秘密の部屋編 56
ぽすっと読み終わった本を隣に置く。
時間はまだあまり経っていない。
「ポッター君との時もドラコが今さっきと同じようにしていれば友達になれたのにね」
もう一冊の本を持ってはドラコを見る。
ドラコはその言葉に顔を顰める。
「あの時の僕にそういう考えはできなかったし、今更そういう態度をとる気はない。僕にとってポッターは敵だ」
「本当に?やっぱりまだ友達になりたいって気持ちはないの?」
「あるわけないだろう?!」
「そうかな〜」
「しつこいぞ、。ポッターは僕が嫌いだろう?僕は自分を嫌っているやつを友達にできるほど寛大じゃない。どちらかが譲らなければ馴れ合うことなどない。だが、僕は譲るつもりなど全くないからな」
ハリーもかなり意地っ張りだ。
どちらも譲るつもりがないのなら、仲良くなることは無理なのだろう。
ドラコがを受け入れたのは、がきちんとドラコ自身を見ながら、『穢れた血』といわれながらも平然と接していたら。
何よりも…がドラコを嫌っていなかったから。
「?!!」
ほのぼのとドラコと会話をしていたら、を呼ぶ声。
声の方を見れば、急いで図書館に来たのか、息を弾ませているハーマイオニーの姿。
とドラコをみて驚いた表情をしている。
「グレンジャー…?どうしたの?クィディッチの試合の応援はしなくていいの?」
「それはこっちの台詞よ!フレッドとジョージがが来てないって騒いでいたわよ!こんなところにいたのね」
つかつかっとハーマイオニーはの方に歩いてくる。
ドラコの姿をちらっと目に留めて顔を思いっきり顰める。
「なんで、マルフォイがこんなところにいるのよ」
「それはこっちの台詞だ。穢れた血が堂々とするなよな」
「っ!!」
ドラコの言葉にハーマイオニーは泣きそうな表情になる。
『穢れた血』ということばが、どんなに相手を傷つけるものなのか、には良く分からない。
それは、がその言葉を言われてもなんとも思わないからである。
「ドラコ、言いすぎだよ。グレンジャーは僕の友達なんだ。悪く言うのはやめて欲しいな」
「ふんっ…」
ドラコはハーマイオニーに謝ることはせずに本へと視線を移した。
ハーマイオニーはほっとしたように息を吐く。
「それで、グレンジャーはクィディッチの応援を放って何かあったの?」
「そう、それなのよ!ハリー達の話を聞いてて思いついたの!」
「何を…?」
ハーマイオニーは羊皮紙を机の上に広げて、ペンを取る。
「秘密の部屋の化け物!ずっとどうやって移動しているかって思っていたの…。でも、たった一つだけ、移動できる方法があるのよ!」
「はっ…!移動?姿現しでもするって言うつもりか?このホグワーツで?」
「違うわよ!余計な口挟まないで頂戴!マルフォイ!私はまだ、貴方がスリザリンの継承者だって疑っているんですからね!」
「僕がそんなことをするわけがないだろう?!僕なら真っ先に穢れた血の君を狙うからな!」
「貴方にそんな度胸があるとは思えないわ!」
ばんっと机を叩くハーマイオニー。
ドラコも立ち上がってハーマイオニーを睨む。
2人に挟まれている形になっているは深いため息をつく。
喧嘩するほど仲がいいとは言うけれども…この2人は犬猿の仲だろうな…。
「ストップ、ストップ。グレンジャーもドラコも言い合いはやめ。僕はグレンジャーの意見を聞いてみたいんだけど…?」
も立ち上がりドラコとハーマイオニーを止めるように両手で制す。
2人の言い合いはぴたりっと止まり、ハーマイオニーが落ち着くように小さく息をはく。
とんとんっと羽ペンで羊皮紙を軽く叩く。
ことんっと羽ペンを置いて、本棚へと向かう。
「何なんだ…?」
ドラコが顔を顰めてハーマイオニーを見る。
自分の考えを述べるかと思えば本を取りに行ったようだ。
むっとした表情のまま、ハーマイオニーは一冊の本を抱えて戻ってくる。
ばさっとその本を乱暴に机の上に置いてぱらぱらっとめくる。
「そんなに乱暴に扱うとバラけるぞ」
「煩いわね!大丈夫よ!古い本だけれどもこれは普通の本屋に売ってる本だから平気よ!」
そういう問題じゃないと思うんだけど…。
はそう思ったが今のハーマイオニーの雰囲気からして口にはできない。
呆れたようにハーマイオニーに視線を向けているドラコ。
ぺらぺらっとめくるハーマイオニーの手がとあるページでぴたりっと止まる。
「あったわ!これよ!」
ハーマイオニーが開いたページには大きな蛇の絵と説明文。
そのページにはこう書かれている。
「バジリスク…?」
ドラコが顔を顰めて呟く。
そこのページにはバジリスクの記述がある。
ハーマイオニーはそのページに直接「パイプ」と書く。
図書館の本にペンで書いていいのか…と思うだが、この際それはどうでもいいだろう。
「パイプよ!この化け物ならばパイプを伝って移動できるし、なによりパーセルマウスだったハリーにしか声が聞こえなかった理由も説明つくわ!」
