ゴドリックの谷 07
色々ジェームズと話し込んだりはしたが、次の日からはごくごく普通の日常が戻ってきた。
は相変わらずリリーと一緒に食事の支度をして、ヴォルは猫の姿でハリーと戯れる。
まるで、あの襲撃事件がなかったかのように…。
は一度、リリーに聞いてみたことがある。
―襲われたのに別の場所に移動しないんですか?
その問いにリリーは首ゆっくり横に振った。
そして、ジェームズと同じようにまだ「信じている」と言った。
はその答えに泣きそうになった。
だから、願う。
自分が知っている未来が変わってもいいから、彼らの信じる気持ちを無駄にしないで欲しいと。
強くて優しい彼らに、残酷な結末を与えないで欲しい。
*
そして、1週間はあっという間だった。
は黒猫姿のヴォルを抱えて立つ。
足元には訳の分からない魔方陣らしきもの。
どうやらこれが時空間転移の為に必要らしい。
「、これを…」
ジェームズが差し出したのは一冊の本。
黒皮の背表紙のどこか古めかしい本。
ご丁寧に鍵つきである。
「鍵つき?」
「そう簡単に中身を見られないようにしてあるんだよ」
「でも、それを開けるのは難しいことじゃないわよ、きっと」
にこにこっと笑みを浮かべているジェームズ。
その笑みにきょとんっと首をかしげる。
まぁ、どちらにしろこれを見るのは自分ではないのだからいいか、と思う。
「じゃあ、いいかい?」
「はい」
ジェームズが杖を構える。
何を言っているのかよく分からない呪文を唱え始める。
の足元の魔方陣がうっすらと輝きだす。
「ジェームズさん、リリーさん。私、二人に会えて嬉しかったです」
「あら?私もよ、」
「ご武運をお祈りしています」
にこっと笑みを浮かべる。
負けないで欲しい。
決められた未来なんか覆して欲しい。
一瞬きょとんっとしたリリーだが、ゆっくりと、だがしっかりと頷く。
「ええ。また、に会えるのを楽しみにしているわ」
の足元の輝きが増す。
光が強まりが光に包まれていく。
ジェームズやリリーが彼を信じたように、も信じようと思う。
決められた未来などない、と。
また、彼らに会えるということを。
そして、の意識は暗転した。
*
薄暗く不気味な夜。
その日はハロウィンだった。
部屋のあちこちに、それらしい装飾が見られる。
ジェームズは、居間で新聞を読み、リリーは二階でハリーを寝かしつけている所だった。
穏やかな空間だった。
突然の訪問者が現われるまでは。
ドンッ!!!
大きな音をたてて、容赦なく突き破られた扉。
ジェームズははっと立ち上がり杖を掴む。
玄関先を見れば、そこには1人の男。
漆黒の髪、深紅の瞳、黒いローブを身に纏う、闇の帝王。
「ヴォルデモート」
「貴様がジェームズ・ポッターか」
どこか見下すような視線。
目を細め、汚らわしいものでも見るようにジェームズに目を向ける。
「馬鹿な男だ。別の道を選べば、また違う未来があっただろうにな」
「残念ながら、僕はこの道を選んだ事を後悔なんてしていない」
「…穢れた血のどこがいいのか分からんな」
「その穢れた血が君にも流れているんだろう?」
「貴様!!」
ジェームズはダンブルドアに聞いて知っていた。
ヴォルデモートがどのような魔法使いであるかという事を。。
サラザールの血を引く魔女とマグルとの間に生まれた子供。
「どうやって、ピーターからこの場所を聞き出したのか知らないけどね」
「ふっ、まさか貴様はまだこの期に及んでワームテールを信用しているのか?」
「ああ、信じているよ。彼は僕の大切な親友だからね」
「憎まれていたことも知らないのが親友か、愚かだな。そんな愚かな友がいるから貴様はここで死ぬことになる」
「信じることが出来る友がいない君の方こそ可哀想だね」
「貴様ぁ!」
悲しそうに微笑むジェームズ。
本当は、最初から分かりきっていたのだ。
ピーターが裏切ったことは。
それでも、ジェームズはピーターを憎むことなどできなかった。
彼は紛れもなく今でもジェームズにとっての親友なのだから。
ジェームズに哀れまれたヴォルデモートは怒りで杖を向ける。
対するジェームズも杖を構える。
そして同時に呪文を唱えた。
『アバダ・ケタブラ!』
『ステューピファイ!』
光と光がぶつかり合う。
顔を顰めたのはジェームズの方。
魔力が圧倒的に違う。
光は圧され、ヴォルデモートはニヤリと笑みを浮かべた。
緑色の光がジェームズを包み込む。
それは命を奪う光。
意識が薄れる中、ジェームズは呟いた。
「…、あれを必ず、渡して…、あれは…僕、達の…、想いだ、か、ら…」
言葉の意味が分からず一瞬顔を顰めるヴォルデモート。
しかし、倒れたジェームズから目を逸らすと2階へと足を向けた。
2階でハリーを寝かしつけていたリリーは、きゅっと唇を噛み締め杖を握り締めた。
何が起きたのか分かった。
でも、ここで諦めるわけにはいかない。
「お願い、ジェームズ!力を貸して…」
ぎゅっと杖を握りしめる。
「死んだ者の名前を呼ぶことは、無意味だ」
「ヴォルデモート」
人の命を奪うことなどなんとも思ってない表情。
冷め切った瞳。
リリーはきっと睨む。
「ハリーだけは、ハリーだけは守るわ!!私の命に代えても!!」
「…穢れた血に何が出来る。大人しく死ね」
『アバダ・ケタブラ』
リリーに飛び込んでくる緑色の光。
リリーは呪文を唱えなかった。
でも、ハリーを守ると強い想いがあった。
お願い!お願い!!
ハリーだけは!
この子にはまだ未来があるの!
まだ幼いこの子の未来を奪わないで!!
残ったのは赤ん坊のハリーだけだった。
リリーは床に倒れている。
ただの赤子などヴォルデモートの敵ではない。
すっと杖を向け呪文を唱える。
『アバダ・ケタブラ』
―リリーさんの想いは無駄にさせない!!…想いは何よりも強い力になる!!だってそれが…”力”だから!
声が…、誰かの声が聞こえた気がした。
一瞬眉を寄せたヴォルデモートは、次の瞬間その表情が驚愕に変わる。
「何?!!」
光が撥ね返され、ヴォルデモートに襲い掛かる。
「馬鹿な!!」
反対呪文のないはずのこの魔法。
それが跳ね返り、自らに襲い掛かる。
想いは力となる。
それでも想いだけではどうにもならない。
それを力としたのは「時の代行者」の力。
夢の中で過去を垣間見たの力とリリーの想いの力。
それがハリーを守り、ヴォルデモートを倒したのだった。
しかし、そのことを知る者は、誰もいない。