秘密の部屋編 50
時はクリスマス休暇に入る。
ついにこの時が来た。
は空笑いを浮かべながら、荷造りをしていた。
「…リーマスの怒りが怖いよ…ヴォルさん、どうしよ〜」
「自業自得だ」
「だって、あれは不可抗力だよ」
自分の意思ではないと言いたいが、逆らえなかった自分にも責任があるのかもしれない。
ハリー達がポリジュース薬を使ってスリザリン寮に入るのを見届けたかったのだが…それも仕方ない。
なにしろ、リーマスの方が怖い。
ぱたんっ
トランクを閉じる。
は元々持ち物が…というより私物が少ないので荷物も少ない。
荷造りにはそう時間はかからない。
トランクを持ち上げて運び出す。
そろそろ他の生徒達も帰省に入っている頃だろう。
「あ、…!」
ホグワーツから出る途中、ハリー達に会った。
ハリーはの手荷物を見て…。
「…、帰るんだ…」
ぽつんっと複雑そうな表情で言った。
「帰るってことは、去年みたいな映像は見れないってことなんだね」
ロンも寂しそうに呟く。
そういえば、去年は勢いとはいえかなり派手なことをしてしまったと思う。
夜空の星を見上げることはあるだろうが、足元や天上全てを映像化することなどかなり高度な魔法。
そもそも魔法でそんなことができるかもわからない。
「去年の話、私も聞いたわ…。今年こそ見れるって期待してたけれど…、、新学期始まってからクリスマスは帰るって決まってたものね」
「ああ、そういえば、僕と一緒の時期に吼えメール来てたんだっけね」
ロンはそれを思い出したのか顔色を少し青くする。
リーマスの吼えメールは近くの生徒達をも怖がらせる威力があったようだ。
「うん、この帰省は強制なんだよ。ほんと、帰らないと怖いし……」
冗談じゃなく怖いのだ。
絶対怒らせたくない人物である、リーマスは。
「じゃあ、年明けにね、」
「うん、グレンジャーもポッター君もウィーズリー君も元気でね」
ぱたぱた手を振る。
そのままトランクを引きずって外に向かった。
を見送りながら3人は何故かため息をついた。
「ほんと、残念だわ…。が残らないなんて…」
「ところで、ハーマイオニー。例の薬は…?」
「ある程度は進んでいるけどまだ駄目だわ。この休暇中になんとかするつもりだったんだけど…」
「じゃあ、無理なのか?」
「はっきり言えば、無理ね」
がっくりとなるハリーとロン。
ハーマイオニーも再度深いため息をつく。
このことをは知らない。
まさか、時間が足りなくてポリジュース薬の製作が上手くいってないとは思ってもみないだろう。
ごとごと電車に揺れる。
とりあえず、駅までリーマスが迎えに来てくれるらしい。
それはいいけど…。
「リーマス、私がいない間食事ちゃんとしてるよね…」
一抹の不安。
まさに糖尿病候補ともいえるような食生活に流石のも不安になった時期がある。
魔法使いは特別な体をしているわけでもないのに…。
よく今まで平気でいられたものだと思った。
「大丈夫だろ、仮にも今まで独りで生きてきたんだ」
はちらっと返事のあった向かいの席を見る。
このコンパートメントはとヴォルだけである。
その為か、ヴォルは今人の姿でくつろいでいる。
クリスマス休暇で帰省する人は、全ての生徒じゃないので始業時や終業時よりも空いてはいる。
「…ヴォルさん、何で人の姿になってるの…?」
「悪いか?」
「いや、悪くないけど……、前々から思っていたんだけど、その姿って魔力の消費激しくないの?」
何しろ元は黒猫の姿がベース。
結構ひょいひょい人の姿になっているが、大丈夫なのだろうか?
去年賢者の石の力を取り込んだ為に、人の姿に結構簡単になることができるようだが…。
「別に大した消費はない。別のところから魔力を取り込む方法もあることだしな。なによりこの姿に慣れないと、いざという時困るだろう?」
「慣れないとって…?」
ヴォルはの言葉に顔を顰める。
「ファンダールの時…、俺はまだこの姿に慣れきってなかったからかあの程度の相手にてこずった」
「いや、十分応戦していたと思うけど…」
「全然だ。この状態じゃあ、ヴォルデモートが蘇った時にを守ることができないかもしれないだろ?」
ふっと笑みを浮かべるヴォル。
は思わず顔を赤くする。
さらりと「守る」と言われて嬉しくないはずがない。
「ありがと…、ヴォルさん」
は笑顔で返す。
ヴォルはその笑顔にニヤリと笑みを浮かべ
「まぁ、見返りはきちんともらうがな」
「へ…?」
きょとんっとしたの顔にヴォルの顔が近づく。
そのまま躊躇いなく、ヴォルは唇を重ねた。
ゆっくりきっかり1秒ほど。
ただ、触れ合うだけのキスでなかったのが流石ヴォルというべきか…。
「ヴォ、ヴォルさん!!」
思わず自分の口を手で覆ってしまう。
どうしてこう何度も何度も…。
「今のは消毒代わり。遅くなったがな…」
「へ?消毒って…?」
「、お前…、他のヤツにされただろ?」
「え?!!あ、あれは教授が薬を飲まそうと…!」
「ほぉ…、セブルス=スネイプにキスされたのか…」
は、はめられた!!
