秘密の部屋編 7
暖炉をじっと睨みつける。
ダイアゴン横丁に行くつもりなのだが…。
念のため姿は少年の姿だ。
別にフルーパウダーが足りないとか、暖炉が煤だらけ…という訳ではない。
暖炉は綺麗だし、フルーパウダーは十分足りるくらいある。
問題は、はフルーパウダーを使ったことがないことである。
以前使った時はヴォルに便乗させてもらっただけで、自分ひとりではなかったのだ。
「でも、フルーパウダーで行くのが一番早いしね…」
諦めたようにはフルーパウダーを一掴み。
ゆっくりと暖炉の中に入る。
ふぅっと息をつき、フルーパウダーを暖炉の中に…足元に投げ付ける。
ぼっと蒼い火が燃え上がる。
もちろん熱くはない、暖かいだけ。
「ダ、ダイアゴンよこ…けほっ!」
やはり初心者は咳き込む運命にあるらしい。
もお約束のように咳き込み……そのまま飛ばされた。
ぐるぐると視界が回る。
果たしてダイアゴン横丁につけるのだろうか…。
「ボージン、今日は買いに来たのではない。売りに来たのだよ」
ここはノクターン横丁にある「ボージン・アンド・バークス」
闇の魔法に関する道具の売り買いを引き受けている、ノクターン横丁の中でも有名な店である。
長い銀髪を後ろでゆるく結び、覚めた灰色の瞳で店主ボージンを見る男。
顔立ちはかなり整っており気品さえ溢れている。
纏う雰囲気が冷めたものでなければ、女性達の視線が釘付けになるだろうほどである。
彼の隣には似たような顔立ちだがまだ幼いドラコ=マルフォイ。
男はドラコの父親ルシウス=マルフォイである。
「売りにですか?」
「ああ、そうだ。当然君も聞いているとは思うが…、近頃魔法省が煩くてな…」
苦笑しながらルシウスはボージンに持っていた羊皮紙を見せる。
羊皮紙には何かのリストのようなものが書いてある。
「多少都合の悪いものがあってな…。見つかったところで魔法省に何が出来るわけでもないが……できるだけ面倒は避けたい」
「しかし、魔法省ごときが貴方様に何をするというのでしょうかね…」
「念のため…だ。最近は煩いマグル贔屓のヤツもいるからな…。あのアーサー=ウィーズリーのような……」
苦々しい顔つきになるルシウス。
ボージンも困ったようにため息をつく。
そのままいつものようにボージンが商品を見せてもらおうとした時だった。
ガラドシャズシャァァァァァ!!
何かが落ちてきたような、床を滑って奥の戸棚を倒しまくったような音。
あまり綺麗でないこの店の中に埃が舞う。
ドラコは驚き、その音の主を見ようと覗こうとするがルシウスに止められる。
「…痛い……」
埃が落ちつき、音の主の姿が見える。
先ほどの呟きはその主からのようだ。
黒い髪はぼさぼさになり、黒いローブは埃まみれ。
所々かすり傷をおいながらも立ち上がり、ぱんぱんっと埃を払う。
それはダイアゴン横丁に無事につけなかったである。
は、ここはどこなのかと思い、きょろきょろする。
「あ…れ?ボージンさん?」
店主ボージンの姿を目に止めるときょとんとした表情になる。
ノクターン横丁で有名なこの店の店主とは一応知り合いだ。
去年、いろんな薬草やモノはここに売りに来ていたから。
が持ってくるものはどれも貴重なもので、闇の高等魔術を使う時に必要になるものばかりな為、いつのまにかボージンとは結構親しくなっていたりした。
は魔法界では基本的に少年の姿でいることが多い。
その為、ボージンが知っているは少年の姿だ。
「おやおや、貴方は様じゃないですか。どうしたんですか…」
「あ、どうも、お久しぶりです、ボージンさん。ちょっと失敗してしまってこんなところにでてしまったみたいです」
「いえいえ、気にすることないですよ。初めてだったのですか?」
「ははは…」
