ゴドリックの谷 03
「マグルには『タイムカプセル』というものがあるらしいじゃないか!それを真似してみようと思ってね!」
笑顔で語るジェームズ。
真似するだけでどうしてがここに現われることになっただろう。
「『タイムカプセル』って、箱なり袋なりに大切なモノとか手紙をしまって、地面に埋めて何年後かに掘り出すってあれですよね?」
「そう、それだよ!!過去の自分が垣間見れるなんて面白そうだろう?」
「そうよね。未来の私達には今の私達がどう見えるのか気になるわ」
つまり、ジェームズ達は今の自分達をなんらかの形で未来に残したいということらしい。
ただ単に面白そうだったかもしれないが。
「でも、僕らは魔法使いだから埋めるなんてことしないで別の方法をとろうと思ったんだよ」
「せっかく魔法使いだもの、魔法を使って違う方法でやりたかったのよね」
マグルのタイムカプセルと同様に普通に埋めるだけでは面白くない。
リリーとジェームズはそう思ったのだろう。
何か魔法で一工夫できれば。
もしくは魔法を使って別の方式を取る事が出来るのではないのだろうか。
「魔法を使うとなると、また新しい発想が浮かんでね」
「こればっかりは、学生時代馬鹿やっていたジェームズの発想がすごいわ」
感心しているのか呆れているのか分からないようにため息をつくリリー。
学生時代のジェームズ達がどんなものだかったのか、には分からないが、リリーが呆れるほど騒がしいものだっただろうことは想像がつく。
「それで色々リリーと話し合った結果、未来から人を呼ぶことにしたんだ」
「今の私達を未来の私達に知らせるためのメッセンジャーをね」
「10年後以降にこのゴドリックの谷の僕達の家に入った人間を招くように魔法をかけたんだ」
「成功してよかったわよね。時空間に関する魔法とかは魔法省の監視が厳しいのと、危険なのとでかなり難易度が高かったんだけどね」
にこりっと笑みを浮かべるジェームズ。
笑顔でさらっと言えるほど簡単なものではないだろう。
成功しなかったらどうするつもりだったのだろうと思うが、とても聞ける雰囲気ではない。
聞いたらとんでもないマシンガントークが返って来そうな気がする。
「あの、でも、もし未来の自分が来たりしたらどうするつもりだったんですか?」
「それはそれで面白いじゃないか!」
「でも、きっと確率は低いわ。寧ろ誰も来ないかも、いえ、かなり先の未来の人間がくる確率の方が高いわね」
「どうしてですか?」
の問いに苦笑する二人。
今の状況をジェームズとリリーは分かっている。
自分達が命を狙われているという状況が。
「今の僕達は危険な状態にあるんだ。この場所があの人に見つかれば、ここから早急に移動しなくてはならない」
「そうね、だから私達がここに長期間、それこそ10年以上滞在する確率はかなり低いのよ」
「誰もいなくなった家に10年後に誰かが来る確率、そして誰もいなくなった家がもしかしたら壊されてしまうかもしれない」
「いろいろ考えたけれど、タイムカプセルは面白そうだったから掛けてみようと思ったのよ、その少ない確率にね」
「それで、君が現われた、というわけだよ」
がゴドリックの谷に来たのはたまたま。
けれど、一度は来るべきだと思っていた。
これも世界の導きなのだろうか。
「実は君にあずかって貰う予定のものはもうできているんだけどね」
「貴方を戻す為には一週間ほど魔力を溜め込まないとならないの」
「だから悪いけど、しばらくここに滞在してくれるよね?」
「久しぶりのお客様で嬉しいわ」
拒否権のない決定事項のようである。
だが、来てしまった以上は仕方ない。
とてどうやってもとの時代に戻っていいのか分からないのだから。
「えっと、じゃあ…、しばらくお世話になります」
ぺこりっとお辞儀をするは律儀なのだろう。
腕の中でヴォルはこっそりため息をつくのだった。
*
「馬鹿か?お前」
与えられた部屋で、とりあえず一息つこうとしたに与えたられたヴォルの言葉はこれだった。
思いっきり呆れ果てたような声。
「何で?」
「今がどんな時代なのか分かっているのか?」
「分かってるよ。だって、まだヴォルデモートさん健在なんでしょ?」
苦笑する。
ジェームズがいて、リリーがいる。
それが、ヴォルデモートがまだ健在である何よりの証拠。
「何も分かってない。あの二人はヤツに命を狙われているんだぞ」
「知ってるよ」
これから怒るだろう悲しい出来事を知ってる。
幸せそうで、優しそうなあの夫婦がヴォルデモートに殺されてしまう事を。
過去を変えてしまおうと、今のは思っていない。
それは何故?
ヴォルデモートに敵わないから?二人を助けられる自信がないから?
もし、助けられてもヴォルデモートを倒せなかったら今度は自分も狙われるかもしれないから?
そんな綺麗な理由じゃなく、きっと怖いだけだ。
過去を変えてしまうことで、未来がどう変わるのか知るのが怖いだけ。
二人の死が最良の選択だというのならばm二人が助かった未来はどんなに多くの犠牲を生むのだろう?
