしたくはないのだろう。
なにしろ自分の寮の生徒だ。
それでも、桜花に対して何もしない状態では周りが納得しないだろう。
グリフィンドール寮は静まり返っていた。
クィディッチが中止となり、試合後の騒ぎもなく殆どが部屋に戻って大人しくしている。
桜花はマクゴナガルと一緒にグリフィンドール寮に入る。
教師が寮に入ってくるのは珍しいのだろう。
談話室を通り過ぎる際に残っていた生徒達の視線が集中したのが分かった。
そのまま男子寮の方へと進んでいく。
「あの…マクゴナガル先生。見張りって誰を…?」
やっぱり教師を監視に置くわけにはいかないだろうから、生徒の誰かに頼むのだろうか…?
となると監督生になるだろう。
そうすると、監視につくのは上級生。
上級生で桜花の知り合いの監督生は、パーシー=ウィーズリーのみ。
といっても、簡単な会話を交わしたことくらいしかないのだが…。
コンコン
マクゴナガルは寮のある部屋の扉を叩く。
桜花の知らない部屋だ。
最も桜花が知っている部屋など極僅かなのだが…。
「ウィーズリーいますか?いるならでてきなさい」
ウィーズリー…?
ということは、やっぱりパーシーなのかな?
かちゃ…
覗き込むように扉を開けたのは黒髪の少年。
肌の色が濃く、黒い瞳できょとんっとマクゴナガルを見る。
「マクゴナガル先生…?」
「ミスター・ジョーダン、ウィーズリーはいますか?」
「います…けど……。あいつら、また何かしでかしたんですか?」
「いえ、今日は違いますよ。少し頼みごとがあって来たんです」
「じゃあ、ちょっと待っててください。呼んできますよ」
扉を開け放ったまま少年は部屋の中へと戻る。
そこで桜花はあれ?と思った。
少年は「あいつら」と複数形で言い表して、なおかつ「何かしでかした」とも言った。
もしかして、もしかしてとは思うが…。
「先生?何か御用ですか?」
「僕らはまだ何もしてませんよ」
ひょこっと扉から顔を覗かせたのはフレッドとジョージだった。
桜花は思わず顔を引きつらせる。
双子が桜花に気付いて驚いた表情をした。
「キサラギ。2人でも構いませんが、1人だけがいいというのならどちから選んで構いませんよ。どうしますか?」
「オウカ?」
「何で、オウカが…?」
いや、待って。
かなり待って欲しい。
見張りは付けるのは聞いているけど、どうしてよりによってこの2人なのだろう…。
「あ、あの…、お言葉ですがマクゴナガル先生…。この2人がどうして監視役に…?どう考えても監視をできる性格ではないように思えるのですが…?」
「アルバスの提案ですよ。監督生では貴方の行動力は止められないだろうとのことです。同じように無茶な行動力を持つ同類の方がいいだろうとのことでしたからね」
ダンブルドア…。
双子と同類扱いしないで欲しい。
確かにいろいろ無茶していることは認めるけど…この2人みたいに騒ぎを好んで起こしているわけじゃないんだしさ。
「ウィーズリー、貴方がた2人にキサラギの監視をお願いしたいのです。彼は何度も石化した者が発見された場所に居合わせています。ですから、キサラギが余計な行動をとらないよう監視をお願いします」
「え?ちょ…!待ってください、マクゴナガル先生!」
マクゴナガルの口調に決定事項のような感じを受けて慌てる桜花。
「「分かりました!」」
「オウカの監視は僕らにお任せください!」
「真の犯人が見つかるまで、必ずオウカの側で始終監視します!」
「頼みましたよ」
「「任せてください!」」
桜花は思わず頭を抱える。
確かに真面目な監督生ならば、ごまかすことなど簡単だと思っていた。
ダンブルドアの読みは正しい。
なにしろ桜花にとってこの双子ほどやっかいなものはないのだから…。
恨みますよ…ダンブルドア…。
マクゴナガルに言われて明日から双子の監視が確実に入るとのこと。
桜花はため息をついて部屋に戻った。
「あ、お帰り、オウカ」
部屋にいたのはネビルのみ。
ハリーとロンの姿はない。
そろそろ戻ってこないと時間的にまずいだろうが…。
「ポッター君とウィーズリー君がどこに行ったか知ってる?」
桜花は自分のベッドに腰掛けてネビルに尋ねる。
ネビルは首を横に振った。
「分からない。クィディッチの試合が中止になって、その後先生に呼ばれてから戻ってきてないから……」
「そっか…」
アラゴグのところへ行ったかな…?
ダンブルドアとコーネリウスはハグリッドの小屋に行ったはずだ。
そこへルシウスも向かったはず。
ダンブルドアはルシウスに退陣を言われ、ハグリッドはコーネリウスに連れて行かれた。
昔、ハグリッドが学生の頃飼っていた蜘蛛。
それはスリザリンの継承者を知る大切な手がかり。
「ねぇ…オウカ」
「ん?」
考え込んでいた桜花にネビルが遠慮がちに声をかける。
「噂……聞いた?」
「噂って…?」
「オウカの噂」
私の噂?
なんか、今日もドラコから聞いたけど色々あるようでどの噂なのか分からないけど…。
ネビルの様子からだと、私の知ってる噂のことじゃなさそうだし…。
「それって、どういう噂?」
桜花が聞くと、ネビルは少し迷ったように顔を逸らす。
言っていいのかどうか迷っているようだ。
「オウカが……スリザリンの継承者じゃないかって………」
そう来たか。
特別桜花は驚きもせずにネビルを見る。
そもそも、こんな事態になるまでその噂がなかったのが不思議なくらいだ。
恐らくハリーがパーセルマウスだったことが、予想以上に他の人達に動揺を与えたからなのだろうが…。
バタンッ!
