秘密の部屋編 53
地下への階段を下りる。
は少し自分が焦っているのかもしれないと感じていた。
クリスマスは過ぎた、けれどもの知っている通りにことは進んでいない。
それだけならばいい。
今年はルシウスが何をしてくるか分からないのだ。
リドルやバジリスクよりもが警戒しているのは、そのことだ。
「やっぱり、ダンブルドアからもらった本に頼るしかないのかな…」
最初からその本を見ていればよかったのだが、どうしてかその本を見る気にはなれなかった。
だが、何の手がかりも得られない今の状態ではそうも言ってられそうもない。
コンコン
セブルスの部屋の前で立ち止まりノックする。
「教授、グリフィンドール2年、=です。入ってもいいですか?」
すぐに返事は来ない。
セブルスの性格からして部屋の中にいたとしてもが来たということで顔をしかめていることだろう。
グリフィンドール生が大嫌いなセブルス。
それでも、教師としての責任をきちんと果たすところが彼なりの優しさだ。
「……入りたまえ」
いつもながらの、少しの沈黙の後の返答。
思わず苦笑しながらは扉を開けた。
部屋の中には案の定、むすっとした表情のセブルス。
「こんにちは、教授。借りていた本を返しに来たんですけど…」
「…そこに座れ」
セブルスは椅子を勧めてふいっとどこかに行ってしまう。
は大人しく勧められた椅子にかけてセブルスを待つ。
すると、セブルスが2人分の紅茶を入れてきた。
こういうさりげない気遣いが優しいのだ。
「とても助かりました、これ。ありがとうございます」
「何に使った?」
「内緒です」
にこっとは笑みを見せる。
「ならば質問を変えよう、。誰になった?」
誰に変身した?
内心吃驚の。
でも、流石セブルスだとも思っていた。
「それも内緒です」
ポリジュース薬を作るためにその本を見たのはわかっても何に使ったまでは分からないだろう。
多分。
セブルスは大きくため息をついて、それ以上から聞くことを諦める。
に必要以上に突っ込みを入れるとこちらがからかわれることを学んだのだろうか。
「それで、」
「はい?」
「ルシウス先輩の件は何か分かったのか?」
セブルスの言葉には驚く。
まさかセブルスの口からその件がでてくるとは思わなかった。
確かに一度、ダンブルドアはセブルスはに協力するように、とは言っていたが…。
「ダンブルドアから渡された本からでは何も分からなかったか?」
「あ、いえ…、まだそれは見てないんですが…」
「見てないだと?!貴様一体何を考えて…!!」
「はは、すみません。戻ったら早速見てみますよ」
ダンブルドアから渡された本を使うということは、ダンブルドアに頼るということになってしまう。
まぁ、ダンブルドアがその程度で負担になるわけではないが…なるべく頼らずにすむならそれで越したことはない。
一度頼ってしまうとどうなるか分からない。
は、自分がそれほど強くないことを分かっている。
「本当に…今の状態でなにも分かっていませんから、手段を選んでられませんしね…」
は困ったような笑みを浮かべる。
セブルスはそれに驚いたような表情をして…すぐに不機嫌そうな表情になる。
「…。貴様、ルシウス先輩を甘く見ていないか?」
「それ、マルフォイ君にも言われました。そんなことないですよ、教授」
「今の貴様の状況でどこがそんなことない、だ?いいか、甘く見すぎると本当に命はないぞ?」
「分かってますよ」
相変わらずセブルスは優しい。
ルシウス=マルフォイがそういう性格なのは、会う前から分かっていた。
理解していたか?と言われるとそれは怪しいけれど、それでも会った瞬間感じた。
彼に対して油断すると絶対に痛い目をみる…と。
「別に、ルシウスさんの試練というのが僕自身だけにかかってくるもなら問題はないんです。僕が困るのは周りに被害がでてしまわないかということ」
それだけが心配。
自分の事なら、まぁ多少の過信はあれど、代行者としての力があるから大丈夫だと思っている。
けれど、他の人…特にホグワーツのまだ学生をやっている子供達に迷惑をかけるわけにはいかない。
彼らはまだ半人前の魔法使いなのだから…。
「ルシウス先輩はかつて、あの方に誰よりも信頼をおかれる部下として活動していた。…それがどういう意味か分かるか?」
セブルスは自分の腕を押さえる。
