ゴドリックの谷 09





屋敷に戻ったヴォルは、がジェームズから預かった本を手に取る。
を居間のソファに座らせて、その本をテーブルに置く。
杖を構える。

『アロハモラ』

かちりっ

音をたてて、本の鍵が開く。
非常に簡単な呪文だ。
しかしある意味盲点でもある。
闇の魔力を感じるこの本が、こんな簡単な呪文で開くとは思わないだろう。

「ヴォルさん、勝手に鍵開けていいの?」

意外に簡単な呪文で開いたことに驚きを感じただが、これはジェームズに彼自身か、彼の友人に渡すよう言われたものだ。
その中身を自分達が勝手に見ていいのだろうか?

「本人に言われている。もし、が自分を責めるようなことがあれば自分がフォローするってな」
「自分が?って、ジェームズさんがどうやって?」
「今に分かる」

ヴォルの顔が少し顰められる。
鍵の開いた本は勝手に開きだしページがぱらぱらとめくられる。
あるページでとまり、本が少し光を帯びる。
すると、突然にょきっと何かが出てきた。


「やぁやぁ、久しぶりだね〜。栄えある僕との対面第一号は誰かな?」


能天気な台詞とともにでてきたのは、見覚えのある姿。
ひらひらと手を振ったその人物は、透けている。
ゴーストのようだ。
はその姿に呆気にとられた。

「ジェ、ジェームズ、さん?」

現われたその人物は、もういないはずのジェームズ・ポッターだった。
はぱちぱちと瞬きをする。

「あら?ジェームズだけじゃないわよ」
「あう〜」

続けて、現われる赤子のハリーを抱えたリリー。
その姿はジェームズ同様透けている。

「ええ?!リリーさん?!ハリーまで?!」

驚きいっぱいになる
反面深いため息をつくヴォル。

「おや?第一号はか。ということは、君は自分を責めているんだね?」
「気にしなくてもいいわよ、。私はジェームズと一緒ならどこへで行くわ」
「そうさ!僕とリリーは一心同体!リリーと一緒なら天国でも極楽でも楽園でも構わないさ!」
「ジェームズ、嬉しいわ」
「あう〜!」
「駄目だよ、ハリー。いくら可愛い息子でも僕とリリーの愛の間には入り込めないぞ?」
「そうよ、夫婦の愛は強いのよ!最愛の息子でもそれは敗れないのよ」
「リリー…」
「ジェームズ…」

とヴォル、そしてハリーそっちのけでぎゅっと抱き合うリリーとジェームズ。
には何が起きているのか分からないので混乱中である。

「おい、いい加減にしろ、バカップル」
「酷い言い草だな〜、黒猫君」
「黒猫君って、彼があの猫なの?アニメーガスだったのね」

まじまじとヴォルを見るリリー。
そういえばリリーはヴォルの人の姿を見たことがない。
ヴォルはアニメーガスではないのだが、この際否定するとややこしいことになるので黙っておく。

「えっと、あの、なんでジェームズさんとリリーさんが?」

ようやく口を開く
さっきまで自分を責めていた気持ちがすっかり消えていた。
それより驚きの方が大きかった。

「ああ、それはね。あの時の僕達の記憶をこの本に保存したんだ」
「ただ保存するだけじゃあ、面白くないでしょ?だから、姿も現せられるようにしたのよ」
「随分難しかったけどね。違法しまくりなんだけど…」
「大丈夫よ。私達、もう死んでいるようだから捕まらないわよ」

(いや、明るく言うことじゃ。それに、記憶を保存って思いっきり闇の魔法だろうし)

「まぁ、それは置いといて」
「そうね、まずは」

ジェームズとリリーはを見る。
はにっこりと笑みを浮かべたジェームズとリリーに嫌な予感がした。

、自分を責めるはやめようね」
「そうよ、のせいじゃないわ」
「で、でも…」
「どうしても気が済まないっていうなら、ネズミの丸焼きを持ってくるっていうのはどうかな?」
「あら、ジェームズ。私は丸焼きより、生け捕りにして目の前で丸焼きにしてほしいわ」
「あ、いい案だね、さすが僕のリリーだ」
「丸焼きしたネズミは、どこかの犬に試食させましょう」
「そうだね、あの犬なら何でも食べそうだし」

冗談交じりのジェームズとリリーの言葉だが、そのネズミと犬が意味するのはあの人達のことだろうか。
がそれを知っていると分かっていて言っているのか、分からずに言っているのか分からない。

「あ、あの、お二人とも、彼のことを信じているんじゃ、親友だと思っているんじゃないんですか?」
「もちろん、思ってるとも!」
「そうよ、。私達は、『ネズミ』のことを言っているのよ?彼は関係ないわよ、あまり…

あまり…って?!!あまりって何ですか?!物凄く気になるんですけど…、でもここで突っ込んだら暗黒の笑みが返ってきそうで怖くて聞けないっ!)