そうだよ、あの時ヴォルさんいなかったんだから知ってるわけないじゃん!
…まぁ、ヴォルさんのことだから何かで見ていたかもしれないけどさ…。
「ヴォルさん知らなかったなら、なんで消毒とか言ったの?!」
「何でと言われてもな……」
ニヤと笑みを浮かべるヴォル。
「まぁ、後でセブルス=スネイプには、にしたことを後悔するように『話』をしてやるから、安心しろ」
「安心できないよ!!」
しかも、本当に話で済むの?!
何もしないよね?ジェームズさん達が昔やった悪戯程度の事ならいいけど…ヴォルさんの場合洒落にならなそうだから安心できないってば!
列車が駅に着き、ヴォルが黒猫に戻ってトランクの上に鎮座すると、は駅のホームでリーマスを探した。
きょろきょろしてみれば、リーマスはにこやかな笑みを浮かべながらすぐそこにいた。
相変わらずのボロボロのローブ。
ローブがボロボロなのは、月一度狼の姿になることが原因だろうとは思う。
いつかローブを買ってあげたいな…。
…また、今度の長期休暇にノクターン横丁で何か売るもの取って来るかな。
リーマスはに人狼であることを言っていない。
人狼であることがばれることによって、恐れられるのが嫌なのだろう。
「リーマス!!」
「お帰り、」
「うん、ただいま」
にこっとも笑顔を浮かべる。
「荷物持つよ、」
「え?でも…」
「いいんだよ、遠慮しないで、僕は男なんだし…こういう力仕事は男に任せなさいって」
リーマスがひょいっとトランクを持つ。
細身の体に見えるが、やはり男性。
力が違う。
「帰ったら、ゆっくり事情聞かせてもらうからね、」
「へ…?事情って…?」
「やだな、。忘れたわけじゃないよね?新学期早々やらかしたこと」
ハタと思い出す。
リーマスのにっこり笑顔でついついそのことが吹き飛んでいた。
ちらっとリーマスを見れば、先ほどと変わらぬ笑顔だがどこか黒かった。
「ジェームズとリリーはなんだか、の話を聞けるって喜んでいるみたいだけどね…」
苦笑するリーマスの表情は黒いもの混じりだが、幸せそうでは嬉しくなる。
過去、親友を一度に失くしてしまい、独りになってしまったリーマス。
今は記憶とはいえ、ジェームズ達が話し相手になっているのが何よりもの救いだろう。
それでもリーマスは分っているはずだ。
ジェームズはあくまで記憶であり、ともに成長することも、寝食を共にすることもできないということを…。
ハリーはきっと、まだそれが分らない年頃だ。
だから、ジェームズさんはハリーに会おうとはしないんだと思う。
「ねぇ、リーマス」
「なんだい?」
重い荷物を持ちながらもにっこり笑顔を見せるリーマス。
その笑顔に感心する。
ヴォルあたりでもトランクのひとつやふたつくらいはひょいっと持てそうな気がするが…。
「ジェームズさんたちは元気?」
「元気だよ、元気すぎて五月蝿いくらいだね。…それでも、今の僕にとってはその騒がしさは嬉しいけどね」
リーマスは正直な気持ちを言う。
裏切った親友はアズカバン、他の二人は亡くなったと思っていた。
亡くなった筈の親友が記憶としても側いるのは心の支えにはなる。
「いろいろな話をするよ。今起きていること、過去起こったこと。死んでしまってもジェームズらしいよ…」
くすくすっと笑うリーマス。
「、話を逸らそうとしても、事情の追求の手をゆるめるつもりはないからね」
にっこり笑顔付でリーマスが言う。
う……さすがリーマス。
この程度でごまかされてはくれないか…。
「分ってる…。でもあれは本当に不可抗力だったんだってば…」
「問答無用だよ、。君は女の子なんだよ?少年の姿でホグワーツに通っているとはいえ…無理は絶対に駄目」
「リーマスだって学生時代は散々無茶したんでしょ?」
「僕はいいんだよ。だって誰もが認める「悪戯仕掛け人」だったんだからね」
どういう理屈なの、それは…。
思わず心の中で突っ込む。
心配してくれるだろうことは分かる。
それでもやっぱり理不尽だとしか思えないだった。
もっとも、あのキングクロス駅ではっきり断っておけばよかったんだろうけどね…。
思いっきり深いため息をつくだった。