「初めてフルーパウダーを使う方はよくこちらに間違ってこられますよ」
「あ、そうなんですか?」
苦笑する。
なんとか服の埃は払えるが、かすり傷と壊れてしまったらしい眼鏡はどうしようもない。
とりあず眼鏡はポケットにしまいこむ。
そこでようやく気付く。
ドラコとルシウスの存在に…。
「あれ?マルフォイ君?久しぶりだね〜」
「っ……!」
のん気に挨拶をするとは対照的に苦々しい顔つきをするドラコ。
会いたくない相手にあってしまったかのようだ。
「様、マルフォイ様のお坊ちゃまと知り合いで?」
「ええ、おなじホグワーツに行ってるので。寮は違いますけどね」
それにあまり仲も良くないが…。
はスリザリン生にあまり良く思われていない。
特に女子生徒には…。
なぜかといえば、セブルスがを構っているように見えるからだ。
「何で、お前がこんなところに!」
「何でって、それは勿論フルーパウダーでダイアゴン横丁行こうとして失敗したからに決まってるじゃないか」
「威張れることか!」
「別に威張ってないけどさ……。それにしてもマルフォイ君こそどうしてノクターン横丁なんかにいるのさ?」
ボージンがいたことで、ここがノクターン横丁の店の中であることが分かった。
知っているところにでて何よりだと思う。
しかし、あまり安心すべき場所ではないのだが…。
「ぼ、僕は父上についてきただけだ!」
「父上って…」
は初めてルシウスのほうに視線を向ける。
すっと冷めた見下すような視線。
どこか、ヴォルデモートが乗り移ったクィレルと似た感じを受ける。
「ドラコの知り合いか…?」
「はい、はじめまして。ルシウス=マルフォイさん」
「勝手に知り合いにするな!」
「何を言うかな?マルフォイ君。僕は君の名前と顔を知っている、君も僕の顔と名前を知っている。その時点で十分知り合いじゃない」
「…そ、それはそうだけど…」
「なんなら、友達に格上げしてもいいけど…」
「結構だ!」
「うわ、ひどいなぁ…そんな即答で拒否しなくてもいいのに」
「誰がグリフィンドールのヤツと仲良くなるか!」
「マルフォイ君、それって偏見。確かに僕は純血じゃないしグリフィンドールだけど…」
「純血じゃない?確かあの時は純血だって言っていなかったか?」
初めてドラコに会った時。
まだ入学前のダイアゴン横丁でのことだ。
確かに言っていたかもしれない。
心の中で「マグルのね…」と付け加えたりはしたが…。
「そんなこと言ったっけ?僕は何を隠そう、先祖どこを遡ってもマグルの純血だよ!」
「騙したのか?!」
「そんな人聞きの悪い。僕は魔法族の純血だなんて一言も言ってないよ」
「普通純血といえば魔法族の純血というのが当たり前だろう!」
「残念ながら僕はマグルだから、魔法界の常識なんて知らないよ」
本当は、知っていてそう誤解するように答えたのだが…。
「穢れた血が!!」
「なんとでも言ってくださいな。何を言われても事実は変わらないしね…。それに口で勝てないからって貶める言葉を言うのは、自分が負けだって認めているようなものだよ?マルフォイ君?」
「っ?!…!!」
ドラコは杖を構える。
プライドが高いドラコは侮辱されるのが凄く嫌いだ。
としては侮辱などしたつもりはないのだが…。
杖を構えて魔法を使おうとするドラコに、も形だけでも杖を構えようとするが…。
「あ……。杖忘れちゃったみたい」
困ったように両手を広げた。
「なっ!何を考えているんだ?!杖を忘れるなんてそれでも魔法使いのつもりか?!」
「う〜ん、面目ない」
「ふざけているのか、!」
そう言われても、まさかドラコと会うとは思いもしなかった。
にとって杖は飾りのようなもので持っていても何の役にも立たない。
魔法が使えるわけでもないのだから…。
「ドラコ。杖をおろせ」
