ゴドリックの谷 04
はとても楽しそうにリリーと一緒に食事の支度をしていた。
呑気そうに見えるその様子を、ヴォルは呆れた様子で見ている。
猫の姿になっているヴォルは、尻尾をぴこぴこ揺らしながらハリーの相手をしている。
ずっと猫の姿でいるヴォルは、の前でしかしゃべらないように気をつけている。
「あーぅ…」
パタパタしているヴォルの尻尾を掴もうとゆっくり手を伸ばしているハリー。
ヴォルはそれに気付いているので、つかまれないようにぴこぴこ振っているのである。
赤ん坊ハリーと戯れるヴォル。
ハリーとヴォルとの関係を思えば、とても奇妙な光景である。
「ハリーは、の猫が気に入ったようだね」
くすくすっとヴォルと戯れているハリーをにこやかに見守るジェームズ。
ふんっとヴォルは不機嫌そうにジェームズから視線を逸らす。
ジェームズは笑みを浮かべながら、ぽんっとヴォルの頭を撫でる。
「嫌なら、別にハリーの相手をしなくてもいいんだよ?」
「……」
「君の名前は?黒猫君」
ヴォルは答えずに顔を逸らす。
猫にしゃべりかけて何が面白いんだろうと思っている。
「別に黙ってなくてもいいよ。しゃべれるんだろ?君は」
ジェームズの言葉にぴくりっと反応するヴォル。
ジェームズの表情は相変わらずの笑顔で変わっていない。
「僕はこれでもアニメーガスだからね。人の言葉を話せるのに話さない動物っていうのはなんとなく分かるんだ。でも、君はアニメーガスじゃあなさそうだけどね」
「ああ、俺はアニメーガスじゃない、人の姿にはなれるがな」
言葉を話したヴォルに驚きもしないジェームズ。
満足そうににこにこ笑みを浮かべるだけである。
話せることをばれてしまったヴォルも落ち着いたものだ。
「それで、君の名前は?」
「…さぁ、なんだろうな」
名乗れと言われてどの名前を名乗るべきなのか、ヴォルには分からない。
本来の自分の名前、「トム=マールヴォロ=リドル」と名乗るべきなのか、「ヴォルデモート卿」と名乗るべきなのか。
「だが、は俺を”ヴォル”と呼ぶ」
最初は長いから省略したとかなんとか言っていた。
どうも、その呼び名が定着してしまったような気がする。
だが、それでもいいと思ってしまう自分がいる。
「『ヴォル』ねぇ。なんか、ワケアリのようだけど、聞かないでおくよ」
「その方がいいだろ、何よりもお前自身の為にな。ああ、そうだ、一ついいことを教えてやろう」
「なんだい?」
ジェームズはにっこりと笑みを見せる。
「今日の夜、招かれざる客が二人ほど来る。せいぜい歓迎でもしてやれ」
「招かれざる客、ね。でもそんなことを僕に教えてもいいのかい?そんな情報を知っていると言う事は、今の時代君は闇の陣営にいたんだろう?」
招かれざる客。
それは歓迎されない客、つまり死喰い人であることを意味する。
今、この場所にジェームズとリリーがいることを知っているのは、秘密の守人である者―彼しかいない。
ジェームズは少し悲しそうな表情をする。
「今の俺に、この時代のヤツのことなど関係ない。それに、恐らくこの情報は知るべきことだ」
「随分と詳しいようだね」
「ああ、だが、詳しく聞くつもりはないんだろう?」
「ないよ。何を聞いても、何があっても僕がすることは一つだけさ。愛するリリーとハリーを守ること。ただ、それだけだよ」
ふっと笑みを浮かべるジェームズ。
ジェームズの強さは、おそらくダンブルドアと同じもの。
しかし、それと同時にダンブルドア同様の甘さもある。
「あー…、きゅ!」
ぎゅむっ
ジェームズと話し込んでいたすきにヴォルの尻尾を見事に掴むハリー。
嬉しそうにきゃっきゃっと握り締める。
ヴォルはじとっとハリーを見て…
ぺしんっ
思いっきり尻尾でハリーの手を振り払う。
小さな赤ん坊に容赦の欠片もない、というよりも大人気ないのかもしれない。
ハリーは振り払われた手を見て一瞬きょとんっとした表情になる。
自分の手とヴォルの尻尾を交互に見て、顔を歪め…
「ぅ…わぁぁぁん…」
弾かれたように思いっきり大きな声で泣き出す。
ヴォルは悪びれもせず、冷めた視線でハリーを見ている。
ジェームズがハリーを抱き上げ、よしよしとあやす。
「ハリー、さっきのはハリーも悪いんだよ?猫の尻尾は玩具じゃないんだからね」
「あぅ、うう…」
ボロボロとまだ泣いているハリー。
誰かに拒絶されるというのは、たとえ赤ん坊でも悲しいと感じてしまう。
いや、幼いからこそそういうことを敏感に感じ取るのだろう。
