ゴドリックの谷 08





耳に残っているのは、ヴォルデモートの呪文と、リリーの想い、ジェームズの最後の言葉、そして、ハリーの鳴き声。
見たはずのない光景と、聞いたはずのない声。
それが何故か耳に残っている。

は、ふっと意識を覚醒させる。
目に入ったのは、見慣れたホグズミードの近くの屋敷の天井。

「ゆ、め…?」

夢のはずだと思いたかった。
何故なら、自分はジェームズに元の時代に送り返されただけなのだ。
ヴォルデモートがジェームズ達を襲った時間にはいなかったのだから。

「目が覚めたか?」

声の方をゆっくり向くと、そこには人の姿になっているヴォルがいた。
ヴォルはの頬に手を伸ばし、流れていた涙を拭う。

「何を見た?」

涙を流すほどの何を見た?
ただの夢ならいい。
しかし、それが…。

「私、泣いてた?何で?」
「何かを見たんだろう?何を見た?」
「何って…」

ヴォルは、が時々寝て起きた時に様子が変わっていることに気付いていた。
本当に時々だったが、その時は悲しそうな表情をしていた。
それは、が未来を、知っている未来を見ていた時だ。
今回も何かを見たのだろうと思う。
の頭に浮かぶのは…

ジェームズの言葉
リリーの想い
ヴォルデモートの魔法
ハリーの泣き声

「ヴォル、さん。ねぇ、ジェームズさん達、生きてるよね?未来は変わった、よね?」

夢にしてはリアルすぎた。
でも、今までの自分が見た夢は、本の中の出来事、そしてあるべきはずだった過去。
自分が関わった夢を見たことなどない。
あれが、起きてしまったこの世界の本当の過去のはずないと思いたいのだ。

「俺にはなんとも言えない。ただ、俺は今ならジェームズ・ポッターが最後に言った言葉が理解できる」
「え?」
「あいつは、お前に託したものを渡して欲しいと願っていた。あの時は何を言っているのかわからなかったが、今なら分かる」

ヴォルの言葉は、夢の内容と一致してしまう。
ジェームズは最後になんて言っていた?


―…、あれを必ず、渡して…、あれは…僕、達の…、想いだ、か、ら…


夢で見た耳に残るジェームズの声。

違う!!信じてる、だって、また会えるのを楽しみしてるって!!リリーさんが言って!」


ヴォルはの名前を呼ぶ。
びくっとなる

「俺は言っただろう?俺とが過去に飛んだのは必然かもしれないと。あれは起こるべくして起こった事だ。だから、未来は変わらない、変わりようがないんだ」
「何で!だって、それなら!何で言ってくれなかったの?!」
「言ったところで変わらなかったさ」
「そんなことない!私があの場にいれば!何か出来たかもしれないのに!!」

今更、今更私は後悔している。
怖かった。
最良のはずの未来が変わるのが怖かったけど、何も出来なかったのがなにより悔しい…。

「いや、あの場に残ることなど出来なかっただろう」
「どうして?!」
「ヴォルデモートが襲ってくるかもしれない場所に、いつまでも関係のない者を置いておけるわけないだろう?あいつは関係のない相手を巻き込むヤツではない」
「それでも!」
、もし、が無理に残ろうとしても、あいつはきっと無理矢理にでもお前を帰しただろう。お前があの場にいてもいなくても未来は変わらない」
「そんなことない!」

は、きっとヴォルを睨みつける。

(こんなに後悔するくらいなら行動を起こせばよかった!何か、出来たかもしれないのに!)

…」

ヴォルはを抱きしめる。
ぼろぼろと涙を流すを慰めるように。
心の中でヴォルはため息をつく。

知っていた。
何が起こるのか、全て。
ジェームズの最後の言葉も、リリーの想いも、ハリーの鳴き声も、ヴォルデモートの最後も。
ヴォルは全て知っていた。
あの場にとヴォルが残ればおそらく未来は変わっていただろう。
そして、今の自分は消えていたかもしれない。
けれど、ヴォルはジェームズ達の命よりの安全と自分自身を選んだ。
だから余計な口出しはしなかった。
過去に来れたのは必然で未来は絶対に変わらないと知ってしまえば、は必ずあの場に残っただろうから。
未来か変わるかもしれないと期待を持たせ、大人しく元の時代に戻れればよかった。

「…ヴォルさん」
「何だ?」
「行きたいところがある」
「どこだ?」

ヴォルの腕の中に顔を埋めながら、掠れた声では望む。
泣いていても、後悔していても何も始まらない。
それならば、その目で確かめればいい。

「サレー州、リトル・ウィンジング、プリベット通りへ」

ダーズリー一家の住んでいる場所へ。
そこにハリーがいるのなら、未来は変わっていないのだろう。
この目で確かめるまで、まだ希望はある。
ヴォルは頷いた。
の気が済むまで付き合ってやろう。
彼女を悲しませている原因は自分にもあるのだから…。





サレー州、リトル・ウィンジング、プリベット通り4番地。
そこにそこそこ広い庭のある2階建ての家がある。
その家には、ダンブルドアが古代魔法を使用して闇の魔法を退けるように守護していた。
その家に掛けられている魔法を感じたヴォルは、未来に変わりがないことを確信していた。
はこっそりとその家を覗く。
今の姿は少女の姿なので、ハリーにもし見られても声を掛けられることはないだろう。
庭の方を見れば、しゃがみ込んで草取りをしている少年が見える。
黒いくしゃくしゃの髪、丸眼鏡に緑色の瞳。
サイズが合わなそうなボロボロの服。
汗を拭いながら一生懸命草をとっている姿。

「ハリー…」

は息を呑んだ。
何も変わっていないのだ。
過去に飛ぶ前と何も変わっていない。

「変わって、ない?」
「ああ、変わってないな」
「何も…。じゃあ、私はジェームズさんとリリーさんを見殺しに、した?」
「それは違うだろ?」
「ううん、違わない。違わないよ!」

(未来なんか変わってもいいから、他に犠牲が出ることを怖がらないで未来を変えてしまえばよかった!知っていたのに!未来を知っていたのに…!)

、自分を責めるな」
「でも、私が何もしなかったから」
「責めるなと言っただろう?お前がそんなでは、あいつらも怒るぞ?」
「怒れるなら怒って欲しいよ」

(いなくなってしまった人たちが、本気で怒るというなら怒ってもいい。怒ってもいいから、もう一度会いたい。だって、もう一度会おうって言ったから…)

「そんなに、怒られたいなら、怒られに行くか?」
「…ヴォルさん?」
「存分に怒られたら、いつものお前に戻れよ?」
「ヴォルさん、何言って?」

もう、彼らに会えるはずなんてない。
沈むをヴォルは構わず引っ張っていく。
ふぅっと深いため息をつきながら。
向かう場所は、今の生活拠点であるホグズミード近くの古い屋敷。
そこには、ジェームズから預かったあの本が置いてある。
魔力を感じ取れないにはあの本が何なのか分からないだろうが、アレからは闇の魔力が感じられる。
そう、ヴォルが昔、学生時代に使った魔法と似た魔力が感じられた。
決して同じものではないが、同じ類の力を秘めているだろうその力。
それが意味するものは…。