秘密の部屋編 57
ジニーとバジリスクが去り、パタパタっと誰かが駆けつけてくる音が聞こえる。
その音にヴォルはすぅっと猫の姿になる。
は泣きそうな表情でドラコとハーマイオニーを見ていた。
「?!どうしてこんなところにいるのですか?!」
図書館の入り口の方から驚いたような声。
はゆっくりとそちらの方を見る。
そこには驚いた表情で立っているマクゴナガル。
それからはバタバタしていて、はぼうっとしたまま校長室へと連れて行かれた。
ただでさえ疑わしかった。
この状態は手に負えないとマクゴナガルは判断したのだろう。
は抵抗することなく校長室へと向かい、石にされたハーマイオニーとドラコは医務室へと運ばれるをぼうっと見ているだけだった。
校長室にはダンブルドアはいなかった。
ヴォルを抱きかかえながらは校長室でじっと待つ。
本の中ではこの時石化されたのは、ハーマイオニーとレイブンクローの監督生ペネロピー=クリアウォーターのはずだった。
けれども、実際はハーマイオニーとドラコ。
何かを堪えるかのようには目を瞑る。
ヴォルはの腕の中でそれを見ながら、に擦り寄る。
「命がなくならない限り、回復させる方法はある。そんなに悩むな」
ヴォルの言葉にはゆっくりと目を開ける。
「…うん」
小さく、短く返事を返す。
落ち着け…と自分に言い聞かせる。
大丈夫、大丈夫。
マンドレイクが育てば教授が薬を作ってくれる。
そうすれば、石化した人たちは元に戻る。
私がここで慌てても何も自体は変わらない。
「そう…、慌てても変わらない」
の瞳に光が宿る。
まっすぐ視線を前に向ける。
「変わってしまった…、これ以上変わらないという保障はない。……だから、私は動くよ、ヴォルさん。」
「?」
「悪いけど…、ハリーがリドルに気付くまで、バジリスクは動かさせない」
歴史を変えるわけにはいかない。
けれども、これ以上の犠牲は出させない。
否、の知る未来ではこれ以上の犠牲はでないはずなのだ。
「自身でどうにかしようとは思わないのか?」
はその言葉にゆっくりと首を振る。
この世界のことは、この世界の人たちが解決すべきだ。
はここにいるはずのない人。
魔法界でも、過去へと戻れるタイム・ターナーを扱う時は、過去の人間に姿を見られてはいけないという決まりがあるように。
その時の事はその時に存在する者たちが解決すべきだ。
「これは、私が手を出していい問題じゃない」
ハリーが成長する為に必要な事件なのだから…。
ハリーの成長なくしてこの先はありえない。
それをが妨げるわけにはいかない。
何よりも、全てを変えてしまうことに…はまだ恐れがある。
「俺は、にはこの事件に関わって欲しいとは思わない」
「ヴォルさん…」
「だが…、がバジリスクをとめると望むのならば、俺はを全力で守り抜くだけだ」
ヴォルは猫の小さな頭をの頬に摺り寄せる。
今は小さな猫の体だけれども、ヴォルは賢者の石の力を手に入れてから自由に人の姿へとなることができる。
「知識はヤツと同等、魔力は多少落ちるが…、学生時代の記憶程度に負けるつもりはない」
知識と経験は現時点でのヴォルデモートと同様。
魔力はヴォルデモートの全盛期よりかは劣るものの、恐らく今のヴォルは闇の魔法使いとしてはかなりの実力を持っているだろう。
ヴォルがどのくらい強いかはには分からないが…。
「ありがとう、ヴォルさん」
はふわりっと笑みを浮かべた。
1人で悩んで、頑張ろうとしていたら、こんなに心は安定していなかったかもしれない。
ヴォルがいてくれるからは安心できる。
いざという時に助けてくれなくても構わない。
ただ、こうやって側にいてくれることがなによりも心強いのだ。
事情を知るヴォルが、側にいてくれることが何よりも嬉しいとは思った。
かちゃり…
校長室の扉がゆっくりと開かれる。
丁度いいタイミングとでも言うべきか…。
が決意を固めたところ。
不安定だった気持ちはもうない。
迷っていると、迷っている分だけ事態は悪化してしまうかもしれない。
「ダンブルドア…」
校長室に入ってきたのはやはりダンブルドア。
優しげな笑みをに向ける。
だが、ダンブルドア1人ではないようだ。
「おお、。とりあえず座りなさい。少し話をするでの」
ダンブルドアに次いで入ってきたのは、白髪頭の体格のがっしりした男。
年のころは40代後半。
真っ黒のローブに紫紺のブーツ。
カツカツっと入って、ダンブルドアに断りもなく近くの椅子に腰掛ける。
「この子は誰だ、ダンブルドア」