二人を助けたことでより多くの犠牲を生むことになれば、自分は二人を助けたことを後悔するかもしれない。
シアンの言った言葉が、未来を変えたことで多くの犠牲をうんでしまった先代の言葉を思い出すと行動ができないでいる。
「ヴォルさん、私は卑怯だよ。知っているけど、怖くて、自分が辛い思いをするのが怖くて、何もしようとしてないから」
来ると分かっているものより、予想外の来ないかも知れなかったものが来るのが何よりも怖い。
それを、「時の代行者」の役目だという理由だと決め付けて、自分が悪いと思いたくない。
自分はなんて、ずるくて卑怯なんだろう、と思う。
「が卑怯だというなら、俺はもっと卑怯だ。俺は恐らくより詳しいだろうな。あの二人が襲われる理由、状況もな。この時代、俺はまだヤツと共にいたのだから」
忌々しそうに口にするヴォル。
そう、ヴォルはよりも詳しく知っている。
「ポッター親子はどうあっても目障りだった。大きな理由はあるが、ダンブルドア側についた優秀な魔法使いほど邪魔なものはない」
「でも、ジェームズさんたちはまだ若い魔法使いだよ?」
「今のホグワーツしか知らないには分からないかもしれないがな、あいつらが在学中のホグワーツはあれの全盛期の時代だ。闇の魔法の教育に関しては恐ろしいほど力を入れていた」
対ヴォルデモート用に闇の魔術に対する防衛術の授業のレベルはかなり高かった。
その中で優秀な成績を修めた生徒達は、必ず優秀な闇払いになる。
ジェームズとリリーはとても優秀な成績でホグワーツを卒業した。
ホグワーツで学ぶ事は、知識だけのことではない、あの当時は実践についても学んでいたのだ。
「それに何故だか分からないが、マグル出身の魔法使いが純血の魔法使いと結ばれた事が無性に憎らしかった」
「ヴォルデモートさんが純血主義だから?」
「いや、そうではないと思う…」
ヴォルは何かを思い出そうとするかのように首を小さく振る。
だが、思い出せないのか小さくため息をつく。
「何かを、探していたはずだったんだ。それをまるで見せ付けられたかのような気がしていたのは覚えている」
「何を?」
「それが思い出せない」
それはヴォルが生まれる原因になったものと何か関係があるのだろうか。
が知らなかった”ヴォル”の存在。
それはが知っている物語の中に存在しないもの。
それが生み出されるきっかけがヴォルデモートの過去にあるかもしれない。
「それが、何か…いや、誰かを知っていそうなやつはいたんだがな」
「それなら聞けばよかったのに」
ヴォルはの言葉に少しだけ悲しそうな目をした。
「そうだな」
はデス・イーターの状況にそう詳しいわけではない。
ヴォルデモートの部下の全てを把握しているわけではない。
純血一族の殆どがそれであることは分かっているが、死喰い人の数はそれだけではないだろう。
「それって、ヴォルさんの大切な人…とかだった?」
リドルにそんな人がいたのだろうか。
リドルの過去を全て知っているわけではないが、知らないと思うと少しだけ寂しい。
「それすらも覚えていない。ただ、何かをなくしたことだけを覚えていたな」
「でも、喪失感があるってことは大切な人だったんだと思うよ」
「そうか?」
「そうだよ。人を大切に想う気持ちってとてもいいことだよ」
自分の知らないヴォルの過去。
だが、過去のヴォル、リドルが人を想える事ができる人だったことに少しだけほっとすると同時に嬉しいと思う。
ヴォルはそっけないけど優しい。
その優しさは昔からあったものだと思えるから、リドルの優しさを知る事が出来るのは嬉しいと思える。
「今は…」
ヴォルはの頭を抱き寄せる。
ぽすんっとヴォルの腕の中にすっぽり納まる。
「今はその喪失感はないから、大丈夫だ」
耳のすぐ側で聞こえるヴォルの声。
はかぁっと顔が赤くなるのがわかった。
これは故意にやっている事なのだろうか、それとも天然なのだろうか。
不意打ちのようにこうされるのはとても恥ずかしい。
「えっと、うん。それはよかったよ」
(そ、それはいいんだけど…。離して欲しいとか思うんだけど、無理、かなぁ?)
はちらっとヴォルを見上げる。
するとタイミングよくというか、ぱちっと目が合ってしまう。
「何だ?」
「え?あ、いや…」
ほんのりと赤いの顔でヴォルは何かを察したのか、ふっと笑みを浮かべる。
それは何かを企んでいる笑みだ。
思わずぎくりっと構えてしまう。
ヴォルは少しだけ顔を傾けて、の頬をぺろりっと舐める。
「っっ!!」
その感触に顔を真っ赤にしながらヴォルの胸を押し返そうとしたが、力の差があるのだろう、体勢は全く変わらない。
「ヴォルさんの変態!」
「お前、本当にそういうの弱いな」
「こんなの強くなってどうするの!」
「いや、別にどうもしないが、いい加減慣れたらどうだ?」
「こんなの慣れたくないよ」
そもそもどう慣れろというのだろうか。
こういうことを平気でひょいひょいやってしまうヴォルの感覚の方がおかしい。
ヴォルを人の姿にするための力を与える為に、賢者の石の力を与えたのは別に後悔はしていない。
でも、こういう事をされると、ちょっぴり間違っていたかも、と思ってしまう。
「舐められるくらいどうってことないだろ?」
「…ヴォルさんがやると妙にやらしい」
「ほぉ」
すっとヴォルの目が細くなる。
まずいっと思った瞬間にはもう遅かった。
言い訳の為の言葉を口にする前に、その口はふさがれる。
覆いかぶさるように唇が唇でふさがれる。
猫の時にされた触れるような口付けとは少しだけ違うもの。
どれだけの時間が経ったのか、には分からないが、唇が離れた時にははヴォルにしがみついていた。
「俺はやらしいからな」
「…ん、な、なな!」
は顔を真っ赤にしてヴォルを見る。
「やらしいって言うならこれくらいのことをさせてからにしろ」
「っ!」
今度は触れるだけのキスを頬にしてくる。
その仕草がとても慣れているようなものでなんとなく悔しい。
は俯いたまま、ごつんっと頭をヴォルの胸にぶつける様に当てる。
(嫌じゃなかったけど、なんか物凄く悔しい!あー、もうなんで突然あんなことするかな?)