怒りで杖を取り出した息子を冷たい声でたしなめるルシウス。
ドラコははっとなり、しぶしぶ杖をしまう。
さすがのドラコも父親には逆らえない。
ルシウスはを見る。
「マグル出身の魔法使いが何故こんなところにいる?しかも、ボージンとはどういう知り合いだ?」
「…いまここにいる理由は、先ほど述べた間抜けなものです。ボージンさんとはただの客と店主としての知り合いですよ」
肩をすくめる。
ここはノクターン横丁。
ただのマグル出身のまだホグワーツ在学中の半人前魔法使いがひょこひょこ来れるようなところではない。
ここには闇の魔法使いが多いのだから…。
「ボージン、本当か?」
「ええ、本当ですよ。様は去年いろいろな薬草や珍しいモノをお売りになってくださったのですよ。いくつかはマルフォイ様の手にも渡っていると思いますが…」
「ああ、アレらのことか…」
「中でも魔法界では貴重なものもありますからね…」
貴重なものでなければ、売れないだろう。
そのお金ではホグワーツや日常生活で必要なものを買っているのだから。
「…と言ったな」
「はい、なんでしょう?」
「どこでアレらを手に入れた?」
「どこって…『覇王の社』とか『バルドの隠れ家』ですけど…」
『覇王の杜』『バルドの隠れ家』はともにかなり危険なところ。
闇の魔法使いしかうろついていないと言われる。
闇の帝王であるヴォルデモートが好んで訪れたとも言われている。
もちろん、はその場所へはヴォルに連れて行ってもらったのだが…。
「確かにあの場所には貴重なものが多いな…。だが、半人前の魔法使いが行って無事に戻れるほど甘くはない場所のはずだ」
獰猛な獣も多くいる。
そこはそれ、の力で動きを止めて逃げまくっていたのだが…。
それは言えない。
「そのあたりは企業秘密ということで…。言えない事もあるんですよ」
にこっと笑みを見せる。
この力をヴォルデモートに知られるわけにはいかないので、やはりルシウスには絶対に知られるわけにはいかない。
「まぁ、いい…。闇に染まりたいのなら歓迎する、たとえ穢れた血でもな」
「意外ですね、純血主義のルシウスさんの言葉とは思えませんけど?」
「但し、優秀なもの…に限るがな」
「なるほど」
ルシウスはおそらくヴォルデモートがマグルと魔法使いの間から生まれた子だと知っているはずだ。
純血でなければ受け入れられないということはないのだろう。
マグルの血を引いた主に仕えているのだから…。
しかし、自分が純血であることは何よりも誇りには思っているだろうが…。
「行くぞ、ドラコ」
ばっとローブを翻していくルシウス。
ドラコはきっとを睨んでから、ルシウスについていく。
その様子には苦笑するしかない。
「まぁ、純血であることを誇っているのは悪くないんだけどね」
そう呟く。
もう出て行ってしまったルシウスには聞こえていないが…。
「純血はもっと敬われるべきだとわたしは思うんですがね」
「ボージンさんは純血主義ですか?」
「ええ、そりゃあ、魔法使いの純血といえば昔から有名な魔法使いばかりを輩出してますからね」
「…そうですね。魔法を受け付けないマグルがいる以上は、純血を誇る家系があっても僕は構わないと思いますよ」
プライド高き魔法族純血の家系。
魔法を否定し、どうしても受け入れようとしないマグルを良く思わないものたちが多い。
まぁ、ヴォルさんの昔みたいにマグルに酷い扱いされた人からすれば、魔法界からマグル出身を排除するって考え方は分からないでもないんだけどね…。
事情としては理解できるけど、やっぱ、マグルの全てがそうじゃないって知ってる身としては気持ちまでは、マグルを前面排除するということは納得できないな…。
ルシウスとドラコがでていった方を見ながらはそう思った。