男はちらりっとに視線を向ける。
「グリフィンドール2年生のじゃよ、コーネリウス」
ダンブルドアは男…コーネリウスにそう返す。
魔法省大臣、コーネリウス=ファッジ。
「では、彼が2度ならず、3度も第一発見者となったという…?」
「そうじゃよ」
「ならば、彼もハグリッドと同様アズカバンに…?」
「連れて行くつもりなのかね?コーネリウス」
ダンブルドアの視線が鋭くなる。
コーネリウスはその視線に圧される。
はそれをじっと見ているだけである。
慌てもしない騒ぎもしないの様子にコーネリウスは顔を顰める。
「この少年はアズカバンの意味が分かっているのか?」
「はマグル出身じゃよ」
「ならば、アズカバンがどういう所か分かるはずもないか。普通あんなところに行くと聞けば誰もが嫌がり、騒ぐはずだからな」
ふんっとコーネリウスはを見る。
「コーネリウス、はホグワーツの生徒じゃよ」
「分かってる!だが、ダンブルドア、事態は最悪なのだよ!…ルシウスの息子までもが犠牲になっているではないか!」
コーネリウスは叫ぶ。
ダンブルドアはそれを慌てもせずに受け止めるだけ。
コーネリウスの言葉には少し顔を歪めた。
ドラコの犠牲はにとっても予想外のことだったから…。
「容疑者でもいい!怪しいものを誰か罰せなければ、誰もが納得できない事態までいってるのだ、ダンブルドア!」
「コーネリウス…」
「そう…疑わしいものを……。そうだ、ダンブルドア!貴方がこの少年を生徒だからという理由で庇うのならば条件を付けよう」
「どういう条件かの?」
「現時点でやはり最も怪しいのはハグリッドだ。何しろ彼は過去、同様の事をしている。ハグリッドを容疑者としてこのホグワーツから離れさせよう。それで事件が二度と起こらなければ、その少年は無実であり、ハグリッドが犯人だったということだ」
「コーネリウス。わしはハグリッドを信用しているからこそ番人としたんじゃ。まだ、ハグリッドがやったという証拠はなにもないのじゃろう?」
ダンブルドアは落ち着いた様子で返事を返す。
興奮しているのはコーネリウスの方。
「ダンブルドア!再三言っているだろう?!もう、犯人、もしくは最も怪しいものを捕らえなければ誰も納得してくれない状況なのだよ!」
「コーネリウス…」
「ダンブルドア、さぁ、ハグリッドの所へ案内してもらおう」
ダンブルドアを睨みつけるコーネリウス。
彼の興奮をおさめることは難しいだろう。
ダンブルドアは軽くため息をついた。
「いいじゃろう…。じゃが、条件があるがいいかの?」
「条件?」
「そうじゃ。ハグリッドが無実だと分かった時には、魔法省からは謝罪を…」
「謝罪…だと?!あの巨人に魔法省が謝罪などしなければならないのか?!」
「コーネリウス。ハグリッドは立派な魔法使いじゃよ。それとも魔法省は子供でもできる「謝る」という行為ができんとでも言うのかの?」
「くっ…!」
ダンブルドアの方が分がある。
なによりも、ダンブルドアの方が冷静だからこそ、コーネリウスはダンブルドアには敵わないだろう。
「分かった…。ハグリッドが無実だと分かった際には、十分な謝罪とそれなりの誠意を見せよう」
「それならば、よかろう。ハグリッドの所に案内するとしよう。…おお、そうじゃ、」
にこにことダンブルドアはの方を向く。
「はい」
「少しここで待ってくれんかの?コーネリウスをハグリッドの所に連れて行くからの」
「はい、分かりました」
コーネリウスはさっさと扉の方へと向かう。
ダンブルドアもそれに続くようにゆっくりと歩き出す。
「ダンブルドア!」
はそれを呼び止めた。
一つだけ言いたいことがあったのだ。
「なんじゃね、」
ダンブルドアは嫌な顔を一つせずに立ち止まる。
「庇っていただいてありがとうございます。それと……、これ以上の犠牲は僕が出させません。」
「そうかね…」
「はい…」
「無理をしてはいかんよ、」
「はい、わかってます」
苦笑して堪える。
ダンブルドアはの言葉に満足そうな笑みを見せて、校長室を出て行った。
ホグワーツの中ではハリーがパーセルタングということで怪しいと言われているが、状況判断から言うとが一番疑わしい。
魔法省はハリーを疑うことはせずに、やはり状況判断と過去のできごとを優先した。
よりも、50年前に犯人とされたハグリッドが最も疑わしいと判断されてはいるが…。
本当に感謝します、ダンブルドア。
アズカバンに行くことは別に怖くはないけれど、今、私はホグワーツを離れるわけにはいきませんから…。