秘密の部屋編 36
洗面台にいた猫姿のヴォルは、とんっと下に綺麗に着地し、一瞬のうちに人の姿に変わる。
今のヴォルはアニメーガスのようなものだ。
元が猫で人の姿が変化した姿だとは誰も思わないだろうが…。
じっと、蛇をかたどった蛇口を見るヴォル。
「どう?ヴォルさん…」
「ああ」
ひょこっと覗き込む。
何かを言おうと口を開きかけたヴォルだが、何かに気付いて言葉を止め振り返る。
も何かと思いヴォルの視線を追う。
その先には、こちらをこっそり除いているマートルの姿。
「マートル?」
マートルは顔を顰めての目の前にすぃっと飛んでくる。
じろしろっとを見て
『まだいたの?何の用なのかしら?』
「うん、ちょっとね…」
マートルはちらっとヴォルの方に視線を向け…目を細める。
『貴方、どこかで見た事あるわ、その眼とスリザリンのネクタイ…』
「だろうな」
肩をすくめるヴォル。
大して気にしていない様子だ。
ヴォルがまだ、リドルであった頃、マートルとは面識という面識はなかっただろう。
だが、マートルはバジリスクの犠牲者であり、ヴォル…リドルが直接でなくても初めて手にかけた相手。
「マートル、ちょっと見逃してくれないかな?」
『何をするつもりなのよ?』
「ちょっとした確認…かな?ヴォルさん」
「分かってる。ちょっと待ってろ」
ヴォルはマートルの存在など気にすることなく、水道の蛇口に向かう。
すぅっと眼を細め言葉をつむぎだす。
『開け』
の耳にはそれは言葉として聞こえなかった。
かすかに「シャー」という音が聞こえただけ。
おそらくこれがパーセルタングなのだろうと思う。
ゴゴ……
音を立て、洗面台が6つに割れる。
6方向に割れた中心、そこには大きな穴。
暗く先の見えない深い闇。
「すごい…」
思わずはそう呟く。
かなり大掛かりな仕掛けだ。
知識として知ってはいたが、実際に見ると結構迫力がある。
「、お前はここで待ってろ。俺はちょっと見てくる」
「え?でも、ヴォルさん危ないよ?」
「大丈夫だ。昔ここにはよく来てたからどこをどう行けばいいのかくらい分かる。お前は絶対ここを動くなよ」
「…わかってる」
ヴォルはひょいっと穴に飛び込んでいった。
心配する。
同行すると申し出ればよかったと思った。
しかし、それはおそらくヴォルに反対されただろうが…。
『思い…だしたわ!!そうよ!トムだわ!あの顔トム・リドル!』
マートルがヴォルが入っていった穴を指す。
『スリザリンの監督生だった、トム・リドルそっくりなんだわ!…でも、彼は50年も前の生徒なのに。ねぇ、彼は誰なの?』
マートルはに問う。
は静かにマートルを見つめる。
本当のことを教えることはできない。
でも、マートルがヴォルがリドルに似ていると気付くのはある程度予想はできていた。
なにしろ彼は学生時代かなり有名だったから…。
「誰と言われても答えることはできないかな、僕には…」
『それって、私を馬鹿にしているの?』
「そうじゃないよ、でも…僕は彼を『ヴォル』と呼ぶよ。それは愛称であり、彼の本名ではないけど」
『なによ、それ』
マートルは呆れたような声を出す。
が何を言いたいのか分からない。
すごく曖昧な答え。
「ねぇ、マートル…」
『何よ』
「学生時代は楽しかった?」
『それって私に喧嘩を売ってるの?!私が何でこんなところにいると思っているの?!その学生時代に死んだからなのよ!』
「あ、ごめん」
は申し訳なさそうな表情をする。
マートルにとって学生時代はあまり楽しくなった。
それに触れられるのは嬉しくないだろう。
「じゃあ、ちょっと聞いていい?」
『まだ、私を馬鹿にしたいわけ?』
「そうじゃないよ。マートルはさ、トム・リドルのこと、知ってるんだよね?」
『ええ、知ってるわよ。彼は有名だったもの』
「じゃあさ、トム・リドルがどんな人だったか聞かせてよ」
『何で私がそんなこと話さなくちゃならないの?!それに、何でそんなこと知りたいのよ?!』
