秘密の部屋編 33
もうかなり遅い時間だ。
こそこそしながら寮に向かう。
あたりはしんっとしている。
生徒が出歩くような時間ではない。
フィルチにでも見つかればどうなるか…。
仕方ない…去年見つけた近道を使うかな…。
はきょろきょろとあたりを見回す。
誰もいないことを確認すると…近くの壁をコンコンと叩く。
『我が望むべき道を今ここに…』
の力を使った言葉。
ごご…と小さな何かが動く音がして…そしての叩いた壁から人一人通れる穴ができる。
これは去年見つけた隠し通路で、どうやら常に動いているものらしい。
音を立てない程度にゆっくりと…ホグワーツの中を動く。
動くのは入り口だけで通路…つまり出る先は動いていないのだが…。
去年、冗談のつもりで壁に向かって『隠し通路よ出ろ!』みたいな事を言ったら本当にでてきたのだ。
の力で動いている通路を強制的にここに移動させたということ。
薄暗い中を歩く、結構不気味である。
しかし、度胸があるのかは比較的平気そうである。
なにしろ魔法使いの誰もが恐れるはずのヴォルデモートを三流悪役と思っているようなだから、ホグワーツの隠し通路のひとつやふたつなど怖くないのだろう。
「ご主人様にみつかったら……でも、これはハリー=ポッターの為に…これだけでも…」
静かだった空間にわずかに響く小さな声。
は聞こえてきたその声に首をかしげる。
聞いたことのない声だけど…しかもハリー…?
誰だろう…?
とりあえず、声のするほうに向かう…といっても通路は一つだけなのでそのまま通路の先に進んでいくだけなのだが…。
てくてくと歩く中、やはり薄暗いのは誰かいてもわからないということで、力を使っては杖の先に明かりを灯す。
ぽぅと淡い明かりを前にかざし歩き続けると、声がだんだん近くなってくる。
「ご主人様の命令聞かないの…駄目!でも、ハリー=ポッターはこのままだと危険…」
小さな影が見える。
はそれに向かって明かりを近づけた。
「誰…?」
影に問う。
光に照らせれたのは、ぼろぼろの服をまとった屋敷しもべ妖精。
どこかで見たことある顔…といっても屋敷しもべ妖精の顔の違いなどあまりよくわからないが…。
屋敷しもべ妖精はびくっと肩をふるわせ、の方に視線を向けた。
「君、誰…?」
はもう一度問う。
でも、多分この屋敷しもべ妖精が誰かはわかる気がする。
この時期にホグワーツの屋敷しもべ妖精でなく、この場所にいる屋敷しもべ妖精は一人だけだろう。
「君、ドビー…?」
「ち、違いますでございます!ドビーはドビーではありません!」
言葉がかなり変だ。
動揺しているのだろうか…?
カチャリ…
ドビーの手の中のものが音をたてた。
その手の中には…虹色のガラスの欠片がいくつか。
ドビーははっとなり、手の中のガラスの欠片たちを隠すようにする…が、上手く隠せるはずもなく…。
「それって…イレ……」
「こ、これはドビーのものでございます!決してご主人様のものではありません!ましてや、ハリー=ポッターに渡そうなどとは思っていません!」
「ご主人様って…ルシ…」
「ハリー=ポッターに渡す前に、おかしな蛇にこれを投げつけたから割れたのではありません!」
「蛇って…バジ…」
「決して…決して、ご主人様の邪魔をしようとしていたわけではありません!ドビーがここにいるのは、ハリー=ポッターを助けるためでなくて、迷ったからです!」
ことごとく言葉を遮られ、はとりあえずふぅと深いため息をつく。
多分、ドビーはあの「闇の魔術に対する防衛術」の時に見た屋敷しもべ妖精とは同一人物なのだろう。
屋敷しもべ妖精の見分け方などわからないが、この服装は一緒だから。
同一人物でなくても別に困ることはないのだが…。
「つまり…ルシウスさんが今年何かたくらんでいてハリーが危険だから、ハリーを守るためにその魔法を無効化できる『イレイズ』を盗んでハリーを守る手助けにしようと思ったけど、それをハリーに渡す前にバジリスクに遭遇してバジリスクにそれを投げつけたために割れてしまったと…」
