秘密の部屋編 44
クィディッチの試合が始まる。
はといえば…………セブルスに外出禁止令をされていた。
医務室でお留守番である。
「去年といい、今年といい……、またクィディッチの試合見られないのか…」
はふぅっとため息をつく。
ドビーが何をしようとも、クィディッチの試合場ではこの間の授業のように大げさなことはしないだろう。
せいぜいブラッジャーを操る程度。
ダンブルドアも見ていることだし大丈夫だと思う。
「呑気なことを言っている場合か?」
「ヴォルさん」
医務室に一人でいるの元にヴォルはひょこっと顔を出してきた。
授業もたまに一緒に行っているのだが…授業開始時間になるとヴォルがたまにひょっこり現れる。
マダムは今は薬草園へと薬草を取りにいっていない。
だからといってヴォルが人の姿になっているわけではなく、黒猫の姿のままなのだが…。
「今夜動くぞ」
ヴォルの言葉にの表情がすぅっと変わる。
真剣なものへと…。
クィディッチの試合の夜に再び石化の犠牲者がでることは知っている。
だが、ヴォルに改めて言われて気を引き締める。
「うん…」
時が来るまで静かに待つ。
だが……今夜は医務室に一人ではなくなる。
ハリーが恐らく運ばれてくる。
としては、動かないわけにはいかない。
まぁ、ヴォルさんのおかげでバジリスクの動きが分かるだけよしとするか…。
医務室の天井をじっと見る。
気持ちは随分落ち着いている気がする。
すべきことは、命の犠牲を出さないこと。
はすっと目を閉じる。
ばたばたばた…
誰かが慌てて向かってくる足音が聞こえた。
それも複数だ。
「怪我人でも出たのか…?」
ヴォルは医務室の入り口の方をちらっと見る。
は目をあけ、上半身を起こす。
恐らくクィディッチの試合が終わったのだろう。
「怪我というか…あれはどうなのかな…?」
「…?」
苦笑するにヴォルはを見上げる。
恐らくハリーが運ばれてくるのだろう。
少し待っていてみれば、案の定マダムがハリーを連れて駆け込んできた。
マダムが戻ってくる途中でハリーを発見したのか、それとも誰かがマダムを競技場から呼びに行ったのかは分からないが…。
ばたばたっとあわただしく動くマダム。
の隣のベッドで大人しく座っているハリーと心配そうにそれを眺めるロンとハーマイオニー。
「全く!こんなことになるくらいならば、すぐに私のところに来るべきでした!」
「すみません…。あの……」
「骨が折れただけならすぐ治せたのというのに、骨を消してしまったのでは生やすのにはかなりの痛みが伴うのですよ!」
「治るんですか…?」
「勿論ですよ!私を誰だと思っているんですか!!」
マダムは相当お怒りのようで、ハリーの腕を固定し、すぐに腕を生やす為の薬を煎じ始める。
その様子を苦笑しては眺めていた。
「災難だったね、ポッター君。何があったの…?」
「…」
ハリーは困ったような笑みを見せた。
落ち込んでいないところ見るとクィディッチの勝負はちゃんと勝ったのだろうが…。
ハリーが何か言う前にハーマイオニーとロンが叫けぶ様に事情を説明する。
「ハリーの箒が変だったのよ!ハリーを振り落とすように勝手に動くし…」
「しかもブラッジャーまでも、ハリーを狙うように動いていたんだ!」
「あれは絶対おかしいわ!」
「けど、それでもハリーはスニッチを取った!それはよかったんだけど…その拍子に腕の骨を折ったらしくて……それを……」
だんっ
ロンがベッドの側の棚を思いっきり叩く。
本来は薬やコップを置く場所の棚。
「ロックハートが変な魔法かけてハリーの腕を骨抜きにしたんだよ!信じられないぜ、あの教師!!」
「違うわ!ロックハート先生は本当にハリーの痛みを消そうとして…!」
「君はまだそんなことを言うのか?ハリーのこれを見てよくまだそんなことを…!」
「ストップ、ストップ!」
喧嘩になりそうなハーマイオニーとロンをとめる。
この二人はどうも口喧嘩になりやすい。
まぁ、夫婦喧嘩のようなものにも見えるが…それを言えば二人とも思いっきり否定する上にぎこちなくなるだろうことが分かるので言えない。
「事情は分かった。でも、とりあえずは治るからよしとしようよ。ポッター君も、痛いだろうけど我慢できるよね?」
「勿論できるよ。の傷の痛みに比べればたいしたことないだろうしね」
ハリーは笑ってみせる。
確かにの傷に比べればたいしたことないだろうが、は力を使えば痛覚を消すこともできるからハリーよりかは楽なのだ…と自分で思っている。
「はい、薬ですよ!一滴たりとも残してはいけませんよ!」