「ただの、興味本位だよ。駄目かな?ヴォルさん戻ってくるまで暇だし…」
本当は興味本位じゃない。
はヴォルのことをあまり知らないと思ったのだ。
今あるヴォルの存在のことを知っているだけで。
知識にあるだけのリドルの行動や想いしかしらなくて、学生時代…彼はどんなだったのだろうと。
『そうね。少しくらい時間つぶすのに付き合っても良いわよ…』
「うん、ありがとう」
にこっと笑みを見せる。
『貴方…変な人ね』
「そうかね?」
『ええ、そうよ』
きっぱり言ったマートルの言葉にちょっぴり傷つくだったりする。
そんなに、変かな。
『私だってそんな知ってるわけじゃないわ。トムは有名で女の子なら誰でも憧れていたから…』
マートルは話し出す。
はそれを静かに聞くだけだった。
マートルの話す「トム・リドル」は、やはりの知る彼とは違うようだ。
スリザリンの監督生のトム。
周りからの人望も厚く、優等生でスポーツ万能。
クィディッチもかなりの腕前なのだが、勉強で忙しいと言って選手になることはなかったらしい。
分からないところの質問を受ければ、穏やかな笑顔で優しく答えを教えてくれ、授業で先生に指名されれば正確な答えをすらすらと言う。
の知るヴォルとは随分違うと思った。
私が知るヴォルさんは、そっけなくて、それでもたまに優しいところがあって、周りの環境が悪かったせいか周りの人を全然信じようとしない。
だけど、危ない時にはちゃんと手を貸してくれるし、さっきみたいに心配してくれるし。
優等生の仮面、か。
『…これくらいね。寮が違ったから私も噂でしか知らないわ。彼を見かけたことくらいならあるけれど』
「ううん、十分だよ、マートル。ありがとう…」
感謝の言葉を述べるにマートルは不思議がる。
『貴方って変わってるわね、やっぱり』
「そんなことないよ」
『いいえ、変わってるわ。だって、私と今まで普通に話してくれた人なんていなかったもの』
「そうかな?だって、さっきのハリーはちゃんと君と普通に話していたよね?」
『そうね。でも、一番最初に私を見た時の目は嫌いよ』
「一番最初に見た時の目?」
『そうよ。「なんなのこいつ」って感じの…私を馬鹿にしている目だったわ!』
「それはマートルの勘違いかもしれないよ?」
『何度も同じようなことがあれば、分かるわ!勘違いなんかじゃないもの!でも、貴方は私に少し驚いただけだったわ』
そりゃ、存在だけは知ってたから。
話の中じゃああまり可愛くない子だと書かれていたけど、マートルは自分を卑下しているだけで、可愛い方だと思うんだけどな…。
外国の人の基準はよく分からないや。
ガゴ…
洗面台の壁が動く音がしてそちらを振り返る。
どうやらヴォルが戻ってきて、入り口が閉まる音だったようだ。
元に戻った洗面台の前に立つヴォル。
「お帰り、ヴォルさん。どうだった?」
「どうもこうもな…」
ヴォルは肩をすくめる。
はそれにきょとんっとする。
なにかまずいことでもあったのだろうか?
「バジリスクは完全にヤツの手の中だ。俺には懐きもしなかった」
「って、ヴォルさんバジリスクに会ってきたの?!」
「ああ…。だが、アイツの主人はヤツだけだと認識しているようでな、肉体の変わった俺は他人だと捉えられている。今はまだヤツの命令がないから俺が襲われることはなかったが…」
「そう…。じゃあ、バジリスクの動きをつかむ事は?」
「その程度なら可能だ。ならそう言うだろうと思ってちょっとした魔法を細工してきた。ヤツが表に出る時になれば分かるようにな」
今のヴォルは杖を持っていない。
本来ヴォルの新しい杖となるものはが持っている。
杖なしで魔法が使えるとはやはりそれは才能というべきか。
「ありがとね…ヴォルさん」
「別に礼などいらない。俺が好きでやってることだからな」
ヴォルはぽんっとの頭に手を置いた。
ヴォルのその行動には思わず笑みをこぼす。
ヴォルの優しさが伝わってくるようで、嬉しかった。