ドビーの言葉をまとめてみる。
つまりはそういうことなのだろう。
結果として、ミセス・ノリスを助けたことにつながったのだが…。
「違います!ドビーは偶然ここに迷い込んで……。ご主人様に逆らう気などひと欠片もないのです!屋敷しもべ妖精はご主人様に忠実に…!」
「別にルシウスさんに言う気はないから、安心していいよ」
ドビーは驚いた顔になる。
その様子には苦笑をもらす。
必死に言い訳する様子は小さな子供のようだが……は別にドビーをどうこうするつもりは全くない。
「ハリーを守りたいというなら、このホグワーツでこっそり過ごせばいいよ。ただね、ルシウスさんは君を探していたよ?」
「ひっ…!ご主人様がですか?!」
「うん」
「ドビーは…ドビーは悪くないのでございます!」
「それはわかったから…。ドビーはルシウスさんが怖いの?」
「そんなことはございません!屋敷しもべ妖精はご主人様を敬わなければならないのでございます!ただ、敬い忠実であればいいのでございます!」
「敬い…忠実ね……」
扱いにもよるが、ドビーはそう思わせるようにさせられたという感じを受ける。
屋敷しもべ妖精が自発的にそうするのなら構わないだろう。
それでも…。
「って、今はこんなこと考えている場合じゃないか」
とりあえず、今は寮に戻ってヴォルに会って今後のことをきちんと決めないと。
今後…このドビーも重要な鍵となる。
「ね、ドビー」
「な、なんでございますか?!」
呼ばれて、返事をするようでは自分がドビーだと肯定しているようなもの。
違うと言っても、嘘が付けないところが彼らが「妖精」と呼ばれる所以なのだろうか…?
は苦笑しながら尋ねる。
「ルシウスさんはなんて言ってたの?何か聞いたから、ハリーを守ろうと思ったんでしょ?…あ、それともそれを教えるのは駄目だって言われてる?」
屋敷しもべ妖精はご主人様に忠実でなければならない。
ご主人様のいいつけを守らない時はお仕置きを受けなければならない。
ドビーに無理をさせてまで知りたいとは思わないが、気になる。
果たしてルシウスはどこまで想定しているのか…。
「……ご主人様は………。今度こそ…ハリー=ポッターはあの方の手にかかるだろうと……」
「それだけ?」
「…………それだけでございます」
それだけの言葉でドビーは動いたのか…。
単純と言うか純粋と言うか…。
「うん、わかった。ありがとね、ドビー」
「あ、ありがとう…など、勿体無い言葉でございます!ドビーは、ドビーはいままでそんな言葉を聞いたことがありません!」
「そんな…大げさだよ。ああ、それから、ドビー。その『イレイズ』欠片、必要ないなら貰えるかな?私からルシウスさんに返しておくからさ」
「え?!これでございますか?!いえ、そんなことをしたら貴方様がご主人様に…!」
「大丈夫だって、ルシウスさんとは面識あるしね」
はにこっと笑みを浮かべる。
一人称が「私」に戻ってしまっているが、ここにはドビーしかいないから大丈夫だろう。
ドビーはまだ躊躇うようだったが、に『イレイズ』の欠片を差し出す。
はそれを受け取り、着ていたローブを脱いでそれに包む。
後で、修復すればいいか。
それからルシウスさんに返せば大丈夫でしょ。
そう思っているだが、それが又ルシウスの興味を引くことになるとは微塵も思ってないらしい。
「じゃあ、頑張ってハリーを守ってね」
「勿論でございます!」
もう、すでにハリーを守るということを隠そうともせずに思いっきり頷くドビー。
はくすくす笑いながら、その場を後にして寮に向かった。
ハリーには悪いけど…ドビーには活躍してもらわないとね。
なるべく怪我とかはさせたくないんだけどな…。
ドビーのすることは過激だ。
だからこそ、ハリーを助けようと思ってもやりすぎるか、その方法がどこか間違った方向にいってしまう。
それでも、はそれをとめるつもりはないのである。