、私達は後悔してないのよ。こうやって残った人たちが悲しまないように記憶を残したのもそれを伝える為」
「だから、君も自分を責める事はしないで欲しい。僕達が決めて、僕達が選んだ道だから。こうなったのは君のせいじゃない」
「そうよ。それに彼にはそれ相応の御礼はするつもりだもの」
「そうだね、リリー。記憶だからって何も出来ないわけじゃないしね。ついでに、提案者にもきちんとそれ相応の御礼をしないとね」
「甘さ倍増のケーキ、1ホールくらい無理やり食べさせてやるわ」

ふふっと楽しそうに笑う二人の姿が、にとってかなり怖かった。
ここで、自分が悪いとかなんとか言えば、自分にも災難が来る。
と同時に、変わらない2人の様子にどこかほっと安心もした。





ぱたんっと本を閉じて、彼らはまた本の中へと戻っていた。
ジェームズ曰く、この本の効果を維持し続けるには、魔力の補給が必要になるらしい。
定期的に人ごみの中でこの本を持ち歩けば、人々から溢れる魔力を自然に吸収するから、なるべく人の多いところに行って欲しいと言われた。
閉じられた本を見る
閉じられたと同時に鍵も再び掛けられた。
心が少し軽くなった気がする。
後悔していた気持ちは変わらない。
それでも、ジェームズやリリーとまた会えるかもしれないという、この本があるから、ということが心を軽くする。

「ヴォルさん。知ってたの?この本がなんなのか…」

ジェームズから言われているとヴォルは言っていた。
それはつまり、事前に彼聞いたということ。

「ああ」

短く答える。
の性格を知って、ジェームズ達は、と出会ってからの記憶も保存することにした。
闇の魔法を使ってまで記憶を保存したのは自分達の知り合いに知って欲しいからか。
後悔はしていないという事を。

「ただ、あいつは、ハリー・ポッターだけが残されることを知らなかったようだな」

だから、幼いハリーの記憶も保存したのだ。
この時、この時代に自分達家族は幸せだったのだと残す為に。

「じゃあ、いつか、ハリーにも会わせないとね」
「いいのか?」
「何が?」
「あいつらを会わせることで、都合の悪いことにはならないのか?」
「…うん、だから、ハリーには悪いけど、時が来てからにするよ。今はまだ、そうだね、教授か、リーマスさんのいる場所が分かればリーマスさんに渡そうと思う」

本来この本は、ジェームズが残された人たちのために残したもの。
だけがもっていていいものではないだろう。
ジェームズやリリー、彼らと親しかったもの達にこそ渡るべきもの。
はこうして、少しだけでも再会できたのだからいい。
短い間だったけど、自分のことまで考えてくれた事がとても嬉しかった。

「まだ、先は長いからね!こんなところでへこたれてられないよ!」

まだ1年しか過ぎていないのだ。
ジェームズとリリーは優しかった。
自分も彼らのように優しく、そして、強くなりたい。
先を知っても立ち向かっていけるような強さを…。


ばさばさ…ホゥ

「ん?」

が心に強く決意を固めたと同時に、一匹のふくろうが飛んできた。
手紙を持っているようだ。
自分にふくろう便をくれるような相手などいたのだろうか。
そう思いながら、その手紙を受け取る

「誰からだ?」
「えっと、ダンブルドアからみたい」
「ダンブルドア?何が書いてある?」

かさかさっと音をたて、は手紙を広げる。
そこには綺麗な筆記体が並んでいた。
不思議とそれが読めるのは、もう疑問には思わない。

、元気かね?
 ホグズミードのはずれの屋敷に住んでいると聞いて心配になったのでの。
 そこはあまり安全なところではないんじゃ。
 一時はヴォルデモート達闇の魔法使いが住んでいたという噂もあった所なんじゃよ。
 そこで、わしの知り合いのところへ行って欲しいんじゃ。
 相手の方には話をつけておる。
 場所は、『狩りの宿』じゃ。
 その相手というのも、かなり不器用な子での、食事もきちんとっているのかわしは心配なんじゃが、が行ってくれると安心じゃよ。
 事情もきちんと話せば分かってくれる子で、信用できる相手じゃ。
 安心しなさい。

 追記:無事に会えたら連絡を一つくれるよう言っておいて欲しい』


「だって、さ」
「確かに、この場所は昔ヤツラが使ってたことがあるからな、安全とは言えない。しかし、その『狩りの宿』にいるやつは信用できるのか?」
「う〜ん、ダンブルドアがいうんだら大丈夫じゃないかな?とりあえず、行く?」
「そうだな、ホグズミードの暖炉から行くか」

生憎、この屋敷の暖炉は飛行ネットワークに組み込まれていないらしく使えない。
ダンブルドアが言ったからではないが、ここがあまり安全でないといのなら長いこといるのは良くないのだろう。
夏休みの期間だけとはいえ、帰る場所は安全な場所の方がいい。
とヴォルは少ない荷物をまとめ、ホグズミード村に向かった。
『狩りの宿』に行く為に。