その腕にあるのはデス・イーターの証。
セブルスが言いたいのは、それだけルシウスが危険だということ。
「知ってますよ」
「…!」
「知ってます、…僕は、ヴォルデモートなんかよりも、ルシウスさんの方が怖いと思ってますからね」
今は力が殆どないといわれる闇の帝王。
復活すれば再び世界を恐怖に陥れるだろう。
だが、にとってそんな三流悪役などどうでもいい。
そんな闇の帝王を、復活させればどうなるか全て分かった上で狡猾に動いているルシウスの方こそ恐ろしい。
「だから、なるべく誰も巻き込みたくないんですけどね…」
の何よりもの望みはそれだ。
「まだそんなことを言っているのか?もう少し周りを頼ったらどうだ?ポッターたちのように周りを巻き込みすぎるのも困りものだが、貴様は全くといっていいほど頼らない」
「仕方ないじゃないですか、先生方は忙しいでしょうから頼れませんし、だからと言って生徒達には頼れませんよ?まだ半人前の子供達を危険にさらすわけにはいきませんしね」
そう言っては紅茶を一口。
これでもはホグワーツの生徒の誰よりも年が上である。
年上だということと、巻き込みたくないという気持ちがあるからこそ頼れない。
最も、例外は出てきているようだが…。
「とりあえずは、ダンブルドアに頂いた本で調べてみます」
カップを置いて立ち上がる。
「!」
部屋を出て行こうとするを呼び止めるセブルス。
は立ち止まってきょとんっと振り返る。
「全く貴様は……」
「教授?」
呆れたようにセブルスはため息をつく。
「ルシウス先輩がデス・イーターであったことは知ってたのか?」
「はい、それが…?」
「それと、我輩がデス・イーターであったことも知っていたな?」
「ええ、知っていましたよ」
「知っているからといって油断はするなよ、。貴様はその知識ゆえの油断が見える。油断してると命取りになるぞ」
びくっとは反応する。
セブルスも気付いているだろう。
ルシウスがデス・イーターであったこと、そしてセブルスがデス・イーターであったことを言っても全く驚かないことに。
が慌てた所など殆ど見ない。
普通の子供ならば慌てて感情をあらわにすることなどよくあることだというのに…。
「ありがとうございます、教授」
悲しげな笑みを見せて、は部屋を後にした。
そうやって、は一線引いていることを自覚しているのだろうか…?
は急いで寮の部屋に戻る。
ばたばたとしながら部屋に戻って、自分の棚を漁る。
ずっと放りぱなしにしておいたダンブルドアから預かった本。
それを探している。
「あ、あった〜」
かなり奥の方に置いておいたようだ。
ぱんぱんっと埃を払ってぺらりっとめくる。
その本に目を通そうとしたが…。
「あ、あれ……?」
その本には何も書いてなかった。
ぺらぺらめくってみる。
だが、ページはすべて真っ白。
ダンブルドアからの本が不良品のはずはない。
「なにやってるんだ?」
ひょこっと覗き込んできたのは黒猫姿のヴォル。
クリスマス休暇中にあったとある出来事のお陰で、はヴォルに関してだけ少し自分をさらけ出すようになってきていた…のだが、そう簡単に態度は変わるはずもなく。
「うん…、ダンブルドアにもらった本をね。ずっと使ってなかったんだけどやっぱりこれに頼らないと駄目かなって思ったんだけど…」
「ああ…、使う気になったのか…。珍しいな…誰かにでも言われたのか?」
「うん、教授に…」
の言葉に少し顔を顰めたヴォルだが、はそれに気付かない。
ぺらぺらと白紙のページをめくり続けるだけ。
「って、あれ…?ヴォルさん、使う気になったって、どういうこと?」
「気付いてなかったのか、?」
「何を?」
ヴォルは呆れたようなため息をついてから、器用にも前足での持っていた本を軽く叩く。
すると本からふっと文字が浮き出てくる。
しかし、その文字もすぐに消えてしまう。
「え?え?何これ…」
はぺたぺたと本を触ってみる。
だが、何の反応もない。
「ダンブルドアは俺がにこの本が何なのか教えるのを期待したのかもしれないが…、生憎、俺はがルシウスの試練を乗り越える手伝いをする気はないからな…」
「ヴォルさん、何言ってるの?」
「この本は『伝導の書』だ、」
「………………はい?」
伝道の書というと、ルシウスさんの試練のヒントにあったあれ…?