「こいつは、視線の合った者を死に至らしめるんだろう?誰も死んでない。辻褄が合わないじゃないか…」
「それは直接目を見たら…でしょう?誰も直接視線を合わせてないだけなのよ!頭硬いわね!純血主義ってそんな…!」
「黙れ!」
ドラコが怒鳴った声にハーマイオニーがびくっとなる。
しかし、ドラコはハーマイオニーの言葉に怒ったのではないようだ。
視線はハーマイオニーから外れて何かを探るような視線で見てるいるのはテーブル。
「ドラコ…?」
「静かにしろ、。何か聞こえないか…?」
「え?ちょっと待ってよ。なんでマルフォイとがファーストネームで呼び合ってるのよ」
「五月蝿い、穢れた血が!何も気付かないのか?これだから……!」
「な、なによ…!」
「グレンジャー、ちょっと静かに」
「…?」
もドラコと同じように耳をすませてみる。
目を瞑って耳に集中する。
不安そうにハーマイオニーがを見ているのが分かった。
はハーマイオニーの手を握る。
すると、ハーマイオニーはぎゅっと握り返してきた。
ずずずず……
何か重いものを引きずるような音。
音はどんどん近づいてくるような気がする。
ずずずずず……
「バジリスク…?」
ドラコが呟く。
びくっとハーマイオニーは怯えるが、ぎゅっとの手を強く握り締めて懐から小さな手鏡を取り出した。
「だ、大丈夫よ。直接目を見なければ死ぬ事はないわ。バジリスクかどうかは鏡で確認すれば……」
「それなら僕がやる。貸せ!」
「結構よ。わたしがやるわ!」
「震える手でそんなことができるのか?」
「なによ、貴方だって怖いんでしょう?!」
「なっ!!この僕が怖いだなんて思うはずがないだろう?!いいから寄こせ!」
ドラコがハーマイオニーの手鏡を無理やり奪い取ろうとする。
この2人は仲がいいのか悪いのか分からない。
は怒鳴りあう二人をよそに、ちらりっと視線だけを後ろに走らせる。
振り向かなければいい。
見るのは床。
僅かに見える床……そして、ちらりと見えたのは鱗に覆われた体と、人の足。
黒いローブ、ホグワーツ指定の女子生徒の制服。
はゆっくりと視線を上げる。
バシリスクの目をみると死ぬなどという考えは吹き飛んでいた。
目に飛び込んできたのは、大きな蛇を従え、暗い笑みを浮かべたジニーの姿。
「ドラコ、グレンジャー!見ちゃ駄目だ!!」
は鏡の取り合いをしている2人から鏡を取り上げようとした。
だが、2人は鏡を取り合っている姿勢のまま固まった。
ドラコは鏡に手を伸ばす形で、ハーマイオニーは片手に鏡、もう片手はテーブルの本のページを握りつぶすような形で…。
からんっと鏡だけが落ちる。
どさりっ
石化した2人の体が倒れる。
は目を大きく開いて倒れた2人を見る。
信じられないかのように首をゆっくり横に振る。
…違う…。
どうして…!
「どうしてっ!!」
ぎゅっと手を握り締めて、バジリスクがいるだろう方を振り向く。
バジリスクの視線が死を招くことなどどうでもよかった。
ハーマイオニーが石化してしまうことは分かっていた。
それでもそれが目の前で起こるとやはり、感情は抑えられない。
なによりも………
「ドラコは違うのにっ!!」
そう、ドラコが犠牲になることはなかったはずだ。
後悔と悔しさと怒り…その感情は全て自分に向けられる。
リドルが憎いわけではない、ジニーが悪いわけではない。
過信した自分が許せなかった。
は視線をバジリスクに合わせようとした。
しかし、黒い何かに視界を覆われる。
ぼすっと頭をそれに押し付けられる。
「見るな、。」
聞き覚えのある声。
驚いて顔を上げてみれば、いつの間にか来たヴォルがの頭を自分に押し付けるようにしていることが分かった。
ヴォルは視線をバジリスクがいる方に向けている。
「彼に手を出すつもりはないよ。邪魔だったのはそっちの穢れた血の子だからね」
くすくすっと笑いを込めたジニーの声。
けれども話している意識はリドルであることは分かる。
ジニーの話し方ではない。
「どういうつもりだ、お前…」
ヴォルは声を低くして問う。
はヴォルの胸に顔を押し付けられている状態なので、ジニーの表情が見えない。
だが、ジニーらしくない表情をしているのだろう。
「別に…。僕は試しているんだよ。君が…そう、君が本当になら、これを教えてあげるべきかな?ルシウス=マルフォイが教えてくれたよ、『伝道の書』は君が持つことになるだろうってね」
「…やはり、ルシウスの仕業か…」
「なんだ、そっちの君は分かっていたんだね。そう、だから、取り戻したければ追っておいでよ、」
くすくすくすっと笑い声が響く。
少女の笑い声。
こんな状況でなければ、ほほえましい声だが…。
ずずず…と引きずる音が遠ざかっていくのが聞こえる。
ヴォルはを離そうとせず、はその場を動くことができなかった。
視線をずらして目に入るのは、目を開いたまま倒れているドラコとハーマイオニーの姿。
は自分の不甲斐なさを今ほど感じたことはなかった。