どんっとマダムに用意されたその飲み薬にハリーは思わず顔を顰めた。
ハリーだけでなくロンとハーマイオニーも見た目のすごさに思わず顔を顰める。
何しろ色が緑色だ。
しかもにごった緑色。
「まずそう…。」
「残すことは許しませんよ!」
思わず呟いたハリーに悪気はないのだろうが、マダムは容赦しなかった。
意を決してグラスを持ち、一気にそれを口の中に運ぶハリー。
さすが勇気あるグリフィンドール生。
ごくんっと最後の一口まで飲み干して、ハリーはどんっとコップを置き…
「げほっ…………まずっ……!」
なんとも正直な感想を述べる。
舌を出して顔を顰めたままである。
マダムは満足そうにハリーが飲み干したグラスを片付ける。
「大丈夫…?ポッター君?グレンジャー、ウィーズリー君、飴か何か持ってない?ポッター君の口直しに…」
「あ、僕持ってる。ほら、ハリー」
ロンはポケットから透明の飴玉を取り出してハリーに差し出す。
ハリーはソレを受け取って口の中に放り込む。
もごもごとしばらく舐めて……表情がほっとしたものに戻っていく。
「すっごいまずかったぁ…。辛いとか苦いとかならともかく、あの不味さはもう嫌だよ…」
ハリーがふぅっとため息をつくのに、思わずくすっと笑ってしまう。
を見て、ハーマイオニーもくすくす笑い出す。
ロンとハリーは何故笑われたのか分からずにきょとんっと互いの顔を見て…そして笑い出した。
何かがおかしいとかではなく、きっとこの雰囲気が嬉しかったのだろう。
日が沈みマダムが医務室を出て行ったのと、ハリーが寝たのを確認して、はベッドをこっそり抜け出した。
ヴォルを連れてひたひたと夜の廊下を歩く。
足音を立てないために靴は履いてない。
「、こっちだ」
ヴォルの後についていく。
念の為ヴォルの姿は黒猫のもの。
万が一フィルチなどに見つかっては言い訳のしようがない。
最も、ヴォルあたりなら慌てずに忘却術とかかけそうだが…。
「何にも聞こえないけど…?」
「当たり前だろ?パーセルマウスじゃない聞き取ることなどできないさ。リズ・イヤーは別としてな」
「そんなもんなの?」
「そういうもんだ」
他の人には蛇の声すら聞こえないと言うのに、パーセルマウスならば言葉として聞き取ることができる。
パーセルマウスなど特殊な能力に関しては流石のもお手上げだ。
力を使って魔法まがいのことならできる。
だが、特殊能力だけはどうにも対応ができない。
ゆっくり歩いているの目に、そう、丁度曲がり角にさしかかろうとした時。
ぱっと一瞬明るい光が曲がり角の向こう側から見えた。
ズズズ……
何かを引きずるような音。
そして、どさっと何かが倒れる音。
ははっとなり、駆けつけようとする。
がしっ
しかし、腕をつかまれ引き寄せられた。
ぽすんっといつの間にか人の姿になったヴォルの胸に顔を押し付けられる。
「ヴォルさん!」
「今出て行くな!ヤツがいる…」
ヴォルは万が一角の向こうにいる相手…そうバジリスクがこっちに向かってきた時、に目を合わせないようにの視界をふさぐように抱きしめる。
に聞こえるのはなにか引きずるような音だけ。
その音が徐々に遠ざかっていく。
と同時にヴォルの手が緩まり、はそこから抜け出して駆け出した。
ばっと角を曲がった先には…。
「…っ!」
倒れているグリフィンドールの少年が一人。
足元には葡萄がひと房。
は駆け寄り、少年の側に膝をつく。
カメラが構えられているまま、おそらくが見た一瞬の光はカメラのフラッシュだったのだろう。
「石化されてるな」
「ヴォルさん…」
ヴォルは少年の側にしゃがみ様子を見てきっぱりと言った。
目を開いたまま、ぴくりとも動かない。
「カメラを通して見たのか……。やはりバジリスクでちまちま殺すのは難しいようだな…、昔もそうだった」
「ヴォルさん…物騒なことをさらっと言わないでよ」
「事実だ。ヤツは図体がでかいから隠れてこそこそやるとしても必ず障害ができる」
「そう…かな?」
「そういうもんだ。だから、お前もあまり考えすぎるなよ」
ぽんっとヴォルはの頭を軽く叩いた。
はヴォルを見る。
もしかして、心配してくれたのだろうか…?
私がバジリスクの犠牲者のことを考えていたから、そう簡単に犠牲はできるものじゃないって言いたかったのかな?
ヴォルの心遣いには嬉しくなった。
しかし、ヴォルの言葉は事実である。
は心配しすぎだが、別に偶然が重なったから死の犠牲が出なかったわけではなく、バジリスクの視線によって死に至らしめることは、簡単ではないということだ。
事をひっそりと見つからないように行おうとすれば尚更である。