探していたそのものがこんな身近にあったなんて…。
ダンブルドアは知ってて寄こしたのかな…?
「持つものの魔力に応じて知識を、そして持ち主の知りたいことを文字として示す書だ。禁書の一種だな。勿論魔力がなければ使えないものだ」
「それじゃ、私には意味ないんじゃ…」
「そうだな、が1人で使おうとすれば全く意味のないものだ。それに魔力のないものはこの本を読む気分にはなれないはずだ」
ヴォルの言葉に、なるほど…と思う。
『使う気になった』とはそういう意味なのか。
魔力のないがこの本を自主的に読む気にはあまりならないのだと、ヴォルは知っていたのだろう。
「じゃあ、なんでダンブルドアはこんな本を…。そもそも私に魔力がないことは、ダンブルドアも知っているはずなのに…」
これではまるで、他の魔力を持つ誰かに頼れとでも言っているようなものではないのだろうか…?
そう思ってはっとなる。
そう、1人ではこの本を使うことはできない。
これがルシウスの試練の『伝導の書』であるのは偶然かもしれない。
だが、に魔力がないことを知ってるはずのダンブルドアがこれをに渡したということは…。
「ダンブルドアは、私に誰かを頼れ…って言いたかったのかな…?」
頼ることをしない。
を守ると決めたヴォルならば、そのの手助けとなるだろうと考えて『伝導の書』を渡した。
ヴォルの魔力ならば『伝導の書』はかなり役に立つ。
最も、ヴォルはルシウスの件に関しては協力的ではないようだか…それにしても知識があるに越したことはないだろう。
ヴォルでなくても、がそれに気付けば他の生徒を頼ってその『伝道の書』を活用することはできる。
「まわりくどいことをするものだな、あのジジイも…」
「ジジイって…ヴォルさんそれは酷いよ。仮にも恩師でしょうが」
「学生時代、肝心な時にばかり邪魔する目障りな恩師だったがな…」
はき捨てるような言葉で、やはりヴォルはダンブルドアをあまりよく思っていないことが分かる。
というより、ヴォルが好意を向けた相手というのにあまりお目にかかったことがない。
誰を話題にしてもヴォルはその相手に対してはいい感情を抱いていないことが多い。
「でも、これが『伝導の書』か…。これで何を仕掛けてくるつもりなんだろう…?」
「さぁな…」
「む…、ヴォルさん最初からこれが『伝導の書』だって知ってて言わなかったでしょ?」
少しむっとしながらはヴォルを睨む。
「俺は最初に言ったはずだが?ルシウスの試練をに乗り越えられたら困るって」
確かに言った。
それでも少しくらい教えてくれてもいいのではないか…と思うのはがすでにヴォルに頼ってしまっているということなのだろうか…。
「が無事でいれば、ルシウスの試練なんてどうでもいい。無茶は…俺がさせないからな」
すっと紅い瞳でを見るヴォル。
は思わず顔を赤くする。
猫の姿でも、人の姿でも、やっぱりヴォルはヴォルだ。
恥ずかしげもなくこういう台詞を言ってくる。
巻き込みたくはないと思いつつも、はやはりヴォルに少しずつ頼りはじめている。
だからこそ、こういう言葉が嬉しいのだろう。
恥ずかしくて素直に受け止められないが…。