ゴドリックの谷 07





色々ジェームズと話し込んだりはしたが、次の日からはごくごく普通の日常が戻ってきた。
は相変わらずリリーと一緒に食事の支度をして、ヴォルは猫の姿でハリーと戯れる。
まるで、あの襲撃事件がなかったかのように…。
は一度、リリーに聞いてみたことがある。


―襲われたのに別の場所に移動しないんですか?


その問いにリリーは首ゆっくり横に振った。
そして、ジェームズと同じようにまだ「信じている」と言った。
はその答えに泣きそうになった。
だから、願う。
自分が知っている未来が変わってもいいから、彼らの信じる気持ちを無駄にしないで欲しいと。
強くて優しい彼らに、残酷な結末を与えないで欲しい。





そして、1週間はあっという間だった。
は黒猫姿のヴォルを抱えて立つ。
足元には訳の分からない魔方陣らしきもの。
どうやらこれが時空間転移の為に必要らしい。

、これを…」

ジェームズが差し出したのは一冊の本。
黒皮の背表紙のどこか古めかしい本。
ご丁寧に鍵つきである。

「鍵つき?」
「そう簡単に中身を見られないようにしてあるんだよ」
「でも、それを開けるのは難しいことじゃないわよ、きっと」

にこにこっと笑みを浮かべているジェームズ。
その笑みにきょとんっと首をかしげる
まぁ、どちらにしろこれを見るのは自分ではないのだからいいか、と思う。

「じゃあ、いいかい?
「はい」

ジェームズが杖を構える。
何を言っているのかよく分からない呪文を唱え始める。
の足元の魔方陣がうっすらと輝きだす。

「ジェームズさん、リリーさん。私、二人に会えて嬉しかったです」
「あら?私もよ、
「ご武運をお祈りしています」

にこっと笑みを浮かべる
負けないで欲しい。
決められた未来なんか覆して欲しい。
一瞬きょとんっとしたリリーだが、ゆっくりと、だがしっかりと頷く。

「ええ。また、に会えるのを楽しみにしているわ」

の足元の輝きが増す。
光が強まりが光に包まれていく。
ジェームズやリリーが彼を信じたように、も信じようと思う。
決められた未来などない、と。
また、彼らに会えるということを。
そして、の意識は暗転した。





薄暗く不気味な夜。
その日はハロウィンだった。
部屋のあちこちに、それらしい装飾が見られる。
ジェームズは、居間で新聞を読み、リリーは二階でハリーを寝かしつけている所だった。
穏やかな空間だった。
突然の訪問者が現われるまでは。


ドンッ!!!


大きな音をたてて、容赦なく突き破られた扉。
ジェームズははっと立ち上がり杖を掴む。
玄関先を見れば、そこには1人の男。
漆黒の髪、深紅の瞳、黒いローブを身に纏う、闇の帝王。

「ヴォルデモート」
「貴様がジェームズ・ポッターか」

どこか見下すような視線。
目を細め、汚らわしいものでも見るようにジェームズに目を向ける。

「馬鹿な男だ。別の道を選べば、また違う未来があっただろうにな」
「残念ながら、僕はこの道を選んだ事を後悔なんてしていない」
「…穢れた血のどこがいいのか分からんな」
「その穢れた血が君にも流れているんだろう?」
「貴様!!」

ジェームズはダンブルドアに聞いて知っていた。
ヴォルデモートがどのような魔法使いであるかという事を。。
サラザールの血を引く魔女とマグルとの間に生まれた子供。

「どうやって、ピーターからこの場所を聞き出したのか知らないけどね」
「ふっ、まさか貴様はまだこの期に及んでワームテールを信用しているのか?」
「ああ、信じているよ。彼は僕の大切な親友だからね」
「憎まれていたことも知らないのが親友か、愚かだな。そんな愚かな友がいるから貴様はここで死ぬことになる」
「信じることが出来る友がいない君の方こそ可哀想だね」
貴様ぁ!

悲しそうに微笑むジェームズ。
本当は、最初から分かりきっていたのだ。
ピーターが裏切ったことは。
それでも、ジェームズはピーターを憎むことなどできなかった。
彼は紛れもなく今でもジェームズにとっての親友なのだから。
ジェームズに哀れまれたヴォルデモートは怒りで杖を向ける。
対するジェームズも杖を構える。
そして同時に呪文を唱えた。

『アバダ・ケタブラ!』
『ステューピファイ!』

光と光がぶつかり合う。
顔を顰めたのはジェームズの方。
魔力が圧倒的に違う。
光は圧され、ヴォルデモートはニヤリと笑みを浮かべた。
緑色の光がジェームズを包み込む。
それは命を奪う光。
意識が薄れる中、ジェームズは呟いた。

「…、あれを必ず、渡して…、あれは…僕、達の…、想いだ、か、ら…」

言葉の意味が分からず一瞬顔を顰めるヴォルデモート。
しかし、倒れたジェームズから目を逸らすと2階へと足を向けた。

2階でハリーを寝かしつけていたリリーは、きゅっと唇を噛み締め杖を握り締めた。
何が起きたのか分かった。
でも、ここで諦めるわけにはいかない。

「お願い、ジェームズ!力を貸して…」

ぎゅっと杖を握りしめる。


「死んだ者の名前を呼ぶことは、無意味だ」
「ヴォルデモート」


人の命を奪うことなどなんとも思ってない表情。
冷め切った瞳。
リリーはきっと睨む。

「ハリーだけは、ハリーだけは守るわ!!私の命に代えても!!」
「…穢れた血に何が出来る。大人しく死ね」


『アバダ・ケタブラ』


リリーに飛び込んでくる緑色の光。
リリーは呪文を唱えなかった。
でも、ハリーを守ると強い想いがあった。

お願い!お願い!!
ハリーだけは!
この子にはまだ未来があるの!
まだ幼いこの子の未来を奪わないで!!

残ったのは赤ん坊のハリーだけだった。
リリーは床に倒れている。
ただの赤子などヴォルデモートの敵ではない。
すっと杖を向け呪文を唱える。


『アバダ・ケタブラ』


―リリーさんの想いは無駄にさせない!!…想いは何よりも強い力になる!!だってそれが…”力”だから!


声が…、誰かの声が聞こえた気がした。
一瞬眉を寄せたヴォルデモートは、次の瞬間その表情が驚愕に変わる。

何?!!

光が撥ね返され、ヴォルデモートに襲い掛かる。

「馬鹿な!!」

反対呪文のないはずのこの魔法。
それが跳ね返り、自らに襲い掛かる。
想いは力となる。
それでも想いだけではどうにもならない。
それを力としたのは「時の代行者」の力。
夢の中で過去を垣間見たの力とリリーの想いの力。
それがハリーを守り、ヴォルデモートを倒したのだった。
しかし、そのことを知る者は、誰もいない。