「ヴォルさん!なにやってるの?ハリー苛めちゃ駄目だよ!」
頭の上から降ってきた声に驚くヴォル。
そこにはむっとした。
ジェームズとヴォルの話しているところは見なかったようだが、ヴォルがハリーの手を振り払ったのは見えたようだ。
はヴォルをひょいっと抱き上げ、頭を優しくなる。
「まぁ、ハリーと仲良くだなんて、ヴォルさんにはちょっと難しいだろうけどさ」
苦笑する。
かつてハリーという幼い赤ん坊に倒された闇の帝王の欠片。
は、ヴォルとハリーが仲良くしてほしいだなんて思ってはいない。
「あーうー、ああぅ…」
「駄目だよ、ハリー。猫の尻尾は玩具じゃないって言っているだろう?」
ジェームズに抱き上げられ、泣きながらもヴォルの方に手を伸ばすハリーにジェームズは苦笑する。
ハリーはどうやら、ヴォルの尻尾をとて気に入ったらしい。
ぴこぴこ揺れるのがそんなに面白かったのだろうか。
「ヴォルさん、ハリーに随分気に入られたみたいだね」
くすくすっと楽しそうにハリーとヴォルを見る。
その言葉にムッとするヴォル。
ふっとの肩に前足を乗せ、体を浮かせる。
ぺろっ
「っ?!!」
の唇をひと舐め。
ぴしっと固まったの腕からひょいっと抜け出て、避難する。
「ヴォ、ヴォルさんーー!!!」
顔を赤く染めたはヴォルを追いかける。
あまり広くはないポッター家でヴォルとの追いかけっこが始まった。
それを見ていたハリーはいつの間にか泣き顔が笑顔に変わる。
二人の追いかけっこは、リリーの黒い笑みによって止められるまで続く。
*
「はぁ…」
疲れたようにぽすんっとベッドに突っ伏す。
昼間のヴォルとの追いかけっこで体力をかなり消耗したようだ。
というよりも、その後のリリーの笑顔に何よりも精神的に疲れた気がする。
―、もうすこし静かにしてもらえるかしら?
底冷えのするような声とともに、満面の笑みを向けられた。
その時のリリーの笑顔は何よりも恐ろしかった。
背後に黒いオーラーすら見えたような気さえしたのだ。
「あれが、真の黒笑みというものなのか」
「何を訳の分からないことを言っている?」
ふっと遠い目をしたに呆れた視線を送るヴォル。
けろっとした様子のヴォルを見て、は不公平な気がしてきた。
「何で、ヴォルさんは平気なの?」
「何がだ?」
「あれだけ走り回ったのに…」
「体力の差だろ」
「む。それって、変。どう考えても猫のヴォルさんの体力より私の体力の方が上のはずだもん」
「姿は関係ないだろ」
ふいにヴォルは起き上がる。
ベッドに寝転がっていたに影が差す。
影の主を見れば、いつの間にか人の姿になっているヴォル。
をはさむ様に両手をついている。
「…ヴォ、ヴォルさん?なんでその姿になってるの?」
は人間バージョンのヴォルより、猫の姿の時の方が好きだったりする。
何故かといえば。
「別に猫の姿でも、人の姿でも体力は変わらない」
「そ、そうなんだ。で?なんで、人の姿になってるの?」
「なんとなくか?」
「なんとなくなら、猫に戻って欲しいかな〜」
「人の姿の俺は嫌か?」
「や、別に嫌って言うか…」
(嫌じゃないよ、嫌じゃ。ヴォルさん顔立ち綺麗だから見ている分には構わないし。だって、ヴォルさん人の姿になると妙に押しが強くなるんだよ!自分では気付いてないかもしれないけど!)
「こんなところ、ジェームズさん達に見られたら大変だよ?」
「いや、大丈夫だろ」
「何を根拠に?!」
「あいつなら、面白がって邪魔するか、からかうか、見なかったことにして出てくか、だろ」
(確かに、そうかもしれない。ジェームズさんなら、驚きもしないし、警戒もしないだろうし。面白がるくらいはしそうな気がする。って、同意してる場合じゃないし!)
「…少し、大人しくしてろ」
そう言って、ヴォルがに覆いかぶさってくる。
「ちょっ!ヴォルさん?!何考えて?!」
「いいから、静かにしてろ」
ヴォルの声が余りにも真剣なものでは黙る。
の顔の横にヴォルの顔がある。
体と体は密着した状態。
ドキドキしながら、時間が過ぎていくのを待つ。
ドンッ…ドンドン!!
「…?!」
激しく扉を叩く音。
一瞬びくりっと体が震える。
緊迫したような雰囲気。
扉の向こうに誰かがいるらしい。
その誰かが何かを言ったのが聞こえる。
ドォン!!
大きな音をたてて、扉が吹っ飛ぶ。
ヴォルは静かにその扉のほうを見た。
そこには1人の男が立っている。
顔だけは見覚えのある男だ。
名前までは知らない。
知っているのは、彼がデス・イーターであることだけだ。