「だからあの時さっさと逃げようって僕は言っただろ!」
「いいじゃない、結局は大丈夫だったんだから!」
ネビルの問いに桜花が答える前に部屋の扉を開けてロンとハリーが帰ってきた。
2人ともボロボロである。
「お帰り、ポッター君、ウィーズリー君。どうしたの?」
事情が分かるものの桜花は苦笑しながら尋ねる。
ハリーとロンはばさっとローブを脱ぎ捨てる。
大きくため息をついて自分のベッドに座る。
「別に君には関係ないだろう?!」
ロンが桜花に怒鳴る。
何を苛立っているのか…。
「あ……ごめん」
はっと自分の言ったことに気付いて謝る。
「ちょっと、嫌なことがあったもんで……。大体ハリー!結局何も分からなかったじゃないか!」
「でも、ハグリッドが違うってことは分かったじゃないか!」
「でも、僕はもうあんなのは絶対嫌だ!」
「僕だって嫌だよ!」
「なんなんだよ、あの化け物蜘蛛…、ハグリッドは友達で僕らは友達じゃないから喰ってもいいっていうのか?!」
ぼすんっとロンはベッドに拳を沈める。
イライラしているというより、怖かったのだろう。
「まぁまぁ、何があったのか分からないけど、2人とも落ち着こう」
桜花は苦笑して2人を宥める。
ネビルはおろおろした様子でその状況を眺めているだけである。
大蜘蛛のアラゴグの巣へ行ったはいいが、何もつかめなかったと言うのだろう。
けれど、ヒントは沢山あるというのに…。
「何があったか僕は聞かないけれど、休んだ方がいいんじゃないかな?ポッター君もウィーズリー君も疲れているでしょ?」
桜花の言葉に確かに…と頷くハリーとロン。
精神的にも肉体的にもかなり疲労しているはずだ。
「そうだね…、今日はもう休むよ。あ、でもオウカ。ひとつ聞きたいことがあるんだ」
ハリーが桜花を見る。
「ん?何?」
桜花は笑みを浮かべて尋ねる。
ハリーの聞きたいことはある程度想像はつく。
「オウカがハーマイオニーが石になった時にその場にいたって本当?」
その言葉にネビルとロンが動きを止める。
ハリー、ロン、ネビルの視線が桜花に集中する。
疑っているというような視線ではない。
「本当だよ」
桜花は肯定の返事を返す。
ハリーはその言葉に悲しそうな表情になる。
「僕は現時点で一番スリザリンの継承者として怪しいよ、ポッター君。信じられないなら側によらない方がいい。それに明日から監視もつくし…」
「違う!」
桜花の言葉をハリーが遮る。
「オウカは犯人なんかじゃない!だって、50年前にも秘密の部屋は開かれた!その時と同じ人かそれに関わった人が犯人のはずなんだ!オウカは50年前の事件に何も関わってない!」
大きな声で怒鳴るようなハリーに桜花は驚く。
てっきり、疑われて避けられるだろうと思っていたのだ。
「50年前の犯人はハグリッドだってことになっているようだけど、僕は違うって知っている。だって見たから……」
「ハグリッドは違うよ。だって、ハグリッドに言われて蜘蛛の後をたどっていった先にいたのは確かに化け物の大蜘蛛だったけど、あれは別のものを恐れてたみたいだったし…」
ハリーの言葉にロンが続ける。
やはり今日、アラゴグのところに行ってきたのだろう。
だからあんなにもボロボロになっていた。
「ハリーもロンも……なんか事情に詳しいね」
ぽつんっと呟いたネビルの言葉に沈黙が訪れる。
そう言えば、ハリーとロンは色々調べていたりしたから普通の生徒よりも事情は詳しい、桜花は一応事情は知っている、だが、ネビルは普通の生徒が知る程度のことしか知らない。
ハリーがパーセルマウスであること、石化した生徒が何人かでたこと、「秘密の部屋」というのがあるらしいこと。
「ネビル…そういえば、知らないんだったね」
桜花がそう言えば、
「僕は僕達の言葉を聞いても全然驚かないオウカの方が不思議だけどね」
「う……。」
ハリーがちらっと桜花を見る。
隠し事が多いことも含めて言っているのだろう。
「オウカ、まさか全部知ってるなんて事はないよね?」
「流石にそれはないよ」
きぱっと桜花は嘘をつく。
ここで全てを言うわけにはいかない。
何よりも「リドル」のことは実際見なければ信じられないだろう。
ヴォルデモートの学生時代の記憶など…。
「とにかく、問題はダンブルドアが今ホグワーツにいないってことなんだよね…」
「ダンブルドアのいないホグワーツなんて…今に犠牲がそれこそ沢山でることになるぞ」
「え?ダンブルドアがいないってどういうこと?」
顔を顰めたのはハリーとロン。
ダンブルドアがホグワーツを離れたことを知らないネビルは驚く。
こんな事情の時にダンブルドアが何故…?
と思うだろう。
ハリーもロンもネビルの言葉には答えずに難しい表情をするのみである。
「大丈夫。…大丈夫だよ」
「オウカ…?」
桜花はまっすぐ窓の方を見る。
呟く言葉は独り言のようだ。
「これ以上の犠牲は……絶対に出させない」
ぎゅっと手を握り締めて、桜花は自分自身に言い聞かせるように呟いた。